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第90話 テリー到着の裏側

主人公テリー君の視点ではなく、日野愛梨さんの視点で話が進みます。

「アイリーン、洗濯物片付けて」


「はーい」


お母さんの声に返事を返し、庭へと向かう。空は快晴、平穏な村に春の温もりを送り届けている。故郷の森に戻ってきて十日、やっぱり森の空気は美味しい。肺に満ちる新鮮な空気、鼻をくすぐる葉の匂い、耳を撫でる枝木の揺れる音。どれも全て懐かしくて、五感を潤してくれる。日野愛梨として人間の国で生活を始めたのは今から丁度一年前、実家に帰ってきたのは一年ぶり。人間の国での暮らしには慣れたけどやっぱり森での生活が一番だ。空気が本当に美味しい。外から聞こえる子供達の遊ぶ楽しそうな声、静かな村に響く唯一の賑わい。久しぶりに帰ってきた私を村の皆は変わらず迎えてくれた。人間の皆も優しいけどここへ戻って来ると私はやっぱりエルフなんだなと思う。


「あ、お婆ちゃんこんにちは!」


「おやアイリーンちゃん、今日も良い天気ね」


「そうですねっ」


庭のすぐ傍の道を歩くお婆ちゃんと軽くお話、こうしてエルフの皆と会話することも久しくて楽しい。人間のお友達とのお喋りも楽しいけどやっぱり同族との……あ、でも最近は向こうでも話したことがあった。人間界の社会勉強の為に留学してから一年が経とうとした頃、一人のエルフと出会った。人間の国で。まさかとは思ったけど、あの茶髪と茶色の眼は間違いなく同族の典型的な特徴。少し喋って分かった、人間界に馴染んでいないことに。昔の自分を見ているようだった。そういえばあの人も自分の森に帰省しているのかなぁ。あの木宮照久って偽名のエルフ。どーせ間抜け面で唐揚げでも食べているんでしょ。簡単に予想がつく。そういえば本名は知らないや。照久だから……テリーとか? 馬鹿そうだから偽名も安易に決めたとするとテリーやテルとかの気がする。


「……おや、何やら門の方が騒がしいわね」


雑談で盛り上がっているとお婆ちゃんが目を細めて村の入り口の方を見つめている。入口……誰か来たの? 私以外で森から出ている人はいないと聞いていたから他の森から来た使者だと思う。どこの森からかな?


「おーい、十の一の森から族長の孫がやって来たぞ!」


遠くの方から門番のシェパールおじさんが走ってきながら村中に聞こえるように叫んでいる。十の一の森って……エルフの森で最も尊くて聖なる場所と称されるあの十の一? そんなところから使者が来るなんて。エルフ族の長となる者が住まう場所として十ある森の中でも別格扱いされている。族長は髪の長いお爺ちゃんだったのを覚えている。小さい頃に一度だけ見たことがある。その族長のお孫さんが来たみたい……わぁ、会ってみたい。


「おやおや、族長の孫とまた会えるなんて」


「お婆ちゃん会ったことあるの?」


「まだ赤子の頃、族長の息子とその妻が生まれた子を見せに来たんだよ。いやぁ懐かしいねぇ」


空を見上げて柔和な笑みを浮かべるお婆ちゃん。他の皆は騒然としたようにあちらこちらで騒いでいる。普段は子供達の遊ぶ声が聞こえるだけなのに今はお祭り騒ぎみたいだ。ご馳走を用意しろとか村長呼んでこいとか大人は慌ただしく動き回っている。お客様が来るのは久しぶりだから皆戸惑っている? 人間の国だったら訪問する前に連絡してアポイントメントを取るからその辺は人間を見習ってエルフも事前に約束しておけばいいと思う。もし族長のお孫さんとお話出来る機会があったら言ってみよ。


「でも何の用事でうちの森に来たんだろうね?」


「さあねぇ。アイリーンちゃんを嫁にもらいに来たんじゃないかね?」


「やだもぉお婆ちゃんったら~」


乙女らしいトークを年齢差五十あるお婆ちゃんとキャピキャピしながら話す。私が族長となる人のお嫁さんだなんてそんなの大層過ぎる。きっとエルフの族長のお嫁さんは私なんかとは比べ物にならない程綺麗で誇り高き人がなるべきだよ。そもそも私と族長の孫って面識がない。縁談の話が上がることすら不思議だもん。


「でもテリーちゃんとアイリーンちゃんは年も近いから良い感じだと思うんだがねぇ」


「ん? お婆ちゃん、テリーって?」


「族長の孫の名前じゃよ。良い名をつけたものだねぇ~あの夫婦も」


そっか、テリーさんって言うんだ。もしテリーさんが人間の国にホームステイすることになったら偽名は何がいいかな。照久とかどうかな? すごく良いと思う、えへへ。……え、へへ……へ? あ、れ……なんか私、今……すっごい嫌な予感を感じ取ったよね? なんだろこの胸騒ぎ、バストアップの予感とは全く違う何か胸の中でざわつく悪い予感。テリー、照久……木宮照久……っ、ぃ……いやいや、まさかね。そんなわけないよ。だってあの馬鹿エルフは人間の国にいたもん。ここへ来るわけがない。人間界で何かすべきことがあるから人間界に来たはず。ここにいるわけがないでしょ、どうしたのよ私。で、でも……あ、駄目だ。変に脳が冴えている。俗に言うところの「こういう時の予感は当たる」ってやつみたい。なぜか確信が持てる、今ここに来ているのが……あの木宮照久だと。


「おや来たようだね。おぉおぉ、大きくなってるねぇテリーちゃん。ほらアイリーンちゃんや、あれが族長の孫のテ……あら、アイリーンちゃん? どこ行ったの?」


お婆ちゃんには悪いけど黙って逃げよう。マズイ、マズイマズイ! やっぱり木宮照久だった!

一段と騒がしくなった村の中、かけっこに夢中だった子供達がとある方向に向かって一斉に走り出して大人達も駆け寄っていく。その先を見つめれば門番のトフィニおじさんと並んで一人の青年が歩いてきていた。村の者ではなく、それであって村の皆と同じ茶髪で茶眼。皆が群がって「十の一! 十の一!」と称えているのを面食らったように驚き、とりあえず笑って誤魔化しているあの顔に、私は見覚えがある。エルフの住み処ではない人間の国で何気なく突っ立って中華まんを幸せそうに食べていたエルフ、木宮照久だ。まさかあいつが族長の孫だったなんて……!? 村の皆に歓迎される木宮照久もといテリー・ウッドエルフ。戸惑ってぎこちない笑みを浮かべている。ど、どうしよ……見つかったらヤバイんじゃない? あの馬鹿エルフ……あ、駄目駄目。あれでも一応次期族長なんだよね、失礼なこと言ったらいけないのよね。でも……あいつ馬鹿だし。髪を黒に染めているとはいえ眼の色が茶色だと分かっていながらも私がエルフだと気づかなかったくらい馬鹿なのだ。それがここでバレるのは……。あいつ絶対「ぬほっ、日野愛梨じゃねーか!」とかアホ丸出しの大声で指差して言うに決まっている。何か色々と説明が面倒臭そうだから見つからないようにしてよ。とりあえず家の中に避難して引き籠っておけば大丈夫と思う。早く帰れ馬鹿エルフ……あ、族長のお孫さんに失礼だ。


「アイリーン、洗濯物はどうしたの?」


「そんなこと言っている場合じゃないのお母さん。族長の孫が来ているの。静かにしてなきゃ駄目でしょ!?」


「ああ、そのことだけどね。今から家に来るから」


……へ? お、お母さん? な、何を言っているの?


「我が家には来客用のお部屋があるでしょ? あそこ使うから。もうじき来ると思うわ。だからアンタもしっかり挨拶しておきなさい」


「……い、嫌ぁ!」


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