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第57話 数少ない繋がりの一つ

「姫子、コンビニ寄っていい?」


「……何買うの?」


「夜食」


「今食べてきたばかりだよ?」


「成長期なんですよ」


姫子が眺める中、服を一枚ずつ脱いでいくという誰得ストリップ劇場に悶え苦しんでいたがタイミング良く咳が出てきた姫子がお薬を取りに部屋へ戻った瞬間にシャワー室の鍵を閉めて烏の行水みたくササッとシャワーを浴び終えた。お湯の蛇口だけ捻ると信じられない熱湯が降り注いで煮え死にそうになった。あれは死ぬかと思ったよ。数分足らずで体を拭き終えて無事裸体を晒すことなくシャワー終了。不謹慎だがあの時ばかりは姫子の体の弱さに感謝したよ。なぜか不服そうな姫子を連れて晩ご飯を食べに再び外へと出て、眼鏡君等のストーカーがいないか厳重に注意を払ってお店選び。まあ特に事件も起きず無事夕食を済ませて現在はホテル戻る前にコンビニに寄ってジュースやお菓子を買おうかなと思ったわけです。さすがに土曜の夜、街を歩く人間の数は超絶多くて気持ち悪いことこの上ない。屋上を移動すればノンストレスなんだけどなぁ、今は隣に姫子いるからそれは無理か。こっちの方が近道だよとか言って屋上にワンジャンプで登ってみろ、確実にポカーンってされる。数少ない人間界の知り合いに引かれるのは好ましくない、あと姫子に引かれるのは普通に嫌だ。大人しく人混みに揉まれて歩道を歩いてきた。偉いぞ、うん。


「照久、唐揚げが売ってあるよ」


「コンビニだからホットスナックがあって当然でしょ。それに買うなら一個増量中の時期がベストだ」


コンビニでジュースやお菓子を買う、その間姫子は隣でキョロキョロと辺りを見回している。ん? コンビニが珍しいのか、そんなわけないでしょ。今の時代コンビニなしじゃ生きていけないだろ、こっちの国へ来てどれだけ助けられたことやら。服の袖を引っ張りながらこんな賞品があるよ、と喋る姫子。あ、袖掴むのやめて。なんか変にくすぐったいから。にしても随分と興味深々だな。見ていて面白い。


「姫子ってコンビニ来たことないの?」


「……あんまりない」


へぇ、そうなの。学生が最も行く場所はカラオケとコンビニって聞いたんだけどな。現役女子高生の委員長さんがほとんど来たことないってことがあるのか。消極的で体が弱くてあまり寄り道をすることがないって条件の子じゃないとありえないぞ。……あっ、姫子ドンピシャリだわ。全ての項目にチェック入ったよ、全てクリアしちゃった。


「照久、プリン売ってる」


「そりゃコンビニだからな」


「プリン」


あなたにも大きくてぷるんぷるんなプリンが二つあ……ゲフン!


「せっかくだし買おうか?」


「うん」


「はいはい」


せっかくなので買ってあげるか、あと俺の分も買っておこう。とろーりとしたクリームがついたプリンにしよう。これは美味しいと直感が唸っている。今までもコンビニに行く度に気にはなっていたがホットスナックの方を優先に買っていたから買うことがなかった。良い機会だし、ご賞味しよう。


「照久、ケーキもあるよ」


こ、この子グイグイ来るなぁ。まるで遊園地に初めて来た子供みたいに動きが軽快な気がするよ。遊園地なんて俺は行ったことないので子供がどんな顔しているが全然分からないけどなっ、なんとなくイメージそんな感じだよ。


「え、ケーキ食べたいの?」


「照久が食べるなら食べる」


「じゃあ買うか」


「うん」


せっかく食の最先端を歩む首都に来ているのだからきっとプリンやケーキが美味しいことで有名なお店ぐらい探せば見つかるのにね、無知な俺と姫子はどこでも帰るコンビニのスイーツでご満悦に浸っている。

うーん……俺は人間界に来てまだ数ヶ月も経ってないから知らないことを見て聞いて触って驚くことばかり。でも姫子はそうじゃない。森で十五年間過ごしてきたわけもなく人間として人間界で人間らしく生きてきたはずだ。そんな人間、現代を知る若い女の子。そんな子がコンビニで目をキラキラとさせているのはいかがものだろうか。家が厳しくて寄り道を禁じていたとか? だとしたらこうして外泊を許されていない。病弱だからと言えば片付く問題ではあるけど……そんな感じの理由でいいのか。


「プリン美味しい……」


「そりゃ良かった」


コンビニでの買い物を終えて再びホテルへと帰る。勿論後を追跡されていないか警戒は怠らなかった。部屋に戻ってからはダラダラとテレビを見ながら買ってきたプリンとケーキを食べている。姫子の食べ方はとても可愛らしい、とても。スプーンで掬う動作、慎重に運び、小さな口を開けてモグモグと食べる、小動物のようで可愛いと言うのだろう。確かに美味しいけどね、なんだこれは。女の人は甘いものが好きだとは聞いていたがそれも納得だわ。これまで金があれば唐揚げフライドチキン等、ガッツリ食欲を刺激する食べ物ばかり買っていて食後のデザートの類はあまり食してこなかった。プリン美味しい、歯が溶けそうになるくらい甘い。お金がある時はスイーツ系に手を出すのもいいかも。


「姫子、そろそろ寝る?」


「……」


「まあ、まだ、起きていても構わないけどさ」


「ん」


あと今日一緒に居てなんとなく分かったことだが姫子は無言になる時がある。元々あまり喋らないタイプの子だが、例えば質問すれば普通に返事を返してくれる。けれど自分にとって嫌な質問、答えたくないこと、否定したい時は黙ってしまう傾向にあるような。なんだろ、そんなこと聞かないで察してと言わんばかりの沈黙を貫いてくる。無言は否定の表れ、とまでは言わないけどそんな感じの法則が見えてきたような気がした。寝たくないならそう言えばいいのに。確かに夜の十時前だから寝るにはまだ早過ぎるとは思うけどさ。今からどうしようかな、テレビも面白いのやってないから飽きてきた。政治についてのニュースなんか見ても鼻でせせら笑うだけだ。外に出て面白い物でも探しに行く? 夜の街は危険だって清水が言ってた、人間が多い場所はこりごりだよ。朝までクラブで踊るとかカラオケで流行りの歌を歌う、バーでカクテルを飲む、どれもこれも却下だ。特に最後のは駄目だ、未成年だもの。さて、そうすると今からどうやって時間を潰そうか。何かいいものは……お、そうだ。


「この限定モデルの印天堂65で遊ばない?」


丁度良いところに印天堂65があるじゃないか。熾烈な予選を潜り抜けて強豪連なる決勝トーナメントを最後まで勝ち進めることの出来た優勝者一人のみが得られるプレミア価値の印天堂65本体、それが俺の手中にあるのだっ。まあ姫子の物なんですけどね。備え付けのテレビもあるんだ、これはもうゲームしてくださいってことだろ。新品の限定モデルの箱を開けていいのか分からないから姫子が嫌ならいいけどさ。


「うん」


「え、開けていいの?」


「いいよ」


姫子がそう言うならいいのかな、じゃあ開けます。こういうのってマニアからすれば未開封の状態だからこそ価値があるとか。ネットオークションで売れば高価格で捌けそうなんだけど姫子は売るつもりもなければ開封せずに大事に保管しておくつもりもないらしい。許可が下りたので箱から印天堂65を取り出す。極力本体に触らず指紋をつけないと。箱から取り出した限定モデルの印天堂65、シルバー色でやけにキラキラと輝いている。ゲームソフトの差し込み口の手前には大乱闘スマッシュビクトリーズの文字が書かれてある。これが限定モデルか、なんとなく希少価値が高そうなのは分かる。え~っと、赤と黄と白の差し込み口は……おっ、あった。よし、これで準備オッケーだ。あとはソフトがあれば……んっ? ソフ、ト……?


「そういえばソフトないよね……」


「ん、これ」


「なぜ持ってるし」


タイミングを計ったかのように鞄からスマビクのソフトを取り出した姫子。なぜあるんだ。え、まさか家から持ってきたの? そんな都合の良いことがあっていいのか。


「……使うかなと思った」


「あるなら丁度いいや。スマビクやろっか」


「うん」


今日の大会で優勝して賞品ゲットは勿論のことホテルで宿泊した際に暇つぶし用としてソフトを持ってきた、これら全てを計算通りだとしたらさすがに舌を巻く。清水の入れ知恵か? いやそうだとしても大会優勝が前提になる。優勝なんて造作もないと言いたいのかっ。


「照久は相変わらずモリオなんだね」


「こいつが一番しっくりするんだよ」


まあ細かいことは気にしないでおこう。せっかくなのだから楽しくスマビクに興じよう。今日午前中から散々見てきたスマビク、見るだけで俺は一切プレイしていなかった。会場のあらゆる所で繰り広げられる熱戦、大スクリーンで行われた決勝トーナメント、姫子のワンサイドゲームの数々、見ていて俺もプレイしたいなぁと思ったりしたものだよ。腕が達者な奴らの試合ばかり観戦してきたおかげでなんとなくテクニックも身につけたような気もする。立ち回り方とか戦術の組み立て等、今なら姫子の残機を一つぐらい減らせる気がするよ。いったれモリオ!


「ぐっ、おらぁ、この!」


「……」


「……つ、強ぉい」


結果はいつも姫子の部屋で見てきた画面と変わらないモリオが宙へと吹き飛ばされる残虐な光景、モリオの悲痛な叫びが胸に響かなくなったのはいつからだろうか。ごめんなモリオ、俺もう負けても悔しくも何ともないんだ。勝てないのは当然だし善戦すら出来ず仕舞い、そりゃ姫子に敵わなかった奴らの動きを真似したところで及ぶわけがないか。今日散々戦ってきて疲れているはずなのに姫子ブービィの動きは軽快かつ精細な動きを保ちつつ強力なコンボを確実に繋げていく。その実力差は二ヶ月も前から痛感させられていたことだ。今だって俺が勝ったら65譲ってくれだなんてプリンよりも甘い考えは微塵も脳裏を掠めていない。姫子の実力は何十回と対戦して嫌という程知っているよ。そして今日の大会でまた一段と格の違いを見せられた。素人に毛が生えた程度の俺だが今回の全国大会がいかにハイレベルな戦いだったか見ていてなんとなく理解はした。どいつもこいつもコントローラーの操作が速く、ブツブツと呪詛のように独り言を呟きながらボタンを力強く押し、3Dスティックが悲鳴を上げるくらい乱暴に操作する奴らがうじゃうじゃといた。廃人、そんな称号を今大会参加者全員に叩きつけてやりたい。その中でさえ姫子は圧倒的に強く、誰一人として寄せつけない魔王の如き強さで頂点に君臨した。


「……ねぇ、姫子ってさ」


「?」


「いや、やっぱなんでもない」


その強さの秘訣は何なの? そう問いかけたところでなぜか言葉が喉に引っかかって上手く出せなかった。一機でこちらの四機を全て葬り去る実力、どれだけ練習しようとも勝てる気がしない程遠く、遥か遠くにいる彼方の存在。一体どれだけ練習すればそんなに強くなれるんだ。小さい頃からずっと遊んできた、と言ってしまえばそれで片付いてしまうことかもしれない。天性の才能があったから、それも姫子を強くした要素の一つとして間違いないのも確かだ。だけど、本当にそれだけなのか? 姫子のスマビクにかける並々ならぬ思いを感じる時がある。これまでの人生全てを賭してきたかのような、情熱とは違う熱を帯びる使命感にも似た思いを、その小さな体、小さな手が操作するコントローラーからテレビ画面のブービィを通して感じ取ることがある。この子にとってスマビクって何だろう……。あぁ、そうだ。姫子の強さについて知りたいんだじゃない、


「ねえ、どうしてスマビクをやっているの?」


「……」


姫子にとってスマビクはどんな存在なのか知りたいんだ。最新ゲーム機が揃う現代で昔のゲーム機、昔のゲームソフトで遊んでしかもネトスマという65世代の懐古好きが嗜むマニアックな面にも手を出している。そこまでして65版スマビクをプレイして、腕を磨く。それは一体なぜなんだ?


「他にもゲームはいっぱいあるじゃん、Miiやプレイパッション3とか。スマビクの最新作だってあるよ? それは興味ないの?」


「……」


「んー、い、言いたくないなら言わなくていいよ」


姫子は何も言わず黙々とコントローラーを動かしている。跳んで着地して距離を詰めて連撃を叩き込んでブービィ、対してモリオは攻撃全てを防ぎきれずにダウン。バリアが破られてグロッキー状態になってしまった。ぐっ、モリオ目を覚ませ。嫌なことは言わない主義ですものね、別にいいよ。


「……私にとって」


ん?


「これが全てで、数少ない繋がりの一つだから」


「……へ?」


全てで、繋がり……? い、一体どういうことですか? スマビクが? え、と……意味が分からないのですけど。繋がり? コントローラーのこと? あ、ああもしかしてこれが私とブービィを繋ぐ唯一のものだから的なことね、はいはい。……いやそんなわけあるか。それだと意味が分からないどころか電波障害起こした残念系女子に格下げになっちゃう。きっと違う意味だ、そうに違いない。けど……それだと一体どういう意味なんだ? 繋がり……?


「あ、負けた」


「私の勝ち。ケーキもらうね」


「はああぁぁ!? ケーキ賭けるなんて一言も言ってないだろっ。ふざけんな俺のケーキは渡さねぇ!」


「じゃあ次の勝負、ケーキ賭けて勝負しよ? 私負けたら65あげるから」


っ、ぐぬぬ……こちらが圧倒的に有益な賭けなのに……勝てないから意味がないっ。その挑発に乗れない自分が情けない。だ、だってスマビクで勝てるわけがないもん。姫子ズルいぞ!


「……やる?」


「俺の誇り舐めんな。やってやるよ、逃げちゃいけない戦いがあるんだぁ!」


「じゃあもう一戦」


特に意味はないがモリオの衣装の色を変えてケーキを賭けた勝負へ挑む。姫子がスマビクにどんな思いを秘めているのか知らないが俺にだって秘めているものがある。食べ物への執着とエルフの誇りだ。誇り舐めんな。ケーキは渡さねぇ、いくぜモリオぉ!






まあ一分後にはケーキフィルムを寂しげに舐めることになるんですけどね。


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