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第52話 姫子誘拐

「姫子がいない」


なぜだ。さっきまで一緒にいたのに。アイマスクを着けている間に何があったんだ。トイレか、トイレなのか? お花摘みに行ったのかな。女の子だもんね、おトイレ行ってきますとはなかなか恥ずかしくて言えないよね。……いや、待て。だとしたらさっきの騒がしい感じは何だったのだろう。姫子の震えた声、誰か男の声、そしてアイマスクを外した時には姫子の姿はどこにも見当たらなかった。トイレ行くだけなら黙って行けばいいし、そこで男性の声がするのもおかしい。……あ、分かった。


「誰かに連れ去られたのか」


あー、なるほど。それだと全ての説明がつく。姫子が黙ってどこに行ったのは誰かに連れ去られたから。だから複数人の男の声がすぐ近くからこちらに向かって聞こえた。これだけ人間がいるんだ、中にはエルフが紛れ込んでいるし誘拐する人間がいてもおかしくない。ははーん、そういうことね。我ながら頭が冴えている。一瞬で答えに辿り着く優秀な頭脳には惚れ惚れするよ。なるほどね、連れ去られたのかー。へえー…………え?


「……連れ去ら、え? あ……あれ?」


お、おぉ? ちょっっっっぉと待って、サラッと答え導き出したのはいいけど。え? 連れ去られたって言った俺? それって普通にマズイことなのでは……。地元でも男子からナンパされる超絶可愛い容姿を誇る姫子、それほど都会でもない場所でそうなら大都会首都だと尚更だ。そりゃもう誘拐されてもおかしくないよねー……お、かしく、ね……。え?


「……あ、ああああああああああっあかん!」


うわうわうわ、うっわ! どうしよ、どうしましょ!? 連れ去られたってヤバくじゃん、じゃん!? 何が惚れ惚れする頭脳だよ、連れて行かれる前に気づけよそれでもお前はエルフの民なのかテリー・ウッドエルフぅ! 先祖の方々が嘆いているぞおい。待て、一旦スタートボタン押そう。ポーズかけてボタン連打してノーコンテストにしたい。ど、どうすればいいんだ。大量の人間が行き交うこの大都市、右見ても左見ても人間、人間、そして人間。道路には車、車、そして車。どこにも姫子の姿は見当たらない。エルフの視力を持ってしても見つけることが出来ない程に視界を遮る人間共の群れ。この位置からだと人間が多過ぎて何も、うっぷ。お、ええぇぇぇえぇー……吐きそう。アイマスクを外した途端これだよ、気持ち悪くなってきた。嫌だ嫌だ、またあの暗闇の世界に戻りたいよ。いや日本界の言葉で言う中二病という意味じゃなくて。単純に大衆を見たくないだけなんだ。これだけ文明が発達しているならもっと便利な発明すればいいのに、人間が木に見える眼鏡とか開発すればいいじゃん。あーあ、誰か発明しないかな。…………な、何を俺はくだらないこと考えているんだ。そんな余裕、今はないだろ!?


「ひ、姫子ー!?」


とりあえず叫んでみる。意外と近くから「あ、ここにいるよー」とフランクに返事が返ってくるかもしれない。無口な姫子がそんなこという訳がないけど。都会に揉まれたフラストレーションを爆発させてかなりの声量で叫んでみたが姫子からの反応はなく、周りの人間共が驚いたように訝しげに見てくるだけ。なんだテメーら、こっち見んな。クソっ、闇雲に名前呼んで見つかるわけがない。このまま絶叫し続けると変質者扱いされて警察を呼ばれるのは勘弁。つーか誰だよ姫子さらった奴。確かに俺もナンパするなら姫子にする。もし医者から余命一ヶ月とか言われたら誘拐にも手出すかもな。あとはファミレスで料理全部注文してお腹いっぱいになった時点で食い逃げしたい。しかも出る時扉じゃなくてガラス割ってダイナミックに逃走したい。……さっきから思考が別方向に逸れていくなぁ、なんで俺ヘラヘラしているんだ? これは冷静とは言わない、ヘラヘラしているだけじゃないか。姫子が連れ去られたんだぞ、もっと焦れよ。…………いい加減に本気で考えるか。姫子に何かあった時は俺のせいになる。姫子のご両親に合わせる顔がない。そして清水に合わせる顔がない、顔出すと絶対殴られるから。ナンパなのかな、それとも強引に連れていかれたのか。どちらにしろ、この人間が大勢いる中ピンポイントで姫子を連れ去ったのは果たして偶然か? 最初から姫子狙いでずっと後をつけてチャンスを伺っていたのでは……。落ち着け、あの時の会話を思い出せ。アイマスクを装着した瞬間に聞こえた男の声を思い出すんだ。あいつらなんて言っていた? 姫子の嫌がる声を塗りつぶすように聞こえた……あれは一体。頑張れよ、エルフだろ。姫子が今苦しんでいるかもしれない、卑猥な行為をされているかもしれない。もし死ぬなら何するかだなんてくだらない妄想している暇があるなら脳を働かせろ。姫子、姫子……


「姫子……さん。あ」


待てよ。さっき聞こえた男の声、姫子さんって言っていたよな。姫子を名前で呼んでいた……うん、確かに呼んでいた。なぜ姫子の名前を知っているんだ。ここは姫子が住んでいる街から遠く離れた場所、あ、大会だ! そうだ大会だよ。印天堂65版大乱闘スマッシュビクトリーズの全国大会を圧倒的強さで優勝した人物として漁火姫子の名前は轟いたんだった。そして同時に可愛らしい容姿も魅せつけた。何人かは姫子に話しかけようと機会を伺っていたじゃないか。中には対戦することを理由にカッコつけて近づいてきて挙句の果てには下の名前で呼んでいた眼鏡と、か……ぁ…………あ、あぁ!? 


「あいつだ……準決勝で姫子にボロ負けした眼鏡君だ」


準決勝の対戦相手、眼鏡君。偉そうなことを言っておいて姫子に大敗した奴。手を握ろうとしたり試合前にアドレス聞こうとしていた。何より姫子のことを漁火さんではなく姫子さんと呼んでいた。さっきアイマスクしていた時に聞こえたのは「姫子さん」と呼ぶ声。間違いなくあいつが犯人だ。なるほどねぇ、大会終わって俺らが外に出た後からずっと尾行していたのか。で、アイマスクつけた隙を狙って姫子を連れ去ったと。クソがぁ、やりやがる。恐らく試合に負けた腹いせに報復しようというつもりではないだろう。ハメ攻撃したわけでもなく誰が見ても明らかな実力差で負けたのだから。だとしたらなぜ姫子を連れ去るのか。答えは簡単、姫子とお話したいからだ。もしくは一緒に遊びたい、カラオケとか聞こえたし。……姫子が危ない。あの子は男子が苦手なんだ、そんな強引に連れ去られたら嫌に決まっている。


「急いで探すか」


はぁ、これ完全に俺のせいだな。何がアイマスクだよ、異変に気づいたらすぐ外せよ。お前のせいで姫子が嫌な目に今現在遭っているんだぞ、責任感じろ馬鹿。……ごめんね姫子。見つけたらすぐに謝るとして、まずは探さなくては。アイマスクをしていた時間は恐らく一分程度、ここからそう遠くへは行けないはず。問題はこの人混みだな。いくら視力が良くても邪魔物がいたら何も見えない。どこか見通しの良い場所は……あるじゃないか。ここは大都市、空を覆う程のビルがそこら中に建っている。あそこに登れば。よし、久々に本気出すか。賞品とトロフィーが入った袋が邪魔だが仕方ない。






このまま跳ぼう。


「よっと」


足に力を入れて思いきり地面を蹴る。いきなり二十階建てのビルの屋上まで飛べる程のジャンプ力はないからまずは二階建ての小さな建物へと着地する。おお、意外と飛べるもんだな。なんか下の方が一段とザワザワしているが気にしないでおこう。どうせ元から賑わっていたし大して変わらないよ。……この辺なら袋置いて行っても誰も盗ったりはしないだろ。姫子の荷物を置き、上を見上げる。まだまだ上があるな。久しぶりだからあまり跳べないと思ったけど案外イケるもんだ。人間界では本気で動くなって清水に言われてセーブしてたからなぁ、体育の授業も小金をいたぶる程度に遊ぶぐらいだったし。これだけ跳んだのは本当に久しぶりだ、あぁなんて爽快。ごめんな清水、人間がたくさんいる中で本気出しちゃったよ。たぶん思いきり見られたと思う、「あれ、何今の!?」とか下から聞こえるような。まあ気にしたら負けだ。今回は姫子の身がかかっているので見逃してね。


「あ、今思えばあの赤い塔登れば良かったな。なんかカッコイイし」


結構遠いからあそこまで行くのも面倒臭いし、このまま上を目指すか。軽く屈伸して狙いを定める。思い出すのは森での生活、獲物を追い続けて森中を駆け巡った狩り。気配を絶って獲物をひたすら追い続けた。静かに走り、木々を跳びまわった。培われた脚力は森から遠く離れた人間の地でも存分に発揮してくれている、体を動かせる喜びが心を揺らして血液を高揚させて体温を上昇させていく。今ならどこまでも跳んでいけそうだ。


「さて、姫子を探すか」


心身が歓喜する震えを握りしめているうちにビルの屋上へと到着。なるべく速く跳んだから恐らく人間には見えていない、はず。途中ビルの窓に張りついた時、掃除していたおばちゃんと思いっきり目が合ったけど大丈夫だろう。屋上へ着地してまず一言、気持ち良い! なんて清々しい気分なんだ、感動を通り越して発狂しそうだよ。いやージャンプした。週刊少年くらいジャンプしたよ。恐らく二十階建てくらいのビルかな? 人間がゴミのように見える。まあはっきりくっきり見えますけどね。風が気持ち良い、風びゅんびゅん吹いている。なんとなく空気が新鮮な味がする。さっきまで人間だらけで呼吸もしたくなかったのが嘘のようだ。何より人間共と距離を置けて気が楽になった。気持ちにもゆとりが出来て気分爽快痛快。これだけ上に移動すれば見通しも良く、人間共がよ~く観察出来る。さ、て、と。姫子はどこかな。あ、いた。あそこ、あそこいる。人間共がたくさんいても姫子の顔はしっかりと覚えている、これだけいても十秒あれば見つけられるよ。案の定隣には眼鏡君がいる。やっぱりテメェか、よくも姫子を連れ去ってくれたな。他にも二、三人知っているようなそうではないようなモブ顔の奴もいるし、間違いなく大会にいた奴らだ。待ってろ姫子。今助けに行くぞ。


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