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第41話 で、出た~体育の授業で本気出す奴~

「はいナイスエラー、二点目!」


「またお前かよ~、調子乗ってショートとか入るなよ」


「マジごめん~」


味方のチームもボールは打つが長打はなく内野だけでワイワイとやっている。奥の外野三人が暇そうにキャッチボールしているのが可哀想に見えてしまう。ゴロしか打てなくてこちらの攻撃もすぐ終わるかと思えば相手側の守備がミスを連発、おかげで二点も点が入った。エラーした相手の男子がヘラヘラと笑いながら敵味方関係なく楽し~くソフトボールを満喫している。体育の教師も微笑みながら見届けているし、これが体育のあるべき姿なのか。皆で楽しく笑いながら体を動かす、とても有意義な時間だと思いますよはい。その間、打者の順番が回ってこない俺は、


「おらぁ捕ってみろ小金ぇ」


「だから暴投やめてよ!」


小金と仲良くキャッチボールしていた。ボール投げるのって楽しい。小金がもっと上手く捕ってくれたらキャッチボール続いて楽しくなるのに。なぜか小金はボールを捕ってくれず文句ばかり言う。口動かす前に体動かせ馬鹿野郎。ちょっとジャンプすれば届くだろ。


「ぜぇー、ぜぇー……! し、死ぬ」


「あ、スリーアウトなった。守備つこうぜ」


「スパルタ過ぎるよ!?」


よっしゃ、今度こそボール来てくれよ。じゃないと運動不足解消出来ないよ。今のところ守備位置につく距離を往復ダッシュしているだけだからなー。あと小金とのキャッチボールか。さっきのように棒立ちで守備が終わるのは勘弁してほしいところだ。


「うっしゃあホームラン打ってやる!」


「やってみろよ野球部!」


次の打者は野球部らしい。確かに放課後グラウンドで野球している姿をよく目撃している。小金のようなモブキャラな顔していないからパッと見て「あ、クラスの男子だ」と認識出来る。名前出てこないけど。というか俺の知り合い全員のフルネーム言えって言われて全員言える自信がない。知り合い少ないけどさ。えっと木宮もこみちことネイフォン・ウッドエルフでしょ、あと清水寧々と漁火姫子と……あー、他に知り合いがいない。人間界に潜入して二ヶ月も経つのに知り合った人間(うちエルフ一人)が三人しかいないなんて。ナンパ男や姫子の母親もカウントすれば数は倍になるけど、あの人間達の名前を知らない。せめてクラスメイトの名前は覚えないとな。授業終わって休み時間になって真っ先に話しかけてくるのが小金だけというのは心寂しいものがある。……あ、そういえば小金も知り合いか。本名はえっと、小金……小金、何だっけ? さっきまで言えていたのにど忘れしちゃったよ。


「木宮、ボール来たよ!」


ガキン、と鈍い音がしたと思えば追撃するように小金の気持ち悪い大声がライト方向から聞こえた。なんかなー、小金の声質は耳に合わないというか……って、そんなこと言っている場合じゃない。ぼんやりとしていたら遂に来たぞ待望の打球が! さすが野球部だな、よくぞ打ってくれた。地面のどこにもソフトボールはない、空を見上げれば一つの白球がすいすいと泳ぐかの如く綺麗に真っ直ぐ飛んでいる。他のクラスメイトはゴロしか打ってなかったのに、なんて打力だ。遥か頭上を飛翔するボール、このまま行くと越えてしまう。まさにホームランと呼ぶべき威力だ。やるなぁ野球部。


「しゃあ、これはもうホームラ……え?」


「は……?」


よっっっしゃああああぁぁぁ、やっとボールを捕ることが出来る。この瞬間をどれほど待ち望んだことか。頭上を通過しようとするボール、おいおいどこに行こうというのかね。俺から逃れられると思うなよ。その程度ならジャンプすれば余裕で届くぜ。足に力を入れて地面に足裏をめり込ませる、存分に力を凝縮させて一気に解放。滑空するボール目がけて飛ぶ、はいキャッチー! しゃあ、おらぁ、やったぜおい! テンション上がるぅ~。ノーバウンドで打球を捕ればアウトだったよな、よし。やったぜ、やっと満足して体を動かせた。なあ小金、今のキャッチングなかなか上手かっただろ? ドヤ顔してしまう自分を抑えきれずに小金の方向を向けば、


「え……き、木宮? 今……何メートル飛んだの?」


ん? 何が? なんで小金そんな顔しているのさ。口パクパクしているけど? そこで、何か空気が乱れていることに気づいた。このグラウンドに流れる、変な空気を。


「ま、マジかよ。今の打球を人間が捕れるのか!?」


「五、六メートルはジャンプしたよな。あれ、ここオレンジスターハイスクールだっけ?」


「お、俺のホームランが……」


他の奴らも様子がおかしい。あ、あれれ? ヤバイ、もしかして俺のせいなのかこの空気。ザワザワしている敵チームと味方チームの面々、体育教師も口をあんぐり開けている。待って待って、違うって。想像していたイメージと違うよ。華麗にボールキャッチして皆から「おおブラボー」と誉めてもらえると思ったのに現実はこれだよ、クラスメイト全員口ポカン状態だよ。クソっ、やってしまったのか。未知のことには極力手を出すなと清水に注意を受けた時にもう一つ言われたこことがある。異常な動きはするなと言われた。最初はよく意味が分からなかったが清水が言うには、エルフは人間と比べると身体能力が圧倒的に高いらしい。「昔ネイフォンさんに高い高いをしてもらったら力強過ぎて天井に頭ぶつけて気絶したことがあるの」と清水が幼少時の思い出を語ってくれた。後にネイフォンさん本人に聞いたところそれは事実のようで、それから半年くらい清水両親と全く口聞いてもらえなかったと目を細めていた。それだけエルフは力があるらしい、人間と比べて。そんなこと言われても手加減なんて分からないし仕様がない。今だって俺的には常識的ジャンプ力だと思って飛んだらこのザワザワした空気だよ。俺か、俺が悪いのか? 異常な動きはするなと言われても何をどう加減するべきなのか根本的に分からないから無理だって。今の今まで人間もこれくらい余裕で飛べると思っていたから。


「木宮もしかしてサイヤ人と人間のハーフなの!?」


ヤバイ、驚きを越えて放心していた小金の意識が復帰した。途端にこちらへと走ってきて詰め寄ってくる。他の奴らもこっち見てるし。とりあえずなんとかして誤魔化すしかない。実はオラ超エルフ人なんだ、と素直に正体バラすわけにはいかない。というか超エルフ人なんて覚醒モードないし普段から金髪っぽい茶髪だし。えー……っとぉ、なんて言えばこの場は丸く収まるんだ? ここでの言葉の選択次第で今後の生き方が大きく変わる気がする……。俺っち実はエルフなんすよー、とポップに軽い口調で言っても駄目。掟は掟だ、絶対に自分の口から正体を晒す真似は出来ない。こうなってくるとサイヤ人設定で突き通した方が収拾つくような気がする。ああなんて言い訳すればいいんだ。助けて清水お姉さんんんん。


「テリーのおじさんは昔陸上選手だったんだよ」


「あ、寧々姉ちゃん。なんでここにいるのさ」


「寝坊して今来た。てことでテリーもその血を受け継いでいるから生まれながら脚力が強いのよ」


「そうなのか、血なら納得だねー」


なぜここにいる清水っ。血なら納得の意味が全く分からないが突如現れた清水のおかげで事態は落ち着きそうだ。なぜかいきなり登場した清水、心の中で助けを求めた瞬間に来てくれるなんて凄いなおい。ご都合主義とでも言っておこう。その後ソフトボールは再開されて攻守交代の時に小金が皆にドヤ顔で「木宮のおじさんが陸上選手で木宮はその血を受け継いでいるんだよ!」と報告していた。それを聞いて他の奴らもなぜか納得していた。お前らそれで納得するのかよ。中には「やはり血は争えないな……」と意味深なこと呟く奴もいるし。なんだそれ、アニメの見過ぎだろ。


「で、清水はどうしてここにいるんだよ」


「本当に寝坊して今登校したところなの。一旦保健室寄って体調悪いフリして担任の説教回避しようと思っていたらグラウンドで異常なジャンプをする馬鹿が目に映ったから」


そう言ってジト目で睨んでくる清水。うっ、その目やめて。なぜか悪者になった気分になるから。守備は終わってまたこっちチームの攻撃の番、今は小金が打席に立ってバットをブンブン振り回している。素人の俺でも分かる、たぶんあれ当たらない。皆が座って待機しているベンチからちょっと離れた位置の教師がいる場所からちょうど死角のところで清水と会話中、俺は金網にもたれかかって清水はその後ろの茂みに身を潜めている。グラウンド中心には茂みないけど端に行けば結構草木があるから嬉しいよね。何が嬉しいかって? 葉の匂いが吸えて嬉しいってことだよ。決して危ない粉とか葉っぱのことじゃなくて普通に自然の匂いってことですので。


「クラス委員長のくせしてサボりやがって。姫子を見習え」


「姫子ちゃんもよく早退しているじゃん」


「姫子は体弱いから仕方ないんだよ」


「というか話逸らさないで。今はテリーの不注意について話してるの」


だからジト目で見るなって。茂みに隠れるようにしゃがんでいるから視線を合わせようとしたら清水は見上げる形になり、ジト目と上目遣いによる眼力キュートパワーは相乗効果を生んで思わずドキッとしてしまう。やめてその目、なんか変に緊張しちゃうから。たまに女子っぽい仕種しやがって、これだから清水は油断ならない。それで、俺の不注意についてだっけ? 言われなくても分かってるよ、以前注意されたことを破ったからだろ。異常な動きは見せるな、それは清水に言われた注意事項の一つ。エルフだとバレないようにする為に清水が助言してくれたことだ。先程のジャンプキャッチ、俺自身からすれば我ながらよく捕ったなと最大級の賛辞を送りたいミラクルプレーなのだが人間からすればミラクルを越えた超人的躍動だったみたい。幸いにも咄嗟に現れた清水の咄嗟な言い訳でクラスメイトの男子達も納得してくれたから良かった。おじさんが陸上選手って……ネイフォンさんのことになるのかな? ごめんよネイフォンおじさん、あなたを勝手に超人アスリートに仕立ててしまった。


「保健体育の教科書は持ってるでしょ。巻末に全国高校生の体力テスト平均値が記載されているからちゃんと見て人間の身体能力がどの程度か覚えておくように」


「はー? なんで俺が人間なんかの能力値を目に通さないといけないんだよ」


「い・い・わ・ね?」


「……分かりました」


有無を言わせない口調、清水がちょっぴり怖い。ジト目からジロリ目へと威力が上がった。けどまあ清水の言うことには逆らう気はないよ。あなたのおかげで今日ここまでエルフだとバレる心配もなく過ごせたし、さっきだって清水のフォローのおかげで乗り切ることが出来た。清水が来てくれなかったらどうなっていたことやら。とにもかくも五メートル以上ジャンプするのは駄目だってことは心に刻んでおくよ。いやでも陸上選手の血を引いている設定だから別に跳んでもいいのか。跳ぶ度に「僕の叔父はアスリートなんですよ!」と言えばいいみたいだ。


「次木宮の打席だよ」


バットを持って小金がこちらへとやって来た。さっきまで打席に立っていたのにここへ来たということはアウトになったもしくはホームランを打ったかのどちらか。バットが球打つ快音は聞こえなかったから答えは分かっているけどね。


「餅吉、ナイスバッティング」


「あはは、寧々姉ちゃんナイス嫌味っ!」


小金からバットを受け取り打席へと立つ。ボールを持って構える投手とそれぞれの守備位置につく残り八人、おー打席立つの初めて。打って走ればいいんだよな。……もうヘマはしないって。チラッと茂みの方を見れば清水が「分かっているよなおい」といった目をしている。分かってるよ、異常な動きはしない。バットを全力で振って白球を遠く彼方にまで飛ばしたいがそれが人間にとってはとんでもないことになるかもしれない。さっき野球部の奴がセンター越えの当たりを打った時、皆は興奮したように声をあげていた。俺が飛んだ時とは違う熱狂的な歓声だった。つまりあの飛距離なら人間技の許容範囲内だということ。ならセンター越えより手前、内野の頭を抜けるぐらいだったらさらに問題ないはず。バットを握るのも振るのもこれが初めてだが、狩りで鍛えた動体視力と腕っぷしの強さには自信がある。……むふふ、ちょっとワクワクしちゃう。ボールをバットで打ち返すだけの簡単なお仕事なのに指に緊張が走って喉がきゅっと締まる。やってやるぜ、やり過ぎない程度に。


「いくぜ木宮君っ」


「かかってこい」


投手から放たれる白き弾丸、下手投げ、回転がややかかっている。遅いな、目で追えること子兎の如し。他人を真似て構えた体勢のまま息を吐き、獲物を捉えた目以外の緊張を一瞬だけ解く。目だけは常に機能させろ、ボールを捉え続けるんだ。一瞬緩和した全身を二瞬目で引き締める。左足を少しだけ浮かせて右足に重心を乗せ、力を溜めるようにして腰を捻りバットを振るう! 腕の力だけではなく腰の回転も使って右足に乗せた重心を左足へと移し替える移動の力をバットからボールへ伝えるように指全てに力を込めて全身の節々を連動させて回す。あ、た、れ!


「吹っ飛べ!」


見事にクリーンヒットした! ヤッバイ、当たった! でもまあ力加減はしたからそこまで遠くには飛ばないでしょう。角度も低めにしたし、フライにはならないはず。カァン!と小気味良い金属音がしてボールが真っ直ぐ飛んでいく。バッチリだっ! 飛距離にして内野を越えるか超えないか程度、威力はまあまあかな? 真っ直ぐ飛んだ打球はエラーの多い遊撃手の元へ。……あ。


「ごふぇ!?」


ショートストップのポジションを守る男子の腹部にボールが命中。腹を抉るように体操服にめり込んでいくボール、しかし威力は弱まることなく寧ろ回転数を上げている。え、上げている!? ボールの勢いで押されて徐々に後ろへ下がっていく男子生徒、そして最後には勢いを殺せずにボールが腹部で破裂したように暴れ始め、大きく宙へと飛んだ。一回腹部にぶつかったボールは大きく跳ねてセンター前へと落ちる。……地面へと崩れ落ちるショートストップの男子生徒。しばらくの間ピクピクと小さく痙攣していたが、やがて弱まっていき最後は小さな悲鳴を上げて気絶したように動かなくなってしまった。……は、ははっ。や、やったー、センター前ヒットだ。


「あ、あれ死んだんじゃね……」


「筋線維が断裂する音聞こえたけど」


「魔貫光殺砲を彷彿とさせる美直線を描いていたな……」


またしても騒然となるクラスメイトの紳士諸君の皆さん、ショートの人を除く。えぇー……また俺が悪いのかよ。飛ばし過ぎないように飛距離に気をつけたのに、威力強かったら駄目なんですか。というか今のもそこまで強くない打球だったと思うよ。猪の突進に比べたらあの程度なんて軽い軽い。


「木宮、なんて打撃力なの!? やっぱりサイヤ人でしょ! いやナメック星人だね!」


またしても小金の腹立たしい声が響く。やめろぉ、これ以上俺を目立たせるな。し、清水お姉ちゃんんんんん。お願い助けて。助けを求めて清水のいる茂みを見れば清水が呆れ顔で溜め息を吐いて「馬鹿テリー」と呟いていた。もう嫌だぁ……体育もまともに楽しめないのか俺は。広いグラウンドで嘆くばかりだった。


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