第7話 大乱闘スマッシュビクトリーズ
「……上がっていいよ」
「お邪魔しま~す」
学校の最寄り駅から数駅移動して徒歩で十分、委員長の家へと到着。
印天堂65に会える嬉しさ反面、電車という長距離高速移動可能物体に慣れてないので恐怖もチラホラと存在。
人間界では電車という乗り物は非常にポピュラーでありかつ便利な物として利用されているが、何も知らない初見での第一印象は恐怖以外の何物でもなかった。
衝突すれば重傷を負うことは確実、一歩間違えれば即死へと誘う危険度大の電車。なぜ人間は電車が目の前を通過するのを平然とした様子で見ていられるのか未だに理解出来ない。
一メートル先には人体を破壊する威力を持つ物体が高速で走っているんだよ? 本当に一歩違えば死ぬんだぞ?
なんてクレイジーな精神を持っていやがる日本界の人間共。
ともあれ委員長に電車の乗り方を教わりつつ移動して時間にすること数十分、委員長の家へと着きました。
いやぁ、人間の家に来るのは初めてだ。
もし初めに行くとしたら清水の家だと思ったらまさかの委員長のご自宅へ訪問しようとは。
そして驚きなのは委員長の家が神社ということ。
神社とは神様が住むお家のことらしいが、まさか委員長が神様だということかぁ。なんてことを言えば清水がアンタ馬鹿でしょと呆れたように呟くのが想像出来る。分かってるよ、神様の住む神社の管理をする為に人間も神社に住んでいるってことだろ。
エルフの世界に有神論はないので理解出来ない建物だが人間にはごく日常の一部なのだろう。
まあ神社へ来た目的はお賽銭でもなければ神様でも神龍でもない、印天堂65のみだ。
「ここが委員長の部屋?」
「うん……ちょっと待ってて」
おぉ~、ここが委員長の部屋か。
神社の中を通って裏側へと行けば普通の家が建っており、中に入って二階へと上がってドアを開ければ可愛らしいぬいぐるみや小物が置かれたザ・女子の部屋。
綺麗に整理整頓されており、良い匂いがする。良い匂いがする。もう一度言おう、良い匂いがするっ。
なるほど、アニメで見たのと同じ雰囲気なのね。
俺の部屋とは大違いだな、今なんて部屋のいたるところに弁当のゴミが散乱している状態だし。帰ったら片付けよ。
委員長の部屋をジロジロ見ていると委員長は部屋を出て一階へと降りていった。
ん? 何か持ってくるのかな。
お構いなく~、と言いたいが視線にとある物体が入ったので言葉が出なくなった。
あ、あれは……!?
「お前か……やっと会えたぜ」
柔らかそうなベッドと動物のぬいぐるみ、本棚にきちんと並べられた本や少女漫画、絶対に見てはいけないと噂の女子の部屋の箪笥、そしてテレビ。
……テレビの下に置かれてあるのは……あの黒くて中心部が盛り上がっている独特のフォルム、三つの突起物と白いコントローラー、色鮮やかなボタン、どれもこれも切り抜きの写真の特徴と合致している。
間違いない、あれが……あのゲーム機こそ探し求めてきた幻の印天堂65だ。
やっと、やっと見つけることが出来た。テメェを手に入れる為に粉骨砕身の思いで足搔いてきたんだ。
知らない世界に飛び込んで泣いたりゲーム店で恥をかいたり幾度となく辛酸を舐めてきた、ついで美味しい食い物も食べてきた。
その努力と苦労は全てお前と会う為、お前を入手する為にやって来たのだ。
初めて実物を見たが……特に感想はないや。
欲しい欲しいと血眼で探してきたが欲しいのは俺じゃなくて爺さんだ。
さてと、ちょっと触らせてもらいましょうかね。
「……何してるの?」
「ばっふぁろー!?」
ビックリした、気づけば後ろに委員長が立っていた。
いやいやいやいや、何も触ってませんよー?
女子の部屋を勝手に荒らすなんて最低下劣な行為だとネイフォンさんオススメのアニメの登場人物が言っていたからな。
お盆を持って不思議そうにこちらを見つめる委員長、そんな無垢で純粋な瞳を向けないでくれ。隙を見て65を強奪しようと画策する自分に罪悪感が募ってきてしまうから。
奇声を上げた後は苦笑いをしながら65から手を引く。
触ってみたかったが、よくよく考えれば今から実際にプレイするのだから別にいいのか。
「これ、森林の天然水」
「あっ、水? ありがとっ、ジュースより水の方が好きなんだ」
お盆の上にはクッキーという洋菓子と森林の天然水。
炭酸ジュースは苦手なので水は非常に嬉しい。委員長のセンスは抜群だなぁ。
清水なんて炭酸ジュースしかくれないもん。パンをもらっているくせに偉そうに文句言ってすいません。
「うん……」
「クッキー美味っ、これ美味いね。急にお邪魔したのにごめんね、本当にありがと」
「……」
ニッコリと満面の笑顔で微笑んでみせると委員長はプイッと顔を逸らした。
あれ? 何か気に障った? よ、よく分からんよ。
委員長はあまり喋らない人だし表情に出るタイプの人でもない、何を言えば良いのか判断しにくい。
食べたことのない新味のクッキーをくれてさらにはお水も用意してくれた委員長に感謝するべく俺なりに最高の笑顔でお礼を述べたのに顔を背けられたらどうしたらいいのか分からないよ。
むむ、これが女子というやつか。女の考えることは分からんとよく耳にするが俺にも分かる気がするよ。
分からないことが分かるって言葉は意味不明だけど。
「……それよりゲームしよ」
「おお、そうだった。65しようぜ」
クッキーをいただきつつ委員長が準備するのを眺める。
65、というかテレビゲーム機のセッティングは全く知らないので見て勉強させてもらいます。
こういった小さなことから知っていかないとエルフの森で65プレイなんて夢のまた夢。
慣れた手つきで65の接続を進めていく委員長、手際良くて指先は色白く綺麗で繊細で……いつの間にか委員長の指ばっかり見ていた。
そこじゃなくて、にしても準備がやけにスムーズな気がする。
人間がゲーム機を扱うところなんて見たことないので断定は出来ないけど、やり慣れている感じが伝わってくる。
「委員長、もしかして結構65で遊んでる?」
「うん」
「クラスの奴らは皆プレイパッション3やMiiやっているのにマニアックなゲーム機を嗜んでいるんだな」
「……」
否定しているわけじゃないよ?
Miiで65のソフトが遊べる中、65本体で遊ぶなんて玄人っぽくていいよねってこと。
最新ゲームを買わず昔のゲームを長年愛用し続ける方が好感が持てるって言いたいのです。
そうこうしているうちに委員長の準備が完了、後はコントローラーを握って画面を見るのみ。
来たか……この日をどれだけ待ち侘びたことやら。
さて、いざコントローラーを握らん!
「……どうしたの?」
「……」
体全身に痺れが襲ってきた。
視界が歪んで白い閃光が目の奥を這うように動き回り、吐き気が溢れて頭に痛みが走る。
思考は真っ白、何が起きたか分からず意識が朦朧として色と音が消えた。
外部から強く乱雑に叩きつけられたように頭が痛く、内部から爆発したように脳内が揺れる。
ぐちゃぐちゃに乱れたショック状態を救ってくれたのは委員長の声だった……気づけば目を瞑っていたみたいで、目を開けば委員長が心配そうに俺の方を見つめていた。
あ……なんだ今の?
65のコントローラーを手にした瞬間、頭が弾けた感覚に襲われた。
視界が真っ白になって一瞬に詰め込まれた激痛が連鎖して永遠に感じられたあの時間……なんだったんだ今の痛みは?
初めてゲーム機を触った時の症状なのか、いやネットで調べたがそんな症状について書かれた注意はなかったぞ。
…………気持ち悪い。何か喪失したような空虚感に歯痒さを感じる、脳裏掠める白い光に嗚咽が漏れそうになる。
「顔色悪いけど大丈夫?」
「ぃ、いや大丈夫。ちょっと感動して意識飛んだみたいだ、あははっ」
もう握っても何も起きない。さっきのは一体……?
訳が分からないが気にしてもしょうがない。今は65をプレイすることが最優先だ、気味悪い症状が起きようと頭痛がしようとここで退くわけにはいかないんだ。
委員長も心配そうに見てくるし65触って気分悪くなったとかゲーム機に臆する真似なんてエルフの誇りにかけて出来ない。
やってやるぜ、勝負だ印天堂65。
「で、どのソフトする?」
「……これ」
「お、大乱闘スマッシュビクトリーズか」
大乱闘スマッシュビクトリーズ、通称スマビク。
印天堂が過去に発売したゲームの人気キャラクターが登場する格闘アクションゲーム。
体力ゲージを奪い合うシステムの対戦型格闘ゲームとは違い、相手をフィールドの場外へと落とすことが勝利条件となっているのが特徴的なゲームだ。
四人同時対戦が出来る印天堂65との相性が良く、名の通り大乱闘を楽しめる新しい形の対戦ゲームとなっている。
色々なゲームの人気キャラが登場するのが原作ファンを増やしたこと、多人数で熱中出来るスマビクは当時65を代表する大人気ゲームとなった。今でも続編が発売されるなどスマビクシリーズの人気は衰えることなく、ゲーム界の顔と呼ばれるほど不動の人気作品。
とまあ以上全てネットで調べたのを述べただけなんですけどね。
爺さんがやりたがっていたのもスマビクだったような気がする、実際にプレイしてみようではないか。
「やってやるぜ、うおらぁ!」
いざ委員長と一対一の勝負。
俺が使用するのはモリオという赤い帽子と特徴的な口髭がトレードマークの配管工のおっさんだ。
誘拐されたお姫様を救出するべく悪の亀と戦うだけでなくスポーツやパーティーゲームといった多方面のジャンル問わず活躍する万能キャラクター、まさに主人公。彼が出演するゲームは必ず売れると評される売れっ子モリオ、こいつが強いのはゲーム初心者の俺でも分かる、さあかかってきやがれ。
「委員長はブービィか」
「……」
対する委員長の使用キャラはブービィ、あらゆる敵を吸いこんで能力をコピーするピンク色の球体野郎。
こちらも印天堂の人気ゲームの一人だ。モリオと肩を並べてゲーム界に名を轟かせるVIPのブービィ、可愛らしい外見で選択したのだろうけどモリオの前にひれ伏すがいいさ。
『ヤフー!』
『ハァーイ』
テレビ画面でモリオとブービィが声を荒げて対峙する。
そして始まるスマッシュビクトリーズ。
うおおおっ、ゲームするの初めて。興奮しないわけがない!
操作方法はまだ完璧には把握していないがある程度は戦えるはず、デビュー戦は華やかに飾りたいぜ。
スマビクでの相手の倒し方はフィールドから落とすこと、今回は残機が3なので三回落とせば勝利となる。
憎らしい笑みを浮かべるブービィをぶっ殺すべく3Dスティックを横へ倒す。連動するようにモリオが横へとダッシュ、ブービィへと突進する。
いったれモリオぉ!
「……」
「……へ?」
次の瞬間にはモリオは宙を舞っていた。「オウッ!?」と情けない声を上げて。
な、何が起きたんだ。ブービィが蹴り上げたのか?
考える暇もなくブービィが後を追ってジャンプしてきた。右手に青白く光る刃を携えて……
「え、え、えっ!?」
刃に当たってダメージ、ブービィの一回転でさらにダメージ、振り下ろされる刃の衝撃波でダメージ。地面に叩きつけられから態勢も思考も整える時間を与えてもらえず連続打撃がひたすら襲ってきた。
ダメージ値を表す数値が一気に跳ね上がって40、60……100と増えていく一方。
この数値は増えるほどキャラクターの吹っ飛び易さに比例するらしく不利になっていくそうな。
マズイ、まだ何も出来ていないのにもう死にかけじゃないかモリオ!
必死になってボタンを連打するがモリオの拳がブービィの丸い体に届くことはなく、気づけば再び宙へと投げつけられていた。
最初は一歩の距離しか飛ばなかったモリオの体は今では弱パンチで大きく飛んでしまうほどダメージ量が蓄積している……っ、なぜだ!? ブービィの動きが目で追えない……あっ。
「……私の勝ち」
「ま、まだ後2機も残ってるだろ。ここから反撃してやるよ!」
強烈な蹴りを受けてモリオは場外へと消えていった。
激しい爆発音がしたかと思えばモリオはステージ中央部で円盤に乗って再登場。
1機やられたってことか、上等ぉ。操作には慣れた、今のは練習だ。
準備は整ったぜ? テメェを倒す準備がなぁブービィ!
「……」
「私の勝ち」
その後もモリオは掌から炎を出す超人的攻撃で反撃を狙ったがブービィの青白い刃による衝撃波で掻き消され、岩石に変化したブービィの頭上からのプレスで吹き飛ばされた。
接近戦では連打パンチを食らってダメージ値を稼がれ、ジャンプしたら小ジャンプからの小キックで逃げることすら出来ない。
反撃しようにも投げ飛ばされるわ回転蹴り食らうわであっという間に2機目も消滅。
ラスト1機で特攻をかけるも謎のバリアに隠れたブービィが瞬時に背後へ移動し、またも連撃を放ってくる。
懸命に攻撃を繰り出すモリオの奮闘虚しく空へと散ってしまった。
ブービィは残機3の6%というほぼ無傷でモリオ三体を葬り去ったのだ、いや委員長だ。圧倒的強さを誇る委員長を前に何も出来ず完膚無きまでに叩き潰された。
最初の威勢はどこへやら……ごめんモリオ、俺ではお前を上手く操作出来なかった。
「……下手だね」
「う、うるせー! 今日初めてゲーム機触ったエル、じゃなくて奴相手に本気出す奴がいるかぁ! もう一回勝負だ委員長っ」
「……」
その後も挑み続けたが俺のモリオが活躍することなく、ことごとく破れていった。
余裕の表れか、委員長は様々なキャラを使って全勝。挙句の果てには同じモリオを選択してパーフェクト勝利を収めやがった。
モリオってこんなに強いんだね……俺の目に狂いはなかったよ。
狂いがあったとすればそれは俺の腕……悔しい。
何も出来ず負けることがここまで悔しいとは。思わず失禁してしまいそうだ。
森の中で生きる為に弓を握ってきた。
それは生きる為、誰かと競争したことのない俺にとって他人と何か競争することはこのスマビクが初めてだった。
その競争で格の違いを見せられた、俗に言う舐めプをされた、こんなに悔しい思いをゲームでするとはね……ふっふ、あっはっははははっ! ……泣きたい。
「連打ばかりじゃ駄目だよ、もっと回避を使わないと」
「っ、ぐすっ」
「?」
「きょ、今日のところはこれくらいにしてやる。今度やる時は俺の本気を見せてやろう! ぶははははっ」
委員長から顔を背けながら高笑いを上げて部屋を飛び出る。
目的の品だった65から逃げるようにして俺は神社から去っていった。
うっ、ううぅ……ちくしょう。もっと勉強してリベンジしてやるからな。
委員長、可愛い顔して達者なゲームの腕を持つ女。
いつかギャフンと言わせてやる。その為にも今は退いて力を蓄えるべき。
待っていろ委員長、待っていろ印天堂65! お前らを倒すのはこのテリー・ウッドエルフだ。
……この後、帰りの電車が分からず委員長の家へ戻ったのは内緒の話です。