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第65話 義理チョコとフルスイングビンタ

「チョコ美味い」


「こら木宮、食べながら廊下歩いちゃ駄目でしょうが」


「まだ子供が食べているでしょうがみたいな言い方で言うな」


まさか一つだけではなく合計で四個も入っていようとは。と思ったらさらにもう二つ入っていた。下駄箱の容量の大きさにもビックリだ。大きさ形は様々ではあるが計六個のチョコが下駄箱の中に納品されていた。下駄箱すごいね、うん。まだ全部は開けてないがせっかく頂いたチョコなのでありがたく食べさせてもらいましょう。二個目のチョコは球状のボールチョコが数個入ったやつだった。モッチリとした食感で何個でも食えそう。モリモリと頬張りながら教室へと向かう。その間ずっと隣で注意し続けてくる小金の顔はどうも暗い。たまに歯軋りが聞こえたと思ったら小金が恨めしげにこちらを睨んでいる。目が血走っているのが怖い、あと気持ち悪い。下駄箱にチョコが一つもなかったのが余程ショックだったのか、出会った時の溌剌な姿は完全に萎れてしまっている。ビフォーアフターでこうも違うとは。匠もビックリだ。なんということでしょ。


「そう落ち込むなよ、まだ朝だからこれからだって」


今日バレンタインデーのことを知った奴にフォローされたくないだろうけど何か言わないとこのままでは小金の精神が崩壊してしまいそうな気がしたので優しい言葉をかけてあげた。すると小金は小さく揺れた後、大きく反って深呼吸を始めた。どうした俺のチョコの匂いでも嗅ぎたいのか?


「そ、そうだよねぇ。まだまだこれからだよ。下駄箱に入ってなかっただけでチャンスはまだたくさんあるしぃ? 大体さー、他学年や他クラスの女子とそんなに交流ないからもらえる可能性なんてあんまりなかったんだよ。それなら一年同じ教室で過ごしてきたクラスメイトの女子の方がまだチョコもらえそうだもんね。というか知らない女子からもらっても嬉しくないし」


少し優しくしてあげた途端これだよ。急に鼻高々と持論をまくりたて始めやがった。下駄箱にチョコがあるかないかで全てが決まると言っていたのはお前だっただろ。変に強がりを見せながらも重い足取りが次第に軽くなっている小金、曇っていた表情も少しだけ光が差し込んでいつものウザ眼鏡君の顔に戻っている。いいぞその調子だぞ、それでこそ小金餅吉だ。クラスでも地味でモブなお前のことを好いている女子なんて一人もいないぞって悪魔の囁きは言わないでおくよ。


「よしっ、そうとなれば教室に急ごう!」


「あ、待てって」


こちらの制止も聞かず小金が廊下を走り階段を高速で登って行ってしまった。あのポジティブな元気には舌を巻くよ。それでいて少し傷ついただけでネガティブになってしまう辺りも見事なヘタレで、ある意味良いと思う。遠巻きに見れば楽しいのだろうけど近くで話す身としては鬱陶しいだけだが。小金に続いて校舎に入ると男子達のソワソワ感はさらに拍車がかっている。女子の方をチラチラと盗み見している奴もいれば「あー、なんかチョコっと寝不足かなぁ、チョコっとね」とか呟く男子生徒もいる。皆揃いも揃って必死過ぎるだろ。俺みたいにどーせもらえないと思いながら心の隅ではチョコ欲しいと願っている方がスマートでリアリストな感じが出て良いと思うぞ。まあ俺は六個もらったんですけどねっ。いずれのチョコにも送り主の名前は書いておらず差出人不明だ。中に手紙とか入っているパターンもあるから名無しと断定は出来ないけど開けた二つは名前なしだった。確か小金の言う情報によると今日バレンタインデーは女子が意中の男性にチョコと一緒に気持ちも添える日なんだよな。俺にくれた子達は俺のことが好きだと、そういうことになるのか……。まさかこの学校で六人の生徒から好意を持たれているとは。何かフラグ建てるようなことしたかな? 体育の授業でちょっと活躍したことくらいしか身に覚えないけど。うーん、なぜだろう。


「あ、テリーおはよう」


俺のことを好きになってくれた顔も分からない女子達に感謝しながらチョコを頬張って教室に向かっていると清水に声をかけられた。清水、エルフの森から人間界に来た俺のことをサポートしてくれる頼りになる協力者だ。今日もサラサラの長髪が光を浴びて綺麗に輝き、後ろ髪の毛先は特徴的に曲がっている。いつも通りの屈託のない笑みを浮かべて円らな瞳でこちらを見つめる。清水もチョコをくれたりしないかな? かなりのサプライズだよ。いつも散々蹴って殴って暴力の雨嵐を降り注いでいる清水が実は俺のこと好きでした、とかそんな青春ラブコメ的展開になるわけがない。


「おはよう清水」


「ねえねえ、今日が何の日か知っている~?」


「あれだろ、バレンタインってやつだろ」


さっきお前の幼馴染に教えてもらったよ。


「あ、知っていたんだ。じゃあ話す必要ないね、はい」


そう言いながら清水は俺に向けて小さな箱を差し出してきた。…………お、おいおい。清水…………君はもしや、


「バレンタインチョコだよテリー君♪」


「なっ!?」


そ、そんなことがあるのか。今日バレンタインデーについて知って、女子からチョコをもらえると聞いて頭に浮かび上がった女子が二人いる。一人は姫子、色々と遊ぶ機会があったり何かと縁がある。先月なんて二人きりで首都まで行ってお泊りした仲だ。もしかすると姫子は俺のことが好きだったり!?と胸中巡るものがあった。まあそんなことはないだろうけど。もう一人は今目の前に立っている清水だ。俺がエルフだとこの学校で唯一知っている人間。人間界について分からないことだらけの俺をサポートしてくれる優しい奴、と思いきや急に暴力を振るってくる天真爛漫系女子。まともに話せる女子生徒といえばこの二人くらいなものだ。そしてチョコをもらえるかに関してだが一人は確実にもらえないと勝手に決めつけていた。それが清水。確かに仲良くさせてもらっているが清水の俺に対する接し方は友達として接しているものだ。好きな男相手に平然とエルボーやローキックをかます奴がいてたまるか。友達というよりかは協力者、あとなんかお姉さんポジションだし。よって清水からチョコをもらえるわけがないと思っていた。それが……今、目の前で……清水がチョコを差し出しているではないか。なんだこれ、マジか。いつもは大人しいシャイ子が今日だけは大胆になっちゃう!ってのは真だったか。いや清水はシャイ子じゃないけど、どちらかと言えばジャイ子だけど。そんなことが、あるなんて……


「し、清水……お前」


「ん?」


「俺のこと好きだったのか!」


「……は?」







「いい? 日本には義理チョコってのがあるの。決して好きな人だけに贈るわけじゃないの」


「いやー、また一つ勉強になったよ。右頬が熱いくらい痛いけど」


チョコを受け取りながら照れていると突如右頬が弾けたのだ。鋭くて乱雑した痛みが頬の外部と内部をのたうち回って暴れた。原因は簡単、清水がフルスイングでビンタしてきたから。突拍子もない不意打ちに全身は反応することは愚か衝撃に耐えることが出来ず吹き飛ばされてしまった。朝から盛大に廊下で叩きつけられた。そして清水からバレンタインについて小金から聞いのとはまた別の情報を説明された。その間も頬の痛みは引くことなくそれどころか時間経過と共に痛みが大きくなっている気がする。熱い熱い、絶対これ腫れてるよ。清水によると、バレンタインは別に意中の相手だけにチョコを贈るものではないと言われた。それもあるけど現在ではもっと幅広い意味を含んで親しまれているそうな。友達同士で交換し合う友チョコだったり、男子から女子に贈る逆チョコだって流行っているらしい。清水がチョコを渡してきたのも義理チョコという恋愛感情を伴わない相手に贈るものだったそうだ。


「てっきり清水から告白されたのかと思ってビックリしたよ」


「本当そーゆーのマジないからやめてよね、キモイから」


ぐっ、小金に言った台詞を言われることになるとは。女子にキモイって言われると結構キツイな。清水から新たに得た情報のおかげでまた一つ賢くなった。そして判明した事実もまた一つある。先程下駄箱で手に入れた俺宛てのチョコ六つ、これは好意のある女子がくれたものだと興奮していたが清水の話から考えるにそれは大きく異なってきそうだ。意中の相手に贈る本命チョコなわけがない、また別の目的を有した一線を画すものだと思われる。そりゃ俺みたいな地味茶髪転校生のことを好きになる奴なんているわけがないよね、ははっ。何を浮かれていたのやら……。きっと面白半分で入れたに違いない。クソっ、幸せな笑顔で食べていた姿もどこかで見られていたのか。なんて趣味の悪いことしやがる。これが人間の女の陰険な手口かチクショー。


「にしてもテリー、六つもチョコもらえるなんてさすがだねぇ。よっ、イケメン転校生」


「見え透いたお世辞はよせよ。きっとこれらも誰か冗談で下駄箱に入れたんだよ」


「あららー、ビンタがかなり効いたんだね。その六個は確実に本命だと思うけどなぁ」


うぅ右頬痛い。こんなに痛烈な一撃を食らってテンション維持出来るかよ。たぶん今までで一番強いビンタだったと思う。清水め、勘違いしたことがそんなに許せなかったのかよ。俺だってお前が俺のこと好きだなんて予想だにしてなかったさ。あークソが、まだ頬が痛いぞ。


「何はともあれチョコありがとな。大切に食べさせてもらうよ」


「うんうん、お礼楽しみに待っているね」


……お礼? なんだそれ。


「その顔はよく分かっていない顔だね。よし、優しい寧々ちゃんが三倍返しについて教えてあげよう」






その後、清水からホワイトデーについて聞かされて絶望することになった。


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