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第64話 爆弾かチョコレート

「分かったかい木宮、今日僕ら男子は一瞬たりとも気を抜いちゃ駄目なんだ。いつどこからでも女子がチョコを渡しやすいよう集中しつつ寛大な気持ちを持って……」


そう言いながら再び辺りを見回しながら慎重に歩を進め出した小金。四方八方に視線を散らして万物全てに注意を払っており、動くものがあればすぐにそれを凝視している。逆に渡しにくいのではなかろうか。そんなに警戒してどうする、投擲でチョコ渡されるつもりなのかよ。今日はバレンタインデー、男子も女子も心躍り心震わせる特別な一日。モテるという象徴及び男子最大級の嬉しさを提供するチョコを求めるべく小金を含む登校中の男子達はやけに張り切っているご様子。彼らのチョコに対する情熱は冬の寒さを打ち消して目的のチョコすら溶かしてしまいそうな勢いだ。こちらとしては人間臭さと嫌な熱気が纏わりついて気分が悪いのですが。


「ほら木宮もっとシャキッとしなよ! えぇおい!」


ここまで小金が必死な理由も分かる。子孫を残したいという本能とはまた違った感情の塊が生んだ行動と言えよう。チョコをもらえる=モテるの等式が大前提なのは勿論のこと、今日が特別な日だってことに意味がある。普段はなかなか素直に好意を伝えられないが今日は世間一般が認める特別な日、それに乗じてチョコレートと一緒に好意も乗せて相手に贈ることが出来る。簡単に言えば告白しやすい日なのだ。そう考える女子のことを考える男子、もうお察しの範疇だ。小金を含むこいつら男子達はそれを狙っている、さらに言えばそれを望んで、羨望して渇望している。普段はモテない俺達でも今日はモテる、今日なら大丈夫。そんな思いが滲み出ているのだ。戦いとは偉そうに言っているけどテメーの思考回路丸分かりだよ小金餅吉君。だからこそ必死なんだろ、今日を逃すと全て終わってしまうから。バレンタインデーは告白されやすい日、逆に言えば今日以外に告白されることは可能性として非常に低い。バレンタインにチョコもらえない奴に今後チャンスがあるとは思えない、つまり今日チョコをもらえないってことは異性から誰一人として好意を向けられていないって確固たる証拠を生んでしまう。モテない、これが男子の心にどれだけ深刻なダメージを与えることになるのやら。モテない=死はあながち間違っていなかった。なんとまあ喧噪渦巻く一日になりそうだな。今さっきバレンタインのことを知った身分でここまで正確に推測出来るのもエルフの高尚で徳の高い頭脳があってのことだ。やったね、頭良いアピール出来るよ。


「いいかい、朝起きた時から戦いは始まっているんだ。始まっているんだ!」


大切なことなので二回言いましたってか。変に張りきるのもどうかと思うけどな。小金と一緒に校舎の中へと入っていく。まずは一階の玄関にある下駄箱で上履きに履き替える。やけに下駄箱の前にソワソワしたり深呼吸をしている輩が立っているが気にしないでおこう。自分の上履きが入ってあるところに向かい、中を開けようとすると、


「ちょっと待ちたまえ木宮ぁ! 心の準備は済ませたのかい!?」


ダッシュで小金が接近してきやがった。なんだお前、今日はとことんウザ気持ち悪いな。いつものウザさを相対値として1とするならば今の小金は軽く5を超えるウザさを発揮している。普段の五倍だ、それに比例して俺の中のイラつきも高まっていく。なんで下駄箱開けるだけで心の準備が必要なんだよ。二分の一の確率で下駄箱が爆発するみたいなデンジャラスな学校に通った覚えはないぞ。


「本当に君は何も分かっちゃいない! 今日がバレンタインだって教えたよね」


「ああ」


「では女子はいつチョコを渡してくると思う?」


そんなの直接渡してくるに決まっているだろ。時間指定の運送業者にでも頼むのかよ。


「公にチョコを渡しやすい日とはいえやはり周囲の目を気にするシャイな子だっているだろ」


「シャイ子。なんかジャイ子みたいなニュアンスで面白いな、ははっ」


「木宮笑うなぁ! 笑うなあああああ!」


ぐあっ、耳元で叫ぶなよ。ちょっと思っただけだって。そんな過剰にキレんなよ。本当に何なんだお前、マジで殴られたいの?


「恥ずかしがりの女子が直接渡せるわけない、僕ら紳士はそこも配慮すべきだ。というか積極的な活発系女子以外は大抵渡せないはず。ならどうするか、乙女達は渡したい相手の下駄箱や机の中に入れておくんだよぉ」


ズバッと下駄箱を差しながら小金は吠える、吠えて唾を飛ばす。ほほぉ、そういった手筈なのか。確かに大多数の人間が見ている状況でチョコを渡すのは恥ずかしい。私はこの人に好意がありますよ~と大々的に暴露しているようものだ。気持ちが本気だからこそチョコと好意は他の誰かにはバレず悟られずこっそり渡したい。その為には渡す相手の使用している机や下駄箱の中に入れておくというのは至極合理的で納得出来る。恋する女子の淡い気持ちを丁寧に汲み取ってあげる紳士の気遣い、それが下駄箱の前で深呼吸していることに繋がっているのか。お前ら変なところで頭冴えているのな。その回転の良さを文明発展に活かしたらもっと便利な世界になると思うぞ。


「分かったら木宮も開ける前に一度呼吸を整えた方がいいよ。下駄箱は他学年他クラスの人が贈り主の場合が多い。クラスの女子なら机の中に入れる方が安心出来るしね。クラスの女子に比べて他学年他クラスの女子の数は文字通り桁違いだ。チョコがもらえる可能性も机の中に比べて桁違いになるのは道理の理、ここで全てが決まると言っても過言ではないんだ! さあ! 今一度心の臓を無にして楽園へと繋がる扉を開こうぞ!」


唾を吐き散らすと同時に気持ち悪さも発散させる小金餅吉、彼のキモさは底知れずだ。なんで人間はここまで気持ち悪さに特化出来るような進化を遂げたのだろうか。高貴なエルフに生まれて良かった。さて、小金のアホが言っていることは大雑把に汲み取るとして。つまり下駄箱の中にはもう既にチョコが入っている可能性があるってことだろ。あくまで可能性だが。クラスの女子なら机の中に入れて、そしてクラス以外のシャイ子が入れるとすれば下駄箱なのだろう。だが俺には全く関係ない。なぜなら他学年他クラスの女子とは全然縁がないからだ。転校して四ヶ月、エルフだとバレないようクラスの中でも地味に徹し存在感消して過ごしてきた俺のことをクラスメイト以外の奴らが認知しているわけがない。トップオブ地味の小金には及ばないにしろ俺だって地味モブキャラの空気男として他の人間と深く交流したことがない。他クラスの知り合いなんて清水ぐらいのものだ。そんな俺にチョコをもらえるorもらえないの二択は存在しない。まさに論外だ。せいぜいシャイ子が入れる下駄箱を間違えたぐらいの可能性しか残っていない。だから深呼吸なんて不必要だし、その他男子には楽園への扉に見える物も俺には何ら変わりない下駄箱にしか見えないよ。てことで普段通り『いまむら』で買った靴を脱ぎ、片手で持ちながらもう片方の手で下駄箱を開ける。……ん?


「なんだこれ?」


空いた手で上履きを掴むはずが別の物を掴んでしまった。取り出してみるとそれは四角の薄い箱、綺麗に包装紙とリボンでラッピングされておりリボンに「木宮君へ(はぁと)」と可愛らしいキラキラ輝く文字で書かれたピンク色のメモ用紙。……あれ、これってまさか、


「木宮あああああああああああああああああああ!? ま、まままままままさか、ましゃか、まさか、まさかまさか! そ、それは……チョコレートじゃないかぁぁぁあああぁぁ!」


散々騒音を吐いていた小金だが今のが今日で一番うるさかった。まだ一限目どころか朝のホームルームも始まってない状況で今日一番うるさかったと評するのもどうかと思うが。とにかくうるさいので足の関節に蹴りを入れておく。「ひぬぅ!?」と小鹿が絶命時に発するような悲鳴を上げて床に崩れ落ちる小金、さっきから大声で叫び続けていたから足腰がフラフラじゃないか。そのまま床で腰砕けていろ。それより問題はこの箱だ。小金にシャウトしてもらうまでもなくこれが一体何なのかは容易に想像出来る。そう、爆弾だ。遂に二分の一を引いてしまったかテリーよ、残念だったな。……いやいや、そんなわけない。さっきまでの会話の流れで今日という日に爆弾を入れる奴はキチガイだろ、ボケにしてもクレイジー過ぎて全く笑えないし。十中八九これはチョコだ。まさかもらえるとは。驚きのあまり声を出せずにいるがこの状況、この手に収まりし箱を見て、理解し終えて時間が経っていくにつれて心の底から徐々に何かが沸き上がってくる。こ、この感覚は……喜怒哀楽の『喜』だ! うう、うおおおおおっ? まさかだ、まさかだよ。本当にもらえるなんて思いもしなかった、いやマジで。これはチョコレートじゃないか。おいおいマジかよマジですか、ちゃんと名前まで書かれているじゃありませんか。これはもう俺、木宮照久に向けられた唯一無二のチョコレート。他の誰でもない俺宛てだ。ヤバイ、手が震えてきた。なんか普通に嬉しい。お、おぉふ。これがなんだろう、どうすればいいんだ。


「き、木宮ぁ……僕を裏切ったな……!」


「なあ小金、これ開けていいよな」


「駄目だ、僕の許可が下りるまで開封しちゃいけない」


メモ用紙を取ってリボンを解く、包装紙を一応丁寧にめくって箱をパカッと開ける。中にはハート型の茶色の物体、チョコレートでした本当にありがとうございます。全体的に丸みを帯びており、なんとも可愛らしいチョコだ。感動も去ることながら今まで食べたことのないチョコレートを味わってみたいという気持ちも湧いてきたので心の中で合掌、感謝を込めて一口頬張ってみる。おお、甘っ。なんとクリーミーで甘いんだ、これは女子が好むのも頷ける。口の中に広がる程良い甘さに混じって微かにビターで苦みもくすぐってくる。でもこのビターさが甘さを引き立ててさらに味わい深い。甘みが舌に溶けていくようだ、ああ美味しい。歯につく感じも良い。チョコか、なかなか素晴らしいじゃないか。今まで銀チョコやチョコチップメロンパンを敬遠していたが今後は積極的に買っていこうかな。


「なんで開けてるの!? 僕駄目って言ったじゃん!」


「お前の指図なんか受けるかよ」


「ぁあ~……」


そんなにチョコ欲しかったのか? まあさっきからの尋常ではない意気込みを見ていればそうだよな。


「そんなに欲しいならお前の下駄箱も開ければいいだろ。俺みたいに入っているかもしれないだろ」


「……木宮。僕が自分のより先に君の方へ来たと思うのかい」


床に崩れたまま弱々しい声で鳴く小金。その両足には既に上履きが履かれていた。俗に言う「あっ(察し)」ってやつだ。そっか、駄目だったか。まあお前にチョコをあげる女子なんていないと最初から思っていたけどな。無駄なアピールツッコミご苦労様でした。


「ま、まだだ。戦いは始まったばかり。よし急いで教室へ向かおう」


「はいはい。ちょっと待ってろ、上履き取るから……あ?」


「どしたの?」


チョコを食べ終えて再度下駄箱の中を覗いてみたら、


「まだ三個入っていた」


「もう死ねよ!」


どうやら小金の中ではチョコもらえる=死ねの等式だったらしい。


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