第87話 寄り添う二人
「くかー」
「すー……」
「テリーと姫子ちゃん、またくっついて寝てるねぇ」
「木宮に関しては寧々姉ちゃんが落としたからだと思うけど……」
「んぐうぅ、首がぁ」
ほら僕の言った通りだ、と小金の声が聞こえる。目を開くと助手席から小金がこちらを覗いていた。左隣で俺の眉間を突く清水、右隣には姫子が安らかな寝息を立てている。またしても姫子と顔が近い、頬と頬をくっつけている俺と姫子。帰りの車内でも密着しているとは……帰り? あ、えーと……ああそうだ。キャンプ場で自然を満喫して、俺は……清水に首を絞められて気絶したのか。姫子をおんぶして森の中を歩き、皆のところへ戻ると清水は有無を言わず首を絞めてきた。おんぶされている姫子を見て、体調を崩したと思ったのだろう。つまりテリーが悪い、よって絞め落とす。このような思考が清水の脳内を巡ったに違いない。痛たたた、首というか頸動脈が痛い。首の内側が窮屈で自分のものではない感覚だ。
「おはようテリー」
「おやすみを告げた奴が何言ってやがる」
「あ、覚えているんだ」
そりゃ本気で絞め落とされたら嫌でも覚えているさ。記憶に刻まれたわボケェ。車に乗った記憶はない。絞め落とされた後、小金かネイフォンさんが俺を車の中に運んだのだろうか。
「いやー、マジで落とすつもりはなかったんだよ。テリーのこと心配したんだから」
「だったら助手席に座らせて安静にさせてくれ。どうして後部席のもっこりに乗せたんだよ」
座る位置は行きの時と変わらず。小金は助手席で後部席は左から清水、イケメンエルフ、姫子の順番で並んでいる。俺もゆったりした助手席に座りたいんですけど。どうして小金ばかり……ズルいぞ眼鏡のくせに。
「だってテリーを前に座らせたら餅吉が後ろに来るじゃん」
「餅吉って誰だよ。気持ち悪ぃ」
「ぼ、僕のことだよ。もし仮に初めて聞く名だったとして気持ち悪いは言い過ぎだよね!?」
前に座る眼鏡が叫び出した。そういえば小金の名前って餅吉だったか。小金餅吉って……改めて聞くと変な名前だな。偽名の木宮照久の方がカッコイイぞ。偽名に負けるって可哀想だ。そんな彼に追撃するように清水が口を開く。
「姫子ちゃんの隣に餅吉座らせたくないし、かといって私が真ん中座るのは嫌だもん。というか私も餅吉と肩合わせて座りたくない」
「……うぅ」
眼鏡が涙を流す。いやまあ視力増強装置が泣いているわけじゃなくて小金餅吉という眼鏡の付属品が泣いているってこと。地味な外見と冴えない顔立ち、そんな平凡を突き進む小金君は瞳から透明の液体を零している。本格的に小金が可哀想に思えてきた。なんとかしてあげたいけど俺も小金と並んで座りたくないのでフォロー出来ない。彼はしくしくとすすり泣く様をぼんやり眺めるのみ。誰もフォローしない。エロ談義で盛り上がったネイフォンさんですら黙って運転する始末。この車内に彼の味方はいないのかっ。
「にしても姫子ちゃんぐっすり寝てるねー」
ニヤニヤとこちらを見てくる清水。こいつはやたらとニヤニヤする。一日の大半はニヤニヤしているのではなかろうか。ニヤニヤしていない時はムスッと不機嫌そうに顔をしかめている。俺と一緒にいる時だけど。感情起伏が豊かな寧々ちゃんは頬を緩ませ、ムフフ♪と楽しげな表情で笑っている。嬉々とした目は俺のことは勿論、奥にいる姫子を捉えている。俺の肩に頭を乗せて安らかな寝息を立てる姫子。余程疲れたのか、少し身動きしても起きる気配がない。白い肌とサラサラの黒髪、お人形のように整った小さな鼻とピンク色の唇。天使の寝顔がそこにあった。
「ぶ、ぶひひ委員長の寝顔カワユス~ぐふふ」
小金が気持ち悪い鳴き声を出すのも許容してしまうぐらい姫子の寝顔は可愛い。こうして間近で拝めるだけでも十分に幸せなのではなかろうか。お金を取られてもおかしくないくらいだ。
「おい餅吉、お前は見るな」
「ぼ、僕だけ駄NGすか!?」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ清水と小金、けれど姫子は起きる気配がない。そんなに熟睡しているのか? 野生が薄れた俺が言うのもどうかと思うがもう少し警戒心を持った方がいいぞ。隣には出会って半年程度の男が座っているんだぜ。熟睡は勿論のこと自身の頭を乗せるのはマズイでしょ。姫子の緩さに不安を覚える。
「ホント姫子ちゃんはテリーのこと好きなんだねぇ」
ニヤニヤニヤニヤニヤニヤする清水。どうしてそうなる、おかしいだろ。姫子が俺のことが好きぃ? そんなわけない。俺の友達がそんな感情持っているわけがない。
「なんで付き合ってないの~?」
「俺達はそんな関係じゃねぇよ。スマビクを楽しむ戦友なんだ」
スマビクで競い、切磋琢磨し合う仲なんだよ。因縁のライバルと言ってもいい。いや駄目か、実力が均衡していないよね。全国大会優勝者の姫子、対して俺は予選大会で敗退する程度のビギナープレイヤー。日本界で表すと田中と斉藤くらい差がある、たぶん。日本界というか野球界? よく知らないけど。
「まだ首痛いから寝るわ」
え、また寝るの?と聞き返す清水は無視。このまま寝るとまた姫子とくっついて安眠しちゃうだろう。けどもういいや、もう恥ずかしいとか関係ない。森の中で一緒に散歩して挙句におんぶまでした仲だぜ? 付き合っていないとはいえある程度は仲良しだ。頬くっつけて寝ることくらい今更って感じだよ。……若干まだ恥ずかしいけど。い、いやいや寝れば関係ないね! さあ早く寝よう。
「ネイフォンさん、着いたら教えてください」
「おお任せたまえテリー少年よ」
運転席に座るおじさんにお願いし、目を閉じる。あぁ、なんだか今すぐにでも寝れそうだ。ポカポカと暖かくてなぜか安心出来る。自分の部屋の中よりも安堵感に満ちている。どうしてだろう……こうして姫子と寄り添っていると気持ちが落ち着いて気が緩んでしまう。これが天使の力なのか? あぁん眠たい。
「それにしても相変わらず仲良くて微笑ましいねぇ」
「あ、テリーと姫子ちゃんのこと? だよねぇ、学校でもこんな感じだよ」
「あの頃と同……ん、テリー少年はマジで寝たみたいだね」
何やら清水とネイフォンさんが喋っているのを微かに聞きながら意識は暗闇へと落ちていった。……まぁ、こうして皆でどこか遊び行くのも悪くないかもな。またいつか機会があれば行ってもいいと思う。森の空気と匂いを思い返しながら、ふと手を握る。手を握ったのは現実か夢の中か、それは分からない。けど右手は暖かく、安心感で満たされた。




