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第72話 とりあえず暇だったらカラオケに行く

「ん? あれは……」


「げっ」


日曜日、今日もバイト。今週から学年末考査が始まるわけだが敢えてバイトに勤しむ俺カッコイイ状態の木宮照久ことテリー・ウッドエルフです。今向かい側に知った顔を発見した。バイトも終わって精神崩壊寸前、人間臭に気持ちが滅入ったが今日はなんとか立て直して休憩なしで帰路へと向かった次第。その道中、信号待ちで立っていると向かいの道に日野愛梨が立っているのを見つけた。こちらと同様に信号が青になるのを待っているのだろう。そして向こうも俺の存在に気づいたみたい、嫌そうな顔している。昨日も会ったがその前の週末にも二日続けて遭遇している。ホントにマジで何だろうね、土日は必ず会っている。カップル並に会っている。偶然とは恐ろしいものである。


「さて、どうしたものか」


正直言ってあの子と特に話すことはないので無視したい。出来れば軽い会釈だけして会話は避けたい。なぜならあの日野愛梨という女子はものすごく口が悪い。清水の毒舌が可愛く見えるくらい猛毒を吐きやがるのだ。先週と昨日と分かったことである。おまけにあの子とは別段大して親交が深いわけでもない。電車で絡まれているところを助けて悪口言われ、山に登ると偶然出会って悪口言われ、バイト終わりの路地裏でこれまたばったり遭遇そして悪口。茶髪が嫌いだという私怨100%で忌み嫌われているってことが昨日判明したが、どうやらこの子とは相性が悪そうだ。変に対話しようと刺激して毒吐かれるより無視して流した方がお互いの為になる。熱くならず上手くいなせ、大人な対応の俺カッコイイ状態になれ。あちらも無駄な口論はしたくないはず。今だって、


「なんでまたあいつがいるのよ……」


とてつもなく嫌そうな顔して何やら呟いている。横断歩道を渡った先にいる日野愛梨は不機嫌そうに顔をしかめてこちらを少し睨んでいる。何か言っているようだが横切る車の音と周りの人間共による騒音で聞こえない。どーせまた茶髪ディスの悪態でもついているのだろ。これは地毛だと言ったのにな。


「あいつエルフなのよね……話しかけてみるべきかなぁ。う、ううん、駄目よ私。まだあっちにはバレてないから無理して正体を言う必要はないはず……」


なんかブツブツ呟いているなー。真剣な表情で何やら思いつめている様子の日野愛梨さん。車がうるさくて聞こえないけど、まあどーせろくなこと言っていないだろ。また俺に悪口を言おうと今のうちから一人で反復練習しているのかな。それはそれで健気だねとプラス評価にしてあげたいけどつまりは毒吐くってことだから誉められたものじゃない。いやいや、こっちが無視すればあっちも無理に話しかけてくることはないでしょ。落ち着いて知らないフリして通り過ぎよう。信号の色が変わり、横切っていた車の群れは停止する。それに伴い信号待ちしていた人間達が一斉に歩き出す。俺も行くか。


「いや、でも……こっちで同じエルフなんて珍しいし、連絡先くらい知っておいても損はないよね。いざという時助け合えるし」


何をブツブツ言っているのやら。周りの人間は歩き始めたのに日野愛梨は動こうとせずうーんうーんと唸っている。考え事か? へぇ、少しは可愛らしい表情もするんだな。今日は黒髪ツインテール、白い肌と今時風のファッションはいかにも女子って感じだ。目を瞑って眉間にシワを寄せている姿はなんとなく愛おしく、普段の毒舌キャラとのギャップを感じて可愛く見える。さっきから可愛い連呼だな俺、ちょっぴり気持ち悪いぞ。


「でもいきなりアド聞いたら変に勘違いされるのも嫌だし、どこか遊び行ってからの方が……」


「さっきから何やってんの? 早く渡れば?」


「ひゃう!?」


青信号に光りが灯って人間の波が行き交いする中、全く動こうとしない日野愛梨。このままでは青信号が点滅して赤へと変わってしまい、せっかく待っていたのがパーになる。俺には関係なくてどーでもいいことなのだが何やら思いつめて動く気配がないので思わず声をかけてしまった。相変わらず思考の決意を瞬時に忘れてしまう自分が情けない。ともかく静止して突っ立っているレベル1の知り合いに声をかけると、痙攣したように仰け反って悲鳴に近い嬌声を上げやがった。ちょ、ビックリし過ぎ。二対のテールが痺れたようにプルプルと震えて肩がビクッと跳ねる。な、何だ?


「い、いきなり声かけないでください馬鹿なんですかっ?」


「馬鹿ではないだろ。良識的に声かけただけじゃん」


「良識な馬鹿なんですね」


「いやだから馬鹿ではないよね!?」


なんでそこまでして馬鹿扱いしたいのさ。馬鹿馬鹿言われ過ぎると本当に馬鹿になってしまいそうだ。何か考え事をしていたようだがいつもの如く機嫌悪そう睨みつけてくる日野愛梨。この子は睨むことでしか対象を見ることが出来ないのか。好意的にとは言わないからせめてその敵対心剥き出しの目をやめてほしい。茶色の双眸がこちらを睨んでくる。視線で貫こうとしているんじゃないか。はぁ、やっぱり話しかけて失敗だった。これ以上会話しても無駄でしかないから無視するか。


「まあいいや。じゃあまたな」


話を続けても仕方ない、この子のツンツンとした態度を改めさせようという気持ちにはならない。サラッと会釈してその場を去ろうとする。信号赤になってしまった。早く渡らないからだ、またそこでぼんやり待ってろ。日野愛梨の横を通り過ぎて駅へと向かおうとしたら、


「待ってください。少し付き合ってください」


腕を掴まれた。なんつー速さ、避けようとした時には既に掴まれていた。日野愛梨は俺の腕を掴み、じっとこちらを見上げてくる。え、何? 付き合ってください? 嫌だよ、単純に嫌だよ。シンプル嫌だ。


「離せよ」


「いいから付き合ってください」


なんとかして振り解こうとして腕を上下運動したが日野愛梨も動じることなく決して離そうとしない。なんでこう人間界の女子は掴む力だけは強いんだ。以前姫子に掴まれた時も全然振り解けなかったし。つーか俺に何の用だよ。あれだけ忌み嫌って毒ばかり吐いてきたくせに。


「少し暇なのでカラオケ付き合ってください」


「カラオケ?」


カラオケとは人間界にある娯楽の一つ。歌を歌う場所のことであり、この日本界ではポピュラーな娯楽だ。特に若者に絶大な人気を持っており、どこか遊び行こうとするなら大抵はカラオケに落ち着くらしい。クラスメイトの皆も放課後時間があったらカラオケに行っている。気の知れた仲間と流行りの歌を歌うのも良し、合コンの二次会で盛り上がるのも良し、一人で長時間歌い続けるのもアリの大人気娯楽。カラオケか……一度も行ったことない。まず曲を知らない。人間界の曲を知らないのに歌えるわけがない。なのでクラスメイトから誘われても全て断ってきた。勿論今も日本界の歌は知らない。てことで今回も考えるまでもなく断らせてもらう。


「嫌だ。一人で行ってこいよ」


「ヒトカラはあまりしたくないです。いいから付き合ってください」


「はあ? だから嫌だよ。友達誘ってろよ。つーかヒトカラって何。美味しいの?」


普通カラオケは友達同士で行くところだろ。皆でキャピキャピと歌って盛り上がればいいじゃん。なーんで親睦の深い知り合いでもない俺と一緒に行こうとか言うんだよ。マイクで毒吐かれるのは嫌だから絶対行きたくない。


「歌の練習がしたいんです。そーゆーのって友達には聞かれたくないです」


「俺なら聞かれてもいいのかよ」


「うん、だって同じエル……っ」


「あ? 何?」


「ゴホン! とにかく付き合ってください、ほら行きますよ」


うおっと!? はっきりと拒否の意思を伝えたのに日野愛梨は手を離すことなく再び青になった信号を歩き出した。引っ張られる形で後をついて行く俺、いやいや行かないって言っただろ!? なんで聞いてくれないの? 馬鹿なの? 俺が良識的な馬鹿ならこいつは非常識な馬鹿になるはずだ。話を聞いてもらえず日野愛梨に手を引かれるまま駅からどんどん離れていった。あぁ、早く帰りたかったのに。











「~♪」


カラフルな照明で照らされた室内。若干フワフワで、だけど材質の固いソファーと黒いテーブルとテレビが設置されており、テレビ画面にはキザな男性が川沿いを意味ありげに哀愁ある表情で歩く映像が流れている。そして画面を埋め尽くすように歌詞が出てきたり消えたりして、日野愛梨はノリノリでマイクを握って歌っている。あのまま強引に連れられてこうしてカラオケへと来た。現在日野愛梨が五曲続けて歌っている。なんか知らないけど流行りの歌を歌っており、ものすごーく楽しげだ。多色な証明を浴びながら日野がマイクを握る。


「ほらほら見てくださいっ、九十点越えましたよ」


「それってすごいのか?」


「すごいんです。いいから黙って聴いてください」


な、何それ。自分勝手過ぎるよこの子。嬉しそうに自慢し終えたら再び選曲を始めて何やら機械に入力して演奏が始まる。そしてノリノリで歌う。とても楽しそうで何よりだよ。歌も上手いと思う、たぶん。ジト目で睨んでいた奴と同一人物とは思えない程の弾けっぷりだ。テンション上がっている日野愛梨から目を離して室内を見渡す。ここが噂のカラオケ店か、なるほどねぇ。外の廊下を見れば同世代の若い奴らが歩いている。やはり中高生に人気らしい。無理矢理連れて来られたが正直言って俺は歌う気は全くない。だって曲知らないもん。大乱闘スマッシュビクトリーズの主題歌とかあれば良かったのに。歌える曲がない以上どうしようもないのでずっと日野愛梨の歌う姿を眺めるばかり。ぼんやりと見つめながら水を飲む。あ、水が美味しい。


「イエー♪」


「おー」


フリフリと踊りながら歌う日野愛梨。せっかくなのでノッてあげる。適当に相槌を打ってコンサートみたいに頭上で腕を旋回させてみる。ネイフォンさんの部屋にあったDVDの中にエロ系じゃないアーティストのライブ映像を参考にした動作だ。ライブってすごいね、信じられない数の人間が密集して騒いでいた。頭おかしいと思う。人間が多過ぎて見ているだけで気が滅入ったよ。


「あ、ほらランキング十位に入りましたよっ」


「それってすごいの?」


「だからすごいんです黙ってください」


お前から声かけてくるから答えただけじゃね? 毒舌というか扱いが雑だな。演奏も終わったようで一息つくようにソファーへと座り込む日野愛梨。コップに水を注いで飲んでとても幸せそうだ。ああ分かるよそれは。お水は美味しいものね。最初受付の時に店員からドリンクバーを勧められたが日野愛梨はそれを断って水を注文した。そのセンスは素晴らしい。炭酸より水の方がよっぽど喉を潤してくれるよ。


「ふぅー、楽しい♪」


ノリノリだなこの子。


「どうでした私の歌?」


「ん、ああ。上手いんじゃね? 少なくても俺は好きだよ」


「そ、そうですか。ありがとうございます」


お、珍しく照れた仕種をする日野愛梨。頬を緩ませて微笑んでいる。そういう風に笑えるんだなお前。ずっと不機嫌そうに目つき悪いから知らなかったよ。初めてお前からまともな応対を受けた気がする。これからもそーゆー感じでしおらしくしてください。たぶん無理だろうけどなっ。


「なあ日野愛梨、どうして俺を誘ったんだよ」


「……その呼び方やめてください。日野って呼んで結構ですから」


ああ、そう? じゃあフルネーム呼びやめるわ。


「日野はどうして俺をカラオケに誘ったのさ。俺全然歌わないからいても意味ないだろ?」


「誰かに聴いてもらった方が上達するって聞いたんです。だからそこでひたすら聴いていてください」


そう言って再び演奏が始まる。今度は可愛らしい女子グループが同じ衣装を着て踊る映像が流れた。あ、なんか見たことある。流行りのアイドルグループだったかな? 所謂PVというやつに合わせてまたハイテンションで歌い始める日野。……俺なんかがいていいのかなー。どうやら日野とは同い年みたいだ。こうして楽しそうに歌っている姿を見ると清水みたいにキャピキャピしていていかにも女子って感じだ。その後も日野が延々と歌い続けて俺は聴き続けた。少しだけ日野と仲良くなったような気がした。


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