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第5話 旧世代の最新ゲーム機を探して

「いらっしゃいませー」


「……」


人間界での生活に慣れてきたこともあり、そろそろ目的の為に動くことにしようと思ったわけで。

駅前の大きなショッピングモールへとやって来た。

人間界の日本界のこの地域では一番大きなショッピングモールらしく、ここで揃わない物はないとクラスメイトが話していたのを耳に挟んだ。

その情報が正しいと思わざるを得ないほどに大きな建物で、車と人が休むことなく入場している。

人間の多さに酔いそうになるがここは我慢、目的の物を手に入れるにはこれしきの辛さは耐えてみせるさ。

目的の物、それはゲーム機。

爺さんが欲している家庭用テレビゲーム機を森に持ち帰ることが一番にしてただ一つの目的。

テレビゲームを実際にプレイするには遠くなるような費用と手間がかかるそうなのでエルフの森で遊ぶのは不可能だが一応それでもゲーム機自体の入手だけはやっておこうとね、こうして休日を使って足を運んだわけですよ。

駅前にあるから電車で行くのが便利らしいが、まだ電車の乗り方分からないのでタクシー使ってきた。かなりお金がかかったが目的の為には致し方ない。


「さて……どこに行けばいいんだ?」


最新ゲームを買うにはここが一番だとクラスメイト達が言っていた。

このショッピングモールは食料、家電、ゲーム、本や漫画……あらゆる品が揃っているそうで、この広大な建物のどこかにゲーム機を取り扱うお店があるらしいが……分からねぇ。

なんだここは、広過ぎる。入口に一応マップが掲示されてはいるが見方が分からん。分からないことが多い。

どことなく目尻が熱くなってきたけど、この気持ちはアレだ、初めて日本界に来た時の心理状況に似ている。

何も分からず一人ぼっちで足が地面についていない感覚、不安と恐怖が纏わりついて息が詰まり嗚咽が漏れそうになる。

けれどここで折れるテリー・ウッドエルフじゃないんですよ。

あの時は違うんだ、鍛え上げられたメンタルの強さを舐めるではない。

とりあえず歩き回ればいつか見つけることが出来るっしょ。

家族連れ、友達達と、恋人同士で楽しそうに建物内を歩く人間達に溶け込むように歩を進めていく。






へぇー、色んなお店があるんだな。専門店ってやつかな? 特に一階は服屋が多い気がする。服装は……そんな気にしないなぁ。

ネイフォンさんがおっしゃるにはエルフの服は変に目立つらしく、ネイフォンさんの選んでくれた服を着ているが他の人と同じような服なのでこれが普通のファッションってやつだろう。

たまに同世代の女の子がこっちを見てヒソヒソと喋っているのが気になるけど……俺の自意識過剰なのか服が変なのか、はたまたエルフだとバレたのか。

気になる視線にも負けず人間の多さにも負けず雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌの宮沢スピリットで建物内を歩くこと十分、


「ここか……」


ついに目的のお店の前へと到着した。

『GAME SHOP』と書かれた看板のお店、中を覗けばゲーム機がたくさんあるじゃないか! 

あの四角で黒光りする物体はゲーム機だ。目的の物がたくさんあるっ! 

やったぜ爺さん、人間界に来て一ヶ月以上経った今こうしてゲーム機と対峙することが出来たよ。

あとは買うのみ、お金はネイフォンさんからいただいた四万を使って買ってやる。この四万は今月の生活費だから全部使うことは出来ないが、まさかゲーム機だけで四万以上もするとは思えない。カップラーメン四百個分もする玩具があってたまるか。

決意を固め店内へと入る。さぁ、買ってやるぜ。






印天堂65をな!






……ん? あれ、ないぞ? 

爺さんの雑誌から切り抜いてきた印天堂65の写真を取り出して確認。

変な形状の白いコントローラー、中心部が盛り上がった黒の本体、雑誌に紹介されてあった最新ゲーム印天堂65の姿がどこにもない。

馬鹿なっ、ここは最新ゲームを取り扱う大規模のゲーム店なんだろ? ならなぜ印天堂65がないんだ。

ゲーム機はたくさんある、プレイパッション3とか小さなサイズのゲーム機とか。同じ印天堂製の白いゲーム機があるが、なんか写真とは形が違う。恐らくこれじゃない。

爺さんが欲しがっているのはこれらじゃない。なぜないんだ……。

しかしここまで来て諦めるわけにはいかぬ、きっと人気があって売り切れたのだろう。

店員さんに聞いてみようではないか。エルフの気合いを受けるがいい人間共。


「あのすいません」


「はい、いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか?」


近くにいた女性の店員さんに声をかける。

ニコッと微笑んで明るくて爽やかに返事を返してくれた。

あ、なんか良い人そう。よし、聞いてみるか。


「印天堂65はありますか?」


「……。……は?」


振り返った時はあれだけで屈託のない笑みだったのが一瞬にして崩壊した。

尋ねてからしばらくの沈黙、その後店員さんの顔が「はぁ?」と戸惑うように歪んだ。

和んでいた俺と店員さんの空気に亀裂が入り、その亀裂は床へと達して足場が崩れていく……。

あ、あれ…………俺、なんか変なこと言ったのかな?


「え、えっと……印天堂のMiiのことですか?」


「い、いえ印天堂65です」


「……あ、あの……え…………え?」


「……」


「……」


「……」


「……し、少々お待ちください」


伝えたいことは伝わったはずなのに店員さんは衝撃を受け止めることが出来ないといった面持ちで、困惑を隠しきれていない。

なんとかして引き攣り笑いを絞り出して店員さんはレジの奥へと入っていった。

……な、なんだこの空気は。普通のお客さんに対応する時の雰囲気じゃなくて異質な奴を相手に戸惑う様子の店員さん。

いつまで経っても戻ってくる気配がないので、そっとレジの方に近づいてみれば、


「店長、なんか印天堂65を購入したいって人が来ているんですが……」


「は!? お前馬鹿か、今時65なんて旧時代のゲーム機を欲しがる輩なんているわけないだろ」


奥の方で先程の店員さんと店長が話している。

店員さんの話が信じられないと言わんばかりの大声でケラケラと笑っていて……ふと、俺と視線が合う。

三秒間じっくりと見つめ合った後、店長さんの顔がみるみるうちに強張った物になっていく。「ま、まさか、こいつが……!?」と店員さんと同じ目で見てくる……何も悪いことをしているわけでもないのに焦燥感が募ってきて頬を汗が伝う。口の中が乾燥して心臓の鼓動が不気味に跳ねていく。

こ、肯定するべきなんだよな。印天堂65の名を出しただけでどうしてここまで空気が悪くなるんだよ、何か変なことなのか!? 

でも俺は印天堂65を買う為に森から出てきたんだ、ここで挫けるわけにはいかないんだよぉ。

はい私が印天堂65を欲しがっている者です、と肯定するように頷いてみせる。


「……」


「……」


大笑いしていた店長はそれ以降口を開けることなくレジのさらに奥の方へと逃げ込んでいった。

残された店員さんも気まずげに微笑むだけで何も言ってこない。

え、え、えぇ? もしかして俺がおかしいのか!? お店の人を黙らせる印天堂65って一体何なんだよぉ!? 

なんだよ人間界、もう怖ぇよ……誰か助けて……


「あれ? テリーじゃん、やっほー」


涙が零れかけたその時、後ろから聞こえたのは女性の声。

可愛らしくて耳にスッと入ってくる美声、思わず後ろを振り返ればそこに立っていたのは清水寧々だった。

顔よりも先に足の方へ視線がいってしまうほどの線が細くて綺麗な白い両足、普段の制服姿ではなくて私服の清水、フリフリとしたスカートの姿で見る生足は艶かしくて清楚なエロを感じる。ゲーム店で死にかけている心を癒してくれる。


「ちょ、ジロジロ見ないでよ変態エルフ」


「エルフとか大きな声で言うなよ!」


「普通の人は変態って言葉の方を気にするんだけどね……で、何をしているの?」


救世主とはこのことか。店員さんと店長にも見放された俺の前に颯爽と現れた清水が天使、または女神のように神々しく輝いて見える。

現役女子高生である清水、人間界の情勢についてはエルフの俺と比べて遥かに詳しいはずだ。

人間だから人間界について知っているのは当たり前なのだけど、うん。

それはゲーム機についても同じように言えるはず。なぜ最新ゲーム機である印天堂65が販売されていないのか、なぜ店員が目を逸らすのか、答えを教えてくれ清水よ。

今この場で起きたことを話し終えると、


「アンタ馬っっっ鹿じゃないの!?」


ゲーム店に罵声が轟いた。

ぐあっ、んな至近距離で大声出さないでくれ。ただでさえ森育ちの俺には人間界の騒音がうるさいのだから。鼓膜が破れてしまうだろ。

清水は店員さんと同じように顔をしかめた後、周りなんて関係ないと言わんばかりのシャウトを響かせてくれた。

チラッとレジの方を覗き見れば店員のお姉さんが「だよねー」といった顔をしていた。

あ、やっぱり俺が間違っていたのね。

でもなんでさ? ただ最新ゲーム機を買いに来ただけなのに。


「あのさ、印天堂65とか何世代も前のゲーム機だから! こんな最新ゲーム機を販売するお店に置いているわけないでしょ」


「で、でも雑誌にはちゃんと……」


森から持ってきた雑誌の切り抜きを清水に見せて抗議する。


「はぁ、だからアンタ馬鹿じゃないの? お爺さんが拾った雑誌には最新ゲーム機って書かれていたのかもしれないけど、その雑誌自体が最新とは限らないでしょ。ましてや街から遠く離れた森に捨てる雑誌なんて古いものに決まっているし」


「え……?」


「テリー、ホント馬鹿だわアンタ」


ちょ、ちょっと待っておくれ。

なんだ、何が起きていやがる。

清水は拾った雑誌が古いやつだったと言いたいのか。爺さんが欲しがっている印天堂65は最新ゲーム機じゃないと言いたいのか! 

そして俺は最新ゲーム機でもない存在も忘れかけの古いゲームが欲しいと店員さんに真面目な顔で尋ねていたというのか……は、恥ずかしいぃぃっ。


「し、清水よ俺を殺してくれぇ」


あまりのショックに立っていることも出来ず床へと崩れ落ちる。

明るい照明で照らされたサラサラの床が俺を見つめている……入店してからずっと俺の痴態を君は見続けていたんだね。

なんて屈辱だ、違う意味で涙が出てきたぞおい。

きっと俺はこれからこのお店で印天堂65を買おうとした田舎者扱いされて陰で店員さん達からプークスクスと嘲笑われるのだろう。エルフの誇りが貶されていくぅ、悔しいぃ! 

でも前を向けば清水の生足がすぐ間近にあったので少しだけ元気になった。


「だから足ばかり見るなや!」


「ぐえっ!?」


落ち込みながらもじっくりと足を観察していたら右の足が視界から消えた。

どうやら一瞬のうちに俺の頭上へと移動していたらしく頭頂部を鈍い痛みが垂直に襲ってきた。

ぐああああぁっ、頭踏まれている!? 痛い痛い痛い痛いいいぃぃっ! 

昔のゲーム機を買おうとして恥をかいた挙句、休日の人で賑わう店内で俺は女子に頭を踏まれていた。

親愛なる祖父よ、孫は今日も人間界でエルフの誇りを胸に逞しく生きております……ぐすん。


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