第95話 宴と許嫁?
「ふぉふぉふぉ! 皆の衆よ盛大に飲むがよい!」
「そ、村長。怪我人の顔面に酒ぶっかけないでください」
鼻がぁあ、とトフィニさんが絶叫しながらのたうち回っている。その横で酒を浴びるように飲んで騒ぐ村長とそれを狼狽した表情で止めるシェパールさん。現在、村中が騒がしい。なぜなら宴をしているから。ここ最近村の近くで猛威を振るっていた巨大猪を討伐したことを記念&族長の孫来たぜおい、の二つを祝して村はお祭り騒ぎとなっている。陽も暮れて空が暗くなっても火を起こして灯りが村中を照らす。人間界で言うところのキャンプファイヤーみたいだな。緋色の炎がメラメラと燃えて煙は夜天へと昇っていく。ぱり、ぱり、と木の焼ける音が耳を撫でて少し寒い外に温もりを届けてくれる。村の人がくれた猪の鍋を頬張りながら辺りを見回す。皆とても楽しげに笑っている。やはり活気があるのって素晴らしい。うちの森では見たことない光景だ。爺さんと二人きりでパーティー開いても虚しいだけだからこういったお祝いごとはしたことがなかった。思い出として残っているとすれば十五歳の誕生日、狩りから帰ってきた俺を爺さんが変顔で出迎えてくれたことくらいかな。口角を下げ、だらりと舌を垂らして窪んだ目で色々な方向を見つつ自慢の長髪を遠心力でブンブン振り回しながら「誕生日おめでとう!」と祝ってくれたのを覚えている。クソつまらなくてその日は家の外で野宿した。今思えば最悪の誕生日だったな……。まあ去年の誕生日は誰に祝ってもらうことなく人間界で寝て過ごしたのだけど。もし俺がこの村で育ったなら誕生日もちゃんと祝ってもらえたのだろう。それほどにここの住人は温かい。もうここに住もうかな。爺さんは放置プレイでいい気がしてきた。孫の誕生日を悪い意味でサプライズするジジイのことなんて知るか。ゴミ部屋でずっとヘビメタよろしく長髪振り回していろ。遠くの森でお絵かきロジックを書いているであろう爺さんのことをチラッと脳の隅っこで思いながら白菜を口へ運ぶ。美味っ。
「食べる時、間抜け面になるんですね。まあいつも間抜け面ですけど」
白菜の甘みを存分に咀嚼していると毒のある言葉が肩にかかってきた。ホントお前は毒しか吐かないのな。小金だったら「君はギギネブラかね!」と言うのだろう。パッと見れば日野がいつも通りの半目でこちらを見下ろしていた。身長的には俺の方が高いけど今は木のベンチに座って日野は立っているから身長逆転現象が起きている。
「皆あなたともっと話したいそうですよ。さっさと行ってこい、です」
「です付けているけどそれ敬語じゃねーからな。別に、もう十分に話したからいいよ。ちょっとご飯食べさせて」
俺の座っている位置は賑わっている焚き火のところからは少し離れた暗いところで、ここら辺はちょっぴり静かさで包まれている。先程までは本日の英雄と評されてヒーローインタビューよろしく大衆の前に引っ張り出されて色々と大変だった。村長に酒を勧められたり大人達から狩りについて話をせがまれたり、他にも若いお兄さんと雑談を楽しんだり小さな子供達の遊び相手をして休む暇も食べる暇もなかったのだ。さすがに疲れたのでこうして静かな場所へと避難して鍋の味を満喫していたわけだが、今度は日野が来た。この村で唯一の黒髪、人間界で染めた髪だ。少し切ったのか、背中にかかっていたツインテールが今は肩を少し過ぎたぐらいの長さになっている。その髪型は人間界でもエルフの村でも変わらないんだな。似合っているから全然問題ないけど。
「まあお爺ちゃんがはしゃいでいるからあなたいなくても誰も気づかないですけどね」
はいはいそうですねー。相変わらずツンツンしやがって。サボテンの方がまだ愛嬌がある。毒を吐きながら隣に座る日野。ベンチに二人並び、鼻から酒をこぼすトフィニさんと三つ編み髭を遠心力で振り回す村長さんを見つめる。楽しそうだな村長。髭を振り回す姿はどことなく既視感がある。同時に嫌悪感も生まれる。
「この村は良いな。老若男女関係なく元気でさ。穏やかなイメージだったけど活気もあるんだね」
「そうですね、とても良い村です」
「これだけ活気があるなら日野が人間界で頑張る必要はないんじゃないのか?」
人間界に旅立った日野。人間の暮らしを見て学び、そこで得た知識をこの村に活かしたいらしい。立派な考えだ、なんて故郷思いなのだろう。だけどこんなにも活気ある村なら別に繁栄は必要じゃないと思う。ちゃんとした大人もいれば子供達や若い世代もいる、村としてこの上なく素晴らしい。これ以上無理にレベルを向上させる必要性はあまりないのでは? そりゃ電化製品や車とか冷蔵庫があれば生活がより便利になるとは思うけども。あまり高望みしなくてもいいじゃないか。今の明るい雰囲気の村でいいじゃん。猪の肉を噛み切る。歯ごたえ半端ねぇなこの肉。弾力感の塊か。
「私はこの村が大好きなんです。だから何か貢献したいんです。別に学んだ知識を無理矢理使おうなんて思っていないです。いつか役立つ時が来るかもしれない、その時に使えればいいんです」
……本当に偉いな日野。そしてすげーよ。そこまで村のことを考えているなんて。尊敬するよ。猪の肉を噛み千切りながらそう感心する。
「それに人間の暮らしにも興味ありましたから」
「そっか。人間界って意外と楽しいよな」
「カラオケ大好きですっ」
「食い物もマジ美味いよな!」
唐揚げとかフライドポテトとかラーメンや肉まん、肉うどんと特のりタル弁当とお米とパンと調理パンと惣菜パンとメロンパンと焼きそばパンとコロッケパンとハムエッグと……ああもうキリがないぜ。嫌なことムカつくこと多々あるけど楽しいこと美味しい物もたくさんある。日野もノリノリで歌ったりと楽しく過ごしているみたいだし。生活は便利でお金があれば食料も容易に入手出来る。娯楽尽くしで毎日の暮らしが充実している。医療設備も整って暮らすには十分過ぎるくらいだ。
「今度またカラオケ付き合ってください。てゆーか絶対行きますからね」
「もう決定事項かよ。それと日野はまだ人間界に住むつもりなんだな」
「高校を卒業するまではあっちにいます。今は帰省しているだけですよ服ダサイ人」
あ、てめえ。そのあだ名はやめろ。そういえば最初会った時、俺のことを服ダサイ奴と一蹴しやがって。エルフなんだから人間のファッション感覚を把握しきれてないで当然だろ? 今なら分かるよな、なぁ? そうだろジャージ娘。まあ日野は最初からオシャレでジャージの着こなし方もセンスあったけど。人間界への順応力は日野の方が上手みたいだ。
「ふふっ、そういえばさっき守護石のところで村長の三つ編み髭見て笑いそうになっていたでしょ」
「うっ、気づいてたのか」
「ニヤニヤし過ぎです。確かにあの三つ編みは面白いですけど」
騒がしい広場の方を見れば村長が酔い過ぎたのか、焚き火に向かって嘔吐している。おろろろろろ、と排水口に水が勢い良く流れていくような音を嘔吐物と共に撒き散らす村長さん。嘔吐物で火が鎮火されていく。子供達が悲鳴を上げて「ゲロジジイ!」と指差してトフィニさんとシェパールさんがあたふたと村長を支えようとしている。……何してんだよ。うちの爺さん並に尊敬出来ないトップだなおい。
「あんな三つ編み、人間界だったら超浮くよな」
「そうですね、ふふ」
……へえ。そんな顔出来るんだな。ふと隣を見れば、
「? 何ですか?」
「日野もちゃんと笑うんだな。いつも不機嫌に顔しかめていたから知らなかった」
「ふぇ!?」
クスクス笑いながら村長さんを見る日野。口元を緩ませて微笑んでいる。最初会った時から不機嫌そうで口開けば毒を吐く。カラオケで歌っている時は楽しそうにしていたけど、こうして俺との会話で笑っている姿を見るのは初めてだ。笑えば普通に可愛いのに……いっつも眉間にシワ寄せてジト目しちゃって。でもこっちの村では表情が柔らかい。人間界ではムスッとしているけど。きっと茶髪の大学生が嫌いなんだろうなぁ。その嫌いの対象に俺が入ったのは完全にとばっちりだよ。
「う、うるさいです。あなたみたいに呼吸する度にアホ面してケラケラ笑う馬鹿とは違うんです」
だ、誰がアホ面だよ。イケメン面の間違いだろ。……自分で自分のことをイケメンって言うことほど寒いものはない。ナルシストは駄目だよね。あと俺そんなケラケラ笑っていたか? 自分的にはシュッとスマートに微笑んでいるつもりだったんだけどなあ。客観的にはそう見えるのか。今度清水にスマートな笑顔の仕方教えてもらおう。
「私だって面白いことがあれば笑います。あなたといても全然面白くないから笑わなかっただけですっ」
「このジャージ娘がぁ、命の恩人に向かって生意気だぞ」
「ふぉふぉふぉ、その通りじゃぞアイリーンや」
余裕の笑みを浮かべて煽る日野と歯を剥き出しにして唸る俺、両者の前に突如現れたのは村長さんだった。先程まで向こうで嘔吐していた老人だ。……吐いた時、三つ編み髭が汚れたのだろう。恐らくトフィニさん達が水とタオルで洗い流してくれたみたいで、髭がしっとりと濡れている。……っ、濡れている。す、水滴が三つ編みについている……っ、ぷっ。しっとり濡れて、力弱くぶら下がっているんだけど。雑巾絞ったみたい。や、ヤベェ、この人の髭ツボだわ。顔見ただけで笑ってしまう……! でも笑っちゃ駄目なので慌てて食事に集中する。肉と野菜にがっついて顔を伏せよう。日野、この爺さんの相手は任せた。
「族長の孫なのじゃからもっと敬意持って接しなさい」
「わ、分かりましたぷふ」
あ、今こいつ少し笑ったな。
「ふぉふぉ、それにお前の夫になるかもしれん相手なのじゃからのう」
「「はぁ!?」」
突拍子もないジジイの発言に、日野は悲鳴に近い驚きの声を上げ、俺は咀嚼していた肉と野菜を吐き出す。遠くの方で子供達が「ゲロ英雄!」と叫んでキャッキャと喜んでいるのがチラッと見えた。……へ? 夫?