落とした記憶
ピーポーパーポー
姦しく鳴り響くサイレンもちかちかと乱反射する赤いテールランプも何もかもが鬱陶しかった。
ただひたすらに痛む脳髄が
死ぬなと警告しているようで眠ることすら許されない。
誰かがずっと叫んでる。
死なないで…お願い…ごめん、ごめんなさい…
あれは誰の声だろう。
これは誰の記憶なんだろう。
「気のせいだよ」
松木の悲しげな眼差しは何かを訴えるような
しかし何も聞くなと言うような
そんな複雑な陰りを孕んでいた。
「松木…?」
「暑くなってきたしね…季節の変わり目に少し疲れてしまっているんじゃない?」
だから、何でもないようなことだよ
そんな違和感なんて。
「…」
「ね?」
なんだか懇願のように言う松木に先に心が折れたのは俺の方だった。
そうだ、きっとなんでもないんだろう。
何せ脳筋だし!
と、自分で思ってなんだか落ち込んだ。
次の日、とうとう松木は学校の長に決定した。
選挙は俺の知らないところで確実に進められていたらしく、全校集会でその事が発表された。
全校生徒の前で教壇の上に立つ松木は、さながら独裁精神を持たないヒットラーのようなカリスマ性を見せ、スピーチが終わる頃には自然に拍手が沸き上がっていた。
いつの間にあいつはあんなところまで上っていったんだろう。
なんだか俺はステージの上と下より高い確執を松木との間に感じてしまっていた。
そんなものもきっと気のせいなのに。
「よお、おめでとう」
集会が終わり、雑務を片付けた松木をまって体育館を出た。
今までなかった金色のバッジをカラーに付けている松木はなんだか誇らしげであった。
「うん、お待たせ。
ごめんね、少し時間がかかっちゃって」
「や、いいよ。
これからも忙しくなるんだろ」
「そうだね…引き継ぎとかあるし…しばらくは勉強見てあげられないかも」
「ばーか!俺だってもうただの脳筋じゃねーって!
こっちも県大会前で練習厳しくなるし、気にすんな」
「県大会かあ…」
「おう、応援しにこいよ」
「うん…一緒にいこうね…」
夏の始まりを告げるかのような蝉の鳴き声は、校舎内にまで響いていた。
暑くなるんだろうなあ、今年も。
なんて、思ってそれを告げようと松木の方を振り向いた時、俺はぎょっとした。
なにせ奴は、大きな両目から静かに涙を流していたのだから。