第62話 家電がやって来た
「あ、冷蔵庫はそこに置いてください」
「はい分かりました。えっと……中で人が寝ていますが、いいのですか?」
「あれ気にしなくていいですよー。他の荷物は床に置いてもらって結構です」
……なんだ? やけにうるさいな。ぬくぬくと布団にくるまって活動停止している体に伝わってくる振動。床が揺れている。そして耳の中に侵入してくる騒音。バタバタと慌ただしく複数の足音が重なって聞こえる……う、うるさい。あまりの騒音に思わず脳が欠伸をしながら起きろと命令をしてきた。布団の中で蠢きながらなんとかして目を薄目で開けてみれば、
「ではこれで荷物の配達は完了です」
「お疲れ様でしたー」
……うん? 同じような作業服を着た男性が二、三人立っていた。俺の部屋の中で。…………ぬん!?
「あ、やっとテリー起きた。完全に野性抜けてるね、警戒心ゼロだったよ」
「し、清水。これは一体どういうことだ」
爽やかな笑みのまま男性達は部屋から出ていった。部屋にいるのは布団から顔を出した俺と微笑を浮かべている清水、そして異質な存在感を出して蹂躙する冷蔵庫、乱雑に置かれた段ボールの数々。俺が寝ている間に一体何が起きたんだ!? え、何これ。状況が理解出来ないんだけど。
「うふふ、どうだエルフ君っ。何もない閑散とした君の部屋に夢の家電達がやって来たよ」
微笑が次第に大きな笑い声となって部屋中に響く。両手を広げて満足げに高笑いする清水は冷蔵庫をパカパカと開けたりダンボールを狂ったように叩いたりしている。は……か、家電? え、まさかそのダンボールって全て家電製品が入っているのか!?
「前回、寛大で優しい私は哀れな少年の為に朝ご飯を作りに来た。そこで出迎えてくれたのは圧倒的なる道具不足、調理器具の不在、間抜け面のエルフ。私はすっっっっごく傷ついた」
「は、はあ」
「そこで! そうだ、家電製品揃えてあげようと。寛大で優しくてとっても可愛い寧々ちゃんはそう考えたわけなのです」
さりげに可愛いが追加されたが気にしないでおこう。えっと……つまり、なんだ? ヤベ、寝起きでまだ思考が本調子じゃない。現在目の前に広がる光景を情報として処理するので精一杯だ。落ち着け、よく考えろ。隣で冷蔵庫がヴーンって鳴いているけど気にするな。
「つまり、俺の為に色々と必要な物を買い揃えてくれたってこと?」
「その通りなのですよ」
「……俺の許可なく?」
「イエス」
「朝いきなり勝手に鍵開けて俺が寝ているところに?」
「オウ、イエス!」
テンション上げるな! なんかムカつくから! ほほぉ、そーゆーことか。前回、朝ご飯を作りに休日わざわざ家まで来てくれた清水。その時も寝起きを襲われた覚えがある。早速料理開始、と思ったらお米を炊く炊飯器はない、お味噌汁を作る為の鍋がないし卵を焼くフライパンもない。作業が一切出来なかったのだ。あの時の清水は超絶不機嫌だったな、うん。長期滞在を視野に入れてない我が家に調理道具なんて不必要だ。今後も買う予定はなかった。それが今では文明の利器と名高い冷蔵庫さんが居座っているじゃあないか。さっきからヴーン言っているけど。威嚇しているのか?
「勝手に部屋入るな、こういうことするなら事前に言え、冷蔵庫買う金で印天堂65買えよ、とか色々言いたいことあるけど言わないでおくわ」
「うん全部言ってるね」
それにしても圧巻だな冷蔵庫。何もなかった部屋が一気に彩りを手に入れたようだ。白色に彩りなんてないけど。何冷やそう、何冷やそう!? とりあえずお水冷やすか。
「ふふん、驚くことなかれ。冷蔵庫だけじゃないよ。電子レンジに加えて調理器具一式全て買った。これで朝ご飯作ってあげるわ、おっほほほほ!」
そして床に置かれた段ボールの数々、中には清水の述べた品々が入っているのだろう。結構な数だぞこれ。すごいな清水、マジでその金で印天堂65買ってくれよマジで。こんなに買ったら総額いくらになるんだろ……。え、これって全て清水が買ってくれたのか……? う、嘘だろ。
「まさかバイト代全て俺の為に……!?」
「いやバイト代は服に使っちゃった」
ロングスカートの端を持ってクルリと回る清水。清楚エロな白い肌の両足が見えないのは残念だがカーディガンとロングスカートの組み合わせがぐぅ可愛い。家庭的だなぁ、オフの日にOLの彼女が来たみたいな? 一般的家庭も知らないしOLの彼女もいない俺が言うのは変だけど。てことは一体どこからこれだけの物品を買うお金が出てきたんだ? そんな思いを表情に乗せて清水の顔を見上げる。
「えっとねー、お父さんにお願いしたら出してくれた」
「清水のお父さん?」
「うん。あ、テリーと会ってみたいって。今度うちにも来てよ」
ネイフォンさんの命の恩人であり、エルフが人間に隠れて暮らしていることを知っている人物だ。会ったことはないが清水がこうして俺の為に協力してくれるのもネイフォンさんと清水父の出会いがあってこそ。野垂れ死にそうだったネイフォンさんを助けてあげただけではなく会ったこともない俺の為に多額の出費を惜しまず出してくれたのか……。ものすごい人格者だというのが伝わってくる。さらに娘はご飯を作ってくれる。清水親子には感謝してもしきれない恩ができてしまった。
「すごいな本当。清水の家ってお金持ち?」
「んー、まあそうなんじゃない?」
わざとらしく首をかしげながら鞄からご飯とお味噌と食材とエプロンを取り出す清水。この光景、前にも見た気がする。前回と違うのはこの行動が今回は無駄にならないという点だ。完璧な前準備、朝ご飯作る気満々だ。ここまでしてくれたら朝寝起きを奇襲されても文句は言えない。言えるのは感謝の言葉のみ。ああ、なんだか目の奥が熱くなってきた。なんだろこの気持ち、心が振動して温くなってきた。けど心の芯は熱く、次第に全身に広がる。
「清水……お前って奴は……ぐす」
「さて! 今度こそ私の腕前を見せてあげようっ。テリーは布団片付けて」
ニコニコと笑いながら調理の準備を始める清水の顔が眩しい、後光が差しているよ。あぁ、これが温もりってやつか。爺さんと二人暮らしをしてきた俺には無縁のものを今こうして胸いっぱいに抱えることになるとは。潤う目尻を押さえてつつ立ち上がってダンボールを避けて清水の元へと向かう。
「え、テリー?」
「清水、ありがとな」
清水の両肩に手を添えて少しだけこちらへと引き寄せる。動揺する清水の目を見つめながら手にかかるサラサラの黒髪を指へ流して自分の出来る最大限の笑顔を晒し出す。これが今の俺に出来る精一杯のこと。
「え、ぇ? て、テリー?」
「俺がこうして安心して爆睡出来るのも清水のおかげだよ。君がいたおかげで……本当にありがとう」
本当の本当に清水のおかげだ。お前がいなかったら今頃どうなっていたことやら。今までに何度も助けてもらった。こんな俺の為に色々と手を貸してくれて、ありがとう。人間なんて数が多いだけで鬱陶しい存在だと思っていたけどそうじゃない人間がいるのを清水を通して知った。清水の為になら一生に一度の忘却魔法を使ってあげてもいいくらいだ。清水大好きだぁ。
「ぁ……っ、離れろ馬鹿エルフ!」
「ぐぼぉ!?」
大好きと言おうとしたら顎が砕けた。痛い!? 顎砕けた、顎が砕けたよ!? 距離数センチから放たれた清水のヘッドバットは強烈で食らった上体が浮いた。すごくないすか、頭突きで人体一つ分浮いたんだよ。赤く染まった顔でこちらを睨みつける清水がチラッと見えたかと思ったら次の瞬間には天井が見えていた。そして後頭部が痛い……。何かにぶつかったようだ。え、えー……俺的には最高のスマイルで感謝を述べたつもりなのに。なぜかまた機嫌を損ねてしまった。あー、顎痛ぇ……! メキッて音が口先から漏れた気がした。清水大好き宣言は撤回させてもらう。痛む後頭部と顎に悶えながら頭上で唸るヴーンという音をずっと聞いていた。
「もう……ホントに馬鹿なんだから」
「顎がぁ……!」




