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第94話 森の守護石

「人間の国について勉強して故郷の暮らしに役立てられたらいいなと思って人間に留学したんです」


「へー」


日野と並んで森の中を進む。その道中、色々と聞きたいことはあったので矢継ぎ早に質問していく。今は日野が人間界へ来た経緯を聞き終えたところ。至極真面目でエルフのことを考えた理由でちょっと感動した。


「そういうあなたはなんで人間の国に来たんですか?」


その質問返し、されたら嫌だなと今まさに思っていたところだよ。俺が人間界に来た理由はゲーム機を買う為。それは祖父であり族長でもある爺さんから無理矢理命令されたからだー! ……とか言いたくない。ボケが進行しつつある駄目爺さんでも一応は民の頂点に立つ長、ここの住人には尊敬されていた。現に孫が来ただけで村中大騒ぎ、「十の一! 十の一!」と熱狂の渦が巻き起きていた。つまり族長は尊敬されている、そんな族長がゲーム機が欲しいという事実をバラしたら駄目な気がする。人間の捨てるゴミを拾っていると知られたら引かれること間違いなし。どうしよう。


「あー、まあ、俺も同じ理由かな。繁栄した人間の世界を見て新たな視点を得て、エルフの暮らしを見直せるかなと思って」


とりあえず誤魔化しておく。それに嘘はついちゃいない。一度森から離れて人間の生活風景を見ることで違う目線から森を見つめ直せと爺さんに言われた。森を知るには森から離れるべきだとほざいていたな。それも理由っちゃあ理由だし、言っても嘘じゃない。


「そうなんですか。どうでもいいです」


……そすか。隣でツンと言葉を返す黒髪エルフの女の子。うーん、この子がエルフだったというのが未だにしっくり来ない。まさか俺と同じようにエルフが人間界に住んでいるなんて思いもしなかった。ネイフォンさんみたいな変わり者はそうそういないと思っていたからなぁ。しかしエルフだと疑うことに至りすらしない程にこの子は人間らしかった。カラオケで楽しく歌う姿はいかにも人間の女子だった。分からないものだなぁー、決して俺が鈍いとかそんなことじゃないと思いたい。


「あー、その。アイリーンさんは……」


「……日野って呼びなさいよ。今さら本名ってのも変だし」


あ、そう? じゃあ今まで通り人間界での偽名で呼ぶことにするよ。まあさっきまで本名だと思っていたけど。


「日野は一人暮らしなのか? 戸籍とかどうやって手に入れた?」


「私は日野って人の家にホームステイさせてもらっています。日野さんには外国からの留学生ってことで話を通しています。戸籍は忘却魔法を使って人間の記憶を消去した後に記憶を改ざんして必要な書類を作らせました」


……す、すご。俺なんかとは比べ物にならないしっかりした下準備。何もせずにのほほんと人間界へ来て路上で途方に暮れるといった醜態を晒した俺とは大違いだ。ちゃんとしてる、偉いよ。ネイフォンさんという協力者がいなければゲームオーバーになっていた自分が情けない。惨めな自分自身に溜め息が出そうだ。一生に一度しか使えない忘却魔法を使う覚悟、そこまでして人間界で勉強したいと思ったことがすごい。村の為に何かしたいって思ったんだろうなぁ、俺なんかよりずっと族長に向いているよこの子。生意気で毒舌家だけど。


「着きました。ここです」


話をしながら歩いているうちに目的の場所へと到着したようだ。村からは大分離れた位置まで来たみたい。目の前には大木、巨大樹とでも言うべきか。ただの巨大な樹木ではない。他の木とは雰囲気が違う。異質なオーラ、発する空気は濃密で壁とぶつかっているような感覚。手を伸ばせば弾かれてしまいそうな、不思議な力を感じる。ふと上を見上げれば、一筋の光が差していた。太陽の光りではなく、翠緑色の淡い光が大樹の中から見えた。……巨大樹の中に、何かある……? 大きな枝と厚い広葉が一つの場所へと集い、密集して覆われている。木の枝同士が絡み合い、葉が覆う、その中心部分から漏れるエメラルド色の輝き。あれは……あれが、森の守護石。大きな宝石だ。で、デカイ。


「エルフの民が守るのは森だけじゃありません。あの守護石を守ることも使命の一つです。あの石は森全体を調和し、より浄化された空気を生み出す。守護石があるからこそエルフの森は他の森とは違う聖なる場所として……」


「ほへー」


「エルフの常識ですよ。なんで族長の孫が知らないんですか?」


「この巨大な石ってエルフの森全てあるの?」


「そうですよ。点在する十の森にはそれぞれ守護石があります。エルフは森と守護石を警護し、守護石は森とエルフを見守ってくれるんです」


ふーん。日野の解説を聞きながら頭上を見上げる。大樹の巨大な枝と分厚い葉が群がる中心部に浮かぶ宝石。まるで飛光石みたいだ。あれは青色の光りだけど。綺麗で澄んだ緑色の輝きが枝の隙間から漏れて地面へと差す。これが不思議なオーラの正体か。なんだろう、とても落ち着く。それと同時に胸元がザワザワと変に騒がしい。肌が震えて全身の毛が逆立つ。下の毛も逆立つ。下ネタすいません。でも本当に毛が逆立って何か込み上げるものがある。興奮に似た、喜びみたいな? この尊い守護石のおかげでエルフの森はより新鮮な空気を生み出し、森を豊かにしているってことか。これが人間界の森と違う感じか。キャンプ場で味わった森の空気、確かに綺麗だったけど故郷と比べて物足りないと思った。それはこれが起因していたみたいだ。人間界とエルフの世界では同じような森でも質が全く異なっていたのか。へー、すごいな。こんなに大きいサイズのがあるなんて。でも一緒だよな、同じ色を放っているし。






てことは俺が持っているお守りも守護石ってことか。


「俺も持ってるよ」


「……え!?」


驚く日野の声が耳から耳へ突き抜けていく。ぐあっ、うるさい。ほ、ほらこれだよ。首にかけていたペンダントを服の中から取り出す。


「そ、それ守護石じゃないですかっ。どうして持っているんですか!?」


「なんか爺さんがくれた」


巨大樹に囲まれたあの巨大な石と比べると小さいけどこれも同じ物質なのだろう。淡い翠緑色をした石に紐を通したお守り、小さい頃爺さんがくれた物だ。いつもらったかは覚えてないけどずっと肌身離さず持っている。人間界に旅立った時からもずっと首に下げている。あー、アレか。ここの守護石と俺のお守りが共鳴していたのか。だから変にザワザワと胸元のペンダントが騒がしかったみたいだ。その辺も飛光石と同じ感じだなおい。パクリと思われるよこれ。取り出したペンダントを凝視してくる日野。え、そんなにこれすごいの? 綺麗な宝石だなと思って気に入ってはいたけど。


「ふぉふぉ、それを持っているとはさすが族長の孫じゃな」


後ろから声が聞こえたので振り返れば村長がいた。門番のシェパールさんにおんぶされて。村からここまでおぶられて来たのか……大変だっただろうなぁ、シェパールさん。額が脂汗で滲んで息が荒れている。顔に村長の髭が当たって鬱陶しそうな顔をしているのを見て余計に可哀想に思えた。あの三つ編み髭ウザイよね。


「事の経緯は道中トフィニから聞いてきた。テリー君、よくぞ巨大猪を倒してアイリーンを守ってくれたのう。ありがとう。ふぉふぉふぉ、ディアバレスの奴は良い指導をしてきたようじゃな」


確かに小さい頃から鍛えられたけどさ。今では妄言吐くゴミ拾いジジイに成り下がってしまった。おんぶされていた村長だが、「降ろしてくれい」と言って地面へと降りる。ゆっくりと大地を踏みしめながらこちらへと来て、俺らと同様に上を見上げる村長。お茶で汚れた三つ編みを触りながら物憂げな表情で目を細める。その姿、何度も見たよさっき。


「どうじゃ? 我が森の守護石は。立派じゃろ」


「そうですね」


流れるようにこちらへ顔を向けて俺のお守りを見つめる村長。


「君の持っているその石じゃが、ディアバレスが守護石を削って作ったお守りなのじゃろう。大事にしなさい」


「え、こんな大切な宝石削って大丈夫なんすか?」


「いや絶対駄目じゃよ。族長じゃなかったら異端審問かけて追放しているわ。だから大事にしなさい」


ギロリと睨む村長。いやなぜ俺が睨みつけられる!? お、俺のせいじゃないよ。爺さんが勝手にしたことだよ。きっとうちの森、つまり十の一の森にも同様に守護石が置かれてあるのだろう。俺は見たことないけど。巨大な宝石を斧から何かで削って加工したのが……このお守りか。なんか悪い行いを結晶化したみたいで嫌になってきた。え、いやでも大事しているから許してよ。肌身離さず持っていたからさ。いつか人間界で銃弾を受けた時、きっとこのお守りが受け止めてくれて「こ、これがあったから……!」みたいな展開になるかもしれないしさ。人間界で銃を向けられる事態には絶対陥りたくないけどね。


「うーむ、よくよく見るといびつな形をしているのうそれ」


ジロジロとお守りを見つめてくる村長さん。そうかな? 人間界の勾玉みたいな形をした爺さんお手製のお守り。俺としては出来の良いシンプルな形状していると思うのですが……。まあ内側の腹がデコボコしていていびつな形をしていると言えばそうだけど。そこまで気にしたことなかったな。


「……半分じゃないかのう」


え?


「元の形があって、君の持っているそれは片割れじゃと思うんじゃよ。対となるもう片方はどうしたのじゃ?」


「……ぃ、ぃや知らないっす。じ、爺さんが持っているんじゃないですかねー?」


「もし失くしたらどうなるか分かっておろうな……」


え、えー? んなこと言われても知らないよ。最初は一つだったのが二つに分かれたってこと? もう片方、番いとなるお守りがもう一つあると。……し、知らね~。俺この形でしかこいつ知らないよ。爺さんが持っているんじゃないの? 知らないってマジで。そんな睨まれてもどうしたらいいんだよ。へ、ヘラッと笑って誤魔化そうと……したら駄目な空気だこれ。ここ守護石の近くだから空気は新鮮なはずなのになんとなく重たい。おいおい爺さん、たぶんアンタのせいだろ。どうせあのガラクタで埋もれた部屋の中に置いてあるのだろう。今すぐ持ってこいよ、ジジイ今から片割れのお守り持ってダッシュでここまで来いよオラァ! 隣で違うジジイが見てるんだよ、すっげぇ見てくるんだよ。三つ編みの髭が地味に面白いんだよ。なんで髭長いの? なんで三つ編みなん? そんな思いが今になって込み上げてきた。口元がニヤけちゃうって。三つ編みがお茶で汚れてすごくシュールなんだよ。睨んでいるけど髭は面白くて笑っちゃいそうだ。だ、駄目だ……っ。


「っ、ぷふ」


「ふぉ?」


「あ、いや何でもないっす。と、とりあえず村に戻りましょうよ」


村長に帰るよう促す。これ以上追及されても返す言葉がない。気まずげな愛想笑いを浮かべるしかない。それに加えて村長の三つ編み髭がツボってきたせいで笑いが溢れそうだ。愛想笑いを上書きする爆笑が渦巻きそうで怖い……っ、くっ、何あれ面白い。このままではそうかからないうちに笑みが零れてしまう。そうなる前に逃げなくては。


「ふぉふぉ、そうじゃのう。トフィニ達も心配じゃ」


納得してくれたのか、そう言って村長さんは髭を触りながら、ぷっ、シェパールさんの方へと戻っていった。「え、また……」と一瞬顔をしかめて嫌な表情をしたシェパールさん。ふぅ、そういえば猪と戦って背中とか色々痛めたんだった。笑うと背中に響く。


「行くぞシェパールや。さあ走れい」


「は、はい」


「行きますよ族長のお孫さん」


「おい日野、ぜってー馬鹿にしてるだろ」


三人(+一人おんぶ)並んで村を目指す。……ふと後ろ向き、守護石を見上げる。ふーん、森を守る石、か……。翡翠の輝きを放つ巨大な宝石。それと全く同じ色のお守り。……片割れ、ねぇ。これが半分だなんて考えたこともなかった。まあどーせ爺さんが持っているんだろ。印天堂65買って帰った時に返してもらおう。痛む背中と膝と鼻と首、あと緩む口元を我慢しながら三つ編みジジイの横を歩いていく。


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