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第54話 小さな部屋に大きなベッド

「こっちに行くの?」


「うん」


姫子と合流してとりあえず大通りから逃げてきた。眼鏡君は放置だ。あんな奴自業自得さ、せいぜい大衆の面前で恥ずかしい姿を晒すがいい。警察に通報することは出来ないはずだ。だって眼鏡君は姫子を無理矢理連れ去った誘拐罪を犯しているのだから。こっちサイドは俗に言う正当防衛ってやつだ。姫子を救うべく仕方なくウルトラキックを放ったに過ぎない。俗に言う俺は悪くねぇっ!ってやつさ。


「アイマスク着けてないから別に手握らなくても歩けるよ?」


「……いいの」


一旦駅のロッカーで荷物を取ってから遠回りながらも人通りが少ない方の道を歩く。帰るならそのまま駅のホームに入っていけばいいのに姫子は向かう場所があると言って駅の中には入らなかった。そして歩いている時もずっと姫子は手を握ってきて、なんとまあ気持ちがくすぐったい。ぎゅ~と手を繋いで歩く俺ら二人はまるで恋人同士のよう……いやいや、そんなこと言っている場合か。お昼食べる時はアイマスクを着けて歩くから姫子に先導してもらおうと手を繋いでもらったが今は目パッチリ開けて視界フルスクリーン状態だ。視界フルスクリーンって何だ、意味分からん。とにかく姫子の手助けなしで歩ける、というか歩かないといけない。さっきみたいに一悶着あってはならないんだ。アイマスク装着っドヤん?とかやっている場合じゃねぇ。常に辺りを注意深く観察し続けて危険人物がいないか警戒しまくる。もう姫子は連れて行かせないからな。人間の姿も大勢視認して気分悪くなるが仕方ない、我慢しろテリー。二人手を繋いで並んで歩く。しばらくすると、


「着いた」


「……ホテルですやん」


思わず変な語尾つけてしまった。姫子の案内してもらった先はホテル。英語で言うとHOTELだ。英語で言う必要性は全くないけど。そびえ立つ大きくて白い建物には無数の窓がついており、他のビルとはまた変わった雰囲気を感じる。決してピンク色な雰囲気ではない、アハ~ンな空気は全くない。爺さん勘違いするなよ、おい爺さん聞いてるか! 聞いているわけないけど聞いとけ、アンタの孫はアダルトな階段は登ろうとしていないからなっ。ラブがつくホテルではなくビジネスがつくホテルの方だ。遠くの方へ出張したサラリーマンが泊まるような安上がりで済むホテル。もし観光で遠方に行ったならそれなりの旅館やホテルに泊まるのがセオリーらしい。だが俺達は観光に来たわけじゃない、寧ろ仕事しに来た気分だ。仕事した奴が泊まるホテルだからビジネスホテル、ネーミングが全てを物語っている。だから俺達もビジネスホテルに泊まるのがベター、安上がりで済ませるのも学生らしくていいよね。うん、いいと思う。


「行こ」


「そうだな」


……あれ、なんかもうホテル行く感じになってる? サラッと流してしまったけどいつ泊まることが確定したのさ。あまりに自然な流れだったから頷いてしまったけど、いやいやおかしいよね。さっき「え!? なんだって!?」と聞こえないフリしたよ? そんなこんななんやかんやで上手く誤魔化したはずが……。ちょ、ちょっと待って。あれか、さっき駅のロッカーで荷物取ったのはこの為か。待て待てい、俺はまだ泊まるとは言ってないぞ。未成年の男女が外泊だなんてお父さん許しませんよ。不純異性交遊は許されませんよぉ。あ、ヤバイ。姫子がどんどん中に入っていく。止まらない、あの消極的で大人しい姫子が止まることなく進撃していっちゃう。な、なんだあの行動力。こちらに反論の余地を与えてくれない。待ってよ、そんな軽いノリで入って良い場所なのかここは。無知なワタクシですが、ホテルや旅館ってのは事前に予約をしていくものではないのか? 日にちとか何泊するとか連絡して「予約している木宮ですけど?」みたいにドヤ顔で言うんでしょ?


「いらっしゃいませ」


「二名で予約している木宮です」


「木宮様ですね、少々お待ちを」


通ったよ! すんなり通っちゃったよおい!? まさかの事前に予約していたパターンかよ。この子ちゃっかり予約しておった。しかも俺の名前だし、俺の偽名で予約いれているしぃ! なんだこれは、何この用意周到な感じ。受付の男性ニコリと微笑んで何やら鍵を取り出している。まるでもう後戻りの出来ない、泊まることが確定されていく瞬間を眺めているような……。いやいや、うへぇ? この子最初から泊まる気でいたのか。確かに清水から着替え持ってこいと言われていたがまさか本当に泊まるなんて……あ、待てよ。清水……清水、寧々。その名前を浮かべた時、その傍らをフワフワと浮かぶワードが幾つかある。凶暴、清楚エロイ、なんか優しい、性格ちょい悪い、以上だ。性格が悪いというか、面白いことを悪意なくやってのける無垢さを持っている。恐らくだがこの用意周到な予約、清水が絡んでいる気がする。昼飯も清水が選んだお店だった、持ってくる物として着替えを指示した、振り返ってみると清水が姫子を唆せて宿泊を提案したように思える。というか予約したのも清水なのでは?


「照久、行こ」


「……もういいや。分かったよ」


へーへー、ここまで来たら付き合いますよ。あなたと清水の執念に負けたことにしておきましょう。せっかく首都に来たから一日で帰るのはもったいないと言えば「うん、まあ、そんな気もしないことはないかもしれない」と言える。予約を取消にしてキャンセル料取られるのも癪だからな。ここは諦めて一泊しますよ。受付の人間から鍵を受け取って姫子と一緒にエレベーターに乗り込む。これも人間の産みし高度な文明の賜物である。ドアを開けて中に入ってしばらくすると上へと上がれるハイテクマシーンだ。まあエルフならジャンプすれば済むことだけどね。大勢の人間を一斉に運べる点では非常に優秀な装置だと思うよ。そうこうしているうちに目的の階へ着いた。あっという間だったな、すごいよエレベーターさん。


「ここが姫子の泊まる部屋ね」


「うん」


綺麗な廊下を進み、鍵についた長い板に書かれた番号の部屋の前へと着く。まだ部屋の中には入ってないから分からないけど外装と廊下の雰囲気から察するにきっと部屋も綺麗なのだろう。これ一泊何円ぐらいなんだ? こっちの懐は移動費だけで悲鳴を上げているからね。バイト代全て充てているから。その辺も分かってほしい。さて、ここは姫子の部屋なのは分かった。何かあった際はすぐ駆けつけられるよう部屋番号を覚えておくか。で、姫子さん。俺の部屋はどこですか?


「行こ」


「……ん?」


あれ、ま~た変な違和感が肩パンしてきたよ? 右肩にぶつかる奇妙な不安と焦燥、衝撃が皮膚を撫でて発汗を促す。待て待って待ちたまえ待っておくれ待てい! え、えええ? 本日何度だおい、どれだけ驚かされていると思っていやがる。こういう時だけ異様に勘が働くんだよ。なんとなーく野生の直感が震える、状況判断能力が長けているのも困りものってことだよね、ははぁー。……え、マジ?


「まさかとは思うけど、この部屋って姫子と俺の二人が泊まる部屋?」


「うん」


「……てのは嘘で、ここは姫子の部屋で別にもう一つ俺の部屋も予約してあるよね?」


「ううん」


「……」


ほほぉ、思わず姫子の真似しちゃったよ。無口になっちゃう。違和感が的中したようだ。どうやら予約は入れていたけど部屋は一つしか取っていなかったと。そーゆーわけですね、はいはい。……駄目だよね!? 年頃の男女が同じ部屋で寝泊まりするなんて許されないってば。駄目だ、これだけは限りなくアウトだ。どれくらい駄目かと言うとスマビクで三対一で一人を集中攻撃するぐらい駄目。やられた一人は拗ねて泣いて帰ってしまうこと間違いなし。禁忌だよ。そしてなぜ姫子は平然としているんだ。男と女が見知らぬ土地で一夜を同じ空間で過ごすというのだぞ。え、え? いいのか、これ本当にいいのかい? エルフとは違って人間は貞操観念が低いだけなのか? これくらい今時の若者では当たり前のことで、俺は過剰に反応しているだけ……い、いやいや違う。我は間違っちゃいないはずだ。欲求を持て余す若き男女が一部屋で寝るなんてマズイでしょ。清水の野郎ぉ、しっかり予約するなら二部屋取って完璧にしておくれよ。爪が甘い、甘過ぎる。


「おお、綺麗だな」


今から新しく部屋を取ることも出来そうだが、キャンセル料とか新たに金がかかりそうなので金銭面的に考えてやめておくべきか。同じ部屋なのは精神面的にキツイがそこはエルフの誇り高き知性と双璧を成す理性の壁が活躍してくれることを祈ろう。後のことは後になって思考を巡らせるとして一旦部屋の中へと入る。アパートの部屋より小さい、というか狭い。謎の圧迫感を感じる……なぜだろう。それを除けば綺麗な壁とシワ一つないシーツ、テレビも設置されてとても過ごしやすそうなお部屋だ。なるほど、これは仕事終わりのサラリーマンがこぞって利用するのも頷ける。まさに寝泊りするだけの空間、狭くて逆に居心地が良さそう。うん、まあこれなら大丈夫だろう。一泊するだけじゃないか。何を変に興奮しているんだ、間違いなんて起きるわけない。そこを含めて清水や姫子のご両親は俺に任せてくれたはずだ。期待に応えようではないか。同じ部屋とはいえ寝るベッドが違うのだからきっと大丈……ぶ?


「……姫子。何度も質問して悪いと思うけど……あの、ベッドってこれだけ?」


「うん」


「ふ、二人泊まるのだから二つベッドがいるのでは?」


「……これダブルベッド」


「へ、へー。そっかー……あ、あははは」


小さな部屋には大きなベッドが一つのみ。人間一人が寝るには十分過ぎる大きさだ。どうやらこれはダブルベッドというサイズのベッドらしい。ダブル、二つという意味。ど、どうやら……このベッド一つで二人寝れる大きさみたい。へ、へぇ~つまり今日俺と姫子はここでこの一つのベッドで一夜を過ごすと。そうですかなるほどねはいはい。……いや、駄目だよね!?


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