第59話 月曜の朝
「テリーおはよう」
「む、貴様は清水ではないかっ」
「なんで今日は変にノリ良いのよ」
月曜日の朝、それは学生にとって週の始まりであり憂鬱さを募らせる。やけに重い体を引きずって家を出る。吐き出す溜め息は冬の冷風に押し返されてしまう。身を凍らせながら必死に辿り着いた先で待っているのは長時間に及んで拘束される座学の連続、まさに苦行なり。いつものように学校へ登校して教室に入る手前、廊下ですれ違った清水と朝の挨拶を交わす。いつものことだ。
「久しぶりだな」
「そう? 金曜会ったじゃん」
「なんか時間の経過では表せない何かを感じたから」
特徴的なカーブをしならせる長髪、毛先がくるっとくせ毛になっている。あそこだけ切るとどうなるのかな? サラサラなストレートヘアーになるのか? それとも新たなクルリ毛がすぐに発生したりして。清水寧々、エルフ族の存在を知っている稀有な人間。俺の知っている限りじゃネイフォンさんがバラした清水一家のみが知っている人間だ。年齢十五、六の小娘にしてはちょっとばかし荷が重い秘密を抱えていやがる。この情報一つで人間界及びエルフの世界が揺れ動くことをもう少し重く受け止めてほしいのだが清水本人はヘラヘラと気にしてない様子だ。友達と好きな人の名前を秘密で共有しているぐらいの軽いノリで思っている節がある、とても困る。まあ今のところ秘密をバラそうとはしていないし、何より人間界の情勢に乏しい俺の為にあれこれサポートしてくれるのは非常に助かるよ。……一昨日とかな。
「週末はどうだった~?」
ニヤニヤと笑いながら小突いてくる清水、面白いものを見るような目をしている。完全に楽しんでいらっしゃる。先週の土日は姫子の出場するスマビク全国大会の付き添いとして首都まで行ってきたのだ。人間が多い、姫子が連れ去られそうになった等、問題は多々あったが一番のピンチはホテルでの宿泊、これはマジで焦った。同じ部屋で寝泊まり、しかもダブルベッド。ユニットバスの扉を開けた時と朝起きた時の光景は一生忘れないだろう。眼福でした。それもこれも全て清水が企んだものだと俺は睨んでいる。姫子一人でここまで入念な仕込みが出来たとは思えない、確実に清水が一枚噛んでいる。このニヤリ顔を見れば明らかなことだ。せめてツインベッドにしてくれよ。面白いものを見るような顔しやがって、性格の悪さが歪み出ているぞ。
「社会勉強にはなったよ」
「え~、もっと他に感想ないのぉ? 詳しく教えてよ」
詳しく、ねぇ。ありのままの出来事を話し進めていくと姫子が連れ去られた辺りで清水からグーパンが飛んでくる予感がする。アイマスクつけて歩けば視界塞げて無敵じゃね?とか思って即実行した結果、後を尾行されていた男数名に姫子を誘拐されかけたのだ。すぐに後を追って助けることは出来たが一瞬でも姫子に嫌な思い、恐い思いをさせたことは変わりない。なぜ俺が首都まで付き添ったと思っている、姫子のことを守る為だ。それが全っ然駄目駄目だった。そんな拙いミッション報告をしようものなら今すぐ鉄拳が鼻柱目がけて飛んでくるだろう。両穴から鼻血を流して朝のホームルームを受けるなんて羞恥プレイは望んじゃいないので怪我をしないよう口は閉じておく。
「私のオススメのお店行った?」
「行ったよ。はいはい、また昼休みにでも詳しく話すかもしれないかもしれないから。じゃあな」
「あ、テリー待ってよ!」
だからその本名で呼ぶんじゃねぇよ。こっちの世界にテリー・ウッドエルフだなんてスマートでイケメンでカッコ良くて素晴らしい奴は存在していない。木宮照久君というスマートイケメンでカッコ良くて素晴らしい奴ならいるけどな。廊下や教室の中で清水がテリーと呼ぶ度に何人かが「ん?」といった面持ちでこちらを見てくる。タイジュの国の元モンスターマスターでありさすらいの剣士のテリー?的な目で見られることがあれば、額に米の文字がある超人レスラー、またはその息子?といった風に見られたり、小隊潰しの死神と呼ばれる地球連邦軍の軍曹がここに!?みたいな視線を感じたり、どれもこれも完全に人違いだよ。あだ名ってことで通っているがあまり本名を連呼されたくないな。それをいくら伝えても清水が呼び方を変えたことは一度もなく、遂には姫子が寝言でテリーと呟く事態に。たぶん、いや絶対に清水の影響を受けたせいだ。ベッドの端で理性の壁を必死に抑え込んでいたところに不意打ちで呼ばれた時は心臓止まるかと思ったぞ。
「今日も中庭で食べるの? 寒いから中で食べようよ」
「じゃあ教室で食うか。じゃあな」
「なんでそんなに私から逃げたがるのよ」
「話している拍子に下手なボロを出さない為だよ」
思わずポロッと姫子連れ去られそうになった事件のことを言ってしまったら鮮血沙汰になるからな。そうならない為にも会話事態を打ち切るのが何よりも有効的な対策法だ。
「……何かしたのかなぁ?」
「あばよ!」
「あ、逃げるな柳沢テリー!」
誰だそれ、木宮だっての。本気の脚力を一瞬だけ発揮して清水からのエスケープに成功、えっあの演出家でタレントの伊藤さん?みたいな興味の目を受けながらも無視して四組の教室へと入る。さて、学校で一番楽しみな昼食まであと三時間、頑張って乗り切りましょうかね。そんな思いで扉を開けば、
「やっほー木宮っ、調子はどうだい?」
「清々しい程最悪だよ、小金」
スタンバイしていたのかと疑いたくなるような位置で待ち構えていたクラスメイトの一人から声をかけられた。中央分けの前髪、毛先が眼鏡に乗っかってどことなく顔の個性さが消えている。それでありながら嬉しそうにこちらを見つめる笑顔には、殺意と呼ぶのが最もふさわしいであろう負の感情が沸き立つ効果がある。殴りたいその笑顔。清水から逃げてきたのに次はお前かよ小金テメーコノヤロー。このウザイ顔したモブキャラ臭えげつない奴は小金餅吉、同じ四組に在籍するクラスメイトの男子だ。特徴を挙げるとしたら特徴がないことが特徴で、まあそんな感じだな。
「聞いてよ木宮、ネトゲが最近面白くてね~」
「いや聞かないから、なんで俺が快く聞くことを前提に話し出そうとしているんだよ。やめろよマジで」
「すごい辛辣だね!? 月曜の朝からヘビー過ぎる!」
出た、小金のツッコミ。まずうるさい、やけに声を張るから耳に残ってウザイ。そして何よりも本人のドヤ顔が気に食わない。ナイスなツッコミでしょ?と言わんばかりの澄ました笑みを含ませているしたり顔は何度見ても腹立たしい、ツッコミなら任せろ感が滲み出ているのがムカつく。
「ちゅおっとぉ、聞いておくれよ」
情けない声を上げて腰にしがみついてくる小金。気持ち悪さを上、中、下の三段階評価で表すなら小金の気持ち悪さは特上級だ。規格外ってことですよ、ああ気持ち悪っ。なよなよしやがって、それでもお前は男か。清水の方が数段男前だぞ。情けない。
「離れろ餅キチガイ。なよなよしていると女子にモテないぞ」
「ぼ、僕なよなよしてないもんっ」
しがみついてくる奴が言う台詞じゃないぞ。いいから早く離れてくれ。
「いや僕は結構ワイルドな部分もあるから。か、カマキリとか普通に食べるしぃ?」
「あー、分かる」
「分かるの!?」
あれ美味しいよねー、うん。嘘だけど。
「あ、あわわ……!」
うわぁ、小金引いてるじゃん。嘘だって、さすがに食べたことないって。お腹減り過ぎて死にそうだった時一度手に持ったことはあるけどさ。




