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第3話 黒髪揺らす協力者

「うーい、遊びに来たよテリー君」


「出たなゾンビエルフ」


「誰がゾンビだコノヤロー」


日時が変わりかけの深夜、家で課題をやっているとネイフォンさんがやって来た。本日二度目の訪問である。

一度目は先に入っていたので俺が出迎えられる形だったけど。

よれよれの服に汚れた肌と無精髭、立派なゾンビですよ木宮もこみちさん。


「何の用ですか、カップラーメンを二つも平らげた放浪者を歓迎する心のゆとりはないっすよ」


「人を見た目で放浪者扱いするなよ~、こっちは立派に働いているんだぞ。その証拠がこれだ」


そう言ってネイフォンさんは封筒を差し出してきた。

中を覗けば人間界の日本界で流通している紙幣が入っているではないか。

お金の数え方はもうマスターした、これは福沢さんだから一万円の価値がある紙幣だ。

最初の頃はピンとこなかったが、カップラーメンを百個買えると言われてからこのおっさんには頭が上がらない。

しかもそれが四枚も入っている。福沢さんが四人、すなわち……ラーメン四百個だと!?


「それ生活費ね。家賃はいいとして今月はそれで食べ物買ったり欲しい物を揃えるといい。無駄遣いするなよ」


「い、いいんですか!?」


「この世界では君はまだ働くには若い。ここは大人のもこみち兄さんに任せな」


自慢げに鼻を鳴らして超絶ドヤ顔のネイフォンさんはオリーブオイルではなく缶ビールを盛大に飲みだした。

くぁ~美味ぇ!のBGMを聞き流しながら心の中は感謝の気持ちで満ち満ちていく。

……ネイフォンさん、あなた本当にすごいよ。同族とはいえ見ず知らずの俺の面倒を見てくれて。これでもうカップラーメン食われても文句は言えないぞテリーよ。

でもネイフォンさん、あなたなんでそこまで良くしてくれるのですか?


「君のお爺さんには世話になった。その恩をこうして返せるなら本望だよ」


「……すみません、俺もいつかこの恩を返したいです」


「ははっ、期待してるよ。それと君に伝え忘れていたことがあった」


ネイフォンさんはビールを飲み干すとコンビニで買ってきたであろうお弁当を食べだした。

チキン南蛮弁当か、やっぱ長年生きてきた人はセンスが違うぜ。美味そうだ、俺もなんか食べたくなってきたぞ。


「お爺さんにも言われていると思うが確認しておこう。エルフとして人間界で守るべきことは?」


「そりゃ……エルフだとバレてはいけない」


森を出る前、爺さんから荷物を受け取りつつ言われたことがある。

その時ばかりはゲームゲームうるさかった爺さんもシリアスな顔になっていた。

それは人間界において遵守すべき言いつけ、もとい掟。

我々エルフの一族は他の種族とは離れた場所で隠れて生きてきた。森を守る為、森を増やす為、無駄な争いを起こさないよう外部との接触を絶って長年生活してきた。

特に人間との接触は過敏に回避してきたそうだ。

人間は欲の塊、エルフのことを知れば利用するに違いない。何より人間は森を平気で壊す、燃やす、崩す、そして汚す。エルフにとって害悪だ。本来なら喉を裂いて殺してやりたい対象である。

その害悪が生み出したゲームが欲しいと言うエルフもいる穏やかな近年ではあるが、それでもエルフはひっそりと森で生きてきた。エルフの存在が人間にバレて、エルフが根絶やしにされるかもしれない。

森を守る為にも人間に正体を知られてはいけない、絶対にバレるな。

一族の長として厳格な顔つきで威嚇するように警告した爺さんは次の瞬間にはゲームゲーム♪と浮かれた表情になった。

とにかくエルフだということがバレてはいけない、これだけは何があっても守り抜くこと。そう言われた。


「その通りだ。私なんてのは森の生活に飽きて外の世界に飛び出したいという命知らずの変わり者だが、それでも一族の末端としてこの掟だけは守りたかったよ。故郷を潰されるのは誰だって悲しいからね」


……ん? 守りたかった?


「幸いにもエルフと人間で外見に大した差異はない。言動に気をつければバレルことはないさ。……もし正体を晒されることになった場合についてもお爺さんから聞いているよね」


「はい」


もし万が一エルフだと知られた時、その場合において最終手段がある。

エルフの一族に伝わりし魔法、忘却の力。エルフとして心の奥底に眠りし不思議な力、それには他人の記憶を消す力があるそうだ。

最悪のケース、つまりバレた時は忘却魔法を使うよう命令された。

忘却魔法により正体を知られた人間達から自分の記憶を消すことによってエルフの存在はこれまで知られずに済んできたと幼少の頃から爺さんが話していたのを覚えている。


「そして注意してほしいのは、忘却魔法はエルフが生涯で一度しか使えないことだ。まさに奥の手、どうしてもヤバイって時だけ使うように」


「そうならないよう普段から気をつけろ、と言いたいわけですね」


「正解だテリー少年、君の幸運を祈るよ」


ニコッと微笑んだ後ネイフォンさんは踵を返して玄関から去っていった。

俺の為に自分が働いて稼いだお金を残して……あと弁当のゴミを残して。

正体がバレないようにね、気をつけろと。

人間を見た時に思ったのだがエルフと大して変わりはない。エルフは茶髪で茶色の瞳をしているくらいかな。日本界の人間は髪の毛が黒い人が多い傾向にあるみたい。街中で弓矢を使う、エルフという単語を使わない、人間界で当たり前のことにやたらと驚かない、森について熱く語らない、この辺りを守れば正体を知られることはないだろう。

もしもの時は忘却の力がある、大丈夫だ。

……一度も使ったことはないけど。そもそも使えない、エルフが生涯で一度だけ使えるとされる禁断の技だ。

出来るなら奥の手は最後まで取っておきたい。最近読んだ漫画で「切り札は先に見せるな 見せるなら更に奥の手を持て」という台詞があった。それと同じことだな。

何にせよ、これからの明確な予定も計画も決まっていないんだ。

正体バレて厄介事になることは避けたいし、まだまだ人間界での暮らしに馴染んでいきたい。

また気を引き締めて明日から頑張っていきましょうかね。

決意を固め、森の誇りを胸に抱えて、愛する森の為にもエルフは意気揚々とコンビニへと向かいました。

夜食は何にしよっかな~、四万はデカイぜグヘヘ。











翌朝、今日も学校へと通う。

高校ってのは週に五日も通わなければならないんだよな。

金を払って勉学に勤しむ、これの繰り返し。正直なところ高校の勉強ってのは非常に面白いものがあれば果てしなくつまらないものもある。

例えば化学と生物、これらは面白い。化学の実験はいつもワクワクしている。変な液体入れたら変な液体が変な色に変化したりするのだ、変過ぎるだろ。生物は神秘に満ちており、細胞の分裂とか肉眼では見えない生命の躍動を知ることが出来て感動モノだった。

逆に数学はつまらない。数学はまず授業で何を言っているのか分からない。謎の記号や数字を羅列してペラペラと法則がどうのこうのと意味不明な説明をしやがる。計算なんて足し算と引き算で十分だろうよ。

そんな感じに朝から夕方まで休憩を挟みつつ勉強ばかり、たまに体育という運動の授業があるのが嬉しい。

最近体が鈍ってどうにか甲斐性したかったからなぁ、楽しく運動してます。


「木宮、今からカラオケに行くんだが来ないか?」


「え、カラ……? あ、いや何でもない。今日はちょっと用事あるから無理なんだ。ごめんね」


そっか、またなー。とクラスメイト男子数名が教室から出ていくのを見送りながら心臓はドキドキ、体温が上昇していく。

クラスメイトから話しかけられて嬉しかったのもあるがカラオケとは何か分からずパニックになりかけたのが一番の要因だ。

なんだカラオケって、運動か何かなのか? 思わずカラオケって何?と聞き返したくなったがクラスメイトの男子の口ぶりからして恐らくカラオケとは人間界においては常識なことだろう。

今日の授業は終わって今から下校、部活に行かないとすればどこか遊びに行く場所がカラオケだと推測して問題ない。

人間界をもっと知る為に行っても良かったが未知の場所は何が起こるから分からない。もしかしたら正体がバレるかもしれない、やはりリスクが大きいのでクラスメイトの誘いは遠慮する選択肢を取りました。

咄嗟の受け答えでここまで考えを巡らせた自分が恐ろしい。危険を回避する能力は確実に上昇している。エルフも環境が変われば上手い具合に適応していくようだ。

この調子で正体を隠しつつゲーム機お持ち帰り計画も進めていけたらいいな。

とりあえずは今日の夕飯を何にするか決めよう。お金はたくさんあるわけだし~、ステーキ弁当に豚汁もつけてみよっかな~。

テンションのメーターがグングンと上がるのを抑えきれずに意気揚々と教室を出る。


「こんにちは、エルフ君」


テンションのメーターが一気に下がった。

呼吸が止まり、血流が固体になったかのように全身が硬直、指先は麻痺して感覚が消えていく。

思考は真っ白、何も考えることが出来ず、ただただエルフという単語だけが空っぽの脳で反芻していた。

…………今、何て聞こえた。え、え、エルフ……だと?


「っ!?」


廊下を出た矢先、すぐ傍からエルフと呼ぶ声が聞こえた。

俺に向けられた声、俺を見つめる瞳、壁にもたれかかって楽しげな表情の女子生徒。クラスの女子ではない、恐らく他クラスの女子。

黒髪、黒色の目、この女子は人間だ。

そう、人間が……人間がエルフを知っている。

なぜだ、なぜ!? 混乱する頭、先程のカラオケとは訳が違う。混乱と動揺が桁違いに脳を打ちつけてくる。


「ふふっ」


「……な、何のことかな?」


使うか? 忘却魔法をここで。

切り札を見せるなと漫画で学んだばかりだが、ここで使わずにいつ使うってんだ。

俺のヘマでバレたのか、何かエルフの見分け方を知っているのかは分からないが一つ言えるのはこの女子生徒は俺の正体がエルフだと見破っている! 

廊下で待ち伏せしていたかのような完璧なタイミングでの声掛け、そしてエルフと発した。バレたと断定していい。

なぜバレた? 何か下手なことしたか? 昨日注意されたばかりなのに……これがフラグというやつか? 

様々な疑問が泡末のように浮かんでは消え、ただ脳の混乱を余計に爆ぜさせるだけ。

疑問や疑惑、疑心に囚われそうになるし色々と考えたいことはあるが今一番にするべきことじゃない。

最優先で考えるべきことは、この女子生徒の記憶を消すから消さないかだ。


「とぼけないでよ、君の正体は知っているよ」


「っ、俺の正体? 転校生の俺のこと? へ、へぇ」


忘却魔法の発動方法、発動にかかる時間、動作、準備、距離、条件。そんなものは一切ないと爺さんは教えてくれた。

ただ願うだけ、エルフの心を解放し、自分の望んだように忘却魔法は発動するのだ。

……使うべきか? ここで使って口封じするのは簡単だ。

しかしこの子がなぜ正体を見破ったのか理由を知る必要もある。

少なからずエルフを知る人間がいることがこれで証明されたわけだし、詳しい情報を引き出すことが今後の生活で役立つことになる。

けれどここで逃がして正体を公に晒されることになると……それはマズイ。どうすれば……


「ねー清水、うちのクラスの前で何やってるの?」


「あっ、木宮君だ!」


し、しまった。クラスの女子数人が教室から出てきた。

放課後、鞄も持たずに移動するとなると十中八九トイレか売店へ行くと思われる。って今はこんな推察はいらない! 

マズイ、この女子生徒との対面なら交渉の余地も可能性としてあったが、関係ないクラスメイトが来た以上話せない。正体を知る人がさらに増える危険性がある。

何より、今この場で全てをバラされることが最悪のケースだ。

っ、もう考える時間はねぇ。この場にいる人間全てに忘却魔法をかけないと。

……思え、願え、エルフの心を……


「清水ちゃん、木宮君と知り合いなの?」


「うん、ちょっとね。だって彼は……」


くっ、間に合え……!






「もこみちさんの親戚なんだよ」


「「あのオリーブの!?」」


……へ? 今、なんて言った? 

またしても呼吸が止まった。けれど血液は一瞬緩んだだけで正常に流れ、指先の感覚も良好、喉の渇きも感じない。

そして脳内を走り抜けた単語、もこみち。もこみちって……木宮もこみち、あ……ってことは……!?


「初めましてエルフ君」


勘違いしてキャーキャーと大声で騒ぐクラスの女子に隠れて小声でそいつは耳打ちしてきた。

黒髪ロングの綺麗な瞳をしたそいつ、


「私の名前は清水寧々(しみずねね)。ネイフォン・ウッドエルフの知り合いだよ」


俺を救ってくれる二人目となる清水寧々との出会いだった。


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