交差の先に
水が流れるように涼やかに話した。
いつしかその声を俺は心地いいと感じるようになったが
しかしあの合言葉のような口癖だけはどーしても気に食わなかった。
「世界樹って知ってる?」
「せかいじゅ?」
「そう、worldの世界にtreeの樹」
「ん?なんか聞いたことあると思うけどよく知らん」
「うん、俺も」
「いや、知ってる?って聞いた方は知っててくれよ。謎が謎のままじゃねえか」
母さんのお節介から始まった勉強会だったが
一回目の中間考査の結果を見て、正直俺は松木の実力を認めざるを得なかった。
だって凄い。
放課後の一時間を一週間松木と勉強することの使うだけで
30点も上がるなら学校なんていらなくね?なんて本末転倒なことを考えてしまう始末だった。
調子に乗った俺は気づいたら松木の家で週末泊まり込みで勉強会をするようにまでなった。
それを快く受け入れてくれた松木には感謝しつくしても足りない。
しかし俺が、いくら母さんの頼みとはいえどうしてここまでしてくれるのか
と尋ねると
松木は何故かそのたびにどこか悲しい顔をした。
「えっとね、北欧神話に出てくるユグドラシルのことなんだけど」
「ほ、くおう?…ユグドラシル…?」
「うーん、詳しく知っているなら教えてあげられるんだけどね。
この間、世界史でワーグナーについて習ったじゃない。
その流れでワルキューレとか調べてたんだ。そうしたら世界を体現する巨樹、ユグドラシルのことがヒットして」
こんなにも目を爛々とさせている松木を俺は初めて見たかもしれない。
楽しそうに話している。
そういえば俺の一番成績が伸びが目覚しい教科は世界史と日本史だ。
史実が好きなのだろうか。
「聞いてる?」
悶々としているうちに、ぼーっとしてる俺をのぞき込むような姿勢で問い詰められた。
「ん、ああ…悪い」
「…だからね、何かあったら世界樹の下で会おうね…」
それが最初に聞いたその言葉だった。
違和感が指先についたセロファンテープほどの粘着質をもって纏わりついてきたのはいつからだったろう。
なにかが違う。
皆と噛み合わないときがある。
それが確信に変わることはなかった。
何について自分がそう感じてるのかすら分かっていなかったのだから。
「俺ってなんか変?」
「え、唐突だね…」
すっかり当たり前になっていた松木と共に過ごす放課後。
なんとなく、その違和感に触れてみようとした。
自分じゃ分からないのなら他者なら、とそんな淡い期待を孕んで。
「いや、前からなんとなく思ってたんだ。
なんか、違和感?みたいな…」
「何に対して?」
「いや、具体的なあれがあるわけじゃないんだけどさ」
「じゃあ気のせいだよ」
「え…」
「気のせいだよ」
俺の言葉を遮るようにしたのは
松木の声ではなく
松木の、悲しげな眼差しだった。