第47話 首都へと到着
「……何、ここ」
「日本の首都」
メロンパンを食べてお弁当を楽しんでお菓子を頬張って。のほほんと気楽な気持ちで新幹線の快適な移動にうたたねしかけていること一時間、遂に目的地へと着いた。着いたのは構わない、まあそれはいい。何がすごいかと言えば……うっぷ。もう、あれだ、ぉぇ、人間多過ぎる。これまでもショッピングモールに行けば人間多い、大きい都市に行ったら人間多い、バイトしたら人間多い、どこに行っても多い多いと愚痴を零してきたが今回も言わせてくれ、人間多いっ。今までの、どの場所よりも、圧倒的に、数が違う。まず初めに駅がとてつもなく広い。建物のはずなのに天井が高い、球場のドームみたいな形をしている駅内はどこに向かえば外に出れるのか分からない程に広く、そして複雑な構造をしているのが一目見ただけで分かる。その駅内を隙間なく埋め尽くすかの如く人間がうじゃうじゃと密集している、密っっっ集している! なんだこの多さは。尋常ではない。四方八方どこを見ても人間の顔、顔、顔。これが首都、この人間の多さが首都……なのか。うっぷ、早速吐き気が襲ってきた。別に人間自体が嫌なわけじゃないけど静かな生活を送ってきた身としては喧噪渦巻く人混みは毒沼に等しい苦痛だ。予想はしていたが、これはかなり……。
「帰っていい?」
「行こ」
はいやっぱり駄目ですよねー。今すぐ新幹線に乗って帰りたいのですがそれは無理な話か。何の為にここまで来たんだ、首都偵察は二の次で本来の目的は姫子の付き添いだろうが。いや、でも……い、行きたくない。こんなにも嫌なことが過去これまでにあっただろうか。非常に嫌だ、嫌過ぎる。帰りたい。帰って部屋でゴロゴロ過ごしたい、ニート風にダラダラしたいよぉ。コンビニで買ってきた炒飯おにぎりを食べながら布団の上で寝て過ごしたい。
「……照久」
「うあー、はいはい! 行けばいいんでしょっ」
姫子が急かしてくる。こちらを見て袖をクイクイと引っ張る。分かっているよ、行くって。ここまで来るのに先週稼いだバイト代の半分を使ったんだ。無駄にはしたくない。姫子が大きな鞄を駅のロッカーに預けている間に精神統一、息を吸って素早く吐く。目を閉じて安堵の暗闇に落ち、ゆっくりと気持ちを落ち着かせていく。極力周りは見ないようにしよう。変に意識するから気持ち悪くなるんだ、無の状態で森の中を移動するように自然な感じで行こう。うん。気持ちを整え終えたので目を開く……うへぇ、左右を人間が何十人と通り過ぎていくぅ、早速気持ち悪くなっていくぅ~。クソ、でも行くしかない。意を決して人間が蔓延る毒沼を突き進むことに。
「で、もう会場行くの?」
「うん。たぶんこっち」
スマートなんとかで地図を見ている姫子。今から向かう先、俺らが首都に来て初めて向かうのはスマビク全国大会の会場だ。なかなかのゲーム脳、うちの爺さんが聞いたら喜びそうだな。姫子には悪いが俺は道案内なんて出来ない。地図の見方も分からず自分の住んでいる街でも迷子になるのに首都の、しかも人間がうじゃうじゃいる中で知らない場所に行くなんて不可能だ。ここは姫子に頑張ってもらうしかない。……大丈夫かな?
「こっち」
「え、マジ?」
「うん。場所分かりやすい」
地図を開いて一分足らずで姫子はスマートなんとかを小さな鞄に入れる。な、なんと。もう場所が分かったのかよ。すごいな。俺だったら小一時間は悩んで結局分からず仕舞いになって嘔吐しているに違いないのに。姫子の有能な土地把握能力に感嘆しながら姫子の後をついていく。周りを見るな、何も感じるな。
「クソっ、人間多過ぎるんだよ……」
「……ん、照久」
「ん?」
駅の外に出ても人間はたくさ~んいやがる。空を覆い尽くす程のビルが建ち並び、人間がビルの中から出てきたり入ったり。これ全員人間かよ。やっぱり気持ち悪い。少しでも気を抜くと吐き気が込み上げてくる。駅前に申し訳ない程度に木が数本植えられているがそんなんじゃ自然とはいえない。学校内でも中庭という癒しスポットがあるのに。ここにはそれすらないのか。エルフに死ねと言っているようなものだ。ああ死んでやろうかおいこら。駅を出て都市を歩くこと数分もしないうちに自暴自棄に陥ってしまう、これが首都か。日本界の心臓部と言ってもいいこの場所をこうして歩く日は来るとは。爺さんへの土産話が出来たな。早く森に帰りたい。人混みを意識しないよう森のことを考えていると姫子が話しかけてきた。どうかした? 姫子は立ち止まって何やらもにょもにょしている。んん……? なんだよ急に。何か言いたげな様子で手を開いたり閉じたりしているけど。姫子と知り合ってまだ日が浅いがこの子は他の人間と比べると極端に口数が少なく、何を考えているのか分からない。清水みたいに自分の言いたいことを言うだけの奴は分かりやすいけど姫子は表情に大した変化がなく、いつも無表情だ。そんな漁火さんが交差点の前じゃない道の半端な場所で立ち止まって手をグーパーしてこちらを見つめてくる。当然、何の合図か全然分からない。せめて一言でもいいから何かしらの説明をしてくれませんか?
「……手がどうかした?」
「……」
はい、分からん。安定感ある無表情ですね、逆に微笑ましいよ。勘弁してくれ、俺は首都の荒波を乗り切るだけで精一杯なんだから変な合図を送るなよ。とりあえず手が関係あるのは分かった。こちらに向けてくる姫子の手を注意深く観察する。……うん、普通に綺麗な手だ。滑らかで優艶で白い肌をしている。なんすか、手相でも見て欲しいの? 人間界では手相を見てその人間の運勢を占うことが出来る風習があるらしい。が、そんなのエルフは信じないから。手相占いは出来ないよ、帰って清水にでもやってもらえばいいと思う。
「……」
「ほら、人間多いからはぐれないように……」
「!」
「早く行こうぜ」
「……」
人間が多いから姫子とはぐれる恐れがある。この中で見失うと探すのは困難だ。いやいや、エルフの視力を舐めるな。と言いたいけど今の精神力では無理かも。なのではぐれるわけにはいかない。その為にも早く会場に行こうぜ。手相見ている暇はない、ちゃっちゃっと進もう。姫子の奇行は無視して先に一歩だけ進む。
「ほら、どっち行けばいいの? なあ」
「……」
しばらくこちらを睨んできた姫子だったが手を開くのをやめてようやく歩を進めてくれた。なぜ睨んできたのかは不明だが。スタスタと歩いて行く姫子。……う、ん? あれ、なんか姫子……怒ってない? もおー、また俺のせいかよ。何度か姫子を怒らせたことがあった。その時ばかりは姫子の表情にも変化が見えてなんとまあ分かりやすい。怒っている、その原因は誰かって? 俺以外に誰がいるよ。前回の予選大会の時も馬鹿呼ばわりされたし、どうも姫子の思考がよく分からんよ。いや姫子だけじゃない、清水もだ。特に何もしてないのに突如怒る。ちょっと理不尽じゃないですかね、どうすればいいんだ。これが噂の女心ってやつか。人間界は分からないことだらけだがこればかりは本当に理解出来ない。
「……照久の馬鹿」
「はいそれ絶対言うと思った!」
ここか……。ちょっぴり不機嫌な姫子の案内についていくこと十数分、目的の場所へと到着した。超高層ビル群を見上げ疲れながらも人間の群れは見ないよう首をグーッと上げて歩いた。辿り着いた建物の入口には『印天堂65スマッシュビクトリーズ全国大会開催会場』と書かれた看板がある。すごいな姫子、特に迷うこともなく会場へ着いたぞ。不機嫌だけど。
「大会出場者ですか?」
ふっ、ついにここまでやって来たぜ……みたいな因縁深い感情は一切ないのでサラッと中へと入っていく。綺麗なロビー、広くて床には真紅のカーペットが敷かれてある。高級な雰囲気に包まれていると入口の受付にいる綺麗なお姉さんがニコニコと微笑んで話しかけてきた。茶色の髪を後ろで結って首元がスッキリしている。目はパッチリとして、薄く淡いピンクの唇が魅力的だ。あ、どうも。お姉さんキレーですね、それ化粧しているんですか? すごく綺麗ですね。さっきから綺麗しか言ってないけどそれだけ見惚れているってことか。いやだって今まで出会った女の人間の中でトップクラスに綺麗だぞ。姫子母に匹敵する美人さんだ。やっぱ首都はその辺のレベルも高いのかな。日本界一の大都市、あらゆる分野において最先端を突き進む発展の場所なだけある。女性の偏差値も一際高いってことか。茶色に染まった髪が小さく端麗な顔と合わさって似合っていますね。日本界の人間は黒髪黒眼がデフォルトらしいので恐らくこのお姉さんは自らの意志で髪を染めていると断定出来る。なんだろーね、エルフ族は茶髪茶眼だから茶色の髪を見ると同族と接している気になってしまう。故にこのお姉さんには変な親近感を感じる。ちょっとお知り合いになりたい。
「……」
「痛い痛い、なぜに今肩パンしてきた」
お姉さんがニコニコしていてこちらもニコニコ、というかニヤニヤしていたら突如右肩に痛みが走ってきた。横を見れば拳を振るう姫子、またしても不機嫌そうにジト目でこちらを睨み見上げている。荒ぶっているなぁ。おいおい、また俺何かやらかしたのかよ。招待状を提出して申し込みを終えたようだけど、どうも機嫌はよろしくない。というかここに来てからずっとだな。あ、もしかして俺がお姉さんとニコニコしていたから? いやそれはないか、別に姫子には関係ないことだもんね。だとしたら……あぁ、大会前だから緊張しているのか。そりゃそうか、俺も予選大会の時は緊張したよ。あの時はどこ見ても印天堂65が置かれていて興奮しちゃった、一つ盗んでもバレないとか思っていた。今から開催される大会で優勝したら日本界一の称号を得るだけではなく限定モデル印天堂65も手に入るのだ。日々ネトスマで腕を磨くスマビク廃人の姫子が意気込んで、意気込み過ぎて俺に八つ当たりをするのも無理はないってことね。緊張を紛らわす為に殴ってきているのか、そう考えると可愛い。おまけにそこまで痛くない、いやまあちょっぴり痛いけど。清水のガチ暴力に比べたら小鳥が小突く程度の威力だ。清水の野郎は鷹が上空から獲物目がけて急降下するみたいなパンチを放ってくるからな。
「……」
「あ、ちょ」
頬を膨らませて口をくの字にして可愛く睨んでいた姫子。普段は無表情だからこんな顔するのは本当に珍しい。しばらく睨み続けてくると思ったら急に歩き出した。こちらを振り返ることなく会場の中へと向かっていってしまった。う、うーん……まだ怒っている。何か気に障ることをした覚えはないんだけど、なぜか原因が俺な気がしてならない。元旦の時、神社に向かう道中で清水を怒らせてしまったこともあったし、もしや俺は他人の精神を逆撫でるスキルでも有しているのか。ずっと森で爺さんと二人きりで過ごしてきたから知らなかったよ。一人受付に取り残されて自分のマイナススキルにげんなりしてしまう。
「可愛い彼女さんですね」
「へ? あ、いや彼女じゃないですよ」
肩パンして睨み続ける姫子、それを受け続ける俺の一連の流れを見続けていた受付のお姉さんがこれまたニコニコと微笑みながらそう言ってきた。今日はただの付き添いですので。仲良いとは思うけど……まぁ今はギクシャクしているけど、付き合うとなると話が変わってくるかも。姫子可愛くて良い子だけど人間だからな、異種族間の恋なんて聞いたことがないよ。それに姫子ぐらいの仲良しだったらもう一人いる、清水だ。お姉さんが俺達のやり取りを見て恋人同士だと判断したなら俺と清水が一緒にいるのを見た場合でも同様の言葉を呟くだろう。清水はもっとありえない、あいつはあいつですごく良い奴だけどすぐ手を出すのが嫌だ。これまでに何度殴られてきたことやら。というか今では姫子も殴ってくる。あれ? もし仮に二人どちらかと付き合ったとしても結果的には殴られる結末? ……なんて惨めなんだ。溜め息を漏らしつつ受付のお姉さんにもう一度だけ挨拶をし、カーペットの感触に戸惑いながらも歩いて会場へと入っていった。




