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第98話 久しぶりの漁火家

「パンが美味ぇ……!」


口に広がるパンの素晴らしさに酔いつつ歩く速度が増していく。美味しさのあまり階段をスキップで登ってしまう。現在右手にはコンビニで買ったセミロングピザパンがあり、こいつの美味さは異常だ。程良い長さのピザパンは手に持つのに丁度良くて、重みも感じられて買って良かったと心底思える。コンビニクオリティには毎度驚かされてばかりだ。セミロングで良いよね、ロングよりは謙虚で慎ましい感じがグッと来る。喜びが心の中を乱舞して気分ウキウキ、階段を一気に跳び昇る。そこには神社、そして林。うほほ、自然があるってだけで気持ち高ぶる。ここは神社であり姫子の家だ。


「姫子いるといいけどな~」


清水に言われたことを放置しておくと後で怖い。故にこうして来たわけだ。フライドポテトを頬張りながら一度アパートに帰って人間界の服装へと着替えて電車に揺られてコンビニでセミロングピザパンを買って食べてさあ到着。ここへ来るのも久しぶりだな。変わらない神社、けれど林は少しだけ姿が変わっていた。葉は若々しくて新緑の色を帯びている。冬の時とは違う、豊かな光景だった。人間界は汚いけどここは素敵な場所だな。住んでいる姫子が羨ましい。こうしてノリで来たのはいいけど姫子が在宅かどうかは分からない。もしいなかったら無駄足になる。その時はまたコンビニに寄ってセミロングカレーパンでも買って帰ろう。


「あら、君は……」


玄関へ行こうとしたら姫子の母親と会った。暖かそうなキャメル色のコートを着て高そうな鞄を持っている。艶やかな黒髪と白い肌が綺麗で思わず思考が止まりかけた。相変わらずこの母親は美人さんだな。こちらを見て、まぁビックリといった具合に目をキョトンとさせている。あ、あぁどうもです。慌ててピザパンを飲み込んで頭を下げる。


「あらあら木宮君じゃない。久しぶりね」


「あー、そうですね。お元気でしたか?」


「いつ以来かしらー。前はもっと頻繁に遊び来てたのに、何かあったの?」


綺麗なのは相変わらずだが話聞かないのも相変わらず。優雅な姿で物静かに微笑みを浮かべる姫子母。こちらの質問はガン無視だ。完全スルーしてからの微笑。逆に怖い。この人が俺の話を聞いたことなんて一回か二回ぐらいだ。まともな質疑応答をしたのなんて数少ない。どうして俺の話聞いてくれないんですか? 軽い嫌がらせだろそれ。


「そっすね、ちょっと用事でこっちにはいなかったです」


「姫子ー? 木宮君来たわよー」


完全にスルーじゃねぇか! 最早こっち向いてないし。玄関の方へ声をかける姫子の母親、一体何を考えているのやら。だ、駄目だ。まともな会話が出来ない。これ程会話が噛み合わないことがあっただろうか。


「……ぁ、照久」


げんなりしていると姫子が現れた。姫子の母親が声をかけて二秒後のことである。お、姫子。久しぶりだな。


「うっす、お久しぶり」


「……うん」


少しだけ間が空いたが姫子はこちらへ向けて一直線に駆け寄ってきた。俺の傍まで来ると急停止、横にピタリと着く。あなたも相変わらず可愛くて安心したよ。セミロングピザパ、じゃなくてセミロングの黒髪はサラサラと絹のように滑らかに揺れて、細くて綺麗な毛先は太陽の日差しを受けてキラキラ輝く。傍に来ると改めて感じる姫子の低身長っぷり。頭一つ分は離れており、自然と姫子を見下ろす形になる。厚手のコートを羽織っても分かる華奢な体、ちょこんと立つ姿は小動物のように愛らしくてなぜか心が震える。背は小さいけど出るところはしっかり出ている姫子。そしてこの顔、可愛い。クラスの奴らが癒し系最強の女子と称賛するのも頷ける可愛さだ。


「あらあら、やっぱり木宮君にベッタリね」


「……」


ニコニコと微笑む母親と傍に来た途端黙る娘。しばらくの間、木々が揺れる音のみが流れた。えーっと、こうして無事に姫子と会えたのはいいけど、どうやら二人とも今から外出するつもりなのかな? 玄関から出てきてしっかりとコートを着込んでいる。どこかへお出かけなのは明らかだ。


「今からどこか行かれるのですか?」


「この子ったら家でいつもいつも木宮君の話ばかりするのよ~」


うへぇ会話が出来ない。助けて姫子ぉ。母親へ答えを求めても無駄そうなので姫子に問いかけることにする。


「今からどこか行くの?」


「……病院」


「この子最近また体調が悪くなってきちゃって。良くなってきていたのにねぇ」


あらら、と悲しげな声を出しながらも微笑んだまま顔を固定させている姫子母。あなたずっと笑っていますよ。どうやら今から病院に行くみたいだ。姫子は普段から不調で、よく咳をしていた。学校に来ても度々早退して欠席もしばしば、だったらしい。去年の秋から体調が優れてきたらしいが今はまた悪くなっているみたいなご様子で……。あらぁ、季節の変わり目って怖いね。


「そっかー、じゃあ」


じゃあ俺は帰るか。今から姫子は病院に行くし、俺も長居は無用だ。こうして会えただけで十分だ。


「俺帰るよ。またな」


「待って、せっかくだからお家上がって」


え? 踵を返そうとしたら姫子に服の裾を掴まれた。な、なんですか。こちらをじっと見つめる姫子。この姿を見るのも随分と懐かしい気がする。たったの十日ぶりでこうも懐かしく思えるとは。なぜか嬉しくなってしまう。


「でも今から病院行くんだろ?」


「元気になった。もう大丈夫」


そう言ってグイグイと引っ張ってくる姫子は、家の中へ戻ろうとしている。えええ? 本当にいいのか? だって体調悪いんじゃ……。けど姫子の力は強く、強固な意志を感じた。な、何があったんだよ。それを見て姫子の母親はニコニコと笑うばかり。されるがままでいると気づけば玄関のところにまで連れて来られて靴を脱げと催促される。い、いいのかな。靴を脱いで姫子の家に入る。


「あらあら姫子ったら」


「え、マジでいいんですか? 気を遣わなくていいですよ?」


「じゃあ私はお薬だけもらってくるからちゃんと安静にしておくのよー」


上品に手を口元に添えて微笑む姫子母はそのまま出かけてしまった。最後の最後まで話が通じない人だった……。残された俺と姫子。姫子がこちらをじぃ~と見つめてきて、それはまるで「早くついてきて」と訴えているようだった。ま、まぁ体調が良くなったのなら別にいいけどさ。そんな一瞬のうちに元気になるものなのか? きっかけが分からない。姫子の中で何があったのやら。


「お邪魔します」


「……はい、お水とクッキー」


いつの間に用意したのか、姫子の部屋に入った途端に出されたいつもの品。これはどうもありがとうございます。とりあえず水を飲む。うん美味い。この部屋には何度も来たが、いつも通りで何も変わっていなかった。可愛らしい部屋、ぬいぐるみや綺麗に整頓された机。よく分からないがザ・女の子の部屋と言うべきだろうか。その中で印天堂65というゲーム機のみが異質なオーラを発している。印天堂65……俺が求めてやまないゲーム機が目の前にある。あれを我が手中に収めるのが夢だ。なんというくだらなくてしょぼい夢だろうか。クッキーをかじりながら溜め息が出そうだ。お、そういえば、


「はいこれ、お土産」


「……ありがと」


姫子にもお茶の葉を渡しておく。十の四の森で飲んだ謎の美味しいお茶。日野母親から分けてもらったものだ。


「遅れたけどホワイトデーのお返し。口に合うかどうかは知らないけど」


「ううん、嬉しい」


お茶の葉が入った袋を大切そうに抱きしめる姫子。どうやら気に入ってくれたみたいだ。布の袋を抱きしめる女子って珍しいような。そ、そんなに嬉しかったのか。少し、口元が緩んでニコニコと笑う表情が見えた。無口で滅多に感情を表さない姫子にしてはすごく貴重なシーンだ。喜んでもらえて何より。そしてちゃんとバレンタインのお返しをした自分が誇らしい。ナイス俺。


「……照久、久しぶり」


袋を抱えたまま姫子も俺の隣に座り込む。肩と肩が当たるぐらい近い。なんかこれにも慣れた。この子はやけに近寄ってくる習性があるみたいだ。


「……どこか行ってたの?」


「えーっと、まあそんな感じ」


エルフのことを暴露するわけにはいかないので言葉を濁しておく。俺って実はエルフで次期族長候補としてエルフの村を訪問していたんだぜぇ、とか言えない。清水と同じくらい仲良くさせてもらっている姫子に嘘をつくのは少し気が引けるが決まりは決まりだ。掟に従って正体を晒すことは出来ない。


「……」


「な、何?」


質問を終えると黙ってこちらを見つめる姫子。この子といると沈黙になることが多い気がする。姫子は自分からベラベラ喋るタイプではないし俺も気さくにトークを興じるタイプでもない。まぁ沈黙が続くからってものすげー気まずいわけではないけど。こうして黙ったままのんびりするのも悪くない。森の中でうたた寝するくらい心地好い。そんな気がする。いやそれは言い過ぎか。いやでもそれくらい……う、うーん。


「もっかい聞くけど本当に病院行かなくていいのか? 俺に気遣わなくてもいいんだぜ」


「本当に大丈夫」


即答に近い速さで答えた。お、おぉう? それなら別にいいんだけど。無理しているなら申し訳ないと思ったけど……本人がそう言うなら、まあ大丈夫なのかな? 大人しくて物静かな姫子にしては語気に力強さを感じた。それだけ元気ですよーってことか。お水を飲みつつ自分なりに解釈しておく。お水美味いっ。


「……照久がいれば、十分だよ」


「え、今なんか言った?」


水の美味さに心奪われていたから聞き逃してしまった。今姫子何か言っただろ? しかし姫子は、


「ううん、なんでもない」


首を横に振ってもう一度言い直してくれなかった。首を横に振った際に良い香りがした。うほほ。いやいや良い香りがどうとかじゃなくて。なんで言い直してくれないんだよ。なんか気になるだろ。クソ、エルフご自慢の聴力を持ってして聞き逃すなんて一族の恥だ。狩りでは自身の感覚が頼みの綱だというのに。難聴だなんて狩人失格だ。プライドが傷つく! 


「いや言ってよ。気になる」


あと単純に何を言ったのか気になって仕方ない。お、教えておくれ。


「……」


何も言ってくれない! さっきは即答して語気強く喋ったくせに今度は無視だ。あなたも母親と同じかっ。なんですか、漁火家はそういったスタイルで客人をもてなすのか。


「なぁ姫子」


「照久、ゲームしよ」


そう言うと立ち上がって印天堂65を用意しだす姫子。おいおい完全にスルーだぞ。母親の時にもやられたやつだ。少し違うのは、母親の方は話を聞いてない感じだったが今の姫子はちゃんと聞いた上で無視した。何を言ったのやら……私、気になります!状態だ。ちょっとした独り言だったのかな。

どうやら姫子はもう言うつもりはないようで、黙々とゲームの準備を進めている。一分も経たないうちに画面には大乱闘スマッシュビクリーズの文字。


「……私に勝てたらもう一回言う」


「おっしゃ絶対に勝つ!」


まあ勝てなかったんですけどね。


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