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第85話 獲る、逃げる、繋ぐ

「お肉美味い! ねえもっと焼こうよ」


「そうだな。あまり意味ないけどお前の眼鏡も焼こうぜ」


「あまり意味ないならやめてよ! というか少しは意味があるの!?」


火が点いてバーベーキューの始まり。牛肉や豚肉を焼いて野菜やキノコも焼く。とにかく焼く、バーニングだ。お肉が美味しいということは自明の理。野菜と一緒に食べると威力倍増だ。あぁ、なんて美味しいのだろうか。絞められた喉首を肉汁と油が癒してくれる。キノコも美味しい。モリオみたいに身長倍加の術を発動出来そうだ。というか焼肉のタレをつけたら何でも美味しくなると思われる。小金の眼鏡も食べられそうだ。……いや、それは無理だわ。そもそも食べたくない。


「お肉もいいけど、魚を食べたいねぇ。若者達よ、魚を頼むよ」


生キノコを噛み砕きながらネイフォンさんが呟く。車を運転してくれた保護者的なポジションのおっさんよ、何を言っているんだ。バーベーキューの準備、点火、食材を焼く、これらにアンタは何一つ関与していないくせに偉そうに注文するな。不衛生な髪の毛は森から吹く緩やかな風になびいてモソモソと動いている。どこを見ているか分からない両目は若干腐っており、鼻先に乗っているだけの眼鏡は今にも地面へ落ちそうだ。こんな大人にはなりたくない。もっと身嗜み整えて清楚で真面目で立派なエルフの大人になろう。あなたのことは反面教師のクズ野郎として見習っていくつもりだ。そして小金、なぜお前は釣竿を取り出しているんだ。拙い手つきで釣りの道具を用意している。


「僕に任せてください先輩っ、川の主を釣ってやりますよ」


「なんだよ先輩って」


「人生の先輩さ。僕もこんな風に威風堂々、自由奔放、ジゴロな男性になりたいんだぁ」


ネイフォンさんを羨望の眼差しで見つめる小金。どうやら嘘話に多大なる影響を受けたようだ。俺とは真反対の意見を手に入れている。なりたい大人がこれって……普通になれると思うぞ。堕落した生活を送れば誰だってなれる。ネイフォンさんに懐柔されてしまって小金は従順な下僕になった。釣竿もろくに組み立てられず、釣り針を自分の親指に刺している。下手くそかお前。


「い、痛い。おかしいな、これどうやって釣り糸と針つけるんだろ? き、木宮ぁやり方分かる?」


「人間の漁獲方法は知らないけど魚の獲り方は分かる」


え?と呆けた声を無視して靴と靴下を脱ぎ捨てる。ズボンを膝元まで上げ、川の中へと入っていく。川の冷たい水が足先を飲み込む。まだ春先、気温が上がってきているが水温はまだ冷たい。そういや冬から今の時期にかけての魚捕獲は嫌だったなぁ。でも魚食べたいから嫌々やっていたのを思い出す。さて、火の点け方を忘れていなかったわけだし、魚の獲り方も体が覚えているだろう。気を静め、集中を高め、川の流れを凝視する。次第に見えてくる水面の奥、さらに奥の水中。最初は目を凝らしていたのに今は自然と水中の様子を見て取れる。お、いたいた。狙いを定めたのと同時に右手を肩の高さまで上げる。……………………。


「え、あの、うん? なぜ木宮は川の中に入ったの? 嘘、だよね、いやいやそんなわけ。銛を使うならまだしも、素手で捕まえようだなんて……」


「ふぁい!」


「ぎゃあああああ生魚がこっちへ飛んでぶべぇ!?」


掲げた手で半円を描くようにして腕を振るう。水面を散らし、狙いに向けて五指が水を切り進む。見事に魚の胴体を捉えた。そのまま腕を振り切って魚を小金の方へと飛ばす。どうだ、なかなかの腕前だろ? 川で魚獲ったなぁ。齢十一の頃、全長数メートルにも及ぶ巨大な魚を獲ってこいと爺さんに言われたことがある。あの時は三日三晩かけて探し続けた。四日目の朝、爺さんから「ごめん、あれ嘘♪」と言われた時は本気でぶっ倒そうと思ったね。嘘つきやがって、孫を弄ぶクソジジイだったのは昔からだ。納得出来ないが、あのおかげで随分と鍛えられた。人数分捕まえるとしたらあと四匹か、まあ数分あればいけそうだ。自然って素敵だねっ。


「おいおい木宮、いや木宮先輩!? 何よ今の? 熊が鮭獲る時みたいなフォームだったよ!?」


魚を顔面で受け止めた小金がまたしても奇声を上げる。お前さっきからうるさい。オーバーなリアクションをしないと死ぬ呪いにでもかかっているのか。もうちょっと待ってろ、今に人数分捕まえてやるからよ。お前は魚を調理するか眼鏡を焼いていな。そらよっと。


「ぶぶっ、というかなぜ僕の顔面に飛ばすの!?」


あぁ、川と触れ合うの気持ち良い。こう、開放的になるというか。自分は生きているなぁと思う。生きる為に他の生き物を食らう。自然の摂理を遂行することに誇りと責任を感じ、生を実感する。薄っぺらい紙幣を渡して食物を手にするのでは学べない、感じることの出来ない気持ち。生き物と生き物が繋ぐサイクルに自分もいることが分かり、生命の流れを掴む。素敵やん、とても素敵やん。


「清水もやってみるか? テメーでテメーの食い物を調達するってのは大変であり充実してい、る、ぞ……ぉ?」


振り返ると清水が不機嫌そうに眉をひそめていた。不快そうな表情は「お前さっき言ったこと忘れたのかよ」と告げていた。マジかよ、この手法は人間界では非常識だったのか。もう知らねーよ、何が良くて何が駄目か分からないって。ガイドライン的なものください。Q&Aの形式で書かれた本をくれよ。Q.魚を獲る時はどうしたらいいですか?みたいなやつでさ。Q.合法的に女性の足を触る方法を教えてください!みたいな。とりあえず戻ろう。清水が人差し指をクイクイしている。戻ってこいの合図だ。また首絞められるのかな……嫌だよ。大体何だよ首絞めるって折檻は。女子が首絞めるなんて恐ろし過ぎる。普段お裁縫やお料理をしている可愛らしい手で生き物を仕留めようとするんだぜ。ヤバイよ、ギャップが激しいよ。


「この鳥頭、今度は本気で落とすよ」


死ぬ。死んじゃうっ。俺が魚を捕らえたようにこいつは俺の命を奪うつもりか。このまま死を待つのは勘弁だ。そうだ、逃げよう。嫌なこと恐いことから逃げるのは生物に刻まれた本能。逃走本能に従って清水には近づかない。素早く靴下と靴を履いて辺りを見回し、姫子と目が合う。こ、これだ!


「姫子、一緒に散歩しようぜ」


姫子の手を取り、森へと向かう。さあ一緒に逃避行しよう。一人で逃げた場合、戻ってきた時に首絞めが待っている。だが姫子と一緒に森へと逃げて、二人で戻ってきたとする。なんか許されそうな気がする。もぉ姫子ちゃん連れてどこ行ってたのょ~と呆れ口調で小突かれる程度で済むと思うんだ。なんとなく。


「待ちなさいテリー!」


「先輩、魚をお持ちしました」


「いいねぇ、そのまま串焼きにしよう」


ぎゃあぎゃあと騒ぐ一同は無視して森の中へと入っていく。やっぱり森の中は落ち着くなぁ。嫌なことも忘れることが出来る。鼻孔くすぐる木の匂い、耳穴に流れる葉の揺れる音色、素晴らしい。木々と葉の隙間から差し込む日差しは、暗い森林を照らすように心を明るくしてくれる。やっぱり最高だよ。最高、サイコー。まあエルフの森はもっと最高だけど。最高より最高だ、大最高だ。もっと空気が新鮮なんだよねぇ、雰囲気も違うし。


「……照久」


「あ、ごめんごめん。清水から逃げる為に付き合ってもらって悪いね」


歩くこと暫し、清水達の声が聞こえなくなったところで姫子が名前を呼んできた。ここまで来れば追ってくることもない、安全だと思ってよい。そういや姫子の手を握ったまま歩いていた。仲良しテリーちゃん姫子ちゃんとはいえ、二人きりで手を繋ぐのはやり過ぎだ。このクソ茶髪、何手繋いでやがる気持ち悪いんだよ、と罵られても文句は言えない。日野なら毒舌を吐いているだろう。ごめんね、今すぐ離すから。握っていた手を離す。


「ぁ」


「え、何?」


「……手は繋いだままでいい」


離して五秒、再び姫子と手を繋ぐ。温もりが手の平を覆う。皮膚どころか指の骨まで温もりに浸る。あ、ああ。手は繋いだままでいいのですね。チラッと姫子の顔を覗く。相変わらず無表情で何を考えているのか分からない。白くて綺麗な肌、整った小顔とパッチリとした瞳はいつ見ても可愛い。……なぜこんな森の中で女子と手を繋いでいるんだ? 俺か、俺のせいか。冷静に考えると随分と大胆な行動をしてしまったようだ。今頃になって恥ずかしくなってきた。この子と車の中でピッタリくっついて熟睡していたことを思い出すと照れ恥ずかしさ倍増だ。姫子は無口だし、な、何か話題は……


「い、いやー森は静かで空気も美味しいよね」


「……うん」


「あっはははは」


あー、駄目だ。なんかしんどい。空気は美味しいのに空気しんどい! 何これ、なんすかこの状況。自らが招いたとはいえ、うーん……き、気恥ずかしい。


「あーと、えーと……皆のところに戻る?」


二人きりの散歩が照れくさくなった結果、逃げることにした。またしても逃走だ。ゲームの主人公だったら「おお勇者よ、逃げるとは情けない」とか言われそう。逃げてきた場所へ逃げようとしている今の状態。なんとまあ滑稽だ。だけどこれ以上姫子とキャッキャウフフとお散歩をエンジョイ出来る精神状態ではない。……なんかね、最近姫子のことを意識してしまうというか。一緒にいる時間が多くてそれ即ち姫子のことを考えることが増えるということでして。そのくせ会話は続かない。なんてことだファック。


「……まだいい」


へい?


「もっと歩こ?」


こちらを見上げて小さく呟く姫子。おぉふ。姫子がそう言うなら、いいけどさ。来た方向とは反対、つまり森の奥へと歩く。手を繋いだまま。もう一つ言いたいことがある。無口な姫子と一緒にいて会話は続かないと言ったが、それが嫌だと思ったことはない。無言のまま下校したりゲームしたり、こうして散歩したり。それが心地好くて落ち着く。けど照れくさい、気恥ずかしい。思春期って怖い、機微たる感情の変化に自分自身が悶えている。お、落ち着かない。落ち着くと言った直後に落ち着かないって言う俺。頭混乱しているのかいっ。


「……」


姫子? 並んでゆっくりと歩く、ふと隣の方を見ると姫子が微かに笑っていた。目を細めて頬が……へなっと緩んでいるように見える。あ、と、なんか嬉しそう? 無表情が平常時の姫子が微笑んでいる。……そりゃそうだよね!


「やっぱ森は良いよな! 最高だぜね!」


だぜね!って何、何その語尾。自分で言っておいてツッコミを入れたくなった。


「……うん。懐かしい」


「懐かしい?」


「……こうして、歩くの、久しぶり」


ぎゅっと手を握ってくる姫子。歩く速度はさらに遅くなり、止まってしまいそうなくらい。まるで今の時間を楽しんでいるように、惜しむように、姫子はゆっくりゆっくり歩を進めている。嬉しそうに緩む無表情……けど何か、切なげな影が見えた。森揺らす風音に負けそうなくらい小さな声はしっかりと耳に届く。とても綺麗で、ひどく小さな声。でも聞こえにくいわけでもなく声が掠れていくわけでもなく、聞いていると気持ちが落ち着いて、耳を傾けたくなって。まるで森と接している時と同じ感情で……。

ふと顔を上げる。風に吹かれて揺れる無数の葉、うねり波打つ葉の緑さ(あおさ)に目を奪われる。こんな景色を見た覚えがあった、目に染みる鮮やかな緑をどこかで。故郷の森とは異なる景色、見ていると心の隅で渇いていた何かが潤いに満たされていくような。でもなぜかスッキリせず、ふと気づけば渇いていく。なんだこのモヤモヤとした気持ちは。眺めていると落ち着くのにその裏側で不安がよぎる。不安……いや、違う。そこまではっきりとした感情じゃなくて、もっと曖昧で、というより、何もない、心に穴が空いたような……


「照久?」


振り子のように動く腕、姫子と繋ぐ手。あ、ああごめん。……何も思い出せないや。何だろう、この虚無感は。なんかモヤモヤする。って、考えても仕方ないか。深く考えずに今は自然を満喫しようじゃないか、姫子と一緒に。


「姫子、もっと奥の方行ってみようぜ」


「うん」


二人並んで歩く。俺達が地を歩く音の上、緑色の大海から透ける太陽の光りを浴びながら森の奥へと進んでいった。


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