表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/150

第55話 バスタオル姿のお姫様

「じゃあ荷物取ってくるから」


「ん、いってらっしゃい」


あ、なんか新婚みたいな空気。じゃなくて! 自惚れるな俺、馬鹿か。多少強引ながらも姫子の進撃を止めることが出来ずに首都での宿泊が決定した。抗議したい気持ちを飲み込んだ。二人同じ部屋で寝泊まりそして一つのダブルベッド、もう何も言えない。ホテルに着いてから数十分が経過、現在姫子はお薬もちゃんと飲んでベッドの上でちょこんと座ってテレビを見ている。俺はと言えば初のビジネスホテルに少しだけ興奮して部屋の探索を入念に行っていた。意外と面白いぞホテルって。トイレとお風呂が同じ場所に設置されている、水を使う物は全て一つにまとめたって感じだな。ある程度見て回ったところで再び襲ってきた緊張と沈黙。本当に今日ここで姫子と二人で泊まっていいのか? 何かとんでもない過ちを犯してしまう気がしてならない。まるで突如目の前に階段が現れた気分、その階段を登るとまた別の世界が広がる気が……い、いや駄目だ。なぜだろう、先程から理性と本能がノーガードの殴り合いをしている。どちらの顔も赤く腫れて醜いながらも拳を止めずに相手を殴っているよ今。血を吐きながらも懸命に抗う理性、本能の方はデレデレと涎を垂らしている。これが何を意味しているのか、無知で無垢な俺でもなんとなく分かるよ。そーゆー行為をしたいと本能が欲している。いやいや、ありえないって。確かに姫子は可愛くて人間からすれば美少女かもしれない。だが俺はエルフだ。そんな扇情煽ることがあるわけないだろ。種族が違うんだから興奮なんてしないさ。


「……じゃあなんで逃げるように部屋から出ているんだテリーよ」


自問し、自答出来ない自分がいる。特に話すこともなくてぼんやりテレビを見続ける俺ら二人、そわそわしているのは一人のみ。そう、私だ。ついに耐えきれなくなって必死に逃れる理由を探した結果、一つの道が切り開かれた。そういえば姫子を探す時に邪魔だから印天堂65をどこかの建物の屋上に置いてきたなぁ、と。身軽にジャンプ出来るよう荷物を置いてきてそのまま放置していたのを思い出したのですぐに行動へと移す。姫子に断りを入れて部屋から出る、割と素早くダッシュで出る。いやしかしこれは逃げじゃない。置いてきた荷物を取りに行く為仕方なく部屋から出るんだ。しばらくの間姫子を一人にしてしまうがまあ大丈夫だろ。さっきお薬飲んだしさすがにホテルにいれば安心だろう。気持ちを整理する時間が欲しいので丁度良い。決して逃げているわけじゃない、エルフが退くわけがないだろ。ホテルから出て再び人間の大群が埋め尽くす外へ。ふー、やっぱここは嫌いだな。臭い、空気、騒音、全てが不快感を煽って気持ちが滅入る。イライラする、ストレスで禿げ散らかってしまう。若いのに禿げてしまいそうだ。若禿げなんて恥ずかしくて学校行けないよ。清水からケラケラ笑われそうだな。禿げないうちに急いで取りに行くか。なんとなく場所は覚えているから大丈夫なはず。人混みを通って向かうのは精神が持たないので跳んでいこう。時刻は六時前、陽も落ちて外は暗くなっている。建物から光が溢れて街灯もあるから道路と歩道は明るいから下手な動きは出来ないなー。とでも思ったか、実のところそうでもないぞ。道は明るく照らされているが上の方、屋上は光が届かず暗い。つまり屋上をトントーンと跳んで移動してもバレにくい。


「まさか首都でこんなにアクティブに動くことになるとはなー」


さっきから独り言えげつないけど気にしない。誰にも聞かれていないのだから。独り言はキモイが動きは軽快にビルを飛び越えていく。冬の寒さが身を切りつけていたのは最初だけ、今では体から溢れんばかりの熱が冷気を押し返す。気持ち良い、心が洗われていくようだ。足裏に力を溜めて一気に放つ。躍動する気持ちと全身を空中に投げ出すこの解放感は非常に素ん晴らしい。暗くなればなるほど遠慮はいらなくなる。思わず叫んでしまいそうだがそこは我慢しながら着々と進んでいく。あー気持ちいい、ちょー気持ちええ、風が俺を呼んでいるぅ。うふふふふぅー!


「うん、迷った」


ビルを跳び歩くこと数分、道に迷った。ビル群が建ち並ぶのは変わらないがどうも見たことない景色な気がする。人間うじゃうじゃ、建物ばかりなのは一緒だからどう違うのか説明はしにくいがとにかく雰囲気が微妙に違うんだよ。道を間違えたみたいだ。まあ道じゃなくてビルを間違えたんだけどね、あはは。ふっ、この程度で凹むとでも思ったか。馬鹿にするなよ都会の荒波。最初人間界に来た時は何も分からなくて泣いてしまったがあの頃と比べて精神力は一回りも二回りも成長しているんだ。この程度ちょっと道に迷ったぐらいじゃへこたれないさ。ホテルの場所はなんとなく覚えているから最悪帰れる。それに道を間違えたのも昼夜で街の様子が変わって見えるせいだ。まあそのうち見たことあるようなそうでないような場所に辿り着くだろ。ビルの屋上、端から一メートル手前で踏み切って空中へと跳ぶ。そのままビルとビルを跳び渡って滑るようにして着地、跳んだスピードと屈伸の力をそのまま使ってさらに飛翔する。うん、軽快な足取りだ。……ふと立ち止まって、下の雑踏に目を向ける。下にはたくさんの車と通行者。チカチカと変な色の光りを放つ看板と賑やかな音楽、青と赤の信号がせわしなく変化を繰り広げている。その光景が、なんとなく、目に止まった。静穏で悠久の変わらない森で過ごすエルフ。目の前に映る繁栄と発展を進めて時間の経過と共に生活のレベルを進化させていく人間。この首都はその最たる場所、日本界の心臓部。今日何度も思ったが自分が首都にいるのが信じられない。森の中で一生過ごすと思っていた、こんな場所には絶対来ないと思っていたのにな。さらに言えば人間界へ来るなんて夏頃の俺は微塵も考えていなかった。……感慨深いものがあるような気がしないこともない。人間界なんて汚いところ、絶対行きたくないと思っていたのが今では、そう悪くはないかもと思えてしまう。そんな自分がいる。空気が汚れて人間多くて嫌なことも多いけど、楽しいこと嬉しいことも少しはある。……なんでこんな屋上でセンチメンタルな気持ちになっているのやら。視線を下から横へと戻し、再び走り出す。






その後もビルを跳び続けていると見たことがあるようなそうでないような場所に着いた。そして偶然降りた屋上には見覚えのなる袋が。印天堂65と久しぶりの再会だ。箱にはこれと言って外傷は見当たらない。良かった、限定モデル版に傷がついたらどうしようかと思ったよ。初心者だがこれでもスマビクの激闘に身を投じた一戦士として希少なる優勝賞品に傷がつくのは忍びない。あと盗まれなくて本当に良かった。別に俺じゃなくて姫子の物だが盗まれるのは非常に腹立たしい。この世界では窃盗罪に抵触するんだろ、他人の物を盗んでいいのはジャイアンだけだ。盗んでいいなら既に姫子の部屋から65盗ってミッションコンプリートしているさ。この世界のルールに則って律儀に正当なルートで手に入れようとする傍ら平然と盗みを行う人間は許せないね。お前ら人間が決めたルールをエルフですら守っているんだ、人間のテメーらも守れよオラァ。


「ふー、戻るか」


ホテルを出てからかれこれ十分以上は経過してしまった。姫子が待っているかも。急いでホテルに戻るか。印天堂65が入った袋を片手に来た道を戻る。一応周りを警戒しておくが、さすがにビルの屋上に人影は一切見えない。バレる心配はないでしょ。帰り道、もとい帰りビルも爽快な気持ちで走って行く。下の歩道を歩く人間はもう無視でも大丈夫、彼らも常に上を見上げて歩いているわけじゃない。まあ未来に向かって前向きに人生を歩いて行くという意味では目線も上ってことかな。とにかくホテルへと急ごう。外も暗くなって腹も減ってきた。姫子と晩ご飯食べ行きたい。その気持ちは前へと出て、跳ぶスピードも速くなっていく。そしてあっという間にホテル前へと到着。屋上から降りる時は路地裏の誰も見ていないところでススッと着地、何食わない顔してホテルに入っていく。スマート。受付の男性から微笑みを受け取りながらエレベーターの中へ入る。別に閉所恐怖症とかそんなことはないけどこの狭い空間ってなんとなく嫌だな。ホテルの部屋とは違って無機質で圧迫される感覚、酸素を失っていくのが呼吸の度に思い知らされて気がしてならない。嫌な数秒を経てエレベーターから脱出、他に乗っている人間がいなくて良かったわ。あんな狭い空間で人間と過ごすなんて泥水を飲む苦痛に値する。あ、姫子は別ですー。


「あれ?」


部屋の前へ辿り着いた時に一つの異変に気づいた。ドアが少しだけ開いている。スリッパ? ドアの間にスリッパが挟まっておりドアが完全に閉まっていないのだ。これはどういうことだ。いや、待て。頭を回転させろ、物理的意味ではなく。ここを出る前に確認したはずだ、このホテルのドアはオートロックなるもので施錠されており外から入るには鍵が必要になる。ドアを蹴飛ばして入るのは眠りの小五郎の十八番だから俺はしない。鍵は姫子に渡して外に出た、だから姫子に中から開けてもらわないと入れないのだが今はスリッパのおかげで扉はロックされておらず外からも入れるようになっている。もしや姫子が俺の為に開けておいてくれたのか? こちらとしては助かるけどちょっと不用心じゃないかな。不審者が侵入してくるかもしれないんだぞ。というか開けておく必要性はないだろ。ノックして開けてもらえばいいだけの話だ。なぜ姫子はドアをちょい開けとかしたんだよ。


「姫子ー?」


何はともあれ開いているなら遠慮なく入ろう。別に俺は不審者でも侵入者でもない、ここに泊まるべき資格を持った者なのだからな。中に入って腑に落ちない点が一つ、姫子がいない。ベッドに座ってテレビを見ていたはずなのにベッドの上はもぬけの殻。代わりにシャワー室の方から水が流れる音が聞こえる。シャワーの音か? じゃあここに姫子がい…………ん!? 待てテリー! その扉を開けるな! 駄目だ、思考は迅速に働いても手が既に動いてしまっている。シャワー室の扉を開けるのと口から声が洩れるのは同時だった。


「あ……」


「……照久?」


ぎゃあああああああああ!? あああああああああああああああぁぁぁぁっ!? 立ち籠める湯気の中に姫子の露わな姿がぁ!? こんな時にこそエルフの視力を存分に発揮……じゃねぇだろ!? 安易に開けてしまった、馬鹿野郎っ。丁度シャワーを浴び終わったところのようで、姫子はバスタオルを身に纏ってはいるがその姿はもうヤバイ。透き通るような白い素肌を撫でるように流れていく滴、濡れた髪の毛がやけに色っぽく見える。そして何より姫子の全身のラインがはっきりと視認出来て脳は衝撃のあまり爆発しそうだ。大き……ぉ!? な、な、ななっ……なんてエ……ロ……っ、


「ご、ごめん!」


「……」


約二秒間ひたすら目の前の光景を凝視していたが三秒に差し掛かる辺りで理性がグーパンしてくれたおかげで今すべきことを脳で復唱することが出来た。目の前に映る絶景を拝むことじゃないだろ、即刻直ちに回れ右して謝罪しなくては。足を動かす時間も惜しめ、そんな勢いで首だけを力任せに半回転させる。首の根本から骨が鈍い悲鳴を上げるのが聞こえたが無視だ無視。……はぁ~~~~~、姫子ぉ……勘弁してください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ