第45話 恐怖感じる新幹線
「あ、おはよー」
「……おはよう照久」
水曜、木曜、金曜と特に事件もなく平穏な平日を平凡に過ごして今日は土曜日。バイトを始めたのが一週間前、本来ならば今日もティッシュ配りに勤しむはずだったが所用が出来た。スマビク全国大会に出場っ、姫子が。その付き添いで俺も大会が開催される首都へ行くことに。バイトは休みました。現在の時刻は朝六時半、休日の朝はゆっくりしているからおかげでまだ脳はお眠り状態だ。
「……今日は一日よろしく」
「特にこれといって何もしないと思うけどな」
付き添いといっても出来ることなんてほとんどないと思う。まず会場へ向かう方法、俺知らない。電車には乗り慣れてきたがそれでも知っている駅から駅へ行くのが精一杯だ。そんな俺が首都へとの行き方を把握しているとでも? 馬鹿言っちゃいけないよ。
「……」
「どした?」
「……なんでもない。行こ」
何か言いたげな様子だったが何も言わずに歩いていく。ちょ待って、置いてかないで。駅のホームをぐんぐん進んでいく姫子、早朝だというのに結構な数の人間がせわしなく行き交いしている。学校は休みだが会社は休みじゃない、バイトだってある。それはそうだよなぁ、土日は全人間共通で休みだとしたら社会は機能しなくなるか。コンビニ行っても閉店しているとか死ねる。
「駅に集合ってことは電車で移動するの?」
「……そんな感じ」
清水から電話を受けたのが火曜日、簡易な用件を伝えて電話は終了した。後日学校で詳細を尋ねても清水はニヤニヤ笑うだけで多くは語らなかった、なんだよ畜生が。首都への行き方、美味しい食べ物、注意事項等々、教えてほしいことは多々あるのに。かといって姫子に聞くわけにはいかない、エルフだとバレるかもしれないからだ。というかあの日の電話中、清水のすぐ近くに姫子いたんだよな? 清水の奴エルフ連呼していたけど……あれ、バレてるんじゃね? 最悪の場合姫子に忘却魔法使うことになるのか。それはちょっと嫌だなぁ。
「ここのボタン押して」
「券出てきた!」
券売機に紙幣を入れて姫子の指示通りボタンを押すと紙が出てきた。その紙切れを買う為に五千六百七十円もかかる。その額たるや先週末精神を削って稼いだバイト代の半分にも及ぶ。行きの電車でこれだけかかる、つまり帰りの電車賃も同額必要になるわけでそれは要するにバイト代全部消えるってことになる。あれだけ頑張って働いたのに全てパァだ。首都に行くだけなのになんだよ畜生が。
「照久、こっち」
「はいはい」
姫子に案内を任せてその後ろをピッタリと張りついていく。電車の乗り方は把握したけど知っている駅から駅にしか移動出来ない。知らない場所、ましてや日本界最大の首都への行き方なんて分かるわけがなく姫子に頼るしかない。何の為の付き添いだ、と小金がいたらツッコミを入れられそうだな。俺も分からない、なんで俺がついて行かないといけないのか。出来ることと言えば姫子がナンパに絡まれないよう守ったり咳が出たらすぐにお薬を出せるようスタンバイしていることくらいだ。……あー、案外重要なのかも。早朝の寒い駅内を歩きながらくしゃみする。
「そこに乗車券入れて」
「それくらい分かる」
馬鹿にするな、その程度の知識は持っているぞ。紙切れが入るぐらいの隙間しかない投入口に券を入れると目の前のゲートが開く仕組みになっているらしく、無賃乗車を防ぐ為のものらしい。券を入れずに通過しようとすれば警告音と共にゲートが閉じてすぐ近くにいる係員がやって来る。なんとまあ犯罪に厳しい社会なことですね。何かのミスでゲートが閉じたらどうしよ?と内心ビクビクしながら冷静さを装って乗車券を投入口に入れる。全部入れなくても途中で機械が反応して券を吸い込んでくれる。便利な機械だなホント。券と一緒に指まで吸われたらどうしよ?と内心ビクビクしていたのは内緒だ。
「ここ?」
「うん。もうすぐ新幹線が来る」
姫子について行って奥へ奥へと歩いていく。大きな売店がたくさんあって寄ってみたいが確実に姫子を見失うのでやめる。知らない場所でオロオロするのはもうしたくない。大人しくついていき、エスカレーターという動く階段に恐る恐る乗ってホームへと上がる。エスカレーターすげぇ。ホームへと上がって黄色い線の内側で待つこと数分、どこからか謎の声が聞こえてきた。『まもなく……』と何やらアナウンスが流れている。というか新幹線? なんだそれ、初めて聞く名称だ。電車に乗るのではないのか? 尋ねてみたいがもし新幹線が人間界において常識的なものだとしよう、それを聞く俺って異端だ。ぐぅ、こういう時に清水がいてくれたら遠慮なく聞けるのに。なんでいないんだ清水、お前も来ておくれよ。今頃あいつは寝ているんだろうな。休日の六時半に起きている人間なんてそうそういない、と思う。
「……新幹線ってのはね」
「うんうん」
「電車より速い鉄道」
「……うん?」
なぜ姫子が急に説明してくれたのかよく分からなければ、言葉の真意も分からない。代わりに突如響くように遠くから聞こえてきたのは重低音の唸るような響く音。遠く、遥か遠くからもの凄いスピードで滑走してくる巨大な物体が見えた。あれが、あれが……ああ、あああれが答えだと言うのか!? し……し、新幹線!? な、なんて速度だ、電車の比じゃないぞ!? 直感が起立する、あれはヤバイと。汗がどっと溢れ、喉が急速に絞まる。渇く唇、震える肌。こ、殺される。そう思った。
「ひ、姫子っ姫子ぉ死ぬ!?」
「落ち着いて」
「これが落ち着いていられるかぁ! なんか先っぽ尖ってるぞあれ。完全に突き殺す気満々じゃないか!」
俺の知っている電車って乗り物は四角の穏やかなフォルムをしている、まあそれでも初見では人殺しの道具だと認識していたけど。今こちらに向かってきている新幹線とやらはそれ以上の殺傷能力を有していると見た目で十二分に分かる。何あの尖りまくりの先端、刺し殺すつもりじゃないか。そしてあの速度、完全に殺しにかかっている。そんな物体がこっち目がけて突進してきて冷静でいかれるわけがないだろ。し、死ぬ死ぬ死ぬっ!?
「ぎゃああああぁぁあ!? ……って、あれ?」
超高速で走ってきた新幹線は電車同様レールに沿って真っ直ぐ突っ込んできた。駅のホームに入ってきた辺りで急激にスピードが遅くなってピタッと停止する新幹線。電車と全く同じ動きだった。そして扉が開き、次々と他の人間が出たり入ったり……あ、あれれ?
「なんだ、そういうことね」
「……照久、恥ずかしい」
そう言って脇腹を突いてくる姫子、やめてぇくすぐったい。姫子がそう言うのも納得せざるを得ない。他の人間共は一切動揺の素振りを見せず何気なく新幹線がやってくるのを見ていた。俺だけが絶叫していた……あ、なんか恥ずかしい。数メートル先の方でスーツ服着たお姉さんがクスクス笑っているし。うわぁ、やらかした。完全に田舎者を見ている目だ。
「あ、はははー。よし、行こっか!」
「……照久の馬鹿」
ば、馬鹿とか言うなっ。ちょっと知らなかっただけだ。姫子が小さく溜め息をつく。やめて、そのリアクション傷つくからやめてくれぇ。




