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第81話 素適な朝食と一本足打法

「テリー、ほら起きて」


目を覚ませばフライパンを持って一本足打法で構えている清水がいた。起きないとこれで殴りますよという意味なのだろうか。硬質なフライパンで打撃を食らうと普通に痛い。起きましたよのサインで両手を挙げ、同時に降伏の意も伝えておく。これで何度目だろうか、朝起きれば部屋の中に清水がいる光景を見るのは。


「おはよう清水。今日も夜這いですか?」


「いやもう朝だから。ご飯冷めないうちに早く食べなさい」


清水がお母さんみたい。母親の顔もろくに覚えていない俺からすれば清水が典型的お母さんだと思う。エプロン姿の清水、ポニーテールが可愛い。既に調理をし終えたみたいでテーブルの上には朝食がズラリと並んでいる。こんな近くで料理されているのに起こされるまで気づかない俺は相当鈍感なのだろうか。こちらの生活に慣れるにつれて警戒心が0へと収束しているなー。


「おぉ、美味そう。いただきまふ」


「口がまだ回ってないね」


寝起きだからね、仕方ないよ。本調子になるまで時間がかかる。おぼつかない手足と口元だが、飯を食いたいという食欲だけは冴えまくりで全身の覚醒を促してくる。布団から抜けてそのままテーブルの前へと座り箸を手に取る。炊きたての白米は白く輝き、旨味を出しているかのように湯気がホカホカとたちこめる。焼き魚と漬け物、どちらも調理に手のかかるものだ。漬け物は家から持ってきたのかな、何はともあれありがたくいただこう。両手を合わせて食卓を拝み、まずはお味噌汁を手に取る。あぁ、味噌味美味しい。


「美味しい」


「それは良かった」


向かいの方に座り、食事を始める清水。こうして朝食を一緒に食べることが最近増えてきた。コンビニ弁当ばかりで過ごしている自炊力0の俺を見かねた清水が朝食を作ってくれることになったのだ。合鍵を所有している為、勝手に入ってきて色々とされている。されていると言っても俺じゃなくて台所や冷蔵庫の中身だから。安眠して無防備なのに何かされたらそれこそ夜這いじゃないか。あ、漬け物美味しい。


「テリーもそろそろ料理覚えなよ」


「いや一応料理出来るから」


自炊力0とは言ったがそれはこの人間界においての話。よく分からない道具を使いこなせない故に料理をしなかったのだ。ガスコンロとか最初焦ったもん。突然火が発生してさ、魔法かと思った。森では爺さんと二人きり、生きていく為に食材も自分で調達する毎日だった。火も自分で起こして調理は創意工夫を繰り返すことばかり。それなりのものは作れるぞ。


「人間界にはコンビニという便利なお店があるじゃあないか。それを最大限に使うべきだろ」


「何でもかんでもコンビニに頼るのは良くないよ。栄養偏ってしまうし、健康のこと考えなよ」


この漬け物美味いなぁ、食感パネェ。未知の土地で知らない食べ物を食している時点で健康もクソもないでしょ。森の空気が吸えず、排気ガスで満たされた機械都市を歩いているだけで健康に害をなしているようなものだからな。どこかのホームレス風のエルフは二十年間も人間界の食べ物を食らい、煙草を吸っている。それでも大変すこぶる元気そうでヘラヘラしていることを考えればコンビニ弁当だけを食べたところで身体に大した影響はないでしょう。問題ない問題ない。よってこれからも自炊しないと思いまーす。あ、でも食費が抑えられるなら自炊してもいいかもな。上手く出来ればかなりの節約が可能らしい。そのうち自炊始めようかな。そんなことを昨年の冬からずっと言っている気がする。


「こうして清水が朝ご飯作ってくれるから食事面はとても助かっているよ。もう一緒に住まない?」


「……同棲しようってこと? それは告白として受け取っていいのかな?」


「そうだな。清水、俺の為に毎日味噌汁を作ってくれ」


「現時点で週三回のペースでお味噌汁作りに来ているから別にいいでしょ」


サラッと愛の告白を流し、淡々と箸を進める清水。うーん、見てよこの手応えのなさ。冗談だって、本気で言ってないよ。清水がいてくれると身の周りの世話をしてくれそうだがそこまでしてもらうのはさすがに申し訳ない、そしてエルフの誇りに傷がつく。今でさえ朝ご飯を毎日とは言わないがかなり頻繁なペースで作りに来ている。それだけで十分ありがたい。感謝感激の念を込めながら味噌汁を口へと含む。うます~。


「それに高校生で同棲はヤバイでしょ~。私のお父さん絶対キレるよ、テリー殺されちゃうよ」


「マジかよ。人間に殺されるなんて歴史上数百年ぶりじゃね?」


爺さんから聞いた限りでは歴史上、エルフが人間と戦ったのは今から数百年以上も前のことらしい。森を守るエルフと森林を伐採していく人間、両種族の対立は次第に大きくなり最後は戦争になったらしい。まあそれからなんやかんやあって今では人間に隠れてひっそりと暮らすようになったと爺さんが教えてくれた。エルフの存在を知る無数の人間の記憶を一瞬にして消した英雄の話とかあるけど今は関係ないので割愛。要するになんやかんや先祖の偉い方のおかげで俺はこうして味噌汁を啜ることが出来るってことだ。


「清水の父親って怖い人間?」


「いや優しいよ。ただ昔、私の後ろをつきまとっていた餅吉を注射器持って追いかけたことがあるから」


「何それ怖っ」


注射器ってアレだろ、先端が針のように鋭いくせして筒状になっているんだろ。血管にブチ刺して変な液体を注入するんだろ? 凶器だよ、そして狂気だ。人間の発想には時に恐怖を感じる。コンビニ弁当食べ過ぎて体調悪くなってもぜってー病院は行かないって決めてるから。注射器めっさ怖い。


「あー、美味かった。ご馳走様」


「お粗末様。食器持ってきて、洗うから」


「いいよ俺がやるよ。これくらいさせてくれ」


ご飯作ってもらっただけでなく後片付けまでさせるわけにはいかない、プライドが許しちゃくれないよ。皿洗いくらいは人間並みに遜色なく出来るさ、任せてくれ。役割分担ってやつさ。将来結婚することになったら俺はこんな風に分担して家事をこなしていきたいですはい。亭主関白な頑固親父にはなりたくないよ。


「おー、じゃあお願いするね」


「オッケー。皿洗うぜぇ」


スポンジに洗剤をどっぷり漬けて食器を洗う。どんどん白い泡が溢れてくる。おお、洗剤~。綺麗になっていくぅ。


「そういえば餅吉で思い出したけど今日の予定ちゃんと覚えてる?」


「予定? 何かあったか?」


「……」


どんどん汚れが落ちていくぅ。油汚れに~、ソォイ。そいそい、すげーなスポンジと洗剤のコンビネーション。発明した人間ってすごいな。この辺マジ見直すわ。数だけが多い種族だと偏見持っていたのもこっちに来て大分変わった。……ん? 急に清水が黙ったな。何かあったのか。気になったので後ろを振り返れば、そこには……フライパン持って一本足打法で構える清水がいた。あ、なんかこの光景デジャブな気がする。て、そんなこと思ってる場合じゃねぇ!


「この鳥頭エルフ!」


「躱せ俺!」


フライパンをフルスイングする清水。頭部を狙っている。生命の危機を感じた。反射でなんとか上体を逸らして攻撃を回避、エルフの身体能力を全力で活かした瞬間だ。あ……あっぶね!? なんだ、マジでなんだよおい! お皿洗っている奴の後ろから不意打ちするなんて鬼かよテメー! ギリギリ避けれたけど本当に危なかった。え、何さ急に。


「なんだよいきなり」


「もぉ、なんで毎回約束覚えてないのよ。今日は皆で遊び行く約束していたでしょ」


呆れ顔でこちらをジト目で見てくる。いやいや、その前にフライパンで強襲の件について話そうぜ。おかしいだろ今の。父親が注射器持って追いかけてくるなら娘はフライパンで殴りかかってくるってか? とんだ気違い親子だな、こんな奴らばかりだったら数百年前の戦争でエルフは負けていたかもしれない。


「皆で遊ぶ約束……あぁ、アレか。小金が言っていた春休みどこか遊び行こうのやつか」


「そう。なんでテリーいつも覚えてないの?」


なんでだろうね。記憶力良い方だと思うんだけど、ちょっと大事なことは忘れちゃうんだよねぇ。未だにスマートなんとかの正式な名称覚えてないし。春休みに入る前、学年末考査が終わった直後だったかな。どこか遊び行こう!と小金が言ってきたのだ。バイト漬けになりたかった俺は断ったのだが小金は珍しく頭を使い、清水という協力者を味方につけやがった。清水によって強引に承諾されて皆で遊びに行くことになったのだ。そしてその日が今日、らしい。完全に忘れていた。ヤバ、今日は部屋でグータラ寝て過ごすつもりだったのに。


「じゃあ準備はしてないの?」


「全く何も」


「はぁ……。もうすぐ集合の時間だよ。テリーは身支度整えてきて。荷物は私が準備するから」


フライパンを置いて清水が押入れの方へと直進していく。あ、こいつ下着とか着替えを用意するつもりか。ちょ、やめて。


「え、嫌だよ。パンツ見られるじゃん。恥ずかしい」


「別にテリーの下着見ても何も感じないから」


俺が感じるんだよ! 思春期の男子はナイーブなんだよ。下着見られたくないってば。


「ほら早く歯磨いてきなさい! もう遅刻しちゃうでしょ」


「お母さん!?」


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