表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/150

第88話 親愛なるクソジジイからの手紙・二枚目

「ただいまーっと。はいおかえりなさーい」


一人で二人分の挨拶をし終え、その後待ち構えていたのは無音の時間と空間。家に帰っても誰もいない、あぁ一人暮らしなんだなぁと帰宅時に一番実感する。孤独感は半端じゃないな。日本界に住む独身男性の気持ちが分かるような気がするよ。今日もバイトを終えて帰宅。心身共に、いや主に心の方が疲労困憊だ。最初は辛かったバイトにも次第に慣れて今は楽しいとか、おちこんだりもしたけれど、私はげんきです!等と向上心ある若者達は呟くのだろう。残念ながら人間界で明るい希望なんて持ち合わせてないので溜め息しか出てこない。汗流して屈託のない爽やかな笑みで明日を見つめてみたいものだ。どんなに頑張ったところで最終地点は印天堂65とかいうやたら高い旧世代のゲーム機を買うことなのだから。ゲーム機買ったらまた森での隠居生活に戻る。この人間界で希望を見出すとかそんなことはない。ひたすら無心に働いてお金稼いでゲーム機を買う、ただそれだけのこと。バイトを終えて帰りに清水と晩飯を食べて帰宅、最近の流れは大抵これだ。春休みに入ってからバイトの数を増やした。なんと健気だろう。敬愛する祖父の願いの為に働く孫。とても感動的だ、文字だけで見ると。実際は権力を振りかざしたクソジジイの妄言に付き合わされているだけなんだが。


「はあ、寝るか」


部屋にある娯楽といえば清水や小金から借りた本や漫画ぐらいだ。これで日本界の社会について学んでいる。春休みが始まり、ほとんど読み漁ってしまった。また借りてこなくては。てことで読むものもないので早く寝ることにする。歯を磨き、ジャージに着替えて布団を敷く。明日もバイトだ。朝早くから駅前でひたすらティッシュを配る、配る、吐く、配る。この繰り返しだ。いや実際に吐いたことはないけど。なんかそのうちストレスのあまり盛大に嘔吐しそうで怖い。体調を崩したら尚更吐くかも。早めに就寝して明日に備えますか。


「寝る前に水飲んでおこ……ん?」


布団を敷き終えて後は寝るのみ。その前に喉を潤すべく冷蔵庫へと向かう。中には良い具合に冷えた水がたくさん入っている。コップを片手に冷蔵庫の扉を開ければ、なぜか中手紙が置かれていた。え、何これ。紙を冷やした覚えはないんだけど。水と発泡酒と調味料しか入っていない簡素な我が家の冷蔵庫。寂しいとはいえ手紙を入れるわけがない。冷やした覚えのない手紙、間違いなく他の誰かが入れた物だろう。この部屋に入れる人物は限られてくる。アパートの大家さん、ネイフォンさん、そして清水。大家さんがこんな嫌がらせをするとは思えないので候補から真っ先に消えるとして、続いて清水だがあいつなら食材を入れるだろう。まあ奇抜なボケとして入れる可能性もある。だけど清水以上にこんな愚行を行う可能性がある奴といえばネイフォンさんが筆頭に出てくる。あのボサボサ鳥の巣頭のエルフしか考えられない。普通にテーブルに置いておけばいいものをわざわざ冷蔵庫にいれる、なかなかイラッとくるものがあるなぁ。水を飲みつつ手紙を取り出す。さて、このやけに冷えた手紙の処理を始めるか。……送り主が誰なのかは検討がついているよ。冷えながらもどこか懐かしい森の匂いが漂う手紙を破り、中から出てきた紙に目を通す。


『こんにちは。エルフ族長であなたの祖父ですよ^^』


「……ヤッベェ、最初の一文で読む気失せたわ」


やはり予想通り、手紙の送り主は我らエルフの民を統べる存在である族長、そして肉親である爺さんだった。手紙から微かに森の匂いがしたから分かったよ。やっぱりネイフォンさんが勝手に部屋入って冷蔵庫に入れたみたいだ。相変わらずボールペンで書きやがって。人間の捨てたゴミで書くなよ。爺さんからは以前にも手紙をもらったことがある。三ヶ月前のことだ。未知の世界で頑張る孫のことを心配する内容、途中からは自作のお絵かきロジックを紹介していやがった。本当に心配しているなら月に一回は手紙送ってほしいし、そもそも人間界に送り込まないでくれ。そして今回の手紙だ。冒頭の一文を見ただけで俺のことなんて一切心配してないのがよく分かる。前回は一応最初の方だけは真面目に書かれていたのに今回はそれすらない。飽きたのか爺さん。


『テリーが森を旅立って半年は経とうとしています。半年前、旅立つ時の精悍な顔つきが懐かしいです』


精悍な顔つきなんてした覚えはないけどな。ものっそい嫌そうな顔して歯茎剥き出しで睨んだ覚えならあるが。どうやら爺さんのボケは減速することなく快調に進んでいるようだ。あー、嫌だ嫌だ。


『そろそろ最新ゲーム機の印天堂65を持ってきてもいいのではないでしょうか? つーか早くしろよクソ孫、もう最新じゃなくなるだろうが』


この手紙、口悪いなぁ。なんだこれ、今日も必死に働いてきた孫にかける言葉じゃないよ。あと印天堂65は最新ゲームじゃねぇから。それ違うって。


「ふっ、そう焦るなよクソジジイ。あと少しでテメーの前に献上してやるよオラァ」


今の生活に慣れるとか姫子に勝ってタダで65を手に入れようとか紆余曲折し過ぎて時間がかかってしまったが結論はとうの前に出ていた。金があればいい、これに尽きる。結局のところこの人間界で何かを手に入れるには流通している金に頼るほかない。人間界には愛が一番大切だとか抜かす輩がいるみたいだが違う世界に住む者として言及させてもらおう、そんなことはない。テメーらの世界は金が何よりも大事なファクターだろうが。この世は金と知恵、どこかの漫画のタイトルで見たような気がする。何はともあれ爺さんよ、もう少しの辛抱だ。今日もバイトで明日も明後日もバイト三昧。着実に金が貯まっている。この調子でいけば春休み中には目的の金額に達してしまうかもしれない。待ってろジジイ、こんな手紙を寄越すのもこれが最後だ。


『さて今回手紙を書いたのはテリーにあるお願いがあるからです』


自分の頑張りに誇りを感じていると続いて飛び込んできた文に一抹の不安がよぎる。お願い……な、なんか嫌な予感がする。思い出せテリーよ、この爺さんが突如吐いたお願いで俺は今ここに住んでいるんだぞ。嫌な汗が額に滲み、手が震える。手紙から目を離し、天井を仰ぐ。……よし、落ち着いた。嫌な予感プンプンだが読み進めることに。


『お願いの前に少し説明をしておきましょう。エルフの森が各地に点在していることは知っていますよね?』


さっきから丁寧口調なのが地味にイラッとくるがそれは無視するとして。知っているよそれくらい、アンタから何度も聞いてきたよ。エルフ族はひっそりと森の奥で生活している。森を愛でて森を育む民として森と共に生きてきた。その生活区域は基本的に森の奥深く。その森はあらゆる所に点在しているのだ。俺と爺さんが住んでいる森以外にもエルフが住んでいる森はいくつかある。各地で森を守っているのだ。そんなことを小さい頃から爺さんに聞かされてきたのを覚えている。


『学校は長期休暇とか言う長い休みに入りましたよね? 時間はあるはずです』


「……何が言いたいんだよジジイ」


『他の森に使者として挨拶に行ってください』


その一文を読み終え、暫しの反復時間を設ける。

……え、何を言っているの? いや分かっている、答えは既に出ている。そんなことは分かっているさ、だけど脳と全身がそれを拒絶しているのだ。待て、待って、お願いだから待ってください。は、え? まさかとは思うけど、このクソ爺さんが言っているお願いって……


『次期族長候補として他のエルフに顔を見せるのは当然のことです。てことで地図とか同封したのでそれ見て頑張ってください。これは命令だ、絶対にやれ』


ここにきてまたしても族長命令という上司面してきやがった。手紙の中には他にも数枚紙が入っている。…………え、マジで行くの? すんごい嫌なんだけど。なぜ他のエルフに会わなくてはいけなんだ。いや会うのは分かる、それは大事だと思う。ただどうして今の時期なんだよ。今は休みに入って金を稼ぐのに最適な期間なんだ。それを潰すってことだぞ、つまり印天堂65購入がまた遠のくじゃん。え、でも……これは行かないといけないんだよね?

…………ぁぁ、もぉ、ホントに嫌だ。せっかくの春休みを親戚の挨拶回りに費やすことになるなんて。これ無視すると後で絶対文句言われるしぃ……ぁー、あー、ちょ、なんっ……あ゛ー!?


『テリーに拒否権はありません。しっかりと挨拶してきなさい』


「うるせっ! 無駄に押すなよ!」


あぁもう分かったよ、やればいいんだろやれば! クソが、本当に面倒臭いなぁ。汚泥を飲まされた気分だ、超げんなりだよ。……残りの休みを使って行くか。バイトは休まないとなぁ。また金が貯まらねぇよ。この世は金が一番だと言ったばかりなのに。……はぁ、仕方ないよな。また明日考えるか。


「おやすみー。はいおやすみなさいテリー」


手紙を破り捨てたい衝動を抑えて灯りを消して布団の中へと入る。一人で

二人分の挨拶をし終え、夢想へと落ちていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ