第97話 吹っ飛ぶツナマヨパン&肉まんのタレ
「……ぁ、テリー」
「おぉ清水さん久しぶり」
アパートに帰る前にコンビニへ寄る。久しぶりに食べる人間界の食い物。これはこれで最高だ。エルフの村で食べた猪鍋や焼き魚の朝食も美味しかったけど人間界の食い物も美味しい。フライドチキンに肉まん、唐揚げとポテトとツナマヨパンとおにぎりを買ったところで会ったのは清水。十日ぶりに見るサラサラな長髪、そして見事な曲線を描く後ろ髪は相変わらずだ。綺麗な肌とパッチリとした瞳はふと見た時には思わずドキッとしてしまう。うん懐かしい。けれど無駄に整った容姿に騙されてはいけない。可愛い顔して平然と暴力を振るう。久しぶりに会うような気がするが警戒は怠らない。距離を開けて無難な顔をしておこう。
「久しぶりだね、というか何その格好」
こちらを訝しげな表情で見つめる清水。まあそうなるよな。現在の装備はエルフの服だ。この格好が人間界では異質なのは把握済み。森を抜けて人間の居住エリアに入ったら着替えるつもりだったけどコンビニを見つけてしまってさあ大変。食べ歩き、食べ終わるとまたコンビニを発見。その繰り返し、渡り歩くうちに気づけば高校の近くにまで来たわけだ。コンビニの食い物美味しくて着替える暇なかったぜ。ふう! この服装が浮いているのは十分承知だよ。もし警察に遭遇したら職務質問されること間違いなし。
「エルフの服装だっけ? そういえば他の森に訪問していたんだよね」
あ、知っているんだ。恐らくネイフォンさんから聞いたのだろう。その通り、十の四の森ってところにお邪魔していたんだよ。このことを気楽に話せる相手がいるってのは素敵だね。滞在期間は一日だけだったが移動日数は一週間以上にもなる。いやぁ、大変だった。人間界に戻ってきたから、この服を着るのもしばらくお預けになるのかな。次着るのは目的達成した実家帰省の時にしたいものだ。ジロジロとエルフの正装を凝視する清水。んな物珍しげな目をするなって。
「言ってくれたら女性用をもらって来てあげたけど?」
「いやいらないから」
……そうあっさりと拒否されると悲しいものがありますね。エルフの服装を否定されたような気分だ。一族のファッションをディスられたみたいな? 悲しい、そこはかとなく悲しい! きっと似合うと思うんだけどな、あなた何でも着こなせそうだよね。そうだ、女性用の服はないけどお土産はあるんだった。聖鞄からとある物を取り出す。
「はい、お土産」
「何これ?」
「お茶みたいなやつ。美味いぞ」
日野の母親からもらったお茶の葉を渡す。人間界では味わったことのない飲み物だから面白いと思うぞ。是非家族で楽しんでくれ。猪の干し肉とかあるけどたぶんドン引きされるのは目に見えているから出さないでおこう。俺が倒した猪の肉なんだぜぇ、とか言うと確実に殴られる。下手な真似はしないでおこうぜ。戻ってきて早々暴力を受けたくない。お茶の葉だけ渡すのがベター。
「ホントに久しぶりだな。清水は元気にしていたか?」
「ぼちぼちかな。私はテリーいなくても全然平気だったけど」
寂しい、そこはかとなく寂しい。そこは懐かしむように瞳を潤ませて「もぉ、寂しかったんだからねっ」とか言ってほしかった。頬を膨らませてプンプンっ、とかしてほしかったんですけど。個人的には戻ってきてすぐに清水と会えて普通に嬉しかった。はぁ、でもまあ清水はこんな奴だったよね。心配はしてくれるけど別に悲しいとか寂しいといった感情は持ち合わせていない。溜め息交じりにツナマヨパンの袋を開封する。
「私はいいから姫子ちゃんに会いに行ってきたよ」
「ツナマヨパン美味っ」
「話聞け」
ぶぼぼえくらぁ!? 頬をぶたれる。痛いよ寧々さん! 口からゴッソリ零れ落ちるツナマヨパン。あぁ、まだ食べ始めたばかりなのに。な、なんてことしやがる。あ、あぁぁぁ……俺のツナマヨパンがぁ。まだ口の中に残るほのかなツナマヨの味に哀愁を感じる。なんてことしやがる、少し怒りますぜ? 人間界風に言えば、カム着火インフェルノしちゃうぜ? 相変わらず暴力的少女なんですね。上等だよオラァ。
「なんてことを……!」
「あのね、テリーがいない間姫子ちゃんがどれだけ寂しい思いをしていたか分かってる?」
ウダウダと説教が始まった。何トークの主導権握ろうとしているんですか。久しぶりの再会で長々と口うるさく言われる筋合いはない。こっちは腹減って辛いんだ。清水の説教をぼんやり聞き流しながら肉まんのタレの袋を開けることにする。
「だから聞け!」
「肉まんのタレがぁ!?」
右から襲ってきた清水の張り手、それは俺の指ごと肉まんのタレを弾き飛ばした。ピッと切り口を切り終えたタレの袋、地面に叩きつけられると同時にタレがコンクリートの地面へ染みこんでいった。あ、あぁあぁぁぁ!? な、なんてことを。このタレがあるからこそ美味しいというのに……! 途端に溢れ出る悲しみ、怒り。何しやがる! 肉まんのタレを零すことなく本体にかけるのが楽しみだったのに。
「ふざけるな小娘がぁ!」
「うるさいっ!」
「ご、ごめんなしゃい」
あまりの剣幕に思わずビビったじゃねーか。怒り倒そうと声を張り上げたが清水の怒り顔を見てすぐ負けてしまった。い、萎縮してしまう。巨大猪に臆しなかった自分が今、人間小娘一人にビビリ倒している。なんと滑稽だろう。久しぶりに会って既に二発食らった。ただ俺を殴りたいだけなのでは?という思惑が浮かぶ。とりあえず肉まんを食べたいが、ここで食べると三発目が飛んでくるし、何よりタレなしの状態を受け入れる自信がない。気持ちを落ち着かせて後で食そう。冷めると仕方ない。おっ、電子レンジで温めるってのはどうだ? そうだよここには電子レンジという食べ物を温めるマシーンがある。人間界最高っ。コンビニ万歳っ。
「てこと。分かった?」
頭の中は電信レンジで熱した肉まんのことしかなくて清水の話は一切聞いてなかった。
「ああ、分かった」
嘘をつこう。キリッと頬を引き締めて目力を高める。いかにも真面目そうな顔をするんだ。俺はちゃんと話聞いて理解したぜ、って表情をすればいい。これなら普段の間抜け顔との高低差でより真剣に思われるはず。日野が言うにはいつも間抜け面しているらしい。そんなつもりはないけど同族の貴重な意見として受け取っておこう。こうして現に今活きているし。さらにキリキリリッと真面目顔に仕上げる。
「……まぁ、それならいいけど」
「ちょろ」
「あ?」
「え、あ、ぃや、なんでもないです」
緩んだ瞬間に本音が出てしまった。あぶねー。な、なんでもないですよー。
「とにかく家帰って着替えたらすぐに会いに行くこと、分かった?」
「わーかったよ。行けばいいんだろ」
ここで拒否しても清水が折れるはずがない。手を出してさらには足蹴りも加えて無理矢理でもイエスの回答を出させるつもりだ。下手な抵抗はせず大人しく従おう。それに姫子とは会うつもりだったよ。お土産渡したい。清水と同様、お茶の葉を渡すつもりだ。きっと喜んでくれるぞ~。
「どれだけ姫子ちゃんがテリーのこと思っていたか……あぁ、可哀想」
「おいおいそんな落ち込むなって。もっと明るく生きようぜ」
「うるせーよ馬鹿エルフ。いいから早く行けよ、じゃあね」
シンプルな悪態を吐いて清水は立ち去ろうとする。その程度の悪態なら日野によって耐性がついたから平気だけど、え、なんでもう帰ろうとしているのさ。
「せっかくなんだからファミレス行こうぜ。飯食いに、じゃなくてもっと再会を分かち合おうや」
「アンタは早く家帰れ」
一瞥した後、こちらを振り返ることなく去っていく清水。つ、冷たい。久しぶりに会った親友がやけに冷たい件について、とでも言うのか。何を怒っているのやら。とりあえず肉まんを頬張ってしまった。あっ、帰ってレンジでチンするはずが。恐怖感から解放された安堵で口を開いてしまった。でも美味しいので問題ない。タレなしでもいけるなこれ。新たな発見だぜ。
……さて、清水の言われたことは実行しなくては。後で怖い目を見る。あと単純に姫子とは会いたい。元気にしているに違いないよ。清水と同様に俺なんていなくてもヘラッと元気にしていることだろう。いやもしかしたら俺のこと忘れているかも。え、誰?みたいなリアクションされたら悲しいよね。その不安はあるが姫子が元気ならそれでいいや。春の陽光を浴びて穏やかに過ごしているだろうね。年明けてからは体調良好で咳も出なくなっていたし。
「帰ろう」
ツナマヨパンを拾い、泣く泣くゴミ箱に捨てる。代わりに唐揚げを食べる。美味い! さーて、第二の我が家に帰りましょう。