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第73話 期末考査四日目

「テスト打ち上げ?」


「木宮君も勿論参加するよね!」


「まあ、うん」


「やったーっ。じゃあ明日の放課後ね」


そう言って嬉しそうにクラスメイトの女子はピョンピョンと跳ねている。おお、嬉しそぉ。波乱のバレンタインも終わり、日中は勉学に勤しみ放課後は姫子の家でスマビクをする相も変わらない日々を送っていた。週末は暇を投げ捨ててバイトに励む、全ては印天堂65の為。そんな毎日が当たり前になって幾分か時が流れた。二月下旬、バレンタインが終わると同時に生徒の影に忍び寄ってきたのは学年末考査という悪魔の五日間。一年間学んできた授業の集大成をテストという形式で試すものだ。俺は途中編入なので一年間の集大成というのは当てはまっていないが。何はともあれテストとは学生にとって苦痛であり試練でもある。春の訪れを迎える為の最後の関門だ。それも明日で終わる。


「ねえ木宮君来るって!」


「よくやった。さりげなくバレンタインチョコ渡したことを告げるべし」


クラスメイトの女子は嬉々とした様子で女子数人が固まっている机へと戻っていった。なんかよく分からん。今回のテスト、五日間に渡って行われるのだが今日は既に四日目。もうほとんどの科目は終わっている状態だ。後は古典と生物だけだ。明日は楽勝だな。今日まで受けてきたテストについても同様に楽勝だったと呟いておこう。ちゃんと授業は聞いて勉強してきたので別段苦しい思いとはなかったなぁ。二学期の期末考査時には相当焦っていたのが懐かしい。あの時は清水に助けてもらったんだっけ。今回は出来が良い自信がある。余裕だったなー。あれくらいなら熱心に試験勉強するまでもない。先週の金曜日から始まって明日で終了となる学年末考査。明日のテスト終了時を思い馳せて喜んでいるクラスメイトの面々、中には狂喜のあまり小躍りしている奴もいる。それだけ嬉しいのだろう。浮かれているクラスメイトを眺めながら今朝売店で買ったカツサンドを食べる。今日はテスト、学校も午前中で終わる。半ドンってやつだ。とりわけ学校内で昼食を食べる必要はなく、おかげで売店は空いていた。難なく人気のカツサンドを購入出来て気分が良い。


「照久、ねえ」


すると姫子が話しかけてきた。今日も無表情、そして可愛い。


「おお姫子、どうかしたのか?」


「……。ううん、何でもない」


「? ああ、そうだ。今日部屋遊び行ってもいい?」


「いいよ」


ん、と小さく頷いて姫子はしばらくの間沈黙、何か言いたげだが口にもにょもにょさせて開こうとしない。その仕種可愛いっすね、今後また見せてください。そして今日は姫子の家へ行こう、久しぶりにスマビクしたい。どーせ明日の科目は大したことないのだから遊んでも大丈夫だろ、と余裕ぶる俺カッコイー。テスト勉強飽きたし、ちょっとくらい遊んでもいいはずだ。それに一時間か二時間程お邪魔したらすぐ帰るさ。


「あ……私今から病院行く。……少し待ってて」


「あー、そっか。じゃあ夕方頃に行くね」


「ん、分かった。バイバイ」


「また後でなー」


残りのカツサンドを口へと押し込みながら鞄からお気に入りの飲料水である森林の天然水を取り出す。姫子に別れを告げて教室から出る。さて、今からどうしようかな。姫子の家へ遊び行くのは夕方として、その間どうやって時間を潰そうか。テスト期間中だから勉強してろよ馬鹿、と罵られそうだな。悪いがこちとら低能な人間共とは違って優秀な頭脳と持つ賢き民エルフなんだよ。化学反応式や数学の公式、古典文法なんて一度見たら暗記出来る。教科書通りに学べば何も困ることなんてない。なぜ他の奴らはああも焦ってヒイヒイ言いながらテスト始まる五分前になって勉強しているのだろうか。無駄な足掻きを垣間見た気がする。おかげでカツサンドをストレスゼロで買えたから俺的にはありがたいことだが。


「お、テリーじゃん」


「清水か。今日も可愛いな」


「あはは、テキトーな誉め方は逆にイラッとくるなぁ」


あ、ヤバイ。笑顔だけど目だけ笑ってない、すごく怖い! 両手の指を合わせて骨をパキパキと小気味良く鳴らして接近してくる清水。こっちは紳士的対応で容姿を誉めてあげたのに清水の機嫌は悪くなってしまった。なぜだ、なぜなんだ。可愛いとか言って頭撫でておけば大抵のヒロインは顔を赤らめて声が上ずったりするのがお決まりだろうが、漫画だったら。所詮は空想の話だってことか、そりゃそうだよな。あんな簡単に女子が落ちるなら男共は苦労しないだろう。今頃この世はハーレムだらけだ。一夫多妻制が採用され少子高齢化なんて鼻で笑う時代になるだろうさ。少し話がズレたが要するに清水怒って怖いってことになる。とりあえず謝罪するのが吉だな、素直に頭を下げよう。


「いやーごめんねぇん、ちょっとした挨拶がてらのジョークだよ」


「へえ、私が可愛いってのはジョークだって言いたいの? 私が可愛くないと?」


「へぶぅ!?」


ノーモーションで突如放たれた平手打ち、対応する間もなく頬が弾けて脳が揺れた。痛っ、何この子!? 表情一つ崩さず平然とビンタしてきた。なんつー精神状態だ、野生の猪のソレに近いぞ。クソがっ、ヤバイよ? すごいダルイ、なんかメンドイ。可愛いと誉めたら殴られそうになって、冗談だと言い逃れたら殴られる。二者択一どちら選んでも殴打の結末が待っている、どう頑張ってもパンチエンドじゃないか、救いようがない。もぉ嫌だこの子、バイオレンス過ぎる。


「痛いよ……」


「あー、ごめんねはいはい。良い子良い子」


テキトーな棒読みで頭を撫でてくる清水。その程度のナデナデで俺が懐柔されると思うなよ。執拗に髪の毛を触ってくるバイオレンス女子、これってセクハラじゃないか?


「テリーの髪の毛、細いのにゴワッとしてサラッとしているね」


「意味分からん言葉使うな」


「なんか中型犬撫でているみたい~、きゃ~テリーちゃん可愛い~」


「犬扱いするな。いつまで触ってるんだよコラァ」


執拗に頭ナデナデしてくる清水の手を軽~く弾いて清水から距離を置く、数歩離れる。一応軽く、優しく、ソフトに弾いたけどそれでも清水の逆鱗に触れる恐れがあるから念の為距離を取っておく。とにかく距離を空けておけば暴力を受ける心配はないはず。こいつが口から石や木片を吐き飛ばすという攻撃をしなければ。そんな遠距離攻撃を習得したとなると畏怖を覚えるね。今すぐにエルフの森へ行って「皆聞いてくれヤベェよ、人間って口から石とか吐き飛ばすぜおい」と伝えなくてはならない。


「で、テリーはもう帰る感じ? 一緒帰ろっ」


「いいぜ、手でも繋いで帰るか?」


「握り潰していいなら是非♪」


あっはっは、全力で前言撤回します。軽い冗談を交えつつ清水と並んで歩く。さりげに横っ腹小突かれたのが少し痛い。こいつは俺に何かしらの肉体ダメージを与えないと気が済まないのか。こんな暴力お嬢様でも俺にとっては数少ない会話出来る相手だ。大切な友達だ、フレンドだ。手を握り潰されるけど。


「明日でテストも終わりだね」


「そうだな。余裕だったぜ」


あの程度なら楽勝だ。今日の数学Aなんて二十分余らせたぜぇ。ラスト一分前で計算間違えに気づいて焦ったりしたぜぇ。


「さすが優秀なエルフ君だね」


だから学校の中でエルフって言うな。バレたらどうするんだ。


「じゃあ明日も楽勝だね。テスト終わったら早速行こっか」


「……行く? 何が?」


行くって何だ、早速って何だ。少し違和感を覚えたぞ。行くっどういう意味だ、逝くって意味か? それともイクか? ふあぁぁぁあ、んほほおぉぉおぉテストしゅごしゅぎてイクイク逝っちゃうのぉ~って感じ? おいおいこれマズイって、変な意味なっちゃうよ。等と意味不明な推測を馳せながら歩いていたが、ふと隣の人間が止まった。歩を進めるのを止め、静止してじっと動かない。振り返れば「こいつマジで言ってんのか?」と言った顔をしている清水。口を半開きにして濁った色の目をしている。驚きと呆れと怒り、様々な感情が相俟って複雑な色の眼差しを放っている清水は停止したと思いきやピクリと眉間を動かし、ズカズカとこちらへ進撃してきた。左足を踏み込み、腰を捻り、右拳を振りかざし、その全てが連動して一つの大きな回転を纏って……


「明日遊び行くって約束したでしょ忘れんなやぁ馬鹿エルフ!」


「にちぇぼにゅ!?」


またしても悲鳴が出た。下顎がとてつもなく痛い、痛い! 体の周りに竜巻を発生させて痛烈な回転パンチを放ってきた。助走と回転の威力を全て拳に集約させた一撃は凄まじく、左側から下顎に向けてクリーンヒットしたと同時に俺の体を吹き飛ばした。視界はグルリと暗転、軋む顎骨に亀裂が走るのを感覚と痛みだけが意識を埋め尽くし思考が完全に止まる。意識が回復した時には廊下の床に仰向けに倒れており、視界が歪んでグワングワンしている。……殴られたのか今。一瞬記憶飛んだよ、ねぇ? 歯がグラグラしてる、犬歯が抜けそうだ。殴られたのかー、なるほどね。痛みで悶える頭部全体、首の力のみでなんとかして持ち上げてみれば清水は遠くの方に立っている、距離にして数メートル以上は離れている。パンチ一発で人体一つ分をここまで飛ばせるのか。なんだこいつ、本当に人間かお前。また違う種族の生き物じゃないのか!?


「痛っ……ヤベェ、涙出てきた。あと口から変な汁も出てきた、何これ?」


「ホントにテリーはどうしようもない馬鹿だね、呆れて物も言えないよ」


物は言えないけど手は出せるんだな。おかげで明日は左頬腫らしてテスト受ける羽目になりそうだ。とりあえず両手を顔元に近づけて常に防御の姿勢を構えておく。距離があれば大丈夫だというのは安直だった、少しの油断が左頬破壊及び骨折へと繋がる。恐ろしいぜ清水寧々。


「覚えてないの? 明日、何があるか覚えてないの!?」


「テストがある」


「もう一発食らう?」


「ごめんなさい、一旦謝るからパンチはもう許して!」


距離も空けてガードもしている状態だが怖い。ガード貫通してストレートパンチが襲ってくるビジョンしか見えないよ。は、明日? いや……何かあったか? 身に覚えがない。


「は~ぁ……もぉ、何なのさ。明日テスト終わったら一緒に遊園地行くって言ったでしょ」


「……」


「……」


「……あっ、そういえば」


「思い出すのに何秒かかってるのよ。おいコラ」


舌打ち混じりに睨んでくるのが尚怖い。はいはい、思い出したよ。もっと優しく問うてくれたら俺もやんわり思い出せたのに。頬の激痛と清水の激昂した般若面が重圧となって思い出せなかったんだよ。たぶん。そういえば一緒に昼食を食べている時、清水がサラッと言っていたな。人間社会勉強の為にテスト終わったら遊園地行こうと。完全に忘れていた。


「ひどいよテリーの馬鹿、私楽しみにしていたのに忘れるなんて!」


「その台詞は涙ぐんで言ってほしかった。だから舌打ちやめろって」


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