第56話 お返しのドアオープン
「あのね、シャワー浴びるならちゃんとドア閉めておかないといけないでしょ」
「……」
「俺もね、こんなこと言いたくないよ。でも姫子は女の子なんだからもっと警戒すべきなの。純潔を大切にしなさいよ」
「……純潔って?」
「え、知らな……ゴホン! とにかく気をつけるように」
姫子の純潔がどうなっているのは知らないがそんなことは夜な夜な悶々と考えればいい。俺が印天堂65を取りに外出している間にシャワーを浴びることにしたらしく、でもその間に俺が戻ってきて部屋に入れないと可哀想なのでスリッパで少しだけ扉を開けておいたの、これが姫子の言い分だった。理屈は分かるし姫子の慈悲深い思いやりが溢れ出ていると思う。だけどそんなのは二の次に思いやればいいことだ、まずは自分自身を大事にしなさい。ドアを開けて誰でも簡単に侵入を許した状態でシャワー浴びるなんて危険過ぎる。もし眼鏡君みたいに姫子のことをストーカーしていた奴が部屋に入ってきたらどうするんだ。あなたは自身の露わな全裸を見られるだけじゃなくて、その……あの、あれだ、純潔を失っていたかもしれないんだぞ。姫子の濡れた全裸を見て理性を保てる男なんていない、絶対に襲われるよ。さっきは運良く、非常にラッキーなことにバスタオルで大事な部分は隠れていたけどさ。本当に危ないからね、あなた自身の貞操とか俺の本能に眠る狼とかが。……ものすごい至近距離で見てしまった。いや全部は見てない、最も興味がある場所は隠されていたから肩とか太股しか見てないよ。それでも十分に刺激が強かったけど。タオルで隠されていたとはいえラインがはっきりくっきりとは見えて、素晴らしきはあの豊満な……ゲフン! シャワー浴びたばかりだったせいだ。いつもとは比べ物にならない程姫子が色っぽく見えた。妖艶と言うべきか、普段の可愛らしさを備えつつエロさが爆発しており、意識が吹き飛びそうになったよ。清水の清楚エロイに匹敵、いやそれ以上の魅力だった……女の子の生肩見たの初めて。あんなにきめ細かくて綺麗で柔軟そうな肌をしているんだな、触ったらどんな感触なんだろう……ふよふよですべすべでしっとりと指に吸いついて、小さな体からは想像も出来ない大きな胸は下から持ち上げると指の間からたぷんと垂れてそして中心部分には桜色のぷっくりとした、って変態発言かよ俺!
「ぐおおおおぉぉ自分自身が気持ち悪い……!」
「照久」
「え、何?」
悶絶している俺をよそに姫子はベッドの上に座ってコンセントに何やら差し込んでいる。今はバスタオル一枚だけの姿ではない。あの後、首の骨を犠牲に視点を変えてシャワー室から出ていった、というか部屋から飛び出した俺。姫子には普通の格好に着替えてもらった後に説教を垂れていたわけだ。持ってきた大きな鞄の中に入っていたのであろう新しい服に着替えた姫子は謎の機械を手に持ってこちらの方へ差し出している。何それ、なんとなく見たことあるような道具だな。
「ドライヤー」
「ほお」
「……髪、乾かして」
「ほあ?」
思い出した、お店で見たことある形状だなと思ったらそれはヘアドライヤーじゃないですか。人間界において必需品と言ったら過言になるがまあそこそこ必要な家庭電化製品の一つ、またの名を毛髪乾燥機。濡れた頭髪を乾燥させる便利な機械である。手で持つ部分と筒型の本体がくっついており、あの先端から熱風やら冷風を放出するのだろう。髪を短時間で乾かすだけではなく髪にクセをつけたり固定することにも応用が効く為、女性にとっては必需品と言って過言ではない。だが俺は男なんでね、そんなものがなくても全然困らない。基本的に自然乾燥で事足りるからな。なので姫子が俺の方にドライヤーを向けてくる意味が分からない。と思ったが最後に言われた一言で何となく察してしまう自分の非凡なる頭脳明晰っぷりが憎いねぇ。髪を乾かしてと言われた、それはつまり姫子の濡れた髪の毛を俺がドライヤーを駆使して乾かせってことだ。なるほどね、触ったこともない機械を使えというわけですか。
「ごめん使い方分からない」
「……ここのスイッチ押して」
「い、いや説明しなくていいよ。今からシャワー浴びるんで」
使ったことのない機械を簡単に操作出来るとは思えない。人間界には便利な道具がたくさんあるし、こっちで住むようになって恩恵を受けたことも多々あった。だが便利な反面、危険もある。小さな子供が扱って大事故になった事例もあるわけで、人間界の知識が乏しい俺は機械の扱いに関しては子供と同レベルだ。何かしら操作を誤ってドライヤーが爆発する恐れがある。姫子の綺麗な髪の毛をネイフォンさんの如く汚らしく爆発ヘアーにするわけにゃいかない、となれば髪を乾かそうなんて下手な真似するのは控えるべき。言い訳して逃げる速さたるや兎の如し。……やったことないことをするのは気が滅入るんだって。ましてや姫子の髪を乾かすなんて大役、出来ません。もし失敗したらどうするよ。償いとして五指全て切断いたしますとか言うのか。嫌だよ五指切断は。せめて小指だけにしてくれ。いや、やっぱ小指も嫌だ。痛そう。
「えっと……こっちがお湯か」
シャワーの操作を確認、なんとなく分かる。ユニットバスって言うやつか、浴槽とトイレはカーテン一枚で仕切られているだけで同じ空間に存在する。もし姫子がシャワー浴びている時に俺がトイレ行きたくなったらどうすればいいんだよ、逆も然り。逃げてくるように来てしまったから着替えを忘れてしまった。どうしよう……まあ別に今すぐにシャワー浴びたいわけじゃないからなぁ。ここで時間潰してその間に姫子自身に髪の毛乾かしてもらおう。それが終わったら外にご飯食べ行くか。
「照久、開けるね」
「ふぁ!?」
何食べようかなーえへへー、とユニットバスの中で考えを巡らせているとノックもなしにドアが開かれた。うぉい!? こちらの返事を聞く前に開けやがったよこの子。な、何さ。服着てるからいいけどもし本当にシャワー浴びていたらどうなっていたと思いやがる。もれなく生まれたままの姿を姫子に晒してしまうところだったじゃないか。恥ずかしい、想像しただけで顔から火が出そうだ。羞恥!
「な、ななななななな何すか!?」
「……着替え」
そう言って姫子はおパンツとシャツを手に持っていた。それは俺が持ってきた着替えじゃないか。え、何。あなたもしかして勝手に鞄開けて持ってきたの? な、なんてことだ。プライバシーの侵害だよそれ。というか女子に自分のパンツを握られているこの気恥ずかしさはどう処理すればいいんだよ。羞恥、羞恥だよ! この子はなぜ平然と開けることが出来たんだ。ありえないよ。お母さんですかあなた。
「あ、ありがとねぇん……」
「……照久、シャワーは?」
「いや、今から浴びようかなぁと。つーかなんで平然と扉開けるんだよ」
訴えたら勝てるぞこれ。人の、エルフの入浴姿を見ようだなんて盗み見は犯罪になるはずだ。エルフにだって保障される権利はあるさ。今は人間として住んでいるわけだし、人権を尊重させてもらいます。少し恨めしげに姫子を睨む。何か言い訳があったら言ってみろよ。
「……照久だって、さっき開けた」
「……」
「裸、少し見られた」
「……すいませんでした」
そ、そうだったね。訴えられたら負けるよこれ。警戒心の薄い姫子にも非はあるけど何も考えずにいきなり開けてしまった俺の方が遥かに悪い。もし清水だったら蹴られて殴られてボコボコにされた挙句、両目を潰されて四肢をもがれて五指切断されてしまうだろう。それを考えたら大して怒らずこうして軽く仕返す程度なのだから逆にありがたいのかな。で、でも俺だって悪意はなかったんだよ。運悪く開けてしまっただけだい。この子完全に狙って来たよね!? それはちょっと悪意あるよ。
「き、着替えそこ置いといていいよ」
「うん」
「あと扉も閉めていいよ」
「……」
「……き、聞いてる?」
「……」
「あ、もしかしておトイレ?」
「ううん」
「じゃあなんでまだそこで立っているのさ」
「……」
「……き、聞い」
「……」
ああ……この子、俺の裸見るまで戻らないつもりみたいだ。俺の股間の大木を見るまで粘るつもりか、大樹を晒さないといけないのか!? ど、どうする俺。どうする!?




