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第38話 お前誰だ状態の新学期

「木宮おはよう! 久しぶりだね、冬休みは楽しかったかい?」


二週間の休みがついに終わった。終わってしまった。また今日からこの校舎の中で机に拘束されて延々と授業を受けないといけないなんて。鬱のあまり溜め息が出てしまう。新年明けて一週間、今日は始業式。右を見ても左を見ても俺と同様に重たい足取りで学校へと向かう学生の数々。それはそうだ、遊んだりゆっくり休暇を満喫していた生活から一変して日中のほとんどを奪われるのだ。面倒臭いことこの上ない。冬休み開始の初日に時間が戻らないかなーと昨日の夜はずっと天に願っていたぐらいだ。エルフの精神に神の概念はないけど天にお祈りするだけで願いが叶うならエルフだって元旦になると神社に群がる人間みたいに懇願するさ。何もせずに部屋で寝て過ごしてお腹が減ったらコンビニへ食料を買いに行く、あのループがどれ程幸せだったことやら。ちなみにコンビニの店員さんがレジ裏で俺のことを「揚げ物君」とか「ホットスナックマスター」と呼んでいた。なんでだろう?


「無視しないでよ木宮ぁ、僕ら友達だろ?」


やっぱり学校に行く時間は無駄な気がしてならない。授業受けている時間でバイトして金を稼いで、さらに学費が浮くことで印天堂65並びに発電機購入に大きく前進するはずだ。一刻も早く目的を達成して扇情力抜群の手紙を寄越してきやがるクソジジイに一泡吹かせてやる。その為にも金だ、金が必要なんだ。


「き、木宮? 冬休み会わないから僕の顔忘れた? ほら僕だよ、小金餅吉だよ、ねえ?」


右も左も見ても同じ顔した奴らばかりだが目の前に立つ野郎だけは違う、気持ち悪い顔して俺の名前を連呼している。さっきから何度も声をかけてきて顔を覗かせるその姿には苛立ちと殺意しか沸かない。中央でキッチリと分けられた髪の毛と黒縁の眼鏡、人間の住む世界に来て三ヶ月経ったがこの人間は街を歩けばどこにでもいるような顔だ。アニメや漫画の二次元世界でモブキャラと呼ばれる類。そんなモブ眼鏡君がなぜ俺に話しかけてくるのか。視力増強装置をつけたこの男子、やたらと親しく声をかけてくる。知り合い? いや見覚えがない。見覚えがないと言うと微妙に違うが、こんな顔の人間はどこにでもいるから何百回と見てきた。なんでこいつグイグイ来るの? 言われてみればクラスにいたようなそうでないような。


「ねえ、ねえってば!」


でもこれだけ必死になって話しかけてくるってことはやはり知り合いみたい。執拗に全身を踊り狂わせており、涙目になりながらその顔面をこちらへ接近させてくる。近い近い、距離が近くても不快感が煽られるだけだ。この人間には悪いが男子に近寄られて良い気分になる程のホモ要素は持ち合わせていない。他に当たってくれ。なぜこいつがここまで迫ってくるのか理解出来ない、俺の名前呼んでくるし本当に知り合いなのかな?


「えっと、誰ですか?」


「えええぇ!? 忘れたのかい!? ショック!」


テンション高いなぁこいつ。どこかで感じたことのある気持ち悪さだな。あー……なんか、見たこと聞いたことある。去年の期末考査辺りにやたらと鬱陶しく思っていたことがあったような。この気持ち悪さには身に覚えがあるぞ。さっきから気持ち悪い連呼だな俺。


「すんませんホームルームあるから行きます」


「え、ちゅちょ!?」


こんな校舎の前でずっと話している時間はない。もう少しすれば朝のホームルーム、あぁその前に全校生徒集合で始業式があるんだっけ。学校生活においてトップクラスに嫌な学校行事、それが始業式や終了式。この高等学校に通う生徒職員のほぼ全員が一堂に会して校長のしょうもない話を聞かなくちゃいけないという鬼畜拷問悪魔の所業嫌がらせの如く。四方八方を人間に囲まれて直立不動を強制させられる辛さは元旦の初詣に匹敵する。ストレスが半端じゃなく溜まる、年末前に作ったコンビニのポイントカードのポイントくらい溜まる。授業以上に苦痛だ。


「待って待って僕を置いてかないでぇ!」


「うっわキモッ、腕掴むな」


「あ、テリー。おはよ~」


謎の男子生徒のことは無視して校舎へと入ろうとしたら腕を掴まれた。同時に皮膚を浸食していく不快感そして殺意。何テメー高貴なエルフのお肌に触ってやがる。振りほどこうにも必死の形相で離そうとしない眼鏡男子生徒、顔がヤバイ。顔、顔、顔顔っ。何その顔面、子供が見たら絶叫するぞおい。顔中にシワを寄せて力を込めるその顔は鬼の形相と呼ばれる架空の生物なんて遥か大きく飛び越えたもので、額から噴き出す汗の滴が皺に沿って流れていく様は畏怖の念を抱く程。気持ち悪いレベルが高過ぎて直視したくない。忘却魔法を今ここで使ってやろうかと思わせられる顔面の気持ち悪さ、モブキャラ扱いで留まるレベルじゃない。なんとかして手を振り払おうとしてもすぐにしがみついてくる。本気で忘却魔法使うべきか迷っていると後ろから声をかけられた。この冬休み中何度か聞いた声、清水寧々の声だ。後ろを振り向いて答え合わせ、うんやっぱり清水だったか。


「テリー達は朝から元気だね~」


相変わらずのサラサラな前髪、陽の光りを反射して綺麗に揺れている。それに対し背中にかかる後ろ髪は大きくカーブを描いて半球体状に曲がっている。直毛とくせ毛の同居状態だな。正面から見ているのに後ろ髪がクルリとハネているのが視認出来る。あの毛先の部分にフランスパンとか置けるんじゃね?


「俺は元気じゃねーよ、この訳分からん奴が異様に絡んできてさ」


「え、餅吉じゃんそれ」


餅吉? どこかで聞いたような……。


「ほら、私と同じ中学出身の奴」


えー……?


「餅キチガイで有名な」


「ああ、思い出した」


「それで思い出したの!?」


いたなそういえば。あー、思い出した。はいはい。こいつの名前は小金餅吉、清水の幼馴染であり小中高校と共にしてきた腐れ縁らしい。見た目はどこにでもいる地味な外見、そこから放たれる数多のウザツッコミ。必ずといって良い程ツッコミを終えた後は清々しいドヤ顔もしてくれるありがた迷惑サービス付き。こいつとはクラスが一緒だったが話したことがなく、清水と通じて知り合った。期末考査前には一緒に勉強したりスマビクの予選大会も一緒に出た。けど冬休み中は一切会わなかったから顔忘れてしまった、というか脳から存在自体消えかけていたな。エルフ族の記憶力を持ってしても忘却してしまう存在の薄さ。地味なのにツッコミの声量だけは大きい。なんとも厄介な奴だった。それを思い出した。


「久しぶりだな小金、冬休みは楽しかったか?」


「さっきのキモッ発言がなかったかのようなフランクな対応! それにその質問僕が一番最初にしたやつ!」


朝からハイテンションだなお前。そして決めてくるドヤな顔。ふふん、ナイスツッコミでしょと言わんばかりの口角の上がりっぷりが何とも腹立たしい。あとその中央分けの髪型やめて、なんか腹立たしいから。けど言ったところでまたウザイツッコミが飛んでくるので決して口に出してはいけない。小金ってある意味無敵だよな。悪口言われても元気よくツッコミ返せるのは才能の一種かもしれないよね。単に馬鹿なだけかもしれないが。


「ああ、ごめんごめん」


「……まあそうだよね。僕なんてちっぽけな存在、キモくて当然だよ」


さっきまでのパワフル元気溌剌な姿はどこへ消えたのやら、電源を落とした印天堂65のように突如小金のテンションが落ちた。ウザイ微笑みは消えて暗く黒い影が表情を覆う。呪詛を呟くかのようにブツブツと小刻みに口を上下に動かす様はまさに根暗。そうだった、小金にはこれがあった。通常の会話中でも無理矢理ツッコミを入れてくる小金。一見こいつは強靭な精神力が備わっているのかも思われるが意外とすぐ折れやすく、そしてすぐ鬱状態になる。自らの悪口をボソボソと早口に喋って俯いてしまう自嘲モードになるのだ。こうなるとさらにウザイ。本当に扱いが面倒な奴だ。


「休み中もずっと家で一人ゲームして過ごしていたもん。どこにも遊び行ってないしクラスのクリスマス会には呼ばれなかったし。つまらない人生送っている僕のことを忘れても仕方ないか……はは」


あーあー、その状態になってしまったか。こうなってしまうと他人が何言っても意味がない。本人が勝手に立ち直るのを待つ他なし。別にわざわざ待つ必要もないけどさ、端的に言えば無視だ。両目から流れる透明な滴、朝の日差しですぐに蒸発しそうな程薄い涙を垂らして小金は悲しげな笑みを浮かべている。無視だ無視、こんな面倒臭い奴に気をかけること自体間違っているのだから。なあ清水?


「テリー、行こ」


「そうだな」


項垂れてその場で静止し続ける自嘲男を放置して校舎へと向かう。清水も同じ判断をしてくれた、結構なことです。さすが小さい頃から傍にいただけあるな。小金の扱いには慣れているのが伺える。小金を無視して置いて行ったのに清水の顔に悪びれた様子は見られない、それ程に日常レベルで些細な出来事ってことだ。粗暴な扱いかもしれないが小金に対してはこれがベストだと思う。ぶっちゃけて言うとそんなに仲良くないし。最初誰か思い出せなかったし。


「今日からまた学校だね~」


「そうだな」


「あれから姫子ちゃんと遊んだ?」


「時々スマビクしに行ってるよ」


約束したからな。どうせ冬休み中は暇でバイト探し以外やることなかったから姫子の家へ遊びに行った。とはいっても以前の印天堂65に執着していた頃に比べたら頻度も回数も少ない。毎日通い詰めて休日も朝からお邪魔していたのと比較すれば可愛いものだよ。65を賭けたスマビク勝負で姫子に勝つのはもう諦めた。だけどやっぱ、こう、なんとかなるのでは?という思いが微粒子程度に残っていて。日本界の言葉で言うならワンチャン、僅かな可能性にちょっとだけ期待してスマビクをやっていた。


「その調子だよテリ~。もっと頑張ってよ」


肩をポンと叩いて応援してくれる清水。その顔はなぜかニヤニヤしている。なんだその顔、面白いものを見て楽しんでいる顔だぞ。初詣の時は突然怒ったりしたくせに次会うと笑って許してくれた。意味が分からない、今もなんでニヤニヤ微笑んでいるのか。頑張れ? あぁ、スマビク特訓して姫子から印天堂65を獲得出来るように頑張れってことかな。そりゃ勿論頑張るよ、何度も言うが上手くいけばタダで手に入るのだから。その分の金を発電機購入に充てれば目的達成したも同然。


「おう頑張るよ! 印天堂65が俺を待っているからな」


「……あー、なんか勘違いしてる」


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