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第50話 全国の頂点

「しょ、勝者、漁火さん」


「つ、つえー」


「あれ……ブロック戦の時より強くなってね?」


無事に昼食も済ませて再びスマビク全国大会会場へと戻ってきた。なんかよく分からんけど清水オススメのお店はパスタ専門店だった。大変美味しかった、どぅへへ。飯も食って気力回復、午後からも頑張ろうと思います。まあ俺は何もしないんですけどね。今は各ブロックを勝ち抜いた戦士三十二名による最後の戦い、決勝トーナメントが始まっている。一度負ければそこで終了、ここからは進むか止まるかの二択だ。勝ち進み続けて最後まで残った奴が優勝、果たして栄光を手にするのは誰だ? なんて、緊迫した激闘が繰り広げられると思いきや、実際はそんなことなかった。ただ今絶賛ヤケチュウ相手に一切ダメージを食らうことなく圧倒的強さで翻弄している姫子ブービィ。蝶のように舞い蜂のように刺すとはこのこと、相手の攻撃は全て避けて自分の攻撃は的確に当てて大ダメージコンボへと繋げていく。午前中の時とは明らかに動きが違う。力任せなプレイングではなく繊細で一寸の狂いもないボタン入力と操作には息を飲むばかりだ。ブービィの動きが速い、速過ぎる。ピンク色の丸い物体が動いているようにしか見えないぞ。あ、元からそうか。


「照久、行こ」


「へーへー」


難なくヤケチュウを撃破した姫子、大歓声を上げる野郎共のことなんて無視してベンチの方へと歩いてくる。今の勝利でベスト4決定したのになんて余裕な態度なんだ。あなたは日本界におけるスマビク四天王の称号を手に入れたも同然なのに、もっと喜んでもいいのでは?


「アイマスクはもうしないの?」


「飯食ったら元気になったので平気」


「……しないの?」


「いやだからしないって。え、何?」


目的のお店に着くまでアイマスクをつけて外を歩いていたが、よくよく考えるとアレ結構恥ずかしいよな。変人扱いされて警察に補導されてもおかしくなかった。危ないところだったぜ、九死に一生を得た気がしないこともない。ベンチに座って水を飲む。姫子も欲しがっているみたいなので姫子用のペットボトルを渡して一緒にベンチに並んで座って休憩。対戦が終わる度になぜか姫子はアイマスクを連呼してくる。もう一度着けてほしいのか? 装着すると姫子の戦っている姿見れなくなるけどいいの?


「アイマスク」


「いやそれもういいって。それよりあと二勝で優勝だね、頑張ってよ」


「ん、頑張る」


元から強い姫子だったが午後からは格段に強くなったような気がする。本当に強い、そんなことは出会った時から分かっていたことなのに再認識させられている。スマビクで勝ったら印天堂65譲ってくれなんて言っていた当時の自分はなんて無知だったのだろうと叱責したくなる程だ。ハンマー使っても勝てないだろ、昔の俺馬鹿だなー。姫子と遊ぶようになって二ヶ月とちょい、幾度となく対戦してきたが一度たりとも勝てたことがない。惜しいと思えたこともなく、基本的に完封負けだ。それだけ全力で戦ってくれているってことか。恐らく姫子と一番多く対戦しているであろう俺だから言えることがある。姫子は強い、これに尽きる。決勝トーナメントも既に三連勝目だ。三戦全て危なげなく完勝。果たしてここから先、姫子の優勝に待ったをかける奴は現れるのだろうか。


「ふぅーん。君、なかなかやるね」


次の試合が始まるまでこうしてのんびりしていようと話していたら突如声をかけられた。俺じゃなくて姫子に。眼鏡をかけた男子、年齢は俺らと同じくらいかな。てことは高校生か。黒髪の黒眼、うん人間だ。口元を薄く伸ばして鼻高々にほくそ笑んでいる。これは微笑みじゃなくてほくそ笑むだ、なんか笑い方がいやらしい。なんだこいつ?


「漁火姫子さんだったね。俺は君と同じ準決勝進出者だよ。次の対戦、楽しみにしているよ」


そう言って眼鏡男子は頬肉を釣り上げて笑いながら手を差し伸べてきた。俺じゃなくて姫子に。どうやら次の対戦相手が挨拶に来たらしい。眼鏡をかけているとしか特徴が挙げられないのは俺の観察力が鈍いせいかはたまた彼のポテンシャルがその程度なのか。それは分からないがとりあえずこれは宣戦布告と捉えていいのだろうか? 宣戦布告だとしても答えるのは隣に座っている姫子だから俺には何も関係はないけどさ。


「……」


「ふふっ、何を恐がっているんだい。別に何も手に仕込んでいないさ」


「いや単純に握手するの嫌なんじゃね?」


眼鏡君の差し伸べる手に対して姫子は一切動こうとしない。それどころか目線も合わせず手をお水の入ったペットボトルをぎゅ~と握ったままだ。握手なんて断固拒否、そんな決意が見えます。そりゃそうでしょ、こちらの姫子さんは大の男苦手らしいのだから。小さくて可愛くてクラスは勿論学年の男子中から人気があるけど姫子自身は男子と接するのが苦手でクラス委員等の事務的会話以外で話す姿を見たことがない、と以前清水が言っていた。要するに人見知りするってことだ。そんな姫子がいきなり、しかも知らない男子から話しかけられて握手を迫られたら黙ってしまうのは至極当然ではなかろうか。思わず声が出てしまった。


「なんだと? というかお前は何だ?」


「え、俺?」


思わずツッコミを入れたのが間違いだったようだ。握手を拒否する姫子から視線を切り替えてこちらを睨むように見下ろしてくる眼鏡男子。こいつは立っていて俺はベンチに座っているから見下ろされても仕方ない。は、俺? 何が? 勘弁してよ、俺に絡まないでくれません? というかどいつもこいつも眼鏡かけやがって。なんだ、お前らスマビクの遊び過ぎで視力落ちたのか。外で遊びなさい、まったくもう。


「姫子さんの彼氏か? お前は大会に出てないんだな」


「あ、彼氏じゃないですぅ。あと俺は予選で負けました」


「はっ、予選で負けただと。おいおい、そんな奴が姫子さんと一緒にいるなんて笑わせないでくれよ」


あ、待って。なんかムカつく。高校生の年齢なら小さい頃からスマビクやっていた世代のお前らとは違うんだよ。お前らが夏は冷房の効いた部屋で冬は暖房でぬくぬくの中で優雅に友達とスマビクに興じていた頃、俺は森の中を駆けてその日食べる物を調達していたんだ。スマビクどころか印天堂65、それどころか人間の文明に触れたのもつい三ヶ月前とかだぞ。ほぼ初心者だ。そんな奴が県の予選大会で何度か勝利を収めて全国大会出場まであと三歩ぐらいのところまで行ったんだぞ。スマビク歴はこの中で一番浅く、それであって最も高いポテンシャルを秘めていると言っても過言ではない。


「まあ君なんてどうでもいい。姫子さん、とにかく次の対戦はよろしく。やっと骨のある奴と戦えるよ」


ナチュラルに下の名前で呼んでるなこいつ。もう一度手を差し出すが最後まで姫子がその手を握ることはなかった。五秒くらいして眼鏡君は「ふっ」と小さくほくそ笑んで踵を返して去って行った。な~んかキザな奴だったな。小金とは違うタイプのウザさを感じる。口ぶりからして腕に自信があるようだ。というか次の対戦相手にわざわざ挨拶来るなんて律儀だな。それともカッコつけたかったのか、単純に姫子とお話したくて来たのかもしれん。ベスト4決定してから姫子人気はさらに爆発してとんでもないことになっているからな。今だってこちらを見ている男が結構な数いる。


「彼氏……」


「気にしなくていいよ。勘違いしたあいつの妄言だから」


「……」











同じベンチに並んで座っていたら彼氏彼女と見られても仕方ないか。俺的にはそう思われても全然構わない、寧ろニヤニヤしちゃいたいくらいだが姫子的にはどうなんだろうね。男子苦手だからもしかしたら嫌なのかも。故に申し訳ない気もする。そんな思いで姫子の戦う勇姿を遠くから眺めています。さすが準決勝の試合、ブロック戦ではそれぞれ設置されたモニターに散っていた観客が全員集まって食い入るように画面を、じゃなくて姫子を見ている。ざっと百人以上、うち眼鏡が七割強。眼鏡情報はどうでもいいとして、それだけ人間が群がっていても姫子が戦う姿をベンチに座っていても確認出来る。準決勝からは前のステージに設置された巨大モニターで試合が行われてこの位置からでも難なく試合観戦可能だ。冬なのに汗垂らしながらマイク片手に熱い実況を続ける司会のお兄さん、それに乗って歓声を上げる男性達、うち眼鏡七割強。決勝トーナメントからは少しだけルールが変更された。ストック4のアイテムなしポポポランド、これは変わらないが一回勝負ではない。ストック制のバトルの三番勝負、先に二勝した方が勝ちとなる。一度負けても終わりではなくなり相手と戦う時間が増えた分、実力は勿論のこと相手の動きやクセを見抜き、戦術を組み立てる等の頭を使った高度な戦い方がより求められることになる、らしい。そんなことを小太りのお兄さんがブツブツ言っていた。ただでさえここまで残った四人は廃人染みた強さを誇る為、素人の俺には到底追いつけないレベルの戦いを繰り広げるのだろう。なんか動き回ってるなぁ、としか感想が出てこない。


「……照久」


「おお、おかえり」


そんなことを思っているうちに準決勝の一試合が終わり、見事姫子は決勝進出を決めた。え、高度な戦いが予想される? そうは言ったけど姫子に限っては例外でしょうよ。宣戦布告してきた眼鏡君はあっけなく撃破した姫子。ですよねーとしか言えない。あれだけ偉そうにペラペラ喋っていたのにもうやられちゃったよキザ眼鏡君。なんか聞いていたこっちまで恥ずかしくなる結末だ。ブロック戦と決勝トーナメント途中までは姫子に付き添って近くにいたけど準決勝からはステージで試合が行われるから姫子に男性共が群がる心配がなく、俺が傍についてボディーガード的な真似をする必要もない。試合始まる前に眼鏡君から話しかけられていた時はやっぱ傍にいるべきだったかなとか思ったけど。にしても姫子本当に強いな。さっきの眼鏡君は対戦が終わると同時にそそくさと顔を赤くしながら会場から出ていってしまった。うん恥ずかしいよね、あれだけ威勢張って完封負けしただなんて俺だったら外歩けない程の心的外傷を受けて引きこもりニート送りされていたね。ああ、家で一日中ゴロゴロしていたい。


「対戦前にあいつからなんか話しかけられていたけどなんて?」


「アドレス教えてほしいって」


あ、やっぱあいつただ姫子と話したかった奴か。






その後、眼鏡君と準決勝敗退者による三位決定戦が終わって遂に決勝戦が始まった。全国最強を決める大会、その栄えある頂点に立つのは一体誰なのか!? 全国から集いし強豪達と大勢のスマビクファンが見つめる最後の戦いが……すぐ終わった。終わってしまった。


「優勝は漁火姫子さん!」


「うおおおおおおおおおぉっ!」


相手だって県予選を勝ち抜き、全国大会でも勝ち続けてきた猛者なのに対戦は姫子が一方的に無双するワンサイドゲーム。ピンク色の悪魔ことブービィが宙を舞い、地を駆け抜け、隙を見せずチャンスを逃さず連撃連弾の嵐。二戦目でブービィを2機減らしただけでも相手には賛辞の拍手を送るべきだ。そんな中でも姫子のプレイングは安定しており、圧倒的強さで優勝を決めよった。その君臨する様に司会のお兄さんは雄叫びを上げ観客は吠える。……というか本当に勝ってしまったな。いつも強い強いとは思っていたけどまさかマジで全国大会優勝してしまうなんて。これは才能なのか? それとも日々の修練が実を結んだ努力の賜物なのか、どっちにしろ姫子は凄いってことだ。決勝戦が終わってからすぐに表彰式へと移り、大会主催者からトロフィーをもらっている姫子。それを見つめる三百人近い人間達、何人かはトロンとした目で姫子を見つめている。あれ完全に惚れている目だな、また大会終わった後姫子にアドレス聞こうとする輩が表れること間違いなしだ。


「そして優勝者の漁火さんには今大会の優勝賞品、限定モデル印天堂65を贈呈します!」


……っ、あ、あれは!? そうだった、忘れていたよ。この全国大会に俺が出場した理由、それは優勝賞品の限定モデル印天堂65本体の為だった。65版スマビクが一大ブームを巻き起こした当時に作られたプレミアム価格のついた希少価値の高い限定モデル。そんなものに興味はないが65本体自体は喉から手が出る程欲しい。大会に勝ち続ければ無料で印天堂65本体が手に入るじゃないかっ、と一ヶ月前の俺は考えて安易に大会へ出場した。結果は県大会で敗退、初心者が勝てるわけがなかった。俺は無理だったが姫子は勝ち続けた、勝って勝って、勝ちまくった。その結果、辿り着いた。大会スタッフから大きな箱を受け取っている姫子、あれはそう、印天堂65だ! ま、待てよ? これはひょっとすると、もしや……!? 姫子は印天堂65を持っている。何度かお願いしたが譲ってくれなかった、けど今は新たに限定モデルの印天堂65を手に入れた。なら古い65はもういらないはず。それなら俺に譲ってくれる……つまり、タダで65を入手出来る! もしかするとそうなるかもしれないなぁ、とか甘い考えをしていたがまさか実現するとは。まさかの展開だっ。わざわざ首都まで付き添いで来た甲斐があったもんだ。


「い、漁火さん。良かったらアドレス教えてくれませんか?」


「ええい邪魔だ。姫子っ」


閉会式の途中だというのに姫子に群がる男共、うち眼鏡七割強っ。うるせっ、もういちいち言うの飽きたわ。邪魔だお前らぁ、そこをどけぃ。眼鏡を振り払い、眼鏡を打ち落としながら人間共を蹴散らしていく。気分が悪いだぁ? ああそうだよ絶賛吐き気が込み上げてきているさ。だが今はそんなこと愚痴っている場合じゃない、目の前に念願の印天堂65がある。ネットで買えば数万円はする、俺が人間界に行くハメになった物があるんだ。興奮せずにいられるか。人間達の合間を縫って姫子の元へと辿り着く。お、なんか驚いているな。目が合い、お互い近寄る。


「照久?」


「優勝おめでとう!」


「あ、ありがと……」


「姫子なら優勝すると思っていたよ」


「ん……照久のおかげ」


「別に俺は何もしてないけどね」


とりあえず姫子を本日の定位置となりつつあるベンチへと誘導する。おらっ、ついてくんな眼鏡共。視力鍛えて出直してこい。ステージの上で司会のお兄さんと偉そうなおっさんが何やら総評を小難しげに話し込んでいるがそんなの関係ない。誰だおっさん、知らねーよ。別にスマビク生誕秘話とか当時の熱狂的ブームの様子やら最新作についての話なんて興味ない。俺が興味あるのは印天堂65のみだ。


「それでなんだけど、その限定モデルじゃなくていいから、姫子の家の65を俺に譲ってくれない?」


「……」


「ほら、姫子はその限定モデルあるし。部屋に二台あっても意味ないだろ?」


「……」


ん? 姫子?


「……あげたら、照久来なくなる」


え?


「あげない」


「え!?」


な、なんでだよ。65二つあっても仕方ないだろ。狩りの時に弓を二個持っていくようなものだよそれは。二刀流みたいに二弓で矢を連射したらカッコ良くね?と思っていた二年前の俺を思い出す。弓を二個持って狩りに出て獲物を見つけてようやく気付いた、「あ、これだと弓を引けないじゃん」と。爺さんに真顔で「何やってるの?」と言われた時はさすがに何も言い返せなかったなぁ。印天堂65を二個持つってのはそれと同じようなものじゃないか。二個もあっていいのは箸と靴とかだけだ。一つで十分なはず。なのに姫子は今なんて言った? あげない、だと? 限定モデルの方をくれとか図々しいことは言わないさ、使い古した方でいいって妥協してるじゃん。断る理由はないのに……なぜだ。もしかしてあれか、限定モデルは箱も開けず保存しておくとかマニアな発想か。聞いたことがある、日本界では物品を買う際に使用する物とは別に観賞用と保存用の合わせて三つ買う奴がいるらしい。姫子もそうなのか? ええ!?


「……あげない」


「な、何の為に俺はここまで来たんだ……」


チラチラとこちらの様子を伺う眼鏡共と偉いおっさんの話を聞き流しながらそう思った首都で過ごす午後四時だった。


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