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第4話 清水寧々

「……」


「そんな警戒しないでよ、ほら」


現在、学校の中庭の茂みに隠れて様子を伺っている。

やはり葉の匂いは心安らぐ。故郷の森と比べたら微量で微香の自然だがないよりはマシ、今後はこの茂みを癒しポイントとして愛用していこう。

中庭の茂みは本当に良い。葉に囲まれているし、そして近くのベンチに座る清水寧々を注意深く観察出来る。

……清水寧々、一年二組の女子生徒。

長い黒髪は背中の辺りまで伸びており、毛先は半球体のように大きく反っている。アーモンドの形のパッチリとした瞳はサラサラの前髪とバランスよく映えて雰囲気良く愛嬌を感じる。特徴的な毛先のカーブと綺麗に整った顔、スラッとした体型でなんか足がエロイ。いや肉感的なエロさではなく清楚なエロさ。

とにかく気をつけないと視線が下にいってしまうので油断ならない。

狩りでは全体を俯瞰して見るのが基本だと言うのにエルフの名が廃るぞテリーよ。

見た目はね、見た目はまぁいいよ。……ただ、こいつは知っている。

俺の正体を、俺がエルフだと知っていやがる。

警戒しないわけがないだろ、面と向かって話せるわけない。

……別に女子と話したこと全然ないから緊張しているとかそんなんじゃないんだからなっ。


「安心してよ、私はあなたをどうこうするつもりはないよ。言ったでしょ、ネイフォンさんの知り合いだって」


ネイフォンさんと知り合いだと言う清水寧々。

言うこと全て信じちゃいけないのだろうけど、ネイフォンさんの名前を出されたら少し耳を傾けなくちゃならない。

清水寧々の言うことが本当だとしよう、それならネイフォンさんから俺のことを聞いており正体を知っていてもおかしくない。

しかしだとするとネイフォンさんは自分の正体を清水寧々にバラしていることになる。

昨日俺に掟を守れと偉そうに警告したくせに自分はもうバレてますテヘペロなんてダサ過ぎるよ。

でも清水寧々はネイフォンさんのこと知っているっぽいしな~……やっぱりネイフォンさんが絡んでいるのか。

となるとエルフだとバレたのは俺のせいじゃない、そして清水寧々に敵意はないようだ。


「へえ~、やっぱネイフォンさんと同じで耳尖ってないんだね」


ジロジロと俺の両耳を見てくる清水寧々。

な、なんだよ。耳が尖っている? 

人間界に来て分かったことだがエルフの存在は知られているみたいだ。勿論空想上の実在はしない架空の登場人物として。ファンタジー系のアニメでよく見る。そんな日本界産のアニメを見たエルフとして言わせてもらおう、エルフはあんなに耳尖ってないからな。あれじゃ寝る時寝返り打てないわボケ。


「……なんでネイフォンさんと知り合いなんだ?」


「その前にあなたの名前教えてよ」


「木宮照久」


「じゃなくて、本名の方」


なるほどね、これが偽名だってことも知っているわな。

木宮照久とは仮の名、この人間界での名前だ。テリー・ウッドエルフだなんて名前は日本界ではありえないそうだ。

ネイフォンさんが言うには外国に行けば大丈夫らしいけど日本では漢字を使った名前がベターだそうな。


「……テリーだ。テリー・ウッドエルフ」


「んじゃテリー、これからよろしくね」


ちょ、テリーって名前で呼ばないで。ここでは照久だから、出来れば普通に木宮って呼んでください。

清水寧々は満足げにこちらを見つめながら鞄から取り出した紫色の飲料水を飲んでいる。

出た出た、ジュースってやつだ。一度飲んだことあるが、炭酸が強過ぎて苦手意識がある飲み物。それに変に甘い、つーか色おかしいもん。

人間は炭酸のジュースばかり飲んでいる。水を飲め水を。


「それで清水寧々、どうしてネイフォンさんを知っている?」


「フルネームで呼ばないでよ、堅物キャラとか流行ってないよ。普通に寧々って呼んで」


「……それで清水はネイフォンさんと知り合いなった経緯は?」


「テリーはそればかり聞くね、つまんないや。いいよ、話してあげる」


そう言って清水は鞄から新しい炭酸ジュースを取り出してこちらへと差し出してきた。

俺にくれるの? わざわざ二本持っていたってのは不自然だよな、こうして俺と話すことを想定して二本用意していたのかこいつ。

残念だが炭酸系は飲まないんだよ、せめて野菜ジュースか林檎ジュースにして出直してきやがれ。


「ネイフォンさんとは私が小さい頃からの付き合いなの。私のお父さんとネイフォンさんが友達だから、よく遊びに来てくれたな~」


ちょっと待てぃ。てことは清水の父親もエルフについて知っているのかよ。

結構バレているんじゃねーの!? あのゾンビエルフがぁ、ドヤ顔して掟守れとかほざいておきながら自分はガバガバじゃねーかよっ。忘却魔法はどうした忘却魔法は! 一言二言文句を言ってやりたい。


「文句を言いたいって顔してるね、はい」


あっ、またジュースかよ。いらねぇって。

清水がまた何か差し出してきたので拒否しようとしたがよくよく見ると炭酸ジュースではなく、薄くて四角の機械だった。

あっ、ああぁっ! それ知っているぞ、街や学校の休み時間に人間が使っている機械だろそれ。スマートなんとかってやつか。

ここまで過敏に反応するにには理由がある。なんとそのスマートなんとかでゲームが出来るらしいのだ。ゲーム機ってわけじゃないがゲームが出来るスマートなんとか、通話したりメール出来たり写真も撮れて地図にもなるそうな。

恐ろしい、兵器じゃないだろうか。

そんな兵器スマートなんとかを俺に向ける清水、なんだなんだ何を企んでやがる。


『もしもし寧々ちゃん? どっかした?』


スマートなんとかの方から聞こえる聞き覚えのある声、ネイフォンさんだ。

電話機能を持つスマートなんとか……なるほどね、文句言いたいなら本人に直接言えってことですか。

清水からスマートなんとかを受け取って通話を始める。これが電話初体験だ、ちょっぴり嬉しいっす。


「俺です、テリーです」


『おおっ、テリー少年よ。どうやら寧々ちゃんとコンタクト取ったようだな』


「……何アンタ正体バラしているんだよおい」


『はっはー、そうなんだよ。いやさ、聞いてくれよ』


電話では顔が見えないので表情は分からないが声色から悪びれた様子を感じ取れない、このオッサン全然反省してない。

スマートなんとかの向こうからケラケラと笑い声が響く……舐めているのかボサボサヘアーのクソ野郎。

目の前で清水寧々もニコニコと笑っているし、なんだこれは。


『私が人間界に来たのは二十年前なんだが、その時の私はまさに君と同じ状態だった。知らない世界で知らない種族の住み処、何をしていいか分からず途方に暮れていた。ついつい失禁してしまったよ』


二十年前、つまりネイフォンさんが二十歳の頃か。なかなかの大人が失禁するとか勘弁しろよ。

泣いて失神しかけた自分なんてまだまだマシな方だったみたいだ。


「んなテメーの恥ずかしエピソードはいらねーよ」


『少々声が大きいぞテリー君、まだ電話に慣れていないな。それで私は路上で死にかけていたのだがその時に助けてくれたのが寧々ちゃんのお父さんだったのさ』


それからは簡単に話が進んでいった。

ネイフォンさんが清水の父親に助けられたこと、色々と世話になっていくにつれて仲良くなっていたこと、その友達と今でも交流があって娘とも仲良しなこと、エルフの知り合いを同じ高校に入れるから手助けをしてやってくれと友達の娘に頼んだこと。


「つまり清水には正体バレてもいいんですね」


『そうだ、寧々ちゃんとその両親にはバレているから問題ないぞ。それ以外の人には絶対にエルフだと知られないようにしろ、これは掟だからな』


「偉そうに言うな!」


大声でスマートなんとかに怒鳴り散らし、そのまま乱雑に清水のへと押しやる。


「ネイフォンおじさん大丈夫? 耳が痛い? ん、まあドンマイ。じゃねー」


通話を終えて清水はスマートなんとかを鞄の中にしまう。

これで分かったでしょ、と言わんばかりの顔をしてニコニコと見つめてくる。


「ネイフォンさんは悪くないよ、知らない土地で一人だけで生きていくなんて無理だもん。エルフと人が協力して生きても別にいいでしょ」


「……」


ネイフォンさんは二十年前、森を出てこの街へと来たらしい。

見たことのない世界で右往左往する気持ちはつい一ヶ月前に体験したばかりだが痛いほどよく分かる。

俺だってネイフォンさんがいなかったら路上で朽ち果てていただろう。

ネイフォンさんもそうなりかけていた、その時に清水の父親に助けてもらった。

その出会いから仲良くなって今でも付き合いがあってその人間の娘とも仲良くしている。自分がエルフだとバレたのを隠さずに。

どうしてネイフォンさんは助けてもらった後、一人で生きていけるようになったのに記憶を消すことはしなかったのだろう……? 友達になったから? 命の恩人だから? ……分からん。


「テリーの目的は聞いているよ。お爺さんの為にゲーム機が欲しいんでしょ」


「……協力してくれるの?」


「さすがに電気を森まで流すのは無理だけど、あなたの今後の生活をサポートしていくよ。テリーはまだまだ私達の世界のことよく知らないでしょ」


清水はベンチから立ち上がると俺の方へとやって来た。

反射的に退くように茂みの奥へと潜り込んでいく俺に対して手を差し伸べてきた……臆することなく右手を茂みの中へと突っ込んで。


「あなたの手伝いをさせてほしいな、お父さんがネイフォンさんにしたように私も君を助けたい」


「……なんで」


「ん?」


なんで…………そこまで出来るんだよ。

クラスの皆も仲良くしてくれる。ネイフォンさんは俺の為にお金をくれて住む場所を提供してくれて生活の準備を整えてくれた。そして清水は今日会ったばかりのエルフの俺を助けたいとか言っている。

なんでだよ、なんでそこまで尽くせるんだ? 

俺なんて……ただゲーム機を買いに来ただけなのに。……頼っていいの?


「どうしたの、やっぱ喉渇いたんでしょ。ほらジュース飲みなよ」


「……そんなグロテスクな色をしたのは飲まない。森林の天然水持ってこいよ」


爺さんの理不尽な命令でやって来た人間界、この一ヶ月だけで数多くの人と出会ってきた。

また今日も、こうやって手を握り返していいのだろうか。

ただヘラヘラとおつかいに来た俺の為に皆が動いてくれる。茂みの中でじっとしているだけの俺に手を差し伸べてくれる。

……爺さん、俺少しだけ何かが分かったような気がするよ。


「エルフってバレてるなら気兼ねなく話せる。分からないことあったら聞いていくんでよろしくな、清水」


「こちらこそよろしくね、テリー」


清水の差し出した手に自分の手を重ねて俺は茂みの中から出る。

この人間の世界で生きていく為に、ゲーム機を手に入れる為に。


「ところでさっきのスマートなんとかもう一回見せて」


「……スマートフォンね」


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