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第86話 木の上でお散歩

「このキノコは煮ると美味しいやつ」


「こっちのは?」


「それは食うとギリギリ耐えられる程度の痛みが長時間続く」


「地味に嫌だね」


姫子と散歩しつつ食べられる山菜とキノコを教える。全て分かるわけではないが勘とノリで判断している。ギリギリ耐えられる痛みが長時間続くキノコには触れず、食べると少しヒリヒリする程度のキノコを摘まんで口に放り込む。口内に謎の清涼感が広がるぅ。


「……美味しい?」


「特別美味しいわけじゃないけど空腹時には重宝するって感じだな。姫子は食べない方がいいよ。お腹壊すかもしれないから」


ただでさえ体が弱いんだからさ、変なもの食べて体調崩されると困る。スースーする舌先で下唇を舐めながら奥へと進む。随分と歩いたなぁ、結構奥の方まで来たような気がする。空気は澄んで、吸い込めば気分爽快。この爽快感はキノコのせいではなく空気のおかげだ。今日で何十回と呟くがやはり森は素晴らしい。鮮やかな新緑は心を穏やかにしてくれる。故郷の森と比べると物足りないが、まあ立派な森だよ。今ならティッシュ配りも軽快に出来そうだよ。好青年よろしく爽やかな笑みを浮かべてポケットティッシュを差し上げるだろう。だが残念ながら都会ってのはこんな静かで綺麗な場所ではない。都会ではしかめ面で配ることしか出来ない。バイトかー。あぁ春休みは鬱だなぁ、くすん。


「……照久」


「ん、どうした?」


クイクイと服の裾を引っ張られた。振り返ると、どことなく頬が紅潮している姫子の姿。息切れしており、小さな息を連続で吐き続けている。……疲れている? 姫子の手を引っ張って歩くこと暫し、そこそこ歩いた。先程清水から言われたことを思い出す。エルフと人間では身体能力が違う。火の起こし方、魚の獲り方、それらだけでも両種族間では大きく異なっている。ましてや姫子は体が弱い。俺は自分のペースで歩いていたけど姫子にとっては辛かったのでは……? そう思った途端、一気に罪悪感が押し寄せてきた。何も考えず自分の欲求に従ってこの子を連れ回していた自分、ああ、ああああ、俺は何てことを……! 己の鳥頭と気遣い力のなさが憎らしい。


「ご、ごめん!? 疲れた? ちょっと休もうか?」


「……ううん、平気」


そうは言うけど明らかに体調悪そうだよ。キャッチボールで全力ダッシュしている時の小金みたいだ、ぜぇぜぇ言っている。いや小金と比べるのは可哀想だよな、あいつが喘ぐのと姫子が喘ぐのじゃあ雲泥の差だ。とにかく姫子が疲れているのは見て明らか。この様子を見た後に、「よーし、もっと奥の行ってみよう!」とか言う程馬鹿じゃないぞ。歩を止め、その場で停止。姫子をじっと見つめる。これ以上連れ回すのは駄目だな。元々俺が清水から逃げようとして一緒について来てもらっただけなのだし、姫子に辛い思いはさせたくない。何より姫子がダウンしたら清水がガチギレしそう。首絞めでは済まない、もっと酷い折檻が……っ、う! 想像しただけで足が竦む。


「ね、もっと、歩こ?」


本人は大丈夫だと言っているがこれ以上歩かせたくない。この状態で咳が出たらどうするのさ。それに、疲れてしんどくなったから俺の服の端を掴んできたんでしょ? 変な意地張らないで素直に休もうって言えばいいじゃん。けど姫子は裾をグイグイ引っ張るだけ。病弱なんだから無理しちゃ駄目だろうが。はぁ、しょうがない。腰を下ろし、姫子に背を向ける。


「ほら、おんぶするよ。乗って」


「うん」


なぜか今度はあっさりと了承した。さっきまで歩きたいと言っていた人間の即答とは思えない。まあいいけどさ。おんぶした方が姫子に負担がかからなくて済む。俺やっぱ頭良い、電気を発明した人間の次に頭良いかも。視界の両端からぬっと現れる姫子の腕。それと同時に背中に伝わる温もりと柔らかさ、意識はしないようにする。これ絶対!


「よっと、大丈夫?」


「うん」


無事におんぶ完了。しっかりと持つ。姫子は首にそっと自身の両腕を回す。優しく回して全身を俺の背中へと預けた。おお、清水とは大違い。あいつは本気で首絞めようとしてきたのに姫子は優しくぎゅっとしてくれる。なんだこの差は、ドーナツとトイレットペーパーの芯くらい差があるぞ。ツナマヨパンと硬球くらい差がある。背中が温かく、というか柔らかい感触が……。なんか今日は姫子と肉体的接触が多いような気がする。いや爺さんよ、決していやらしい意味ではないから安心してほしい。駄目だぞテリー、理性を見失うな。先程拾ったキノコをかじる。ヒリヒリするぅ、ぐっ……! よし、意識が覚めた。危うくだったぜ。姫子を背負った状態で再び森の中を進む。


「……懐かしい」


ん、姫子?


「どうかした?」


「照久、木の上に登って」


首筋に当たる生温い息。生き物の吐く息が首元をなぞり、欲望を揺らして興奮を煽る。ぞわぞわと震える首筋とそそり立ちそうな何かを抑えるので必死だ。ぐっ、なんつー攻撃。新しい扉を開きそうだった。快感にも似た興奮が胸の中で……はっ、駄目だぞぉ!? キノコを頬張れぇ! 口がスースーする! げ、げほげほ。

えーと、木の上? 上を見上げると空へと伸びる大木の数々。あの上に登ればいいのか。まぁ人間の姫子が登れと言うから、木登りは人間の世界でも常識だということだろう。それなら問題ない。やっと人間らしいことが出来る。両足を軽く曲げ、屈伸のポーズ。足の裏に力を溜めるようにして踏ん張り、上を見据える。勿論背負っている姫子のことも忘れない。落とさないよう両手は姫子の太股を掴んで上半身を背中に乗せる。再三言うが柔らかい感触のことは気にするな、お願い頼むから俺。


「そーらよっと」


ジャンプ。大木の幹に片足をつき、すぐに蹴る。次は木の枝の上に着地、枝の根本に体重を乗せて足場を確認。もう一度ジャンプして一気に木の頂上へと着地する。


「おお、良い眺めだな」


さっきまでの光景からは一変、別世界が広がっていた。光差し込む緑の葉を見上げていたのから、今は森を見下ろす形になっている。一面に広がる緑、グリーン。まさに緑一色だ。役満だ。……何言っているんだろ俺? まあとにかく絶景ってことだ。足元に広がる新緑の葉、見上げると眩しいお天道様と美しい空。まさに大自然って感じ。


「お姫様、これでいいですかー?」


「うん、ありがと」


ぎゅっと抱きつく姫子。お、さっきより声色が良くなったような気がするぞ。やっぱ陽光を浴びるのは気持ち良いよね。陽の光りもろくに差し込まない大樹生い茂る森の奥でひっそり暮らすのも良いけど、こうして程良い自然に囲まれた場所で太陽の下で暮らすのも素晴らしい。こういった場所で過ごせば姫子の病弱な体質も治るのではないだろうか。


「こうやって自然に囲まれると体も良くなるんじゃないか?」


「うん、こうやっているとすごく落ち着く」


おお! 姫子がご機嫌だ。よくやったテリー。姫子が喜んでいるとなんだかこっちまで嬉しくなっちゃう。木の上を渡り歩きながら空中散歩とやらを楽しむことにする。ウフフ、手が太陽に届きそうだよっ。さすがにそれは無理か。浮かれ過ぎ~、馬鹿乙~♪と人間に言われそう。別に馬鹿じゃないし寧ろお前らより賢いもんねー! 等と思いながら木々を渡り跳んでいく。ああ、なんという解放感。ここに一時間いるだけで身も心も浄化されている。


「俺やっぱ森が好きだぁ、えへへ!」


独り言のような呟き、けど姫子に聞かせるようにして声を張った。森に触れて癒されるのはエルフだけじゃないと思う。機械と騒音に囲まれて過ごす人間だって静かな憩いの場は欲しいはずだ。こういった自然は絶対に心地好いに決まっている。そうだよな姫子?


「私も……大好き」


ほらねー! 姫子が分かる子で良かったよ。一緒に森を楽しもうよ!


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