第40話 体育のソフトボールは大抵盛り上がる
「今日の体育はソフトボールを行う。出席番号の奇数と偶数でチーム分かれるように。では準備運動開始」
お日様てかてかの良い天気、こんな日に森の中を歩くのは気持ちが良く空気もより美味しく吸える。森の中だったらの話だけど。ここはエルフの森から遠く離れた人間の住む世界、日本界だ。森どころか木も生えていない砂の大地ことグラウンドで授業が行われて、今から何やらスポーツを始めるようだ。実家に住んでいた時は毎朝鍛錬と狩りをしていて常に体を動かしていたがこっちに来てからは運動する回数は極端に減った。おかげで体が鈍ってしまって気分も本調子にならない。そんな中、この体育という授業は非常にありがたい存在だ。体を動かせて運動不足を解消、気分も晴れてお腹も減って昼食がさらに美味しくなる効果も発揮されて一石二鳥だな。一限目から体育怠いなと文句垂れる輩もいるが俺はそう思わない。朝から運動出来て素晴らしいじゃないか。
「木宮ー、一緒にキャッチボールしようよ」
謎の匂いを発するグローブとやらを装着、これで白球を安全に掴めるらしい。ソフトボールってどんなスポーツなんだろうな。ある程度人間界の知識は身につけていると言っても知らないことはまだ多々ある。野球と同じような道具があることを考えればルールも似ているのかもしれないが断言は出来ないな。ソフトボールは野球の親戚、たぶんこれで合っているとは思うけど。
「む、無視しないで木宮ぁ」
「あ、小金いたのか」
「いたよ! いつでも傍にいる!」
それはウザイからやめて。さて、どうしたものかな。どんなスポーツか理解していない状態でクラスメイト達と混じって体育に興ずるのは多少危険かもしれない。清水曰く、下手な動きをしない方がいい。俺にとっては初めてで新鮮な出来事でも他の奴らからすれば当たり前、常識、知っていて当然のことがあるからだ。人間界において常識的なことを知らない、それを露見する、つまりエルフだとバレるきっかけになるかもしれない。なので知らないことがあったらそれから極力避けるようにと清水から注意を受けている。今から行われるソフトボールについても同様の警戒が必要になるだろう。例えば、まあ絶対にないけど俺がルールを知らずソフトボールとはバットを振り回して敵を倒すスポーツだと思い込んで実際にそれを実行したとする。もれなく俺は頭の狂った奴、警察に通報される又は精神病院行きとなるだろう。だからといってせっかくの体育をサボるわけにはいかない。こっちだって運動解消したくて必死なんだ。最近なんて走りたくて早朝起きて近所を疾走しているくらいだ。闇雲に走っていて知らない土地で迷子になって色々な汗が噴き出したことだってあるぞ。とにかく体は動かしたい、でもルールを知らない、どうすれば……。
「ねー木宮ぁ、早くボール投げてよ」
「今から投げるから待ってろ。おらぁ」
「速い! そして高い! どこ向かって投げてるのさ!」
手の平に収まりきらないサイズの大きなボールを小金に向かって放る。思いのほかよく飛んで小金の遥か頭上を通過していくボール、いやいやあれくらい捕れよ。発狂絶叫疾走しながらボールを拾いに行く小金、良い運動になって良かったな。
「ぜぇぜぇ、グラウンドの端まで飛ぶなんて……木宮は肩が強いね」
「そんなことよりソフトボールのルール教えてくれよ」
ちょっと走っただけで額から汗を滲ませる小金が投げたヒョロヒョロのボールをキャッチした辺りで一つの名案が浮かんだ。そうだ、小金に聞けばいい。清水の幼馴染でクラスの男子の中だったら不本意ながら一番話せる人間だ。だからといってエルフだと正体をバレてもいいわけではないけど、こいつ結構馬鹿だから多少のことでは疑われることはないだろ。的の外れた質問をしてしまった場合でも後で清水にフォローを入れてもらえばいいし。ということで片膝ついて呼吸を整えている小金にソフトボールについて質問をぶつける。
「え、ルール知らないの?」
しまった、やはり常識的なことだったのか? おいおいここから変に疑うなよ小金餅吉ぃ。最悪の場合エルフが一生に一度だけ許された忘却の魔法を使うことになるからな。なんでお前みたいなモブキャラに貴重な忘却魔法を使わないといけないんだ。お前なんか拳で十分だ、物理的方法で記憶抹消してやるよ。
「な、なんか木宮が嫌な笑み浮かべているんだけど……」
「気にするな、次のお前の発言次第だから」
「やっぱり何か企んでいるぅ!? る、ルール知らないからって馬鹿になんかしないよ。メジャーなスポーツのルール知らない人は結構いるし」
え、そうなのか? なんだよそれを早く言えよ。てっきりソフトボールとは人間界の最たるスポーツで神聖で国民全員が親しみを持って未来永劫語り継がれる球技だと勘違いしていたじゃないか。ヒヤヒヤさせやがって小金のくせに。記憶抹消とかの目的もなく殴ってやろうか。
「特に理由のない暴力が僕を襲いそうな気がするんだけどぉ!?」
「いいからルール教えろ。他の皆は準備運動終えてもう試合始まりそうだぞ」
「基本的に野球と差異はないよ。あ、野球のルール知らないか。野球はね、」
「いやそれで十分だ。ありがとな」
「えっ!?」
野球は知っているよ。他にもサッカーやバレーボール、バスケ、テニヌについても勉強してきた。そりゃ放課後のグラウンドを見れば多数の生徒が何やらスポーツしているのを見たら調べたくもなるさ。野球とは一つのチーム九人でする球技で、攻撃側と防御側で分かれて点を競い合う。攻撃側はバットで球を打ち返して設置された四つのベースを目指して走り、一周して最後ホームベースを踏めば一点入る。防御側は攻撃側を三振するか打たれた球をノーバウンドで捕球、ベースを踏んでいない敵をボール持っている状態でタッチすることでアウトを取れる。三つアウトを取れば攻撃側と防御側が変わり、また同じことを繰り返す。以上のことを決められた回数行い、最終的に点数の多いチームの勝ちだ。人間界では野球は有名なスポーツで多くの雑誌や漫画で取り扱われる他、テレビで放送もされている。野球をすることを職業として働く人間がいることには驚いたな。というかスポーツ選手って職業にビックリした。爽やかな汗を流しながら動いてお金が入るなら早朝全力疾走している俺にも金が受給されるべきだ。
「僕と木宮同じチームだね、頑張ろう!」
話が大分逸れたが要するに野球をやる感覚でソフトボールをプレイ出来るってことだ。さ~て、思う存分に動き回りたいぜ。ここには森も木々も木の葉の揺れる音すらしないがそれだけに広い大地がある。走り回って走り回ってゲロ吐いて倒れるくらい体を動かしたい。
「僕ら後攻だから守備つかないと。木宮どこ守る?」
「センター」
「へえ、外野でいいの?」
誰よりも先にセンターのポジションへと向かう。というかクラスメイトの男子達は内野の方で軽く揉めているようだ。どうやら内野のどこを守るか話し合っているみたい。馬鹿だなぁ、センターという外野のポジション見てみろよ。一番守る範囲が広いじゃん。てことはそれだけ動き回れるってことだ。しやあ、相手側こっちまでボール飛ばしてくれよ~。全力で追いかけてノーバウントでキャッチしてやる。内野なんて守備範囲狭くてルールがごちゃごちゃしていてよく分からん。ベースカバーとかゲッツー対策とか知らないことが多い。その点センターは楽だ。ボールを捕球すればいいのだから。全力で走れるし。
「じゃあ僕はライトにするよ。一番ボール来ないし、というか僕運動苦手だから一番迷惑のかからないポジションがいいから……」
最後の方なぜかネガティブになりかけて声量が落ちた小金のことなんて無視してポジションにつく。内野で揉めていた男子数名も落ち着いたようで九人全員がそれぞれポジションについて試合が始まる。ピッチャーのポジションの奴がボールを投げ、攻撃側はバットでボールを打つ。ボールをノーバウンドで捕ればアウト、一回でもバウンドしたら捕ってもアウトにはならない。アウトにするには打者がベースを踏む前にベースについた味方にボールを渡せばいい、つまりあっちの一塁ベースの男子にボールを投げればいいってことだ。うし、ルール大雑把だけど把握しているっ。いつでも来い!
「サード」
「おっけー、はいファースト」
「アウトー」
……。
「打った、内野フライだ!」
「はいはい俺捕りまーす」
「ナイスキャッチ、ツーアウトー」
……。
「ふん! どうだ、三振だぜ!」
「おいおい三振するなよ~、あはは」
「はいスリーアウトチェンジー」
……あ? ちょっと待って、確かアウト三つで攻守交代だっけ? あ? もう終わったの? 俺全然走ってないんだけど、ボールこっちまで飛んでこないんだけど。え、え、え、え? 何これ、グローブ装着してここまで走ってポジションについただけなのですけど。……ボール来ないじゃん!
「何このしょっぱいポジション、予想を裏切られた気分なんですが」
「木宮戻ろう」
「黙れ餅キチガイ」
「久しぶりに出たそのあだ名! ガイいらないから!」
俺の思っていたのと違う、これ違う。今の守備中、俺何もしてないぞ。チームの奴らが楽しげに白球を追いかけて捕って投げて捕ってアウトになるのを眺めていただけだ。違うんだよ、こんな刺激のないことを望んでいたわけじゃない。もっと全力で走り回ってボールを追いかけたいんだよっ。不満が残るまま守備が終わって今度は俺達のチームが点を奪う回、攻撃側となった。ここでもチームの奴らは誰が一番最初に打つかで揉めている。誰でもいいから早く終わらせてくれよ、俺は一刻も早く守備に戻りたいんだ。
「木宮打たなくていいの?」
「後でいい。今は一刻の早くセンターに戻りたい」
「あはは、まるでアイドルグループみたいだね。センターに戻りたいって」
「あ゛?」
「いやなんでもないですごめんなさい殴らないでください」




