第60話 他クラスで昼食を食べると変な緊張感がある
「すいません、清水呼んでもらえますか?」
「えっ、四組の木宮君!?」
「へ?」
昼休み、いつものように清水と昼食を食べるべく清水の在籍している二組へとやって来た。手にコンビニで買ってきた惣菜パンとメロンパンとジャムパンの三つを抱えて。普段なら中庭で集合するのだけど寒くなってきて外で食べるのが嫌だと言った清水の要望の為、こうして教室を訪ねてきたわけだ。清水を呼んでもらおうと二組の女子に声をかけたところ、なぜか絶叫に近い大声で名前を言われた。何だ? 俺はこのクラスではブラックリスト扱いでもされているのか。女子の叫びに続いてクラス中がザワザワと騒ぎ出した。特に、というか女子だけが。え、何これ怖い。
「おー、テリーじゃん。お昼一緒食べよ」
「その為に来たんだけど、何この視線の数々。二組特有の斬新な歓迎の仕方?」
「まあ噂の転校生だから」
女子からの視線を受けつつ清水の席に向かう。これなら寒いのを我慢して中庭で食べた方がいいんじゃないの? あと噂の転校生って何よ、小金もそんなこと言っていたような。
「テリーがこっちの教室来るなんて思わなかったよ」
「ん、まあ、あれだよ、そんな日があってもいいよね」
室内で食べるとしたら食堂かお互いのクラスどちらかになる。もし俺のクラス、四組で食べるとしたらウザイ小金がいるのは勿論のこと姫子がいる。週末何があったか問われることは間違いない状態で、姫子がいるのはヤバイ気がするんだよ。誘拐されかけたことやシャワー中にドア開けられたことを姫子が清水に話してみろ、俺のパンはジャムじゃない別の液体で赤く染まることになるだろう。次の日からクラスでのあだ名が『鮮血のブレッドイーター』になること間違いなし。イジメの対象になるかもしれない。あと小金がウザイから自分のクラスで食べたくない。授業終わって休み時間になるとすぐ寄ってきやがる小金、話す内容と言えばゲームやアニメのことか下ネタ、健全な男子と言えばそうなるかもしれないけどあのニヤけた笑みには犯罪臭がするのが否めない。いつか捕まるのでは? 弁当箱を広げる清水の正面の席に座ってジャムパンの袋を開ける。このジャムパンのすごい点は既にジャムがかかっていることだ。パンに切り口を入れてそこにジャムを投入しており、シンプルでありながら味に深みがある。今回三つ揃えたパンの中で特攻隊長としての活躍を期待出来る。いただきまーす、と。
「テリー、パンばかり食べていると栄養偏るよ」
「……なんかすごい見られているんですけど」
栄養の偏りなんかより気になることがあるよ。先程からクラス中のあらゆる席から視線を感じる。主に女子生徒ばかり、なんか……キャッキャしてない? え、これって俺のせいなのか。この学校に通い始めたのは去年の十月頃、三ヶ月程経ったのにまだ転校生のレッテルを貼られているのか。こちらを興味津々げに見つめてくる女子達。な、なんすかこれ。見世物ですか。
「まあ茶髪って珍しいからさ。結構明るいし、金色に限りなく近い茶髪だから」
「これ地毛だぞ」
「知ってるよ」
エルフ族は全員茶髪茶眼だ。無精髭生やしてボサボサヘアーのネイフォンさんも茶髪だし、うちの爺さんも今でこそ白髪混じりだが昔はキラキラ茶髪のロングヘアーだったそうな。男の長髪って気持ち悪くね?
「落ち着かねぇ。なあやっぱ中庭で食べない?」
「寒いから嫌。そんな気にしなくていいって、珍しい物見ているだけだからそのうち落ち着くよ」
そうだといいんですがねぇ。ジャムパンを頬張りながら続いてメロンパンを開封している時もひたすらに視線を感じる。そう言えば転校してきた当初もこんな感じだったような記憶が。わざわざ他クラスから見に来ていた奴もいたな。そんなに茶髪が珍しいのかよ。街に行けばチャラい大学生のお兄さん大抵茶髪だから見てこいよ。もしくはエルフの森に行ってこい、老若男女全て茶髪だからさ。まあ見れてもすぐに忘却魔法をかけられて忘れてしまうのだろうけど。
「私だって大変だったんだよ。皆からテリーのこと教えてくれって詰め寄られてさ~」
サラサラの前髪を揺らしながらアスパラベーコン巻きを口元へ運ぶ清水、どことなくドヤ顔なのは許そう。小金のドヤ顔に比べたら愛嬌があって微笑ましいから。しかしちょっと待ってくれ清水、お前まさか……バラしてないよな?
「清水貴様ぁ、俺のこと言いふらしているのか!?」
「そんなことしてないよ、って近い近い。テリー顔近づけないで」
あぁ? こっちにとっては由々しき事態なんだよ。お前のことは協力者としてある程度信頼していたのに裏切られた気分だ。なんだよ清水ぅ、俺とお前の友情はその程度だったのかよ。親友レベルの仲良しだと思っていたのは俺だけだってのかよ。クラスメイトにヘラヘラと流してしまうなんてテリー悲しい! あーあーそうですか、そんな感じですか。そっちが裏切り行為に手を出すならこっちだってやり方があるぞ。一生に一度の忘却魔法を今ここで使ってやろうか。お前から羞恥心を忘れさせてやるよ、そして足を舌で舐めずり回して揉み揉みマッサージして最後にはパンツ見てやろうか。羞恥心を失ったお前は恥ずかしがることなくハテナマークを浮かべているだけだろう、ははははははっ。……そんなこと絶対しないけどね。忘却魔法を唱えて望み通りに全てをやり終えた時、どれほど巨大な虚無感が待っていることだろうか。それは想像を絶する。人体一つ分では抱えきれない虚無の闇で、恐らく罪悪感のあまり三日以上は学校休んでしまいそう。あともう一つ、いつか爺さんの後を継いで族長になった時、子供達に父ちゃんは昔とある女子の羞恥心を消し去る為に一生一度の忘却魔法を使って足ペロペロしたんだよと言うのは恥ずかし過ぎる。爺さん並みに尊敬出来ない族長になっちゃうよ、確実に森の陰で悪口言われちゃうって。故に羞恥心を忘れさせる為に忘却魔法は使わない。というか出来れば一生使いたくない。切り札は最後まで隠し持っておくものなのさ。
「……なんで顔近づけたまま決め顔してるのよ」
そういえば清水に詰め寄ったままだったな。噛みつく勢いで顔を近づけてしまった、目の前に映る清水の顔面。こいつはこいつでこう見ると普通に可愛いんだよなぁ、肌は白くて綺麗で目とかパッチリしていて黒目がキュートだし。近くだと良い匂いがしてくる、これはシャンプーの香りかな。だが騙されるな五感達よ、第六感の俺が起立し声を大にしてそう訴えかけてくる。君の言う通りだ第六感。この何気にきゃわいい清水寧だが性格の方はなかなかクセがある。まず暴力的、何か気に食わないことがあるとすぐ殴ってきやがる。出会って三ヶ月程経つが幾度となく殴打を食らってきたことやら。グーパン腹パン肩パン掌底ローキックハイキック跳び膝蹴りムーンサルトプレス、バラエティ多彩な攻撃の数々に襲われた記憶は忘却魔法を持ってしても忘れることはないだろう、なぜなら体全身が痛みを覚えているから。
「ああごめんごめん、思わずチューしそうだったわ」
「はいはい馬鹿なこと言ってないでご飯食べようねぇ」
こちらの額にパンチを放ってきた清水。痛い、シンプルに痛い! ぐおお、この至近距離で躊躇なく拳を振るうこいつの精神状態はどうなってやがる。末恐ろしいぜ。口からメロンパンが零れるのを片手で押さえつつ残りの手で損傷部位を撫でる。目の前の女子生徒は大して気にしていない様子でポテトサラダを優雅に頬張っているではないか。何この子、バイオレンスの化身?
「それはそうとテリー、朝言いかけたけど週末何やらかしたのよ」
再びメロンパンが口から噴き出る。「うわっ、汚い!」と清水が叫んで二発目の拳が襲ってきた。ぐおっ、今度は右頬か。他人の顔をグーで殴るなんてヤバ過ぎる。本当に精神おかしいんじゃないか?
「もぉ、お弁当箱にテリー菌が入っちゃったじゃん。きたなーい、食べたくなーい」
「おい今度は精神攻撃かよ」
汚いとか言わないで。地味に傷つくから。その後清水の誘導尋問と毒舌に耐えながら必死に残りの惣菜パンを食べきった。決めた、もうこのクラスではご飯食べない。




