第44話 電話という文明の利器、ラーメンという究極の食
「電話だよん、電話だにょん」
「四十代のおっさんが、だにょんとか言わないでください」
学校から帰宅すれば当然のように部屋でくつろいでいる木宮もこみちことネイフォン・ウッドエルフ。カップラーメンを食べたのであろう、床に散在する容器と粉末スープの袋。ゴミ箱に捨ててほしいのは勿論だがせめて一つにまとめてほしいものだ。腹立たしい、腹が立ったせいで腹減った。だって味噌ラーメンの匂いがプンプンするもの、お腹減るよ。こういった時の為にストックしておいたラーメンが役に立つ。学生服から私服に着替えずに戸棚の中から一つ取り出す。なぜか一つ減っている気がするが気にしないでおこう。ラーメンにお湯を注いで三分間を今か今かと待ち望んでいると電話が鳴った。この家には電話という人間の産みし文明の利器は存在しない、携帯電話なんて論外だ。軽快な音楽を鳴らすのはネイフォンさんの携帯電話、それに連動したかのように自身の体を揺らしてだにょんだにょん言うネイフォンさん。見ていて良い気分にはならないよね。ボサボサの鳥の巣がユッサユッサ揺れて小さな埃が部屋中に散布されていく。ちょ、やめてください部屋汚さないでください。ラーメンの容器捨てている時点で汚しているけどさ。
「早く出ればいいじゃないですか」
「あ、もしもし寧々ちゃん? どしたのー」
どうやら電話の相手は清水のようだ。週末は一緒にティッシュ配りのバイトに勤しんだ仲の女子高生ちゃん。日曜は死ぬかと思ったな……でもおかげで金は貯まった。この調子で週末のバイトを続けていけば二月足らずで印天堂65が買えそうだ。いやでもやっぱせっかくなので贅沢したいな。コンビニのホットスナック全て買い占めるという夢を叶えてもいいかも~。
「じゃあテリー君に代わるね。はい」
コンビニの店頭に並ぶ唐揚げやフライドポテト、フライドチキンや肉まん等に思いを馳せているとネイフォンさんが携帯電話を突きつけてきた。え、それ叩きつければいいんですか?
「寧々ちゃんが君に代わってほしいって」
「はあ」
特にネイフォンさんと話しこんでいたわけでもなかったし、てことは最初から俺に用事があって電話してきたのか。だったら学校にいる時に言えばいいのに。今日も一緒にお昼食べただろ。あー、お腹減った。
「清水?」
『テリーやっほ~』
電話の主はやはり清水。聞き慣れた声が耳を優しく撫でる。こいつ普段は殴る蹴るの暴行を繰り返す悪女だが声だけ聞くと可愛いから困る。顔も可愛いし足はちょいエロ。暴力性さえ取れば完璧なのに。
『もしもーし、聞こえてる?』
「ん、ああ聞こえてるよ。で、なんだよ」
用事があるなら学校で言えばいいのにわざわざ帰宅してから言うのには何かしらの事情があるとみた。周りには聞かれたくない深刻な事情、シリアスな展開の幕開けなのでは……? 思わず携帯電話を握る手に力が入る。
『いや実はねー』
「あ、ごめん三分経ったから」
『え? 三分って何?』
「いただきまーす」
『おいエルフ、馬鹿エルフっ。なんか麺の啜る音聞こえるぞ!』
うへぇー、やっぱりラーメン美味過ぎる。お湯を入れて三分待つだけで絶品が生まれるのだ。携帯電話以上にカップラーメンの発明の方を俺は評価したい。美味いなぁ、身も心も温かくなって自然と笑みがこぼれてしまう。マジ最高っ。
「こらテリー君、女性に失礼な態度を取るんじゃない。そのカップ麺はおじさんが預かっておくから君は電話に出なさい」
「あっ、この返せ!」
至福の時間に浸っているとネイフォンさんがカップラーメンを奪いやがった。か、返せこのクソエルフ。
「ほらほら早く電話に出ないと」
「ぐうううぅ、覚えてろよゾンビエルフがぁ」
「まあまあ、またお湯沸かしといてあげるから」
偉そうに注意しながらズルズルと麺を啜っていくおっさんエルフ、その至福に浸る顔はまるで先刻までの自分自身の顔を見ているようだ。さっきまでアンタは食べていただろうが、俺の溜めておいたカップ麺をさぁ! なんとかして奪い返そうとしても華麗に躱されて麺は吸われていくのみ。駄目だ、もう奪い返せない。取り返してもあの様子だと麺はほとんど食い散らかされているのが目に見えている。俺のベストフレンドが……あぁ。
『テリー? 返事して』
「……あい」
『明らかに声のトーン下がっているけど気にせず話すね』
ああ気にしないでいいよ。もう終わったことだから。……また後でお湯沸かそう。
『今度の土曜日、何の日か覚えてる?』
土曜? 何かあったかな……。特に思い当たる節はない。強いて言えばバイトがあることくらいだ。おいおい、これから当分の間週末はずっとティッシュ配りで過ごさないといけないという事実が再確認されちゃったよ。まだ火曜日なのに憂鬱になる、学校漬けから解放される休日がここまで嫌になるとは。お金の為とはいえ悲しい。
『たぶん覚えてないと思うから言うけど今度スマビクの全国大会が開催されるの』
脳内で勝手にバイト嫌だ~的な話が進んでいたが清水の一声で現実へと戻された。そして思い出す、スマビク全国大会という存在を。以前俺や清水、姫子とあと誰か一人合わせた四人でスマビクの予選大会に出場した。十数年前に発売され大人気を博した印天堂65版の大乱闘スマッシュビクトリーズ。現在では新しいゲーム機の登場、同じシリーズの最新作が発売されて注目を浴びることがなくなった旧世代のゲームだが今現在になって再び全国大会が開催されることになった。優勝賞品はプレミアム価格のついた限定モデル版の印天堂65本体、その珍しい豪華賞品もさることながら久しぶりに開催される全国大会で栄えある優勝の称号を手に掴みたい全国の強者達が多数参加する大きな大会だ。俺が参加した理由としてただ単純に印天堂65が欲しかったから。ゲームに勝つだけで数万円する65をタダでもらえるのだ、そのビッグチャンスを逃すわけがない。だがしかし現実は厳しく優勝賞品に手が届くどころか全国大会への参加資格を賭けた県の予選大会すら勝ち上がれなかった。人間のゲーム力に驚嘆した予選大会、一ヶ月前の話である。
「それがどうかしたのかよ」
『テリーは駄目だったけど姫子ちゃんは優勝したでしょ』
清水の言う通り俺は駄目だった。予選大会とはいえネトスマ級の実力者が出場するハイレベルな戦いで、スマビクの操作を覚えたばかりの俺なんかが敵うわけがなく決勝トーナメントに進出したところで負けてしまった。つまり全国大会出場は叶わなかった。が、一緒に来た姫子は持ち前の実力を発揮して次々と勝ち上がっていき、全国大会出場の切符を掴んだどころか圧倒的大差で優勝してしまった。その実力たるや、大会が終わった後に他の参加者が話しかけてくる程。まあ姫子可愛いから普通に話しかけてきたんだろうけど。俺は駄目でも姫子は勝ち進んで見事全国大会出場を決めた。そして今度の土曜日にそのスマビク全国大会が開催されると。
「はいはい。それが?」
『それが、って……いやだから姫子ちゃん全国大会に行くんだよ?』
「うん。……で?」
『だからぁ、応援行くでしょ!』
「マジでか」
それはもう当然仲間が頑張る勇姿を応援したいのは山々ですよ。だけどさ、ほら……その、遠いからじゃん。予選大会の時は同県の一番繁栄している都心部に行った。なら全国大会はどうなるか、答えは簡単この日本界で一番都会な場所で開催される。日本界の地形に乏しい俺だが首都がどこにあるかぐらい知っているさ。そしてどれだけの人間が群がっているかも把握している。首都、それはファッションや食、音楽や芸術のありとあらゆるジャンルの発祥地として日本界で最も繁栄している大都市だ。爺さんの言っていた著しい発展と繁栄を築く総本部、故に人間もそれ相応に多いってことになる。首都の駅の利用者はこちらの何百倍も違う。ティッシュ配りなんてしてみろ、三分で吐く自信がある。そんな大都市に行くなんて拷問は俺には無理です。姫子の活躍する姿を見たいけどね、無理なものは無理だ。
『そこでテリーにお願いがあるの』
「なんだよ」
『姫子ちゃんに付き添ってあげて』
「……いや無理ぃ」
清水、話聞いていた? いやまあ俺が心の中でグチグチ言っていただけだから聞こえてないけど。俺に首都の荒波を乗り越えることは無理なんだって。姫子の付き添いなんて務めることは出来ません、つーかしたくない。
『姫子ちゃんのご両親は忙しくてついていけないの。テリーしか頼めないのよ』
「清水がついていけばいいだろ」
『私はバイトあるから』
「俺もあるよ!」
『私テリーの二倍配れるし、テリーは休んだ私の分も頑張れる?』
ぐぬぬ……言い返せない自分が腹立たしい。ああ無理だよ、大衆嫌いの俺には元から向いていないバイトだ。クラス委員長を務めて周りからの信頼も厚い清水には勝てないよ。正論言いやがって畜生。
『だからテリーがバイト休んで姫子ちゃんに付き添った方がいいでしょ?』
「つーかなんで清水が言うんだよ。姫子本人じゃなくてさ」
まるで姫子の代わりにお願いしているみたいな言い方しやがって。姫子本人から頼まれるなら考えやってもいいけど清水から偉そうに、しかも「仕事量は私の半分以下のクソが」と言われて素直に行きますと頷ける程大人な性格してねーよ。
『今姫子ちゃんと一緒にいるよー。お買い物してヨゴリーノ食べてるとこ』
よごりーの? 何それ美味しいの?
「だったら姫子に代われよ。本人と話したい」
『はーっ。ホントにテリーは駄目だねぇ、その辺察してよ』
は、はあ? 何がだよ。
『わざわざネイフォンさんの電話を使って、しかも私が話している理由が分からないの?』
「分からん」
『あーあー。何が高貴で知性の高いエルフだよ、全然馬鹿じゃん』
こちらを卑下するかの如く携帯電話越しに溜め息が聞こえる。耳元で直接息を吹きかけられているようで……いや、そうでもないや。電話だもの。とにかく馬鹿にされているのは伝わったよ。考える力がない馬鹿野郎と言いたいのか、舐めてんのかペロペロですかおい。というか今姫子と一緒にいるの? だとしたらさっきからエルフ連呼しているけど大丈夫なのか? その辺は頭回るぞ俺。
『これだからテリーは』
「ああうるせー。分かったよ、姫子について行けばいいんだろ?」
『さっすがテリー頭良い~』
頭良いは別に関係ないだろ。優しさが滲み出た配慮だろうが。思わず行くって返事してしまった……。ま、まあ大丈夫でしょう。日本界の社会勉強として首都に行くのも良い機会だろ思えば。いやでも人間多いんだろうなぁ……嫌だな。でもどうせ休日はバイトだったし、どちらにしても人間共の波に揉まれるのは一緒か。だったら姫子の付き添いをしてあげた方が良さげだ、なんか姫子の好感度的に。何度も部屋遊び行ってお水とお菓子をもらってばかりだからな、恩返しじゃないけど日頃の感謝をここで返すのもアリかもしれない。うんそうだ、そうやってポジティブに考えていこう。
「面倒くさいけどな、仕方ないから行ってやるよ」
『姫子ちゃんやったよ、テリー来るって』
「ん? おい清水聞いてるのか。キザな台詞言った俺がなんか恥ずかしいだろ」
『あ、ごめん。それじゃあ日時について話すね。えっと……』
そこからは土曜日の集合場所と時間、持ってくる物を説明されてメモしろと言われた。それくらい覚えられるわ、エルフの記憶力舐めるな。というか持ってくる物ってなんだよ、金があればあとは別に何もいらないのでは?
『じゃあそういうことだからー、じゃねーん』
「なんだよじゃねーんって、って聞いてねーし」
プツッ、と何か途切れる音がしたと思ったら携帯電話から清水の声は聞こえず代わりにプーップーッと規則正しい機械音が鳴るのみ。電話による通話をやめたってことか、なんとまあ一方的な奴だな。はぁ、首都かー……。気乗りしないけど姫子の為だし、ひと肌脱ぐか。それに何も悪いことばかりじゃないはず。全国大会、優勝賞品は限定モデルの印天堂65。限定版とやらには全く興味ないが印天堂65本体は喉から手が出る程欲しい、出来ればタダで。今回の大会で仮に姫子が優勝してみろ、チャンスじゃないか。姫子は新しく限定モデルを手に入れて今使っている古い65がいらなくなるだろ? それを俺が譲ってもらえばこれ程おいしい話はない。姫子の実力なら優勝も狙えるはず。その為にも姫子には頑張ってもらわないと。対戦中に咳が出た時とかすぐ対処出来るよう俺がサポートしてあげれば、そしてそのお礼として65を譲ってもらえたら。ふふっ、意外と良い話じゃないか。少し期待が持ててきた。
「何をニヤニヤしているんだねテリー少年」
「いやちょっと聞いてくださいよ~、実は……ってそのラーメンは!?」
「テリー君用に新しく作ったけど、なんか電話中だったから代わりに食べてあげたよ」
「偉そうに言うな! アンタそれで三つ目だろ!」
こ、の、クソエルフがぁ! 俺の蓄えし秘蔵のカップ麺を三つも食いやがって! は、ははんっ。まあいいさ、今度の土日、姫子が優勝した暁には65を買うはずだった資金でコンビニのホットスナック全種類買占めしてやるからさ。ただしネイフォンさん、テメーには絶対あげねぇ!




