第82話 煙草吸う陸上選手のおじさん
「あっ、寧々姉ちゃん! あっ、木宮! ヘェイ!」
「テンション高いな小金」
清水案内の下、電車に乗って目的の駅で降りると待ち構えていたのはクラスメイトの小金餅吉。右手を盛大に大きく振り回し、満面の笑顔で俺と清水の名前を叫んでいる。それやめて、すげー恥ずかしいから。足元には大きな鞄が置いてあり、首元にはカメラを提げている。今から遊び行きますよ的な雰囲気をムンムンと出している。そしてそこから五歩程離れた位置に立っているのが、
「照久、おはよう」
「はいはいおはよー、姫子」
僕らのクラス委員長こと漁火姫子。春らしい柔らかい生地のカーディガンと水色のフリフリしたロングスカート的なやつ、私服姿がとっても可愛い。相変わらずの無表情、顔色から何も伺えない。こちらを見つめると同時に、まるで小金から離れるようにして小走りで俺と清水の方へとやって来た。その手には大きめの鞄、以前スマビクの全国大会に出場する為に日本界の首都へ行った時と同じ鞄だ。旅行用なのだろう。
「おはよっ姫子ちゃん。や~ん、その服可愛~い~!」
「おはよう寧々ちゃん。うん、ありがと。寧々ちゃんの服も可愛い……」
女子二人がキャピキャピとお互いのファッションに賛辞を送りイチャイチャしているので俺は小金の方へと向かう。朝から大声出して元気だなお前。地面に置かれている鞄に強めの蹴りを入れておく。
「おはよう小金、今日も良い天気だな」
「うん良い天気だね。でもそれと鞄を蹴ったことがどう結ばれているのか全然分からないんだけど」
そんな気にするなよ。
「というか木宮も寧々姉ちゃんも遅いよ!」
お怒りですよと言わんばかりに頬を膨らませて両手を腰に当てる小金、異様にキモイ。異様に、そりゃもう異様に。アレだな、女子がすると可愛いアクションを男がすると気持ち悪く見える現象だ。不快感が発生してくる。そして遅れたのは俺の支度に時間がかかったせいです。清水曰く鳥頭エルフ。まさか今日が遊ぶ日だったとは。完全に忘れていた。
「委員長と待っていたけど全然会話が弾まなかったよぉ……ぐすっ」
どうやら姫子と二人で待っている間、かなり空気が淀んでいたみたいだ。まあコミュニケーション能力の低い小金と無口の姫子、両者のみで会話が続くとは到底思えない。お題の書かれた六面サイコロを使っても無理だろう。
「二人きりだったから『あれ、これなんかカップルに見えるんじゃね!?』と思って委員長の方見た瞬間に距離を置かれたりさぁ、何なのさ! 僕が一体何をしましたか!?」
やはり気性が荒ぶってハイテンションのご様子。涙を浮かべて絶叫している。朝からこの調子で今日一日テンション持つのか? 今日は皆で遊ぶ日、どうやらどこか遠くへ遊びに行くようだ。えっと、確か……どこに行くんだっけ? また清水が教えてくれるだろう。
「分かってるよ僕がモテないことぐらい、そしてその理由も知っているさ! まず顔があまり良くないって言いたいんだろ皆っ、あぁそうだろうね。でも世の中には顔が微妙な人でも可愛い女子と付き合っていることがある。それはんぜか! トークが上手いからだろう、そうだろうねえぇ! でも僕はコミュ障だ、お喋りは達者じゃない。そんな僕が……そんな自分が、たまらなく、嫌なんだよぉ……!」
テンションの高い自虐モードへと落ちてしまった小金は放置しておくとして、今からどうやって移動するのだろう。やっぱり電車かな。あんまり電車は好きじゃないんだけどなぁ。車内が空いているなら問題ないけど人間で混んでいる時は最悪だ。人間臭がして吐き気を催す。
「なあ清水、これで全員揃ったんだろ? 早く行こうぜ」
「今日何があるのか覚えてなかった奴に言われたくないんですけど~。今からは車で移動するよ」
車か。人間界に来て最初見た時は恐ろしかったな。高速で移動する物体、それも数えきれない程の数が規則正しく走って止まっての繰り返し。文明の違いを見せつけられたよ。それと同時に怖かった、俺死ぬんじゃね?とか思った。その車に今から乗ろうと言われた。……うん、別にいいよ。車に乗ったことは何度かある。電車の乗り方が分からなくてタクシーを使った時だ。普通に快適だったのを覚えている。
「清水が運転するのか?」
「私免許持ってないよ馬鹿テリー。ちゃんと手配してあるよ」
清水のその言葉と同時に車のクラクションの音が鳴る。振り返れば駅前の広場のところに一台の車が止まっていた。……運転席に座っている人物に見覚えがある。というか……あなた車運転出来たのかよ。エルフのくせに。
「やあ皆さんごきげんよう。今日は良い天気だね」
車から降りてきた人物、茶髪でボリュームのある髪の毛と無精髭のせいで清潔感は皆無。鼻からずり落ちた眼鏡と煙草を吸う姿はどう見ても社会不適合者。そんな奴でも俺にとっては未知の世界で手を差し伸べてくれた恩人であり同族であり頼りにしている人物。木宮もこみち、本名ネイフォン・ウッドエルフだ。ネイフォンさんあなた車持っていたのかよっ。知らなかった。
「姫子ちゃんと餅吉は知らないだろうから紹介するね。この人はテリーのおじさんの木宮もこみちさん」
「はーいよろしくね思春期の諸君」
ヒラヒラと手を振って挨拶するネイフォンさん。そういえば清水は昔からの付き合いで知っているけど小金と姫子は全く知らないんだよな。
「き、木宮……まさかこの人……!」
ネイフォンさんの紹介を聞いた途端、こちらへと詰め寄って小声で話しかけてきた小金。何? まさか、お前……何か気づいたのか? このホームレスチックなおっさんが実はエルフであり、そして俺もエルフだということに……!? い、いやそんなわけが。でも、やけに小金が深刻そうな顔で声を潜めるってことはつまり……!
「前に言っていたアスリート選手のおじさん!?」
「あ?」
え、何を言っているの?
「ほら体育の時に寧々姉ちゃんが言ってたじゃん。木宮には陸上選手だったおじさんがいるって。この人のことなんでしょ!」
……あー、そういやそんなことがあったな。以前、体育の授業でのことだ。ちょっと本気を出して人間では不可能なジャンプをしてしまった俺は危うく正体を晒してしまう事態に陥りそうになった。その時清水が偶然立ち寄ってくれて皆にフォローしてくれたのだ。陸上選手のおじさんがいて俺にはその血が流れていると。だからジャンプ力もすごいんだよって。なんともふざけた説得の仕方だが小金含むクラスメイトは全員納得してくれて事なきを得た。小金はそのことを覚えており、今目の前に現れたネイフォンさんのことをその陸上選手だと認識してしまったのか。うーん、どうすればいい? 変に否定したらまた話がややこしくなりそうだし。ま、このままでいいか。ネイフォンに口裏合わせてもらおう。
「あの僕、木宮のクラスメイトで小金餅吉って言います。もこみちさんは陸上選手だったんですよね!? ちょ、握手してください」
「ん、え? あ、何これ。ちょいテリー君、これは一体どゆことだね?」
「すいません、ネイフォンさんのこと勝手に陸上選手として説明してしまって。悪いんすけどそんな感じで口裏合わせてください」
「なんて無責任な。テリー君待ちたまえ!」
しかしネイフォンさんは小金に捕まってしまい、「ねえ少しジャンプしてくださいよ! 金メダルとか獲ったんすか?」と質問攻めにあっている。すんません、適当に相手してあげてください。




