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第49話 視界シャットアウト歩行

「な、なあ。お昼、あの子誘わないか?」


「あの超絶可愛い子? 俺らじゃ振り向いてもらえないだろ」


「つーかもう彼氏と外出たよ」


「やっぱアレ彼氏かよ。勝てっこないわぁ」


「美男美女って感じだよな……」






うへへぇー、やっとお昼だ。新幹線の中でお弁当お菓子食べて以来何も口にしてなかったからお腹ぺこぺこだ。日本界の現代風な言葉で表すなら、激お腹ぺこぺこ丸だな、たぶん。水しか飲んでなかった腹は空腹の音を奏でるばかり、さっさと食えやと命令してくる。分かってるよ、我が全神経及び全身が食事を欲しているからな。首都へ来た唯一と言ってもいい楽しみ、それが食事だ。時代の最先端を爆走する日本界首都。ファッションや電化製品、流行の全てはここから始まる。食に関しても同様のことが言える。ここで美味いと評されたものがテレビで紹介されて全国へと伝わっていく。つまり逆を辿ってテレビで紹介された噂のお店に行けばそこは美味しいお店で間違いなし。ナイス逆算能力、頭のキレが良過ぎて驚嘆の声が漏れそうだ。腹からはひもじい音が漏れているが。現在お昼過ぎ、全国大会ブロック戦を全勝で突破した姫子と一緒に会場から出てブラブラと歩く。午後から決勝トーナメントが始まるので今のうちに昼食を済ませる必要がある。本日は快晴、陽光の日差しは心地好くて気温は低くても問題なく外を歩けます。問題があるとしたら人間の多さぐらいだ。会場から出て数分だが既に限界が近づいてきている。腹の言う通りさっさとお店決めないとマズイな。マズイけど料理は美味しいものをね! はいつまらないー。


「なんで上見てるの?」


「人間見ないようにする為」


「足挫くよ?」


足元見てないから危ないって言いたいのか。エルフの脚力舐めるな。獲物を追い続けて森の中を駆け回ったご自慢の両足だぞ。人間が多いことを除けば平坦な道のどこにコケる要素がある。全くないね。姫子と他愛ない会話をしながら人間の軍勢が行き交う道を進む。困ったことに飲食店が多くてなかなか決められない。弁当を選ぶのは速いがそれはある程度お弁当の法則を知っているからこそ出来る妙技であって全く知らない土地でどの飲食店が美味しいかなんて分かるわけがない。もし不味いお店に入って経験料理共に苦渋を味わうのは非常にもったいない。なかなか踏み込めないでいる俺ら二人なわけである。ここは姫子に聞いてみるか。


「ねえ、何食べたい?」


「なんでもいいよ」


「お母さん一番困るって定番のやつだね、って俺はよく知らないけど」


「……」


母親の温もりなんて知らないからな。別に忘却魔法食らったわけじゃなく単純に覚えてない。俺が物心つく前に両親は森から天へ旅立ったのだから。今日の晩ご飯何がいいー? えー、なんでもいいよ。みたいなお母さんそれ一番困るのよ的なやり取りはしたことないので共感しかねる。あと俺だったら晩ご飯の献立聞かれる前にリクエストする。常に肉系を注文するだろう。お母さんそれ二番目に困るのよって言われそう。……って、そんなことはどうでもいいんだ。今は昼食の献立を決めなくては。早くしないと決勝トーナメント始まるし腹と気力が限界だ。なーに食べましょうかね。こんな時清水がいてくれたら助かる。あいつ色々知っているだろ、聞いたら即答で何食べたいって良いそう。姫子はその辺積極性がないから聞いても仕方なかったか。とりあえず有名そうなお店探すか?


「……照久」


「う、うおっ。急にどした?」


袖を掴んでピッタリとくっついてきた姫子お嬢さん、またですかっ。さっきもずっとくっついていたし試合中もずっと傍にいろと言ってきてかれこれずっと一緒にいるがまた密着してくるなんて……俺の心臓にどれだけ負担かけたいんだ。あとその袖掴みやめて、ゾワゾワするから。な、なんだこの気持ちは。この心の奥底から湯水のように湧き上がる心地好くも感じるこそばゆい感覚は一体何だ!? 全身の皮膚を温い風の手が撫ぜるような。む、むず痒いっ。袖掴みがこんなにもゾワゾワするなんて思いもしなかった……なんつー威力だ。キャプテン・ファザコンのファザコンパンチを心臓に直接殴られた気分。急にどうしたんだよ。また何か気に障ることしてしまいましたか俺?


「……」


「よ、よく分からないけどご飯食べょ、うん」


噛んでしまった。なんだよ、食べょって。どう発音すればそんな声出せるんだ。と、とにかく急ごう。周りは見るな人間を見ないよう上を見上げ続けろ。そして意識も上へ伸ばせ、決して袖を小さく引っ張るくすぐったい感触は気にするなっ!


「あ」


「ど、どうかした?」


「寧々ちゃんからオススメのお店聞いてた」


「それ最初に言えよ!」


姫子が再びスマートなんとかを取り出して地図を表示する。それは片手あれば容易に出来る簡単な操作で、もう片方の手は袖を掴んでいても問題ない…………も、問題ある! 主に俺のメンタルが。なんだよクソがぁ。突然怒ったり肩パンしてきたと思ったら突然くっついてきて袖掴んできて、何もかも突然ばかりじゃないか。どうしたのよ漁火さん、今日テンションおかしくね? 久しぶりに委員長って呼びたくなるぐらいあなたとの距離感が掴めないんですけど。いや物理的距離はゼロだけどさ。


「それってどこ?」


「……ここから歩いて十五分くらい」


結構あるな……。歩くのは好きだけどそれは森の中、自然の中、木々の間限定だ。人間の中歩くのは大嫌いです。今現在も必死に視野を狭めて人間の群れを見ないよう頑張っている最中だ。それでも首都の街中を歩く人間の数は桁違いに多く、目は狭めても耳は塞ぎようがなくて延々と聞こえる人間の喧噪と機械の雑音。もう限界だ、ゲボやらストレスやら色々と吐き散らしたい。だが清水オススメのお店まであと十五分かかる。十五分間もこんな場所にいたら精神崩壊してしまう。勘弁してくれ、なんでご飯食べるだけでデッドオアアライブの境界線を綱渡りしないといけないんだ。もうコンビニ弁当で妥協したい気持ちが積もってきたよ、姫子に聞かず適当にお店入れば良かったな。徒歩で十五分って言うけどそれはスマートなんとかが予測した人間の人間による人間の歩行速度で計算した時間だろ。走ればもっと早く着く、エルフの足ならさらにタイムを縮められるはずだ。……でも姫子も一緒だから駄目だよなぁ。それに無理して走って体調悪くなる可能性もあるから大人しく歩いていくしかないか。でも大人しく歩いていくとタイムアップでゲロゲロしちゃう事態に陥る……。人間の世界に旅立ったエルフの次期族長は人間の首都で盛大に吐いた、なんて恥辱に満ちた歴史を子孫に残すわけにはいかん。どうすれば……な、何かないのか。この場を乗り切るアイテムは……あ、そうだ。


「ネイフォンさん、ありがとう」


「?」


エルフの聖なる鞄を漁る。清水にもってこいと言われた着替えと財布、それ以外にネイフォンさんから遠出に必要な物として預かった物がある。あのおっさん曰く「私なら旅行先に持っていく」といった代物だ。別に旅行の気分ではないけど。とにかくその中でこの状況を打破出来るアイテムがあるっ。アイマスクだ……アイ、マスクだ! 目の部分を覆う布のようなもので、明るい場所で安眠する為の道具だ。慣れない環境で寝るのに必要だよ、とネイフォンさんは言っていた。そう、これは睡眠時に使う道具だ。けど発想の力を発揮、アイマスクを今この場で使えばいいのではないかと。目隠しとして使用、これによって視野を完全にシャットアウトすれば人間の姿を一切見ずに済む。なんてことだ、俺頭良いー。


「……アイマスク?」


「そうさっ、これで周りを見ずに……」


「目瞑るだけでもいいんじゃないの?」


……ま、まあそれも考えていたけどね。な、なんだよ姫子、そのくらい分かっていたさ。分かっていて敢えて俺はこの手段を選んだんだよ。何を言っているんだね、えぇ? せっかくネイフォンさんが渡してくれたアイマスクを使ってあげようという俺の寛大で物を粗末にしないエコ魂の賜物だよ。べ、別に目を瞑るだけでいいって気づかなかったわけじゃないんだからなっ。


「と、とにかくこれで完璧だ!」


「それでどうやって歩くの?」


「え? あ……」


……………………ぃや、ま、まだ……まだだ! エルフの頭脳見せてやるっ。アイマスクで視界シャットアウトしてどうやって知らない首都の人間が集う中を歩くかだってぇ? ほ、ほら……えっと、その、ぉ……ほ、ほら!


「ぁ……」


「これで完璧だろ!?」


目が見えないなら目が見える奴に頼ればいいだけの話だ。袖を掴む姫子の手を掴むっ。手を握る、これで姫子に誘導してもらえば目を使わなくても歩ける進める行ける! ど、どうだ。姫子の温もりを手に取って俺の体温も姫子へと送る。ぎゅっと優しく手を握る。


「……」


「ひ、姫子?」


「……うん、行こ」


ぐいっと引っ張られる感覚がきた。うおおっと? 急に歩かないでよ、何も見えないから危ないんだからさ。うーん、自分の意志でアイマスク使った奴の発言とは思えない。あと、いきなり手を握ったから嫌がるのでは?と今更ながら思い至った。その心配はないようで、了承してくれた姫子。……ん? 何も見えないからよく分からないけど……姫子、なんか嬉しそう? いや、気のせいかな。そのまま姫子と手を握って大都市を歩き進んでいく。いつか子孫に昔話する時が来たら、族長は自ら視力を潰して危険を乗り切ったとカッコ良く武勇伝風に話そう。実際はかなり情けないお粗末なエピソードだけどな。


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