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第83話 車の中でおねんね

「そうだねぇ、あれは私がまだ自分の人生について深く考えていない頃の話だ」


「ほうほうなるほどっ」


「有名なコーチに声をかけられてね。一緒に世界を跳ばないか?と誘われたのがきっかけさ」


「か、カッコイイ!」


運転をするネイフォンさんと助手席に座る小金、二人で楽しげに会話をしているみたい。アスリート選手の話を聞けると思い込んでいる小金は一言一句聞き漏らさないよう真剣に聞き入る。対してネイフォンさんは気楽そうに嘘話を語っている。あなたにそんな輝かしい過去はないでしょ。昔の武勇伝は三割増しで話す輩が多いと聞いたが本当だったとは。後部席に身を預けてネイフォンさんの嘘話をぼんやりと聞き流す。


「そのコーチはアスリートの頂点に立ったことのある選手だった。伝説とされ、周りからは陸上仙人と呼ばれて崇められていたんだ」


「六道仙人みたいな感じですね、分かるってばよ!」


小金は小金で馬鹿だからネイフォンさんの話を信じきっている。馬鹿と素直が合わさるとこうなるのか。お前の残念な脳に少しだけ同情したくなるよ。口には出さないけどそこの運転手はただのエルフだからな。森から出て放浪するホームレス的エルフだから。煙草吸って家でシコシコしているクズだから。森を守り人としての誇りはティッシュとまとめて捨てた奴だ。改めてそう考えると話に耳傾けるのが馬鹿らしくなってきた。寝るか。清水に寝込みを襲われて実は少しまだ眠たい。


「……照久、」


「あ、ごめん。すごく眠たいので寝かせてください」


「テリー寝過ぎじゃない?」


右から姫子に声をかけられ、左から清水に注意される。つまり俺が後部席の真ん中に座っていることになる。シートがもっこりしている場所だ。ちょっと座りにくい。この状況はシンプルに例えるなら両手に花って感じなのかな。まあどーでもいいんですけどね。無理矢理起こされたわけだし、寝れるなら寝たい所存です。目的地に到着するまでまだ時間がかかりそうだ。じゃあ寝るのがベストな選択だと思う。ベストオブ選択。ベストオブ睡眠。乗り物酔いとか関係ない、睡眠欲に勝てると思うな。目を閉じるだけで眠気が襲っ……あ、来た。睡魔来るの早い。両目を閉じて暗闇の世界へと落ちていく。………………おやすみなさい。






「照久?」


「くー」


「これ完全に寝てるね……って、あ。姫子ちゃんに寄りかかった」


「……照久、近いよ」


「ぐー」


「……照久」











ふと目が覚めた。起きるきっかけなんて分からないが、とりあえず起きた。んんんんん、目覚めが良い。なんだか頭がスッキリしている、気がする。欠伸を一つ噛み殺して大きく伸びをしよう、と思ったがここは車の中だと思い出したのでやめる。狭い車内で大きなムーブは両隣に迷惑をかけるだろうから。紳士、なんて気を遣える紳士なんだ。……あれ、なんか体が傾いている気が……


「なんで俺、姫子の肩に頭乗せてるの?」


「あ、テリー起きた」


左から清水の声。少し顔を上げるとすぐ傍に姫子の寝顔があった。近っ、何この距離。近過ぎるよ。というか頬と頬が触れているし。右頬がポカポカ、それに気づいた瞬間に体温が一気に上昇。自分の顔が真っ赤になっていくのが分かる。な、なぜ? なぜにこんな体勢になっているのだろうか。左の女子による陰謀としか思えない。首を回して清水を睨む。どうせお前が俺を姫子側に押したんだろ。無垢で無防備で可愛い寝顔のテリーちゃんに何しやがる。


「なんか私睨まれているけどテリーが自分で勝手に寄りかかったんだからね」


え、そうなの?


「テリー顔赤くない?」


「うるさい。車内の温度が高いんだよ。ネイフォ、じゃなくてもこみちおじさん。窓開けてください」


「そして遂に私は金メダルを手に入れた。あの夜は女を抱きまくったなぁ」


「ダンディっすね! 夜は小さくてコリコリした二つの銅メダルを噛んだんですね分かりますっ」


まだこいつら話していたのか。陸上の話からゲスイ話になっているし。つーか顔赤いのは仕方ないだろ。起きたら目の前に姫子の顔があるんだぞ。平常心でいる方が異常だ。隣で安らかな寝息を立てて眠るお姫様。こっちはこっちですごい。なぜ平然と寝ているんだ。普通男が寄りかかったら嫌がるものでは? もし清水だったら横パンチされているだろう。


「私だったら横パンチしていたんだけどなー」


予想的中。左に傾かなかったのはラッキーだった。にしてもこの体勢は色々とマズイ。どう見ても仲良し男女だ。確かに俺と姫子は仲良しの部類に属しているかもしれないがそれでも二人くっついて寝るのは少々度が過ぎている。離れなくては。顔を持ち上げ、そっと姫子から離れて元いた真ん中へと戻る。


「……ん」


あ、起こしてしまった。


「あ、テリ……照久」


「ごめんな、俺みたいな臭い男子が寄りかかって。嫌だったら横パンチしていいんだぞ?」


目を開けてこちらをぼんやり見つめる姫子。目はトロンとして視線が宙を泳いでいる。まだ意識がはっきりしていたいみたい。そうだよねぇ、寝起きはそんなものだよ。俺は今朝、不法侵入者が殴打の構えをしていたから意識をすぐに取り戻さなくてはいけなかったから頑張って起きたけど。


「清水も起こしてくれよ」


「えー、テリー気持ち良さそうに寝ていたから起こすの可哀想だったもん」


今朝殴り起こそうとしていた奴の発言とは思えない。


「それに姫子ちゃんが起こさなくていいって言ったから」


「……」


ようやく意識がはっきりとしてきたのか、姫子は小さな声がおはようと告げるとまたいつものように無表情で黙ってしまった。俺も悪かった部分はあるかも。隣に女子がいるのに寝るのはマズかった。バレンタインの時も保健室で寝ていたら不特定多数の女子生徒から寝顔を見られていたらしいし。どうやらエルフの寝顔には人間を引き寄せる力があるみたい。新しい発見だ、爺さんへの土産話がまた増えた。というかまだ目的地に着かないのですか? 感覚的には結構寝ていたと思うんだけど。真面目な嘘話から下衆話へとランクダウンした運転座席へ不満の声を上げる。


「まだ着かないのですか?」


「ああ、もうすぐで到着だ」


「そうだよ木宮、もうすぐで快楽の絶頂へと到着するんだ」


お前らのエロトークに興味にはないんだよ。


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