第76話 奇天烈ワンダーランド
「な、なんじゃここは?」
奇天烈な建造物がそこら中にあるではないか。今まで見たことのない形状の様々な物体。軽く異世界に来た気分だ。ここが遊園地と呼ばれる場所なのね。遊園地、人間界における娯楽の一つ。普段の生活では体験しえない遊具と乗り物で遊べる夢の国だ。子供に大人気なのは勿論のこと、恋人達のデートスポットとしても親しまれている。アミューズメントパークと言うらしい。なるほど、こいつぁ確かにすごい。人間の技術に感嘆するよ。
「じゃあまずはジェットコースター乗ろうか」
清水の先導に従い、ジェットコースターへと向かう。進む方向を見れば何があるか分かる。くねくねと曲がったレーンを高速で走る乗り物、恐らくあれがジェットコースターだ。何あれ怖い。安全性を微塵足りとも感じられない。第六感が告げている。あれヤバイよ、と。最も頼りになる本能の危険予測判断に従うことにしましょう。先を歩く清水に回り込んで嫌そうな顔を見せる。
「おっ、テリーも早く乗りたいよね。私も楽しみだよ~」
全然思いが伝わらない。なんてこった! 拒否の意思を示したはずなのになぜ好意的に受け取る。俺の気持ちと真逆の意味で捉えやがって。駄目だこの子、ジェットコースターに乗ることが楽しみ過ぎて話が通じない。目がキラキラしているよ。ま、負けるか。絶対に乗らないぞ。さらに顔をしかめて睨みを効かす。同級生にしてはいけない形相だ。オラオラ気づけ清水寧々。
「空いてるから早く乗れそうだねっ」
「……そだな」
結局通じなかった。言葉なしではここまで伝わらないとは。言語というツールがいかに大切か痛感した。清水の前進を止めることが出来ずジェットコースターに辿り着いてしまった。ジェットコースターとは数あるアトラクションの中でも一、二位を争う人気を誇るらしい。遊園地の顔だ!と清水は嬉々として説明してくれた。……乗るしかないのか。新幹線が突っ込んできた時より緊張してきた。も、森ぃ。誰か俺に森林の空気をください。
「私達三人なんだよねぇ。姫子ちゃん一緒に乗ろうか」
「待て清水! それだと俺が一人になっちゃうだろ!」
この乗り物、座席列が二つだ。つまり三人の俺達は二人と一人に別れて座ることになる。清水と姫子が二人で座ると俺が一人で座ることになる……それは嫌だ。誰か隣にいないと心許ない。一人で胸中暴れる不安を抑えることは絶対無理だよ。お願いだ、どちらか隣に座ってください。
「えー、じゃあ私一人で乗るから姫子ちゃんと乗りなよ。姫子ちゃんそれでいいよね?」
「うん」
ようやっと清水に思いが伝わった。良かった、これで一安心。隣に誰かいれば少しは恐怖も和らぐ。
「とか思っていた自分がいました!」
ぎゃあああぁぁぁ!? お、落ちるぅ!
あぁ、また一つ学んだ。人間って頭おかしい。
「ほらテリー起きてよ、もう一回行こう」
絶対に嫌だ。ジェットコースターがあんなにも恐ろしいものとは……。上下左右に激しく揺らされるのも気持ち悪かったが何より嫌だったのは安全性について。あんなのいつ壊れてもおかしくないだろ。どうして人間は平然と乗れるんだ? 不安にならないのかよ。事故は起きないってなぜ言い切れる。自分たちの技術を過信し過ぎるのもどうかと思うぞ。
「このくらいの絶叫系でグロッキーになるなよ~」
「照久、次行こ」
そして女子二人はピンピンとしている。すごいね君達。女の子だから高い所は苦手~とかそんな思いは母親の羊水に落とし忘れたのかい? 元気な清水と姫子に両手を引っ張られて無理矢理連れ回される。もぉ、嫌だ。
その後も色々なアトラクションに乗車した。乗ったもの全てを説明しようとすると俺の語彙力では表しきれない程の奇天烈で珍妙な娯楽ばかり。楽しいというよりは疲れた。精神的疲労が蓄積して全身に重くのしかかる。げんなりという表現がしっくりくる状態だ。そんな俺に対して、
「姫子ちゃんアイス一口頂戴っ」
「うん」
元気溌剌な美少女二人。寧ろ遊園地来る前より肌がツヤツヤになっている気すらする。どうなっていやがるこの子達の精神。身体能力ではエルフの方が優れているだろうけどメンタル面では人間が遥かに凌駕してやがる。お、恐ろしい。様々な乗り物に興じているうちに空は赤みが差してきた。時刻はもう夕方。賑わっていた遊園地内に漂う微かな静穏。出口に向かう人間達の姿もチラホラ見受けられる。
「清水、もう帰ろう」
「まあまあ。後一つくらい乗ろうよ。ほらアレとか」
清水の差した方角には巨大な円状の乗り物。遊園地に来た時から気になっていたけど、アレって一体何ですか?
「観覧車だよ。これ乗らないと遊園地来た気がしないよねぇ」
と清水が説明してくれた。観覧車、見た限りジェットコースターのような絶叫系ではなさそう。巨大な車輪のような形状をしており無数の小屋が吊るされている。あそこに乗るのだろう。スピードは遅く、ゆっくりゆっくり回っている。んん、まぁアレなら安全そう。不安だけどこれまで乗ってきたデンジャラスな乗り物に比べたらなんてことない。清水に追従して観覧車へと向かう。
「じゃあ二人で空の旅をお楽しみくださいっ」
「は?」
係員の人間に従って観覧車の中へと入る。先頭を歩いていた清水、入口の前で待っていたのが疑問だったが清水は乗り込もうとせず外でニヤニヤ笑いながら手を振っている。小屋内に入ったのは俺と姫子のみ。そのままドアが閉められ、ゆっくりゆっくり小屋は地上から離れていく。清水、何を? もしかして俺と姫子を二人きりにさせたかったのか? だからぁ、なんでお前は俺達とくっつけようとするんだ。しかし文句を言うことは出来ず高度は増していく。意外と速いんだな観覧車。
「……」
「困った奴だよなあいつ」
そして二人きりの空間。目の前に座る姫子は黙ったままこちらを見つめている。パッチリとした綺麗で円らな瞳がこちらを見つめて……っ、ちょ、なんで俺を見るのさ。観覧車ってアレでしょ、外の景色を楽しむ為のアトラクションなんだろ。なぜ同乗者と見つめ合っているんだ。漫画で見たことあるが、こーゆーシチュエーションの時はアレに発展する。さっきからアレしか言ってないな俺。アレとは、なんかラブコメ的なってことだ。狭い空間、しかも地上から遠く離れた空中の一室で若い男女が二人きり。人間風に言わせてもらうならムード感が最高感ってところか。お互い意識しているなら見つめ合うだけで顔を紅潮させて気づけば二人の唇は重なっている。ま、それは恋愛漫画の定番であり両想いの男女間でしか発生しないニヤニヤイベント。俺と姫子では起きやしない。
「あの、姫子? 俺じゃなくて外の景色見たら?」
「見てる」
「俺と目会っているけど?」
「照久の後ろの景色見てる」
そっすか。それからもじっとこちらを見つめる姫子。その位置の角度だと景色というか空しか見えないと思うけど? 姫子がそれでいいなら別に止めないけどさ。……あれ、なんか今……ドキッとした? え、え……なんで心臓が跳ねているんだ。観覧車が上昇するにつれて大きくなる心音。肋骨を押し返して胸部から音が漏れているようだ。それ程に脈打つ心臓。緊張しているのか? いや、緊張もしているけどそれ以上に……ドキドキしている自分がいる。まさか姫子に発情しているのか……? は、はぁ!? どうしたテリー、お前は誇り高きエルフだろうが。人間の小娘なんかにドキドキしてどうするっ。お、落ち着けぇ。変に意識するのが駄目なんだ。姫子から目線を逸らして横の景色を眺める。
「……照久は」
ん?
「昔のこと、覚えている?」
昔のこと? え、どうしたのいきなり。ずっと黙っていた姫子がポツリと零した質問。昔のこと……そりゃあ覚えているさ。生まれた時からずっと森の中で過ごしてきた。エルフの一族として森を愛し、森を敬って健やかに生きてきた。狩りと栽培を生業にして森と共に成長していった。これらのことは全て姫子には話せない。エルフの存在は隠さなくてはならない。故に喋れない。言葉濁して答えるか。
「勿論覚えているよ。実家で爺さんと二人暮らしだった」
「……」
「まあさすがに赤子の頃の記憶はないけどさ。物心ついた時からの思い出は今でも覚えているよ」
なぜなら俺は高貴で賢いエルフだからなっ。記憶力だって抜群さ。人間界の勉強だって楽勝だ。今回のテストも余裕だった。ふふ、自分の優秀具合に惚れ惚れしちゃうぜ。
「……そっか」
ん? さらに声が小さくなった姫子。ずっとこちらを見ていたのに視線を落として俯いてしまった。え、何かあった? 急に落ち込んで……どうしたのさ。も、もしかして咳が出そう? お薬用意しないと。アタフタする傍ら姫子は言葉を吐き出す。
「私も覚えているよ、昔のこと」
「……へ? あ、あぁそうなの」
「とても大切で、素敵で、私にとってかけがえのない思い出と約束」
……姫子?
「やっはろー! どうだった二人きりの観覧車は?」
気づけば外には清水のニヤニヤ顔。どうやらもう一周したようだ。ドアが開かれて清水がニヤニヤしている。ニヤニヤニヤニヤしているっ。おいテメこの野郎、変な気遣いしやがって。ニヤニヤするな、なんかムカつくから!
「つーか清水は乗らなくていいのか?」
「一人で乗ってもつまらないじゃん。てことでもう一回三人で乗ろうっ」
だったら最初から一緒に乗れば良かっただろうが。
「ったく、分かったよ。姫子も良いよな?」
「うん……いいよ」
そういえば最後の方、姫子の様子がおかしかったような。何か言いたげで、そして、切なげな表情をしていた。悲しげ、というより懐かしんで辛そうな顔だったけど……昔のこと、か。小さい頃嫌な思い出もあったのかな。まあ小さい頃の思い出なんて色々だよ。良いこともあれば忘れたいことだってある。どうしようもない悲しいこととか。それら含めて思い出って言うんだ。それに思い出は思い出、今を楽しもうぜ。俯く姫子に手を差し出す。
「ほら、もう一回行こうぜ」
「……うん」
ちゃんと顔を上げて手を取る姫子。しっかりと握り返してくれた。じんわりと手の平に伝わる温もり。だからドキドキするなよ俺ぇ。




