第46話 練達された弁当選出眼
「おーおー、速いっ」
新幹線に乗ってまず初めに思ったこと、こいつ速ぇ。発車してからすぐ、これが最高速度かどうかは知らないけど今まで一番速い乗り物に乗ったなと確信が持てる速さでグングンと走っていく新幹線さん。さすが一回で五千六百七十円もかかるだけのことはある。窓から見える景色が次々と変わっていく、まるで世界の紙芝居のようだ。ポエミーな発言も出たことですし、もっともっと外の景色見ていこうと思います。
「……照久、近い」
「ん、ああ。……あ、すみません」
なぜ姫子がこんなことを言ったのかといえば、席順が答えを表している。通路側が俺、窓側が姫子の配置で座っているからだ。通路側だと景色がよく見えない、でも俺は景色が見たい。小さい窓から存分に景色を眺めるにはもっと窓に近づかなければならなく、なので自然と姫子に接近する形になる。最初言われて意味がよく分からなかったが何度か言葉を脳で反芻させて意味と状況を考えた結果、なんと気まずいことこの上ない。距離近い、それは文句言われて当然だよ。清水だったら今の場面で絶対に鳩尾殴ってきていたな。姫子は優しい、というか大人しいから言葉で言うだけで済ませてくれる。自重して自分の席に深く座り込んでおくか。新幹線に乗って数分が経過したが、今どの辺まで移動したのかよく分からない。一つ言えるのはこの乗り物が俺の知っている中で一番速いということ。つまり相当速い、つまり相当の距離を移動していると言って間違いないだろう。電車と比べて大して揺れない車内、たまに耳がなんかキーンってなるけどそれを除けば非常に快適。何より嬉しいのが新幹線の席配置に関してだ。電車は大勢の人間を乗せる為に両端に座席を置いて中央部分は立って乗れるよう吊り革を氷柱のようにぶら下げている。そしてあの乗車率、人間がぎゅうぎゅうに詰め込まれて四方八方どこを見ても人間……うっぷ、想像しただけで吐き気がする。その点新幹線は素晴らしい。座席は二席か三席、目の前に映るのは前の座席と人間の後頭部がチラ見する程度。なんと精神衛生上優しい配置だろうか。通路を挟んで反対側にも人間が座っているけどそっちは見なければ大丈夫。景色をひたすら見続けていよう、あまり前のめりにならずに。
「あとどのくらいで首都に着く?」
「……一時間くらい」
あと一時間か。うーん、長いのか短いのか分からない。なかなかに快適な乗り心地、このまま寝たいくらいだ。景色を眺める以外特にやることもないし、姫子と軽快なトークを繰り広げてみるのもどうかなと思う……今までに姫子と話して盛り上がったことがあまりないからなぁ。いや話すの全然嫌じゃないよ? ただ姫子は元から話すタイプじゃないから仕方ないよね、俺だって面白い話なんて出来ない。昔腰を痛めた爺さんがエルフ族に伝わる聖弓を杖代わりに使って折っちゃったんだよ~、ははっ。ネイフォンさんに話したら大爆笑してもらえたが、同族だからウケたのだろう。人間の姫子に話してもポカンとされる、つーかエルフってバラしてしまう。姫子も朝早くから起きて辛いだろう、それに首都着いたらすぐに全国大会が始まる。下手に話しかけて気を遣わせるのも申し訳ないし黙っておくか。さーて、寝よう。
「お? 姫子、あれ何?」
「車内販売」
目を閉じようとしたが暗闇に落ちかけた最後の一瞬に見えたのは何やら荷台を押して笑顔を振りまくお姉さんの姿だった。通路を通る程度の大きさの荷台には飲料水やお菓子が乗っかってある。車内販売とな? あれか、動くコンビニ的なやつか。朝食を食べてなかったから荷台見ていると急激にお腹減ってきたぞ。印天堂65と発電機を買う為に節制してコンビニでの無駄遣いを避けていたが今の俺は一味違う、どーせ今回の付き添いでバイト代全部消えるんだ。ならとことん金使ってやる。
「すいませーん、これとこれとこれください……って言えばいいよね?」
「うん」
車内販売とは粋なことをしてくれますね新幹線さん。混雑する電車では出来ないサービスだ。金はあるから贅沢していきましょうかねぇ、人間の多い首都で生き残る為にも今のうちから心身の活動力を高めておくか。水は持っているから弁当とパンとお菓子を買う。なんという豪快な使いっぷり、先週の俺が見たら殴りかかっているところだ。テメェ何の為に金稼いだんだ?と言われるだろう。はっは、今ここで使う為だよ。あと見た? 俺の弁当を選ぶ速さ。伊達に毎日お弁当屋で選んでいるだけはある、と自分自身の成長に感服。数種類あったお弁当のラインナップを即座に確認して自分の今食べたいものを即座に迷いなく買う度胸の良さ、人間界で修得したスキルである。
「さあお弁当いくかー。姫子も少し食べる?」
「……ん」
メロンパンを即食べ終わって弁当へと箸を進めることに……した辺りでふと思った。あれ、今のところ姫子に何もしてなくね?と。新幹線の乗車券の買い方を教えてもらって駅のホームでは新幹線見て絶叫して隣にいた姫子に恥かかせて窓の景色見ようと俺のキモイ顔を押しつける。何もしてないというよりは何もかもやらかしていると言った方が正しいかも、ははっ。……そう思うと非常に申し訳ない気持ちが押し寄せてきた。何かしなければ、なけなしの気持ちが芽吹いたので弁当をおすそ分けすることへと行き着いた。付き添いなのだから役に立たなくてはならないが、それ以前に迷惑をかけるなんて言語道断だ。迷惑かけた分なんとかして挽回したいという責務の気持ちが募って焦って今すぐに返済しようと躍起になってしまう。その結果がこれだ。いやいやっ、しょぼいとか言われたら俺怒るからなっ。お弁当を分けてあげるなんて前代未聞の行動だぞ。せいぜい等価交換だ。チキン南蛮一切れあげるから逆に唐揚げ一個寄越せって話さ。無条件であげる程寛大な心を持っちゃいない。でも今はタダであげようとしている、俺っ! 俺、俺っ、俺ってばマジ優しい! 本当はメロンパン丸々一つあげようと思ったけどメロンパン見ていたら思わず袋開けて全て口へ放り込んでしまった。ならお弁当を全てあげる? それはさすがにない。絶対にない。直感で美味しいと思って即決した弁当を一口も食べずにあげるだなんて期待して唸っていた胃袋に申し訳が立たない。てことで少しだけあげる、少しだけね。おかず一品だけねっ。
「はい、あーん」
「っっっ……う、ん」
ちなみに買ったのは幕の内弁当。県特産のわさび漬けや鯖の照り焼き等の数多くのおかずが揃った元祖定番のお弁当、と書かれた蓋を開けてさあ圧巻のひと時。美味しそうなおかずばかり、これ選んで大正解だわぁ。さて、何をあげようかな。悪いけど選択権はこちらが全て持たせてもらおう、豪華絢爛なおかずの中から一つだけ献上しなくてはならない。エビフライは駄目だ、こいつだけは譲れない。色々と思考を巡らせた結果、鯖の照り焼きをあげようと脳が最終ジャッジを下して箸を動かすよう指に指令を送る。照り焼きを摘まんで姫子の口元へと運ぶ。くっ、少しだけ惜しむ気持ちがあるけど仕方ない。ほら姫子早く食べて、俺の気持ちが変わらないうちに。
「ん……」
「美味しい?」
「……うん」
何秒か逡巡していた姫子だったが意を決したようにようやく口を開いてくれた。小さな口に押し込むようにして鯖の照り焼きを捧げる。あぁ……やっぱあげなかったら良かった。く、悔やむな俺。お前にはまだエビフライが残っているではないか。さあここからは独占していい、思う存分食らおう。……いやちょっと待って。あれ、あれあれ? おかず何をあげるかで頭いっぱいで安易に行動しなかったか、今。……やらかしたよな、今。数多くあるおかずの中からあげるやつを選ぶ、うんこれは普通だ。それで照り焼きを選んだ、まあ多少後悔したが無難な選択か。それを箸で掴む、はいはい。で、姫子の口元へと運んで食べさせる……これおかしい。あ、あぁあぁ何をやっているんだ俺はぁ!? 何をしれっと「あーん」とかやっているんだ!? 漫画で見たことがある、主人公に対してヒロインがやっている王道的ラブラブ行為。あーん、だ。己の掴みし食物を他人の口へと運び食べさせる、悶絶すること間違いなしの愚行を、俺は今、姫子相手にやってしまった! あ、あわわわ……やらかした。
「えーっと……姫子、さん? あ、あの今のはちょっとした事故でして……」
挽回するつもりがさらに失敗しているぞおい。いくら仲が良い姫子とはいえ「あーん」はやり過ぎだ。「あーん」だなんて恋人同士がやる行為じゃねーか。おかずのことばかり考えていてろくな判断が出来なかった……シット! これから姫子は大会で大変なのに、また迷惑かけてしまった。ご、ごめんなさい。
「照久」
「な、何?」
「……大会頑張れそう」
「お、おう?」
いくら優しい姫子とはいえ今度ばかりは怒られると覚悟した。しかし一切怒った様子は見えないどころか寧ろ笑顔に近い表情をしている姫子。うぇ? 姫子が笑っているところなんて見たことないぞ。いつも無表情なのに今は、あどけない笑みを浮かべている。笑顔、というよりはニコニコしているのかな? どことなく嬉しげにモグモグと照り焼きを食している。良かった、怒ってはない。うーん……なぜ嬉しそうなのかは分からないがまあ気にしないでおくか。姫子の機嫌も良いようだし、弁当を楽しみながら首都に着くのを待ちますか。




