第53話 眼鏡玉砕ウルトラキック
「ねー、もっと喋ってよ」
「そうそう、もっと笑顔見せて」
「……」
名前何にしようか。カッコイイやつがいいな。漢字を使うべきなのか、飛空炎陣滅脚とか?
「カラオケ行った後どこ行くー?」
「服可愛いね」
夜天・真空極拳流『旋回武竜斧斤』とか流派っぽいのを混ぜる技名もアリだな。それかスタイリッシュにダークやライトニング等の単語を入れてみるか。超烈風ダークライトニングパワーギガスラッシュ改とかカッコ良くない? 闇属性と光属性が同居しちゃってるけど。
「こ、こんなことしていいのかな?」
「馬鹿か。お前らみたいなスマビクしか友達がいない根暗がこんな可愛い女子と話す方法なんてこれしかないだろ。ねぇ姫子さん」
「君だって同じなくせに……」
「ブヒヒ」
技名はまあいいや、いざとなった時にアドリブで素晴らしいセンスが舞い降りてくるだろう。とにかく、今は急いで姫子の元へと舞い降りよう。壁を蹴り、空を駆け、一気に距離を詰める。姫子を囲むように四人の野郎がいる、姫子の隣にピッタリと張りついているのは眼鏡君だな。じゃあ、一発かましてやりますか。
「エル……ウルトラキーック!」
「ぐはぅ!?」
空中で半回転捻り、壁に着地。眼鏡に狙いを定めて思いきり跳び、両足を真っ直ぐ伸ばして突撃! ビルの屋上で姫子を発見してそこに向かって跳んでいる間ずっと技名を考えていたが結局まとまらず最終的には自分の直感で技名を叫ぼうとした結果、一族の誇りがひょっこりと芽吹き出しやがった。エルフキックって言うところだったぞ、何やっているんだ俺の遺伝子に刻み込まれた一族の誇りよ。なんとかしてエルフという単語を飲み込んで咄嗟に出たのがウルトラキックというなんともチープで安易な技名。ダサイ、ダサ過ぎる。人間界の流行りは知らないがウルトラはさすがに時代遅れな気がするよ、壊滅的ネーミングセンス。でも蹴りの方は華麗に決まった。見事に眼鏡君の顔面をピンポイントで捉えることに成功。眼鏡のレンズが割れて、ごぐしゃ!と頬骨が軋む音と肉を踏み込む小気味良い感触が靴を伝って足裏に感じる。地面に叩きつけられるキザ眼鏡君。
「ブ、ヒ……?」
「な、何だ?」
「こいつ今空から降ってこなかったか!?」
眼鏡君は完全に沈黙、鼻の両穴から盛大に血を流している。その傍で粉々に子だけ散った眼鏡。姫子を取り囲んでいた輩三人組もある意味沈黙している、先程まで調子こいていたのが嘘のようだ。オロオロと左右を見てチラッと眼鏡君の吹き飛んだ眼鏡を見ている。お前ら、よくもうちの可愛い姫子さんを連れ去りやがったな。この子はうちのクラスのアイドルなんだよ、皆の委員長さんなんだぞ。姫子が健やか平穏に過ごせるよう姫子には最低限の事務的用事でしか話しかけてはいけないというクラス男子での決まりがあるくらいだ。決して私的な理由で話すな、放課後一緒に遊び行きましょうと誘うのなんて論外。と小金が言っていた。じゃあ俺は? 余裕で姫子と遊んでいるけど。そう聞くと小金は「木宮はいいんだよ」と答える。なんだよそれ、俺は特別な存在だとでも言いたいのか。ヴェルタースオリジナルかよ。
「こ、こいつ……漁火たんの彼氏だ」
「この人混みの中なんで見つけられるんだよ!?」
「というか今降ってきたよね、ねぇ!?」
壁を蹴り、眼鏡君を蹴り、地面に着地してから数秒が経った。取り巻きの奴らはこちらを見て顔を引き攣らせて及び腰になっている。おうおうテメーら、こんな真似してタダで済むと思うなよ。アイマスクをしている瞬間を狙って連れ去るなんて非道でセコイことしやがって。怒りで拳が震えているぞ。相手は三人、けどそれがどうした。確かにお前らはスマビク全国大会に出場する程の猛者なのかもしれない。対して俺は県予選で敗れる程度の実力、もしスマビクで戦っても絶対に勝てないだろう。だがそれはスマビクでの話だ。痛みが伴うリアルファイトでも着キャンやショートジャンプが出来るもんならやってみやがれ。こっちは割とガチで二段ジャンプとか出来るぞコラァ。
「さぁて、場外に吹き飛ばされたい奴から前へ出ろ。一撃で葬ってやるよ」
ここで暴れたら確実に通報されて警察の世話になってしまう。ネイフォンさんが嘘の戸籍を用意してくれたとはいえ身分を晒してしまう危険度は跳ね上がる。最悪の場合エルフだとバレてしまうかもしれない。だがそんなの知ったこっちゃない。俺の馬鹿な行いのせいで姫子に嫌な思いをさせてしまった、その償いも出来ずに自分の正体の安否を気にかけている場合じゃないだろ。印天堂65を触れる機会を作ってくれた、時間のある時は毎日ゲームに付き合ってくれた、休日では人間界について色々と教えてくれた。多大なる恩のある姫子の為に拳を振るえなくて何が誇りだ。本当にエルフの誇りを持っている者ならばここでこいつら全員をボコボコにしないといけない。警察が来る? 傷害罪? 人間の決めたルールなんて知るか、それがどうした。いざとなればこの都市にいる全員に忘却魔法かければいいだけだ。後先のことなんて考えるな。今はこのクズ共を殴り倒すことだけを鮮明にイメージし、そして渇望しろ。大切な友達を傷つけようとしたこいつらを許すな! 仲間を大事する、森を大切にする、それがエルフの誇りなのならば。今ここで拳を振りかざすことこそ、誇りなり!
「す、すいませんでした!」
「ひいいぃぃー!」
「ブヒーっ!?」
……あれ? 腰を据えて両拳を構えようとした時には男共は一斉に逃げ去っていた。眼鏡君と眼鏡は放置したまま人混みへと逃げていった。まるで兎が木々の根っこや草葉を駆け縫うように。……カッコつけて誇りがどうのこうの脳内で巡らせていたら逃げられてしまった。誇り……というか埃が散っている……。どうやら怖がらせて過ぎたようだ。突如空から降ってきた奴がドロップキックをかまして平然と拳を構えるのだから人間の視点からすればそれは相当凄いことだったのかもしれん。エルフ的には普通なんですけど。元々気弱な奴らだったみたいだし、たぶんそこで伸びている眼鏡君に無理矢理連れてこられただけみたいだ。眼鏡君も一人で姫子を連れ去ろうとはしなかったのか。仲間いないと何も出来ないのかよ。チーム戦でもやってろバーカ。
「……照久」
「ん、おお姫子。無事みたいで何よりだよ」
残り三人を成敗出来なかったのは残念だ。追いかけ回してスタミナ切れのところをボコボコにしてやってもいいけど今は姫子がいるし、逃げられた奴ら追うよりも姫子の安全を確保出来たことに感謝しよう。どうやら縄で縛られてはいないみたい。それはちょっと漫画の読み過ぎか。こんな大都会の白昼堂々縄で縛って歩けるわけがない。それこそ警察が列を成して行進してくるよ。何か嫌なことされなかった? 大丈夫?
「っ、うぅ」
「うおおおお?」
外的損傷がないか全体を隈なく観察していると突如胸辺りに衝撃がぶつかってきた。姫子が抱きついてきたのだ。こんな人混みの中。ひ、姫子さん? いきなり何するんですか。もれなく心拍数が類を見ない速さで上昇しているよ。
「怖かった……」
「あ、ああそうなの。ごめんね、来るの遅れて」
元凶を辿れば俺がアイマスクを着けたせいだ。その隙を眼鏡君達に狙われてしまった。何がアイマスクだよ、これは本来寝つけない人が使う品だろうが。決して都会の道を視界潰して歩けるようにする為の道具ではない。俺の愚行で姫子に怖い思いをさせてしまって非常に申し訳ない。あと帰ったら絶対清水に殺される。確実に蹴られる。「馬鹿テリー!」とか絶対罵られちゃう。あと人間が大勢見ている状態でビルを跳んで上がったこともバレると骨の一、二本折られてしまう。そうなんだよなー、人間がたくさんいる中跳んでしまった。結構な数の人間に見られてしまったようなそうでないような。さっきの三人組には見られてしまったのは間違いないか。でもあいつらとは今後会うことないから別にいっか。問題は……今この状況だな。離れようとせずさらには両腕を俺の背中へと回して抱きついてくる姫子。密着部分が高熱を生んで意識も沸騰しそうだ。
「照久」
「痛い痛い、地味に背肉抓るのやめて」
眼鏡君が鼻血垂らして失神している傍らで密着している俺と姫子。周りからすればただの異質な光景だ。このままでは警察を呼ばれてしまう、それは嫌だ。急いでここから離れるか。あと屋上に置いてきた印天堂65も取りに戻らなくては。だから姫子、一旦離れて。一歩退きつつ姫子の肩をそっと押し返してみる。が、微動だにしない。は、離れない……。
「姫子、もう大丈夫だって。離れてちょうだい」
「照久ぁ」
「あれ、声聞こえている? ねぇ、なんでそんなスリスリしてくるの!?」
それから当分姫子が離れることはなかった。抱きつく姫子を引きずりながら歩いたせいで眼鏡君の眼鏡を踏んでしまったけどまあ仕方ない。人間がチラチラと見てくる視線と大衆の空気に再び気分を害しながら、でもすぐに姫子の温もりで癒されつつイソイソと人気のない場所へと非難していった。




