第77話 お部屋でお鍋
「いやー、楽しかったな」
「また来ようね」
「うん……」
なかなかのハプニングがあったりしたが存分に楽しめた気がする。また一つ人間界について詳しくなれた。うん、良い社会勉強になりました。まあ勉強になったからといってスマビク入手達成の為にプラスになることはないけど。春休みに入ればバイトが続く日々、その前にちょっとした息抜きにはなったな。清水と姫子も満足そうにしているようだし、今日は良い日だなぁ。
「よし、帰るか」
「え? 何言ってるのさテリー君」
しれっと手を掴んできた清水。いきなり手を掴まないでおくれ、ドキッとするから。いやだって外に出たことだし、後はもう解散するしかないじゃん。今日は楽しかったね、また来週学校で会いましょーの流れじゃないの?
「せっかくなんだし一緒にご飯食べようよ」
「あ、そゆことね」
確かにそれは一理あるね。打ち上げだってボウリングした後ファミレス行くし、遊んだ後にご飯食べるのがセオリーだ。ネイフォンさんは今日来ないって言っていたし、一人部屋でコンビニ弁当食べるより三人で食べた方が賑やかで美味しいだろう。よし、食べるか。
「ファミレスでも行く?」
清水の提案、とても素晴らしい。だが今回ばかりはちょっと遠慮したい。
「あー、ファミレスはクラスの皆がいるかもしれないから極力避けたいな」
笑顔満開でヘラヘラと入店してクラスメイトの皆と鉢合わせするのは嫌だ。「え、お前打ち上げ断ったくせになんでいるの?」とか「女子二人と遊んでたのかよ」的なこと言われること間違いない。俺が逆の立場だったら絶対言ってる。せっかく交友を深めた級友達と気まずい感じになるのは嫌なのでファミレスやファーストフードのお店には入りたくない。あ、でもそうなると他にどこに行けば……?
「そっかー」
「他にどこ行けばいいかな?」
「じゃあテリーの部屋で食べよ」
え? 俺の部屋? 清水の提案は思いがけないものだった。我が家は学校近くの普通のアパートだ。1Kの質素な部屋、風呂トイレ別のセパレートタイプでキッチンも割としっかりしている。使う機会は清水が来た時ぐらいしかないが。清水のおかげで家電製品もある程度揃って学生一人が過ごすには十分なレベルには達している。あとテレビがあれば完璧じゃないかな。そんな我が城に今から向かおうと清水は言っているのだ。えー……いや、それ、うぅん、どうだろ?
「いや、さ。ほら清水。……姫子を部屋に入れるのはどうなのさ? エルフだってバレるかもしれないだろ」
チョイチョイと手招きして清水を呼び寄せ、耳元に手を当てる。姫子程ではないが勿論身長は俺より低い清水、少し腰を下ろして清水の耳元へ顔を近づけて姫子には聞こえないよう小声で囁く。なんか良い匂いする、女子の香りがします。いやそれは置いといて。部屋によく来る、というか不法侵入する清水は俺のこと知られているので部屋に招き入れても全然問題はないが姫子は違う。姫子はエルフのことなんて知らないごく一般の人間だ。もし部屋に入れてエルフに関わる情報や物を見られたらどうするんだよ。
「別にテリーの部屋変なものないでしょ。なんか異様に汚い鞄ぐらいじゃん?」
「おいテメー、先祖代々から受け継がれしエルフの聖鞄になんてこと言いやがる」
あれは他の森に使者として馳せ参ずる時に使う由緒正しき鞄なんだぞ。何でも入るんだぞ、空き缶とかダンボールとかいっぱい。……ゴミ詰め込んで人間界に来たことは黒歴史だな。忘れ去りたい。
「エルフっぽい鞄と、あとやたら草と泥がついた変な服ぐらいでしょ」
「だから馬鹿にするなって。その生意気な唇奪うぞコラ」
「やってみろよチェリーテリー」
なんだチェリーテリーって。少し言いにくいな。ふざけんな、俺と爺さん以外に住んでいるエルフは一人もいなかった。ましてや同世代の女子なんて会ったこともない、どう頑張ってもチェリーを保つ他ないだろうがっ。そしてチェリーを馬鹿にすることなかれ。リア充と呼ばれるイケイケの奴は違うかもしれないが大抵の根暗な男子高校生はチェリーだろ。純潔を意味するDを持っているんだよ。小金D餅吉みたいにミドルネーム的扱いだ。
「この野郎ぉ、マジで胸触ってやろうか」
「そしたら私もテリーの心臓触るから」
し、心臓触るって何だよ。直接か、直に鷲掴みするってか!? 心臓を? とてつもなくグロテスクな光景だな。清水の胸を揉む俺と俺の心臓を掴む清水。エロさとグロさのバランスが取れていないよ。怖過ぎる。
「……照久」
「ん、どした姫子」
清水の発言に恐怖を感じていたが気づけば姫子が後ろから服の端を掴んでいるではないか。あ、またそれですか。それされるとソワソワしちゃうんですって。変に興奮して落ち着かないというかドキドキするする。ある意味心臓を掴まれているようものだ。
「……寧々ちゃんと近い」
「へ? いや、ちょっと話すことがあって」
「……」
痛たた、服じゃなくて肉摘まんでいるって。長い間清水と内緒話していたのが姫子の気に障ったみたいだ。別に姫子のこと放置していたわけじゃないですからね。姫子はエルフのことなんて一切知らない人間だ。もしも正体をバレてしまったら姫子に対して忘却魔法を使わざるを得なくなる。姫子には忘却魔法使いたくないなぁ、なんか申し訳ない。それなりに仲良くさせてもらっているから出来るなら今の関係のままやんわりと過ごしていきたい。
「じゃあテリーの家行こっか」
結局それは変わらないのね。まあ別に部屋は自分なりに整理整頓しているつもりだから問題はないと思う。変な物も置いていない。アハンなDVDとかウフンな本は買っていないから大丈夫だから。コンビニの雑誌置いてある場所の端にあるちょっとした危ないコーナーにも近寄ったこともないからさ。あ、いや……エロイ漫画の表紙に『金髪エルフにアブナイ触手が迫る!』『今月はエルフ凌辱特集』って書いてあって手にとりかけたことがあったわ。あれは仕方ない、本当に仕方ない。で、でも買ってないから大丈夫だっ。
「俺は別に構わないけどさー……」
エロ本もなければ部屋も綺麗にしている。エルフの存在を知られる物も押入れに隠せばいい。だとすれば特に問題はない。ただ姫子は……どうなんだろね。姫子は俺なんかの部屋に入りたいだろうかってことを言いたいわけです。汚そうだから行きたくないとか言われそうだ。そんなことダイレクトに言われた日にはショックで一日寝込みそうだよ。
「姫子は俺の家でいい? 臭いとか嫌だったらファ○リー○買っていこっか?」
「照久の部屋でいいよ」
「え、本当?」
「うん」
特に嫌そうな様子もなく即答で承諾した姫子。その顔に迷いの色はなく、寧ろノッているようにすら見える。え、そんな簡単にオッケー出してくれるの? ま、まあ姫子がいいと言うなら全然問題ないけどさ。いつも姫子の部屋にお邪魔してスマビクを延々とやり続けているから今回は俺が自分の部屋へ招待するのもアリか。ファ○リー○買わなくて大丈夫すか? 森のフローラルな香りのやつ買ってもいいんだよ?
「満場一致ってことで。じゃあテリーの家に行きましょ。あ、その前に材料買わないとね」
「俺の部屋に行くのは分かったけど何食べるんだよ?」
「簡単に作れて冬の定番と言えばアレしかないでしょ~」
ピースをしながら微笑む清水は真っ直ぐ駅の方へと歩いていく。冬の定番と言われても人間界に来て数ヶ月の者はピンと来ないんですが。
途中スーパーに寄り、夕飯の材料を買う。モツがいいとか塩ちゃんこにしようとか冒険してカルボナーラいってみよう等の口論を経て一通りの材料を買い終えて我が家へと向かう。既に陽は沈み、辺りは暗くなっていた。二月も残り数日で終わり、春の芽吹きはすぐそこまで近づいているのに気温はなかなか上がらず冬の寒さはまだ健在だ。いつになったら暖かくなるのやら。
「お邪魔しまーす」
「……」
部屋の鍵を開け、清水と姫子を招き入れる。幾度となく訪れたことのある清水、初めて部屋に入る姫子の両者ではリアクションが全く違って家主としては見ていて少し面白い。迷わず台所へ向かい、いつの間にか備えてあったハンドソープで手を洗う清水。あのハンドソープ、ある日朝起きて清水が朝ご飯作ってくれた時には置かれてあった。清水が勝手に買ったのだろう。今の時期に手洗いは大事だよね、人間界では。手を洗い終えて慣れた手つきでご飯の準備を始める清水とは対照的に姫子は部屋の隅々をひたすら見ている。別にこれといって目に留まるような物はないと思うが。良い風に言えばシンプルで綺麗にしている、辛口に言えば質素で何もなく面白味のないボロ部屋。それが俺ん家。最近までは冷蔵庫や電子レンジもなくて今以上に閑散としていたが清水が買い揃えてくれたおかげで一般の人間が住むレベルのアベレージにはなったと思う。なんだろうね、ほとんど清水に頼ってばかりだな。森から着てきた服と鞄は押入れに隠してあるので見つかることはない。見られても問題ない部屋を姫子はじっと見つめている。え、何……なんか変なところでもある? 暇があれば掃除しているからそれなりに綺麗だと思うんだけど。表情を崩すことなく部屋を見て回っている姫子。しばらくした後、俺の方を見てきた。ん? どうかした?
「……照久の部屋」
「うんまあ、そうだな」
まさかここが俺の部屋ではないと思っていたのかよ。だったらここは誰の部屋だよ。再び部屋の視察へと戻る姫子だが、こんな味気ない部屋を見て何が楽しいのやら。そういえば初めて姫子の部屋に来た時、俺もあんな感じでキョロキョロしていたな。箪笥の中に興味を持ったりしたなー、危ない思考回路だったぜ。あ、お茶とか出した方が良さげなのかな? 姫子は俺が来る度にお菓子とお水用意してくれるし。準備するか。冷蔵庫を開ければ森林の天然水がたくさん冷やされていた。我ながら隙間のない完璧な布陣だな。ただ今回に限っては失敗だったかもしれない。エルフ的には水が一番の飲料水なのだが現代を生きる人間には少し物足りないらしい。特に清水、こいつはやたらと炭酸を飲みたがる。というか高校生のほとんどが炭酸系のジュースを愛飲しているような気がする。あとはフルーツ系の爽やかジュースとか。水を好んで飲むのは運動部の奴らと俺くらいのものだ。気を利かせて来客用にジュースの一本でも入れておくべきだったな。他に何かないのかうちの冷蔵庫には……入れた覚えのない発泡酒が数本入ってあるのはなぜだろうか。確実にあのボサボサ頭のクソエルフの仕業だな。未成年は飲んじゃいけないやつだ。仕事終わりのビールは格別だぜぇくぅ~!ってやつですか? 無断で入れやがってあの野郎。命の恩人じゃなかったら許してないぞおい。
「ただの水だけど良ければどうぞ」
コップに森林の天然水を注いでテーブルへと置く。姫子もずっと突っ立ってないで座りなよ。もう部屋観察にも飽きたでしょ。
「……寧々ちゃんの」
「ん?」
「着けているエプロン、照久のやつ?」
清水が着けているエプロンは照久君の所有物なのですか?と言いたいのか。いやあれは清水が自前で用意した物だ。男はあんなフリフリで可愛らしいエプロンを着けない。ゲームで言うと『このキャラはこの装備を装着できません』と表示される感じだ、たぶん。
「いやあれ清水の」
「……照久の部屋に置いてあったよ?」
「うんそうだな」
あれ、そういえば……姫子に言ってなかったな。清水がたまに朝ご飯を作りに俺の部屋に来たことを。別段言う必要もなかったから言わなかったなー。ん、待てよ。これ言って良かったのか? まあ別にいいよね。
「……寧々ちゃんと仲良いね」
「へ? ん~、そうかな?」
確かに清水とは仲良くさせてもらっている。朝ご飯を作ってもらったり人間界について色々と教えてくれたり、お世話になり過ぎているくらい。人間界で気軽に話せる数少ない一人だ。あとはネイフォンさんかな。あの人にも大変お世話になっている。
「……」
「え、なんで手握ってきたのさ」
突如手を繋いできた姫子。まったくもって意味が分からない。なんすかいきなり。心臓に悪いからやめてほしいと心の中で再三言っているだろうが。心の中でしか声を荒げてないから姫子に伝わるわけがないよね。うーん、どうしたのだろう。たまに姫子はこうして手を繋いだり抱きついたりしてくる。急に顔を近づけたりしてさ。もっと、こう、慎みを持った方がいいと思うよ? やたらと肌に触れてくる姫子。肉体的交友が多い。おいおい勘弁してください、俺の精神を削らないで。いつか限界が来て俺の方からガッツリ触りまくりそうで怖いよ。うぅ、やっぱ発情しているのかよ俺っ。
「あのさ、そんな行動されたら男によっては勘違いしちゃうからやめなさい」
「……」
「姫子ちゃんがそういう行動するのテリーだけだよ」




