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第66話 四組男子のルール

「バレンタインのお返しをする日があるなんて盲点だったな……」


そりゃそうか、タダでチョコレートもらえるなんて都合の良い話があるわけないよね。男尊女卑の時代は過ぎ去り、男女平等とモットーにした社会が形成されつつある現代で男子だけに甘いわけない。甘いのはチョコだけで十分だ。ホワイトデーとはバレンタインのお返しで男子が女子に品を贈る日のことを指す。ホワイトデーはまた別日で日程が組み込まれている。そして最も恐ろしいのがバレンタインにもらったチョコの三倍の価値に相当する品をお返ししなくてはならないらしい、清水が言うには。……罠だ、落とし穴だ。仮に千円のチョコをもらったとするとホワイトデーには三千円の品を用意しなければならない。つまり簡単に言ってしまえば女子が儲かるようシステム構築されているってことだ。現時点で七つのチョコを手に入れたわけだが、それぞれに三倍お返し義務が発生している。チョコもらえて浮かれていた浅薄な自分が情けない。クソっ、なんて悪しき風習だ。義理チョコと称して大量のチョコを男子に投資すればホワイトデーに大儲けする算段か。汚い世の中だな、腐ってるよ畜生が。こうなってしまった以上、ホワイトデーが来る前に人間界からおさらばするしかない。ホワイトデーがいつなのか分からないたぶん半年後とかじゃない? それまでに印天堂65を手に入れなければ。膨大な出費をすることになってしまう……!


「……木宮、僕を殺せ」


「絞殺でいい?」


「う、嘘だよ。ごめんって。そしてやけにリアルな殺し方提示しないでおくれよ」


教室に入ると小金が壁にもたれかかっていた。目は虚ろで生気がなく、半開きの口から半透明の涎を垂らしている。眼鏡がズレて頬骨に引っかかって落ちずにいる姿は気持ち悪さを越えてある意味哀愁すら感じる。この様子から察するにどうやら机の中にもチョコレートは入っていなかったみたいだ。シャイで大人しい子が勇気足らず本人に直接渡せない場合チョコを入れる場所として小金が挙げたのは下駄箱と机の中。前者は他学年他クラスの女子が入れやすく、後者は同じクラスの女子が入れやすい傾向にあると自慢げに説明していたのはつい十分前のことである。あの時の期待と不安と興奮の三味入り混じった恍惚にも似た表情は面影もなく、今はただひたすらに絶望の一色のみ。どことなく顔色が青く見えるのは気のせいではないだろう。こいつのことだ、今日はチョコもらうつもりだったから朝ご飯抜いてきたとかありえる。それだけ今日バレンタインに多大なる希望を持っていたのだろう。故に反動もデカイ。もらえなかったという事実は机の中の空白が無慈悲に表していたのだろう、彼の心にもポッカリと穴が空いてしまったように感情が消え失せていた。


「そうだよねぇ、どーせ僕みたいなモブで地味で眼鏡でツッコミしか取り柄のない奴がチョコもらえるわけがないよ。なんとまあ馬鹿な夢物語をほざいていたのやら、身の程を知れっての」


こちらの言いたいことを代弁してくれたかのような台詞。チョコをもらえなかったショックが小金の自嘲癖モードの扉をノックしてしまったようだ。普段は鬱陶しい程テンション上げてツッコミを生き甲斐としている小金だがなんてことない拍子でネガティブ思考に堕ちてしまう。乾いた笑みを浮かべて口をパクパクとさせている。


「そう自暴自棄になるなよ。机の中になかっただけだろ。きっとお前に直接渡しに来る女子がいるさ」


「……十六年生きてきたけどチョコもらえたのはお母さんと寧々姉ちゃんだけだよ」


悲しげに溜め息を吐きながら哀愁ある顔で小金はそっと呟いた後、俺の方を睨んできた。さっきから鬱になるか俺を睨むかのどちらかしかアクションをしていない。どうやら俺のことを目の仇にしているみたいだ。こちらとしてもちょっとお前に文句の一言や二言あるんだけど。義理チョコや友チョコ等の派生チョコについてほとんど言及しなかったお前にな。七個もいただけて超モテモテじゃね?とか浮かれた気分を返せ。


「というか清水からもらわなかったのか?」


「さっきもらったよ。寧々姉ちゃんは毎年哀れみで十円チョコをくれるんだよ。意外と美味しくてね、あはは。……あれ? 木宮、また一つチョコ増えてない?」


「清水にもらった」


「……っ、っ、へぇ」


声にならない悲鳴を上げたと思ったら小金は何も言わずゆっくりと立ち上がるとこちらを虚ろな目で見つめてくる。え、何? よく分からないが小金がもらったのは十円の安いチョコで、俺のはそれ以上の値段がするのだろう。どう見てもこの大きさのチョコレートが十円だとは思わない。コンビニで売っているくらいの大きさだから数百円くらいするのではなかろうか。幼馴染という親しい関係であるにも関わらず転校生の方が大きいチョコをもらっている、これがいかに辛いことか小金の悲しげな表情が物語っている。先程以上に辛そうな顔をしており今にも吐血しそうだ。輝きを失せて窪んだ両目はただただ可哀想に見える。朝の浮かれ気分だったのから急転直下、朝のホームルームも始まる前なのに小金の精神は息絶えそう。なんか……その、ドンマイ。


「まあもらえただけでも感謝しろって。お前の幼馴染、なかなかの人気者だろ。そんな奴からチョコもらえたなんて自慢出来るじゃないか」


活発系女子の清水は二組でクラス委員長を務めており、非常に優秀な生徒として模範的。性格も明るく気さくで話しやすくて屈託のない笑みを浮かべる清水は男子から高人気を博している。すぐ暴力を振るうのが欠点だがそれを除けば普通に可愛くて良い子だ。暴力さえ振るわなければな。そんな清水と小金は小さい頃からの幼馴染だし、俺は毎日一緒に昼食を食べている仲。地味な俺らが人気者と仲良くしてもらってしかもチョコをもらえたんだぞ、それだけでも十分にありがたいことじゃないか。まあ清水のことだから知っている男子全員にチョコあげてそうだが。ホワイトデーの日にニヒヒと笑う姿が目に浮かぶ。


「寧々姉ちゃんが僕以外の男子にチョコあげているところなんて見たことないよ。小さい頃、大きくなったら結婚しようね!と約束したことのある僕でさえ十一円以上のチョコは受け取ったことないからね!」


あ、そうなの? へぇ、意外だ。悪く言えば誰に対しても良い顔している清水のことだからチョコはあげて、それどころか純潔もあげまくっているビッチなイメージだったんだけど。私の股のチョコボールも舐めてみて、とか言いそうじゃん。……あー、今までにも口に出してはいけない心の呟きは何度かあったけど今回のは絶対に本人に言っちゃいけないやつだな。確実に四肢もがれる。


「くぅ、これが木宮の実力か……! 七個もチョコもらうなんて木宮ぁ、君はなんて末恐ろしいんだ」


「たまたまだろ。あと七つじゃなくて十一な」


「……え」


「机の中に四個入ってた」


「……え?」


小金が悶えているうちにサラッと机の中を覗いてみると現国の教科書の上にラッピングされた箱が四つ程入っていた。これまた綺麗に包装されている。ご丁寧にどうもです。これで合計十一個もチョコを頂いたことになる。マジか。


「な、なんだ……何なんだよ木宮ぁ! 君はどうして期待以上の成果を出すんだ! ふざけないでくれ!」


遂に沸点にまで達したようで顔を真っ赤にして小金は吠え散らかしている。激昂した顔つきは凄まじく、鬼が憑依したかのようだ。かなりブサイクな鬼だが。朝っぱらから大声出すなよ。そんな調子で今日乗り切れるのか? まだ一限目も始まってないのに。しかしこちらが何か言おうとしても小金は聞く耳持たず喚き散らすのみ。これがモテない男子の妬みってやつか。いやー、チョコもらえるのは非常に嬉しい。嬉しいけど、これって全部お礼返さないといけないんでしょ? しかも三倍返し。そう考えると素直に喜べないんだよなぁ。机の中に入ってあった四個、つまり贈り主四人はたぶんクラスメイトだからお礼返すのは構わないけど、下駄箱にあった六つに関しては恐らく他クラスの生徒が贈り主だ。知らない人間にどうやって返せばいいんだ。というか差出人不明だから無理だろ。前途多難だなぁもう。こんなこと言うと偉そうで生意気かもしれないがチョコはもういらないよ。十一個も頂けただけで十分です、今日の昼食と夕食に充てさせてもらいます。


「クソ、木宮ばかりモテやがって……うおおおぉい誰だ!? 木宮の机にチョコ入れた女子出てこいやぁ! このクラスにいるんだろ分かっているんだよぉ!」


突如大声で叫びだした小金。おいやめろ、女子を煽る真似はよせ。あと俺が恥ずかしいからやめろぉ! 普段大人しい奴がキレた時程厄介なものはないと爺さんが昔言っていたのを思い出す。小金の叫び声に反応するクラスメイト達。一つは男子生徒のもの、憎たらしい目や羨ましそうな目でこちらを見てくる。そして女子の反応は、何人かが顔を赤くしてチラチラと俺の方を見て数人は小金を訝しげに睨んでいる。め、目立ってる? やめてこっち見ないで。おい小金餅キチガイ、テメーのせいだぞ。今すぐ口閉じろ、永遠に沈黙してろっ。


「なんで木宮ばっかり良い目に遭うんだよぉ。僕もチョコほちぃ」


「キモさ底知れずだな。いいから黙れ、なんか変な注目浴びてるから。平穏に暮らしたいんだよ」


「あああああぁぁぁぁあああっ、ほちぃほちぃ!」


「シンプルにキモイ!」


「……照久」


ん? 暴れる小金から一歩退いて避難していると後ろから声をかけられ、振り返ればホントすぐ真後ろに姫子が立っていた。近っ、胸当たるんじゃね? 真っ先にそんな思いが巡った自分が情けない。いやらしいことしか考えてないのかよ。セミロングの黒髪をフワッと揺らしてこちらを上目遣いで見てくる姫子。またあなたはそうしてハートをギュンギュン痛めつけてくるんですね。背の低い姫子による上目遣い攻撃は高威力を発揮し、潤んだ瞳は純粋に見惚れてしまう。綺麗とか色気ムンムンとは対極の、ただ可愛いに特化したタイプの女の子だ。表情変化に乏しく、無口で滅多に笑うことがないがそれが逆に姫子の自然体であり姫子らしいと言えよう。なんか意識してしまう。そんな姫子が後ろに立っているのだ。手に何やら持ってい…………あっ、


「あのね、照久。これ……」


「そうはさせんぞぉ! フンフンフンフンフンフンフン!」


痛っ。突如黒い影がこちらに突進してきたと思ったら姫子を守るように立ち塞がってきた小金が鼻息荒く何人にも分身していた。両手を上げて懸命に上下左右激しく動きまくっている。こ、これは……日本界の書物、もとい漫画で見たことがある。フンフンフンディフェンスだ。敵の前方広範囲を高速で移動してガードする技、体力消耗が激しい為乱発は控えた方がいいとされている。それを小金が今、額に汗を滲ませ眼鏡を半ズラしで必死に繰り返しているのだ。なんというか、とても醜い。醜態を晒すという言葉を体現しているかのようだった。というか邪魔なんですけど。姫子が何か言いかけていただろ。手に持っていたの間違いなくアレでしょ。


「おい小金どけよ」


「どかぬ、ここで退いちゃ駄目だと僕の血が騒いでいるんだ」


誇りを重んじる血がエルフに流れているように小金にも何かしらの信念が血流を駆け巡っているらしい。モテない遺伝子を引き継いでいるってことになるけどいいのか? 


「ここは死守してみせる」


「俺じゃなくて姫子の方じゃないのか?」


別に俺から何かしようとしていたわけじゃない。姫子から声をかけてきたんだからディフェンスするなら姫子の方を向いてするべきだろ。なぜこっちを向いているんだよ。


「ふっ、簡単なことだよ。委員長の方を向く勇気がないからさ」


偉そうに言うな。


「おい皆、小金を抑えろ!」


ディフェンスを開始して数秒経った頃、小金の鼻息がより荒くなって動きにキレが失われてきたところでクラスメイトの男子達が一斉に小金へと飛びかかった。いくらディフェンス力の高いフンフンフンディフェンスでも多方面から複数人でやって来られたら為す術がない。あっという間に小金は男子達に拘束されて床へと叩きつけられた。眼鏡が床をカシャカシャ!と勢いよく滑走する。


「な、何?」


突然ことで状況を理解出来ていない小金は涎を垂らし乱れた呼吸を整えることもままならず床に突っ伏していた。そこへクラスメイトの男子が三、四人詰め寄って、


「小金よ、お前はこのクラスの掟を忘れたのか」


「委員長の過ごしやすいよう気をつける。最低限の事務的用事のみで話しかけてよい、私用で話すことを禁ずる(ただし委員長から話しかけてきた場合及び木宮照久のみ例外とする)と」


「全ては委員長を思って。委員長にストレスを与えぬようにする為だ」


「君の行いはそれを破る愚行だ。よって身柄を拘束する」


小金の耳元で何やら囁いているが、見ているこちらとしては男子数人が群がって固まっている熱気と人間臭さで気分が悪くなってきたので会話どころではない。うわぁ野郎共が密着している姿って気持ち悪いな。見ているだけで胃もたれしそうだよ。口直しに清水からもらったチョコを頬張る。お、甘い。


「うぅ、なんでだよ皆。こいつが今からどんなに幸せな思いをするか分かるでしょ!?」


「それを飲み込むのが我々のすべきことだ」


「分かったらこっちこい。そんなにチョコ欲しいなら俺のチョコを顔面にかけてやるよ。皆、トイレに連れていくぞ」


「い、嫌だああぁぁ、スカでトロなやつは嫌だよぉ!」


そのまま持ち上げられた小金は悲鳴を上げながら教室の外へと連行されていった。そして同時に鳴るチャイム、一日の始まりと朝のホームルームが始まることを告げる音だ。こんなにも色々なことがあったのにまだ朝なんだよな、一日が長く感じる。小金の異様なエネルギーには少し畏怖すら覚えたよ。男子達に連行されたおかげで静かになって精神衛生上楽になった。さて、今日も一日頑張るか。廊下から聞こえた小金の慟哭にも似た悲鳴が完全に消えたところで扉から担任の教師が入っていた。ホームルームの始まりだ。


「ごめん姫子、また後で」


「……うん」


結局姫子とは話すことが出来なかった。まあどんな用事で話しかけてきたのか分かるけど。そっかー、姫子もくれるんだ。また後でちゃんと話して受け取りましょうかね。今日はまだ時間があるのだから。邪魔物小金君も消えたことだし。それにチョコもいっぱいもらえたことだしっ。三倍返しのお礼については一旦脇に置いておくとして、今は甘い甘いチョコレートを楽しもう。これだけあったら昼食はいら、な…………あ。……な、なんか、眩暈、が……。フラッと浮いた足が地に戻せず、上体が後ろへと傾く。な、んかおかしぃ……


「あ、ヤバ」


頭を打ちつける鈍い痛み、内部から感じる多大な熱に脳が一瞬眩んだと思った時には視界と意識が暗転していた。


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