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五月第三週 平日





 ロングホームルームに当てられた月曜日の五限。


 愛奈や蓮、翔、和也に拓斗が所属する一年A組の教室内は、現在若干のざわつきの中にあった。


 蓮が前に立ち、黒板にはチョークで書かれた白文字が踊っている。


 議題は三週間後に迫った体育祭のことであった。


「二宮くん、さすがに毎日練習とかそういうのはちょっと。ほ、ほら僕らも都合ってものがあるし……」


 ことの発端は今回のホームルームで蓮が切り出した練習予定。


 放課後は全員予定があるだろうからと、朝早くから授業開始までの間に練習時間を設けようという提案からだった。


 つまりは朝練である。

 入学して間もないことと蓮のカリスマも合わさってだいたいのメンバーは乗り気だったのだが、そこに難色を示した集団が居たことが問題になっていたのだった。


 拓斗を始めとして、運動が苦手と思われる面々がこぞってぐずり。それに反発するように女子の一団が非難を浴びせた結果、教室の雰囲気が怪しくなってきた。


「そうやって輪を乱すのやめてくんないかなー」

「え、や、その……」

「そういう言い方はないんじゃないですか北村さん」

「じゃあ何の用事があるのか言えばいーじゃん。どうせ朝起きれないとか朝から運動するのがやだとかそういう自分勝手な理由でしょ」

「自分勝手ってっ……」


 論争が起こりそうなほどに険悪な空気を出し始める数人。

 壇上の蓮も額に手を当てて困り顔だ。


 そんな状況を、愛奈は最後列の自分の席からあきれ混じりに眺めていた。

 渋るだけ渋って、蓮の提案を拒否する理由を言わない拓斗も。

 人を偏見で貶め、誰が作ったのかもわからない"輪"を強調する女子も。


 双方ともに、非常にくだらない。


 というか輪が云々などと発言する人間が教室の雰囲気を壊すあたりが滑稽ですらある。


 ここで何かを言っていらぬ反感を買うのも癪ではあるが、そうでもしないとにっちもさっちもいかない無駄な時間を浪費しかねない。


 さて、どうしたものか。

 そんな時に頼りになりそうな人間を探してくるりと周囲を見渡せば、翔は腕組みしてぼんやりと黒板を眺めていた。しかし彼との間には少し距離があるのであまり声はかけられない。


 となると。

 左隣、窓際の席に目をやって、愛奈は思う。


「……わりと図太いよね薬師寺くん」


 すぅすぅと穏やかな寝息を立てて、彼は午後の日差しを心地よさそうに甘受していた。それを見ているとなんだか愛奈まで寝てしまいたくなる。

 しかし、薬師寺くんもクラスの一員としてこういう相談の時に寝ているのはどうなのだろうか。そういう思いが愛奈の中で渦を巻く。


「……起こすのは、正当な行為だよね」


 あまりボディタッチを男にするのは好きではない。でも、起こすくらいならセーフだ。

 何がセーフなのか自分でもわからないままに、隣の席にまで指をのばして彼の肩をツツいた。


「んむっ……」

「っ」


 あれ、ちょっとかわいい。

 一瞬惚けた愛奈だったが、触れても起きない和也がじれったい。

 二度三度と触れるうち、肩を揺すってみたり頬をつついてみたり。


「あー、もめてる時にそんな微笑ましいイチャつき方しないでくれると助かるよ、進藤さん」

「へっ?!」


 壇上から降りかかる声に思わず振り向けば、にやにやとした笑みを浮かべた蓮の姿があった。

 渋谷系の見た目にそぐわないその表情は絵になるといえばなるのだが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。


「は、はあ!? 何を言ってるのかな二宮くん!」

「ごめんごめん、そんな過剰な反応するとますます疑わしいよ?」

「っ~!! 知らない!」


 蓮が立っているのは教壇だ。

 そんなところから最後列の愛奈に向けて言葉が飛べば、自然周囲の視線もそちらに向くというもの。今の愛奈は席から腰を浮かせ、眠っている和也をつついているという間抜けな絵面だったのだからどうしようもない。


 その上で、どうも蓮や翔、千春といった面々はいろいろと誤解しているのだ。愛奈が和也に惹かれている、とかなんとか。

 あり得ない、と憤慨したいところだが、周囲の目もあるところで普段の猫かぶりを看破されても困るのだ。


 結果愛奈はぐぎぎ、と我慢するしかなく、比較的ゆっくりと席に戻ることしかできなかった。


 ただ起こしてあげようと思っただけなのに。


 悶々とした思いを抱えながら蓮を睨めば、彼はにこやかに言い放った。


「さ、微笑ましいものがみられたところで一度仕切り直そうか。あんまりもめるのも良くないし、朝練の是非を問い直す。どう転んでも、文句はなし。賛成派も反対派も意見をきちんと述べた上で、採決しよう」


 こいつ、わたしをダシにした!!


 爽やかで鮮やかな手並みには感心もするものの、あまりといえばあんまりなこの状況に唇をかみしめる愛奈であった。

















 理不尽だ、と西田拓斗は考えていた。

 

 体育祭など、身体能力に恵まれた人間がただただ優越感に浸るだけのイベントでしかない。そこに自分のような凡夫が数合わせで入って、勝手に足手まとい扱いされて。


 その上で、チームワークが云々などと強要され、何が悲しくて朝っぱらからそんな暑苦しいイベントに参加しなくてはならないのか。


 抑圧されるばかりで訴えることすらもままならない自分の立場。

 それでも今回の議題で蓮に対して意見ができた理由は二つ。


 一つは、蓮が拓斗と同等につきあってくれている友人で、すばらしい人格者だから。


 彼は普段から優しく公平で、イケメン爆発しろと考えている拓斗でさえも彼に恋人ができたら素直に祝福してやろうと思えるほど、彼が人格者だったからだった。


 もう一つは、このクラスにスクールカーストがあるとすれば頂点に居るであろう面々全員と交友があるからだった。


 伊丹翔、進藤愛奈、薬師寺和也といった顔ぶれは今やクラスの中心だ。スポーツ万能で快活な翔や明るく可愛く中心になるべくしてなった愛奈に加え、寡黙ながらもその強い存在感を示す和也。


 その彼らに悪印象を及ぼしていない今だからこそ、いえることであった。


 と、ふと思い立って周囲を見る。


 協調性が云々と喚く女子の視線が怖いが、目に入ったのは和也だった。


 気持ちよさそうに寝ているところを見るとなんだかやるせない気持ちが押し寄せてくる。こんなクラスの雰囲気の中で、よく悠々と眠れるものだ。


 愛奈が起こしていたようだが、効果は無かったのかもしれない。


「で、拓斗。朝練を断る理由を聞かせてもらおうか。一致団結してがんばろうって、行事に全力の面々に水を差す理由なんだから、言い訳や取り繕いはするなよ?」

「あ、うん……」


 蓮は本当にできた人間だとつくづく思う。

 ふつうなら『まともな理由なんだろうな』と圧迫する場面だ。

 それを「言い訳や取り繕いをするな」と来た。


 本当のことを言えという、一見当たり前の言葉。だが、それをこの場でできる人間がどのくらい居るだろうか。


 一般常識に照らしあわせて"まともな理由か否か"しか考えられない人間とは違う。そもそも"まとも"とは誰に対して"まとも"なのだろう。


 一人一人をちゃんと見て、一人一人の正義と向き合おうとする無意識の優しさが蓮にはあった。


 だから、拓斗のように弱気な人間であっても、きちんと思いの丈を述べることが出来る。それがどれだけの人間の反感を買おうと、蓮だけは真摯に向き合ってくれるという信頼があったからだった。


「オレは運動なんかぜんぜん出来ない。体育祭なんて、身体能力に恵まれた人間がただただ優越感に浸るだけのイベントでしかないと思ってる。そこに自分のような凡夫が数合わせで入って、勝手に足手まとい扱いされて。その上で、チームワークが云々って強要されて、何が悲しくて朝っぱらからそんな暑苦しいイベントに参加しなくてはならないのかって、オレは心底思ってるんだよ……。協調性が何だよ。結局は目立ちたい奴だけの祭りじゃないか……」

「……なるほどな」

「ちょっと待ってよ!! あり得ないでしょ!? なにそれ、バカじゃないの!?」


 ほら、こうなる。


 拓斗は達観していた。どうせ、自分たち弱者に対しての反応は大半が今騒いでいる女子のようなもの。努力したって報われない拓斗たちのことを、なにも見てはくれやしない。


 反面、蓮はどこか納得したような表情で頷いた。

 受け入れてくれるとは思わないが、くみ取ってくれるだけでも彼の人間性がありがたい。


「二宮くん! あんな勝手なこと言われていいの!? マジでしらけるんだけど! みんなでがんばろうって言ってるところでどうして冷や水浴びせるわけ!? あり得ないんだけど!」

「……その勝手とは誰にとっての勝手で、きみにとってのみんなはどのみんななんだ?」

「は? え?」

「それがわからないうちは、協調性なんて言葉は口にしないほうがいいよ」


 思わぬ弁論に声を引っ込ませる女子。蓮は彼女に優しくほほえむと、何かおもしろいものを見たかのように窓際へと目をやった。


「薬師寺、おまえはどう思う?」


 薬師寺。

 その名を聞いて、拓斗はちらりと和也に目を向けた。

 気勢をそがれた女子も、クラスの中心人物の名前を聞いて振り返る。


 いつから起きていたのだろうか。

 そんなことを考えながら薬師寺を見れば、彼は眼をこすりながら、半分机に突っ伏したまま呟いた。


「"みんなで頑張ったねって、最後に手を繋いで輪を作って笑いたい人だけ頑張ればいい"」


 その言葉は大きくなく。


 されど強くその場にいた全員の耳朶を打った。


「それはっ……」


 蓮が何かを言いかけて押し止まる。


 和也は言葉を発するとまた眠気に負けたように突っ伏して眠ってしまった。


 女子たちは、そのカッコいい台詞に黄色い声をあげる始末だし、隣の愛奈もどこか感銘を受けたように笑っている。


 そして、拓斗は。


 かなわないな、とため息を吐いた。


「蓮」

「どうした拓斗」

「やっぱり、やるよ。朝練……でるよ」

「お、そうかそうか。はっはっは」


 おそらく蓮は気づいていた。

 そして、拓斗もこれでは引きさがれない。


 カッコいい台詞のはずだ、そんなのは当たり前だ。

 何よりも、同じアニメオタクの和也にあの"女子陸上アニメ"の名言を使われてしまったら、もう断ることなんて出来ない。


 拓斗にも矜持がある。

 アニメオタクとしてもそうだし、加えてそれが拓斗の()である高浜歩美の台詞ともなれば尚更だ。


「じゃあ、朝練は明日から開始する。みんな、頑張ろうぜ!!」


 楽しそうに笑って言った蓮の言葉に、渋々ながらも拓斗は応じたのだった。口角を小さく、あげながら。

第三話のフラグをようやく回収。

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