第8話 大敗の翌日
「おはよう委員長、そして勝負だ!」
「あ……おはよう」
凄惨たる敗北を喫した翌日、学校へと登校すれば因縁の相手が既に自分の席に着いているではないか。朝の挨拶がてら宣戦布告を決めてやった。
今日も物静かで表情を顔に出さない委員長こと漁火姫子はこちらを不思議そうに見つめ返してくる。
このぉ、ふわふわした天使オーラ出しやがって、それ無意識出しているのかこの野郎おぅおぅ。
可愛い顔してスマビクでは初心者相手に本気で潰しにかかる殺戮者、思わず泣いてしまいそうになったが今回はそう易々と負けないぜ。
もうリベンジすることが勝手に決定しちゃっているがお構いなしよ、こっちはネイフォンさんの家に殴り込んでインターネットを使って色々と研究してきたんだ。
操作方法は勿論のことテクニックやハメ技等、さらには動画公開サイトでスマビクの対戦動画を見て動きも熟知してきた。
今の俺に敵う奴なんて……目の前の委員長くらいだ。
「今日もスマビクやりに行っていい?」
「……いいよ」
「よっしゃ!」
実際に戦った感想なのだが委員長の腕は相当なものだと思う。
ネットの動画の人の上手い人間プレイでは小技を駆使して闘っていたが、委員長はモーションの大きい技を使っていた。
恐らく俺が弱いから手加減してくれていたのだろう。あれだけボコボコにされたのに委員長はまだ本気ではないということだ。
さすがMiiが流通している中、未だに65を愛用するだけのことはある。
彼女に付け焼き刃の知識を備えた程度の俺じゃ太刀打ち出来やしないのは目に見えている。力の差は歴然、残機10対1でも勝てる見込みがないね。
偉そうに推測する自分が情けない……。
しかし、だからこそ、俺は勝負に出る。
「そこで、なんだけど。もし俺が委員長に勝ったら印天堂65を譲ってほしい」
「……」
「勿論タダでとは言わない、俺が負けたら一つだけ何でも言うこと聞いてやるぜ。これならどう?」
幻のゲーム機印天堂65。最新ゲーム店では置いてないのは当然のこと中古ゲーム店でもその姿を見ることはなく、ネットで破格の高値で取引されている旧世代の英雄。
入手するには大金をはたく必要があり、ネイフォンさんに養ってもらっている俺には不向きは入手方法。
クラスで唯一持っている委員長も頑なに譲ることを拒否してきた。
ならば方法は一つ、奪うのみ。
ただし強奪はこの世界の法に反するので穏便にかつ正当に奪うしかない。
その方法とは賭け、ギャンブルさ。
委員長にタイマンを申し込む。負ければ印天堂65を俺に譲り、委員長が勝てば俺は言うこと何でも聞いてやる神龍みたいになってやる。
普通に考えてこの賭けに乗る人なんていないだろうけど委員長は必ず乗る。
「何でも?」
「うん、俺の出来る限りで何でもやりましょう」
「分かった、いいよ」
ムフフ、やっぱりね。
なぜなら……俺が弱いからだ!
……本当、自分で言って情けないなこれ。
昨日の連戦で俺がいかに弱いか委員長は知っている。自分に絶対の自信を持っているはずだ。こいつには勝てる、と。
絶対に勝つ勝負に乗らない人間はいないってネットで情報を手に入れた俺に死角はないぜ。
さらに言えば俺も委員長と同じ意見だ、スマビク初心者の俺が委員長に真っ向勝負して勝てるわけがない。
ならなぜ賭けなんかしたかって? エルフも同じさ、絶対に勝てる勝負には乗るんだよ。
こっちには秘策がある。それは……
「姫子ちゃんと何話しているの?」
ちっ、これから必勝法を鼻高々に脳内で復唱しようとしていたのに邪魔するんじゃねぇよ清水。
後ろを振り返れば相変わらずニコニコと微笑む清水が立っていた。
特徴的な毛先のカーブと整った顔、スラッとした体型で足は清楚なエロさを醸し出す。全体的にサラサラで綺麗なのに毛先十数センチは大きくカーブを描いている。最初は寝癖かなと思っていたけどいつ見てもこうなっているからこれが平常スタイルなのだろう。
この学校で俺のことをエルフだと知っている唯一の存在、たまに嫌いな炭酸ジュースと大好きな惣菜パンを与えてくださる清水さんが一体何の用ですか。
「ちょっと朝の挨拶しに来ただけじゃん、そんな邪険そうな顔しないでよ」
「はいはいおはよー清水さん。俺は今委員長との話で忙しいので」
「いつの間に姫子ちゃんと仲良くなったの?」
その質問は後で答えよう。今は委員長と再戦について詳細を決めることが最優先事項なのだよ。
適当に清水をあしらうが、ここで常人離れの食いつきっぷりを見せるのが清水寧々のすごいところ。
頭を叩かれて喉を締められる。ぐぇ、決まってる決まってる! 喉が絞まってるってぇ! し、死ぬ……。
「寧々ちゃん……」
「姫子ちゃんが男子と話すなんて珍しいもん。こいつと何かあったの?」
「一緒にスマビクする」
「あー、なるほどね」
「ごほげほぐはぁ!?」
納得するのはいいから腕離せ! げほっ、ごほっ……あー、死ぬかと思った。
清水に手加減という良識ある概念はないのか。
エルフとはいえ急所は人間と同じなんだから首絞めれば普通に泣くくらい苦しいんだよ。
あれ、俺また泣いてる? 人間界来てから泣いてばかりなんですけど。
「また後で来るね。じゃあね~」
そう言ってヒラヒラと手を振りながら教室から出ていった清水。
首絞めた相手に向けるにしては爽やか過ぎる笑みだろそれ。
「二度と来るな天真爛漫娘が。で、今日の放課後だけどさ」
「……うん」
「で、今日の放課後は姫子ちゃんの家でスマビク一本勝負ってわけね」
「その通りさ」
昼休み、恒例となった清水と一緒に中庭で昼食タイム。
今日はおにぎりセットなるものを買ってみたがこれまた美味であった。お米ってヤバイな、稲作考えた人間って天才過ぎるだろ。
日本界での主食はお米らしく、お米と一緒におかずを食べるスタイルが一般的だそうだ。
つまりそれだけお米のウエイトが大きいってこと、そしてその期待に応えるかのようにお米は最高の存在であった。
パンも美味しいがお米も美味い。将来子供が生まれたら名前をパン太郎にするか米太郎にするかで迷ってしまいそうなくらい美味しい。
清水は今日もお弁当。お米美味しいよねっ。
「姫子ちゃんが65を持っているとはねー」
「お前今朝から委員長のことちゃん付けで呼んでいるけど仲良いの?」
「私クラス委員長なの。委員会で姫子ちゃんとはよく話して仲良いんだよ」
へぇ、清水も委員長と同じように委員長だったのか。意味不明な言葉になったが気にしません。
清水と委員長が仲良いとは、そもそも清水は交友関係が広いと思う。
うちのクラスの女子とも普通に仲良く話すし、その明るさだと自分のクラスでも中心人物として活発に皆を引っ張っていそうな印象だな。
うちの委員長は誰も委員長をやりたがらなくて推薦で委員長が委員長になったらしい。再度言うが意味不明な言葉でも気にしません。
「テリーも姫子ちゃんと仲良さげだったじゃん。昨日の段階で部屋に行ってるなんて……テリーってば大胆~」
「やっぱ男子が女子の部屋に行くのってヤバイことなの?」
「そうだよ、私なら親友レベルの奴でやっと許してあげるかぐらいだね」
「ちなみに俺は?」
「知り合いレベルなので残念ながら」
べ、別に清水の部屋に行ってみたいとかそんなこと微塵も思っていないんだからねっ、とだけ言っておきましょう。日本界の文化ツンデレである。
ふーん、やっぱ普通はそうなんだよな。
あまり知らない人物を自分の領域への侵入を許すなんて身の危険を考えれば出来るものじゃない。
俺なんてエルフの存在がバレる危険性が恐くて大親友レベルの奴でも部屋に招きたくないもん。
だとしたらなぜ委員長はああもすんなりと俺を招いてくれたのか……?
「補足情報として姫子ちゃんは固い子だよ~、事務的用件以外で男子と喋っているところなんて見たことがないよ。入学当初から大人気で、男子から十数回以上も告白されてきたみたいだけど全て断っているし。その姫子ちゃんを落とすとはさすがエルフは一味違うね」
「エルフとか大声で言うなって。別に、ただ暇だったから相手してくれたんじゃないの?」
「いやぁ、姫子ちゃんはなんとなく楽しそうに見えたけど。それより姫子ちゃんに勝てるの? スマビク相当強いらしいじゃん」
ふっふ、清水よ心配してくれるのか。気持ちは嬉しいがそれは杞憂となるぜ?
エルフは賢い生き物なんだよ、勝算なしに特攻する品のない真似はしない。
勝率十割の必勝法を編み出した、例えスマビク実力者の委員長でも確実に倒せる方法がな。
放課後が楽しみだぜ、全てが終わった夜の頃には俺の部屋に65が……へっへっへ。
「うわぁ、顔は良いのになんかキモイ……」
清水が何かボソッと言った気もするがスルーだ。
心配しなくても印天堂65は俺の手中に収まったも同然さ。
そのまま午後の授業も乗り切って待ちに待った放課後。
日直の当番はあと一月は回ってこないので今日は完全にフリーだ。
帰りのホームルームも終えてクラスメイトが雑談しながらゆっくりと帰り支度をする中、向かう先はあの子の席。
「委員長、早く行こーぜ」
「……うん、分かった」
漁火姫子委員長さんの席。
委員長も既に帰り支度を終えていた。なんと準備のよろしいことで。
ふっふっふ、だがその準備の良さが果たしてどうなるのかなー?
今の台詞は自分でも言っていて意味不明だったので気にしなくて結構です。今日は言葉の不具合が多いな、それだけ気持ちが高ぶっているということか。
あとどうでもいいけどクラスメイトがザワザワと騒ぎ出した。
さっきからも賑やかに喋っていてうるさかったのに、予期せぬ一石が投じられた水辺のようにシンと静寂に包まれた。
かと思えば再び騒ぎ始めて、先程の明るい賑やかな騒音とは別のどよめきが起きたんだけど。
何かあったの?
男子の数人が「お、俺らの天使が……」とか言っているけど、何だろ?
ちょくちょく俺の名前が出てくるのは慣れたから無視しますけどね。
いちいち気にしていたら気が病んでしまうって。
「なんかクラスの皆がザワついていたけどもしかして俺何かやらかした?」
「ううん、別に」
そっか、だよねー。そのまま靴に履き替えて正門を出る。
昨日と同じ道、同じ駅から恐怖の電車に乗って移動。その間はお互い一言も喋らずに黙々と時が流れる。
……話題が見つからない。同世代の人間と、しかも女子と何を話せばいいというんだ。
スマビクについて話すと話の流れでついつい今回の秘策について漏らしてしまう可能性があってスマビクの話題は避けたい。
なら印天堂65について? いやでもある程度のことは調べたし、特に聞きたいこともない。
学校生活について聞く? 俺が素朴に思うことが一般の人間にとってまともな疑問になりえるか怪しい以上下手なことは言えない。
なんだ、普通に話すことも出来ないというのか。
清水相手なら何も気にせずヘラヘラと話せるのにな……こう考えると清水の存在は大きいよな。自分の身を気にせず臆せず話せる相手がいるのは精神的に大きい。
この前とか電気って毒なの?と真面目に聞いたらゲラゲラ笑われた挙句、田舎者乙ー♪と馬鹿にされた。悔しさからか無意識に拳を強く握り込んでいた自分がいました。
なんて感じに思考を巡らせているうちに委員長の家がある駅へと到着。
やっと電車の移動にも慣れてきましたよ。
「……あのね」
「え、何?」
ビックリした、電車を降りて改札口を抜けた辺りで委員長が話しかけてきた。
他の女子と比べて頭一つ背が低い委員長、小さい体型と白い肌が物語に出てくるお姫様のようで可愛らしい。
お姫様っぽいから姫子って言うのかな? セミロングの黒髪とパッチリとした瞳、小さな鼻と口は見ているだけでドキッと心臓が跳ねてしまうほどにキュート。大人しくて静かで子猫みたいだ。
そんな委員長さんが話しかけてきた。
な、何の用でしょうかっ。昨日部屋までお邪魔したくせにいざ面と向かって話すとなると萎縮する俺ってどうよ。なかなかヘタレだな。
「寧々ちゃんと……」
寧々ちゃん? 清水のことか。
「清水がどうかした?」
「……なんでもない」
「へ?」
間抜けな声が出た。それと同時に脳が一つの答えを導き出す。
この子……俺を動揺させようとしていやがる。
真っ向勝負なら余裕で勝てるはずなのに可愛さパワー使って俺を動揺させようとしているのか。
勝率100%を120%へと上げようと目論んでいるのかこの子はぁっ。
しかしエルフの次期族長を舐めるな、これしきの揺さぶりで精神を乱す俺ではない。
ちょ、ちょっとだけドキッとしただけで別に動揺なんてしていないさ!
委員長、あなたはきっと勝つ気でいるのだろう。
楽しみだね、その顔が歪む様を拝む瞬間がな。委員長の可愛さと勝利への確信でニヤニヤしてしまうのを抑えながら神社へと歩を進めていく。