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第51話 姫子消失

「なあ、65さー」


「駄目」


「ぐぬぬ」


大会も終わって姫子が手に入れたのは全国一位という称号と限定モデルの印天堂65、対して俺は特に何も得ちゃいない。結局のところ姫子の付き添いだけに終わってしまった。早起きしてバイト代使って首都の喧噪に揉まれて親身に傍で試合を見届けたのに得たものは首都の空気が美味しくないってことだけ。はっ、別にぃ? 何か欲しくて付き添ったわけじゃないしぃ? 全然いいけどね。……といった気持ちもすこぶる募っているが、まあ心の容量が半分埋まる程度さ。残り半分は大会に出てくれたことに対するお礼と責任ってところか。小金が仕入れてきたスマビク全国大会開催の情報。賞品に目が眩んで参加を決意したがせっかくなので姫子も呼ぼうとなって無理矢理誘った感があったからね。結果俺は予選敗退で姫子は全国大会出場。てことで姫子だけ行ってらっしゃ~い、というわけにはいきませんわな。誘ったんだから最後まで付き合うのが礼儀ってものだろうよ、人間だろうとエルフだろうとそれは一緒。あ~、今の台詞カッコイイ。もれなく印天堂65プレゼント! とはいかないか。先程から悪あがきしているものの姫子の返答は変わらずノーの一点張り。それなのに印天堂65が入った箱は俺が持っている。……重たい物を体が弱い姫子に持たせるわけにはいかないから持ってはいるけど、これだけやって何か褒美とかもらえないんですかね。65とか、印天堂65とか、印天堂65とか!


「で、これからどうしよっか。帰る?」


「……」


大会は終わったんだ、これ以上ここにいる用事はない。首都に来たことない人間なら観光したりお店見て回ったりするのだろうけど残念ながらワタクシはエルフ族なのでそんな考えは微塵もない。せいぜい夕飯食ってやってもいいぐらいだ。観光だなんて自殺行為はしたくないね。観光場所ってのは人間が集まるんだろ? ただでさえ多い人間がさらに集合しているなんて狂気の沙汰だ。ゲロ吐くどころか魂すらも吐き出してしまいそう。人間ってすごいなよ、時間とお金があったら旅行したいって言うのだから。山や自然の多い静穏な場所で休暇を過ごすなら全力で同意するけど首都や遊園地とか人間がうじゃうじゃな場所へ行くなんて頭の回路どうなっていやがる。全国行脚するなら自然の多い場所に行けよ。故に今から首都の街を観光だなんて絶対にしない。姫子にお願いされたら若干揺れそうだが……い、いやいやこれだけは譲れない。65譲ってくれたら譲ってもいいがな。訳分からん日本語になってしまったが決意の固さが表れていいのではないでしょーか。


「……」


うへぇ、何か言ってくれよ。再び言うがお母さんそれが一番困るの。観光したいって言ったら微妙に悩んだ挙句拒否してあげるし、帰りたいって言おうものなら喜んですぐに帰宅準備するよ。あ、でも飯は食いたい。


「……泊まる」


「え!? なんだって!?」


「……」


いや聞こえているよ、余裕で聞こえている。これまた再び言うことになるがエルフの聴力舐めることなかれ。大抵の音は拾うから、超音波でも嫌な顔して聞き取るから。耳尖ってないけど聴力ヤバイから、人間の比じゃないから。……ちゃんと聞こえているよ。今、泊まるって言ったね。泊まる、宿泊する、一晩を過ごす、そんな意味だ。今回首都に行くにあたって清水から持ってこいと言われた物が財布と着替えだ。なぜ着替えがいるのか、考えればすぐ分かることだった。首都で泊まれってことなのだろう。故に姫子の「泊まる」発言だ。時刻は午後四時半過ぎ、今から電車に乗れば夜には帰れる。だから一泊する必要もないと思うのだが……。泊まるって言うことは姫子も当然着替えとか用意しているのか。あ、ロッカーだ。最初首都に着いた時、会場に行く前に駅のロッカーに姫子の荷物を預けたのを思い出した。そこそこ大きなバッグだったけど、あれで一泊用なのか? 俺なんて替えのシャツとパンツしか持ってきてないからエルフの聖なる鞄一つで十分だったよ。……いやいや、え? 用意はしているけど泊まる必要はこれっぽっちもないよね。なぜ首都で一夜を過ごさなくてはいけないんだ。知らない土地でお泊り楽っしい~、とかそんな好奇心旺盛でワンパク精神は小さい頃に森の奥底へ捨てちゃったよ。やっぱり我が家が一番だ。ちなみに我が家とは森の爺さんがいる実家のことであり、今人間界で住んでいるアパートは二番目だ。二番目でも十分に落ち着くから早く帰りたい。


「……」


……見られてる。言葉で分からないなら眼力で教えてやると言わんばかりの見つめっぷりだ。姫子の視線がほっぺに突き刺さる、弓矢くらい勢いよく突き刺さっている。無理に引こうものなら頬肉引き千切れそうだ。なので顔を背けることも出来ない、歩きながら前を直視する他ねぇ。ここで目を合わせようものなら身長差による一撃必殺上目遣いが炸裂すること間違いなしだ。耐えきれる自信がない。何も聞こえてないフリして歩くしか……うっぷ、そうなると人間の群れをモロに見ることになってしまう。ヤバイ、なんか詰んでいるぞこの状況。目を反らすことも出来ない、かといって直視し続けると気力が底尽きる。すっげぇぜ、見事に逃げ場がない。将棋で例えるなら王手飛車取りにプラス金玉鷲掴みされている感じだ。例えが最低極まりないが気にしないでおきましょう。例えなんてどうでもいいんだよ、今はこの状況を打破しなくては。朝も人間がたくさんいたが陽も傾いてきた時間帯の今なんてさらに増えているような気がする。さすがに吐き気が……や、ヤバイ。なんとかしなければ、ってそうだっ。このピンチがお昼にもあったじゃないか。その時どうやって対処した? アイマスクだ。光を遮断し闇の世界へと陥れる漆黒の布。その闇は深く暗く、希望すらも遮る……! なんとまあイタイ紹介になってしまったがアイマスクの効力が表せたので満足だ。こいつを使えば周りを見ずに済む優れもの。他の人間から見ればすげーアホみたいな格好に見られるのが欠点だが。おまけにそれなら目を瞑ればいいだけという簡単な方法もある。ふざけんな、アイマスクさんの存在意義を奪うな。これは気持ちの問題なんだ、目を瞑るだけで解決する話じゃねぇ。何かしらの物体によって自分の意志ではどうしようもない状況だからこそいいんだよ。たぶん。とにかくネチネチ考えるのは男らしくない。多少の羞恥なんて知るか、最新のゲーム扱うお店で十数年前のゲーム機くださいと真顔で言った俺を舐めるな。てことで、


「アイマスク装着!」


「見える?」


「何も見えない」


アイマスクを装着することで視界を完全にシャットアウト出来る。その代わり欠点として何も見えなくなる。……あれ? 利点と欠点が同じだったような。つまり何も見えないから満足に歩けないってことだ。ましてやここは日本界一の大都市、何も見えずに歩いて無事で済むわけがない。車にはじき飛ばされてジエンドだ。お昼の時はそのピンチを助けてもらう為、姫子に手を握ってもらった。そうすることで姫子に誘導してもらって誰にもぶつかることなく移動することが可能、まさに無敵状態。スターを手に入れた気分だな。なので姫子さん、何度も申し訳ないのですがまた手を握ってもいいですか?


「……え」


ん?


「なあいいでしょ、ちょっと付き合ってよ」


「一緒にカラオケ行こう。そして夜の街を案内してあげるよ姫子さん」


なんだこの声? 姫子?


「い、嫌」


あ、この声は姫子だ。んん……声が震えているような。というか手繋いでくれませんか? 今全然何も見えなくて不安になっているのですが。え、姫子? 聞いてる?


「て、照久……たすけ」


「ほらこっちこっち」


「あばよ彼氏さん」


何やら隣がうるさいような。基本的にどこもかしこもうるさいけどね。うるさい、というよりは何やら揉めている感じだな。…………。……あれ? なんか姫子の声がどんどん遠くに離れていっている気がする。徐々に小さくなっていく姫子の声、人間共のうるさい喧噪に溶けていくよう聞こえなくなっていき、ついに全く聞こえなくなった。耳に届くのは人間共による雑音と車の走る音、建物に張り付いた巨大テレビのCMの音、執拗に耳をいたぶるように不快な騒音が鳴り響く。さっきまで癒してくれた姫子の可愛い声も聞こえないし……なんだよ畜生。…………。






ん? 姫子? おーい?


「……ん~?」


いつまで経っても手を握ってくれないので不安になった。時間にすれば一分経ったかそうでないかぐらいだが体感時間とはよく言ったものだ、長く感じる。長時間一人取り残されて、ぐちゃぐちゃの沼みたいな孤独感が足元に絡みついて体を飲み込んでいく感覚に襲われた。このままでは全身を覆われて意識も飲み込まれそうだったので堪らずアイマスクを外した。ああ光を感じる、嬉しい。眼球よありがとう。再び人間共の群れを見ることになるのは非常に遺憾だが仕方ない。つーか姫子、なんで何も言ってくれないんだよ。さっきみたいに手を握っ……


「姫子?」


隣には姫子がいたはずだ。なのに、誰もいない。知らない人間が素通りしていくだけだ。……姫子? どこにもいないけど?


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