第71話 気づく少女、気づかない少年
「でさー、この前テツヤと松嶋が電車の中でー……」
「マジで? 謎の男女二人組に殴られて気絶したの?」
「ウケる~、FBに書きこもうぜ」
「てゆーか今日も人多過ぎウザ~」
……うん、俺もそー思う。
「ぶおえええぇえぇ……」
現在、ティッシュ配りのバイトを終えたところなのだが満身創痍過ぎて立てそうにない。平日の授業漬けを乗り越えて今日は土曜日、バイトに勤しんだ茶髪の男子高校生は駅前から離れた人通りの少ない路地の壁にもたれかかって涼しんでいる。冬の時期に涼しむって表現は違う気がするが、人混みと人間臭で腐敗した気分を涼しませているって意味です。遠くの駅前を見れば若者がケラケラ笑いながら歩いている。他にもカップルや家族連れ等、様々な人間が絶えることなく進んでおり、それら全員に作り笑顔を振りまいてティッシュを配った。やっぱりこのバイト俺には向いてないわ。今日も日中ひたすらティッシュを配り続ける作業に勤しむ、ただそれだけ。人間によっては楽な仕事かっこ笑いとか言うのだろうけど人口密度で吐き気を催す種族にとっては辛いことこの上ない。バイト間違えたな、そのうち変えるか。清水と要相談だな。ちなみに今日のバイトに清水はいなかった。来週に学年末考査が迫っているから勉強したいらしい。テスト前だもんね、勉強しないとマズイよね、ははっ。まあなんとかなるでしょと思って俺はこうしてバイト入ったわけですが。
「ふー、帰るか」
休息に徹すること十数分、気分が良くなってきたので帰宅することにする。早く帰って寝よう。普段より数時間早く布団に入って、明日の昼まで十五時間くらい寝よう。特に意味はないけど十五時間寝たい、うん。
「ぶおええぇぇえ……けほっ」
ん? 何か声がした。ふと右を見れば、俺と同じように路地裏の壁に手をおいてしゃがんでいる女の子がいた。後ろで髪を結い、ちょいと長いポニーテールにしている。滑らかな黒髪、透き通るように白い肌、気分の悪そうな目の色、なんとなく見覚えがある。そしてこちらが見ていることに気づいたのか、女の子の方も顔を上げ、目が合う。はっ、と驚いた顔をしたのも一瞬。すぐさま口をへの字に閉じてジト目で睨みつけてきた。相変わらず生意気そうな態度だな、日野愛梨。
「お前こんなところで何しているんだよ」
「その台詞そのままあなたに返します」
「俺はアレだよ、バイト終わりで疲れたから休憩していたんだ」
まさかの遭遇。この日野愛梨という女子とは先週も会った。人間が全然来ない人気のない裏山に登ったら同様にしてこの子もやって来たのだ。そして今日、こんな人通りのない狭い路地裏で再会することになろうとは。六日ぶり三度目の逢瀬である。逢瀬って言い方おかしいな、まあいいや。こんなところで会うなんて普通ありえるか? なんか最近この子とやたら遭遇している気がする。
「私は友達と買い物してきた帰りです。人混みがウザくて気分が悪くなっただけですので」
「なんか理由も近いな……」
なんとなーくこの子とは似た理由で同じ場所へ来ているような気もする。俺も人間臭にやられてこの路地裏へと避難してきたのだから。ちょ、これアレじゃね。運命ってやつじゃん。もしかして俺この子と赤い糸で結ばれているとか……いやー、それはねぇよ。こんな毒舌で生意気な小娘が運命の相手だなんて神様信じないけど神様ぶん殴っちゃうよ。腹パンしてやるよ。腹パンして指の骨をパキパキと鳴らしてやる。他人から指の骨鳴らされるとすげー痛いよね、昔爺さんにやられて本気で殺意が芽生えたことがある。そういえばあれが肉親に初めて殺意を覚えた時だったかなぁ。話が逸れてしまったが要するに運命なんて不確かで実証不可能なモノは信じていない。今日会ったのもただの偶然さ。
「あなたとは最近よく会いますね」
相手も同じことを思っていたようだ。肩から首元へ流れ落ちる黒髪をすくいながら日野が言葉を落とす。
「そーだな。何か感性とか性質が似ているのかもな」
「あなたと同じ性質なんて不快なんですけど」
相変わらず毒気が強いことで。少し休んだことで気分が優れたのか、スッと立ち上がって睨みつけてくる。睨みつけるのは変わらずなんだね、ちょっと傷つく。ここまで露骨に他人を嫌う奴は初めて見た。やっぱ人間界は広い、色んな人間がいるものだ。
「なあ、なんでそんなにツンツンしてるんだよ。もっとフランクに話そうぜ」
「私、茶髪に染めている人嫌いなんです」
ズバッと指差す方向は俺の頭、髪の毛だった。は、染めてる? おいおい、ちょっと待ちたまえよ。これは立派な地毛だっつーに。先週あなたに絡んでいた野郎共は染めたやつかもしれないが俺のは違うから、この世に生を受けた時から生えているやーつだから。エルフの証でもある茶髪をディスするとは許し難し。人間とエルフの抗争が生まれる予感がしたぜおい。
「地毛なら全然いいんですよ、地毛は。ただ元が黒の人間が茶色に染めているのが誇りを穢されているようで気に食わないんです」
「? 言っている意味が分からんけど、いやこれ地毛だからな」
「……地毛なんですか?」
「そこらの浮かれた大学生と一緒にするなよ。こちとら生まれた時から茶髪茶眼なんだぞ」
どうやらこの子がやたら俺にキツイ理由は茶髪に原因があった模様。電車の中でナンパしていた男も茶髪や金髪だった。この子は人間の黒髪に誇りを持っているみたいだ。だから茶髪の俺にも厳しいことばっかり言ってきたわけか。いやいや、俺は違うからね。人間界で流通している染髪剤とかで染めてないから。曇りなき純粋たる髪だ、舐めてもらっちゃ困るよ。
「……っっぅ!?」
するとどうしたことだろうか、突然女の子が何かに気づいたように一歩大きく退いた。半目で睨んでいた瞳は大きく開かれ、口が小さく開いて息を吐く。「ま、まさか!?」と言っているかのようだ。んん? どうかしたのか。まるで何か気づいたみたいな様子だ。もしかして今頃俺が良い奴だって分かったのか。先週のうちに気づいてほしかったぜ、鈍感かよ。
「あ、あなた……その茶髪、茶色の眼……!」
「あ? もしかして目の色も気に食わないのか?」
確かクラスメイトの誰かが言っていたのを耳に挟んだことがある。髪の毛を好きな色に染められるように目の色も変える術が人間界には存在するらしい。どんだけ自分をアレンジしたいんだよ、素の個性どうした。と言ってやりたいがまあいいや。それはカラーコンタクトという代物だ。本来コンタクトレンズとは視力増強装置のような役割を持ち、小さくて薄いレンズを眼球に貼りつけることで機能する。なかなかグロテスクだよね。そんな視力増強以外の目的で使われるのがカラーコンタクト、通称カラコン。染色されたコンタクトを眼球に着けることで目の色が変わるそうな。オシャレを気にする若者の間でブレイクしているらしいですよ。まさか俺の目もカラコン仕様とか思っているのか。勘違い甚だしい、これも生まれつきだ。ん……つーか、
「お前も目が茶色だろ。なのに人の茶眼をディスるとはどーいった了見だゴラァ」
ただ今絶賛仰天している最中の日野愛梨だが、こいつの目も茶色だ。俺と同じ色をしている。なんだよテメー、自分は茶色のくせに他人の茶色は許せないとか言いたいのか。それは横暴だ、さすがに暴論過ぎる。とりあえず茶髪と茶眼である全てのエルフ達に謝れ。人間にそんなこと言っても仕方ないし言ったらマズイので言わないけど。さあ反論あるなら来いよ、今回ばかりはこちらが圧倒的に正論言っているから負ける気がしないぜ。
「あ、あの……もしかしてあなた」
「あん?」
「……な、なんでもないです。では私は帰りますのでさよなら」
そう言って日野愛梨は路地裏を高速で走り抜け、駅前へと飛び出していった。見送ろうとしたがあっという間に人混みの中へと消えていった。あーあ、あんな人混みに突入するなんて自殺行為だろ。にしても、途中から何だったんだろうな。威勢良く毒を吐いていたのから一変、何か悟った様子で俺から距離を置いて警戒していたが。最後は何か言いたげだったし、様子がおかしかった。……うーん、分からん。




