第37話 願い込めて他人を思う
「仕事はもういいから奥で休んでいなさい」
「……」
咳が出始めた姫子、このままではマズイので背負って清水のいるところへと走った。おかげで気分は最悪、今すぐにでも家に帰って寝たい気分。別に運動自体は嫌いじゃないし姫子が重たくておんぶするのが嫌だったわけでもない。単純に人間がいる中を通過するのが気持ち悪かっただけだ。変に注目浴びて嫌だった。俺らのことなんて見ないでテメーらの矮小な祈りごとに全神経注げよ。人混みを避けつつ素早く清水の元へ到着、すると都合良くもう一人知った顔の人物がいた。姫子の母親である。こちらもまた姫子と同様の服装をしており、まるで清流に差し込む光のように清楚で凛とした雰囲気を纏って清水と会話していた姫子母。こちらを見ると「あらあら大変」と焦った言葉を紡ぎながら落ち着いた様子で姫子の介抱を始めて今に至る。さすが母親、この事態には対処し慣れているみたい。薬を飲ませた後は姫子を家の方へと連れていってしまった。残されたのは俺と清水。……。
「姫子ちゃんと話した?」
「ん……まあ」
電車の中以来の会話、清水の方は気にしていないようだが俺はなんとも歯痒い心情だ。突然馬鹿呼ばわりされて腹を思いきり殴られ、それっきり清水とは一切会話をせずに神社まで歩いてきて着くと同時に別れた。清水は神社の方へ、俺は森林の方へ。実に十数分ぶりの再会だが会話をするのは二十数分ぶりだ。清水はもう怒ってないのか?
「姫子ちゃん寂しがっていたでしょ」
「そうか?」
「そうじゃなかったら走ってテリー探しに行かないよ」
「そっか」
なんとも淡泊なやり取り、気まずくて次に出す言葉が途切れ途切れの拙いものになってしまう。エルフの森に同世代の若者はいなかった、故に同じ年頃の奴と話すようになったのは人間の住む世界に来てからだ。これまで清水には色々と人間界について教えてもらい世話になって感謝している。ふざけ合ったり休日はショッピングモールに連れて行ってもらったり、人間界で出会った人間の中で話した回数は一番多い。そして全ての会話で気まずさや歯痒さを感じたことは一度たりとなく、それだけに今回初めて重くのしかかる変な距離感に戸惑いを隠せない。喧嘩している、とでも言うのだろうか。いつものようにフランクに話しかけることが出来ない自分がいる。何を話せばいいんだ? 話題が見つからない……。
「あー……と、清水はもう参拝し終わったの? お願い事した?」
「何その質問、テリーらしくない」
ぐっ、的確な返しどうもありがとう。そうさ、神様の存在を信じていない奴が何お願いしたの?と聞くなんて馬鹿げている。不審に思われて当然だ。清水の言う通りそのまんま、まさに俺らしくない質問。かといって他に何か話題があるのかと問われてすぐに回答を出せるわけでもなく、結局はスタート地点に戻り無言のまま森林の方を眺めるばかり。……はぁ。
「な、なあ清水」
「何?」
「……怒ってる?」
「その質問は最早聞くことすらどうかと思うけど」
森林の方向に体を向けつつ視線を少しだけ清水の方へ泳がせる。清水はこちらを一切見ずに神社の方を見つめている。淡々と応答するだけで口もほとんど動かしていない。不動直立、微動だにしないその姿勢をチラ見しただけでこちら側は何も言えずに口を閉ざす他なかった。やっぱり怒ってる……。
「あー……その……」
「はぁ、もういいよ。怒ってないよ」
「ほ、ホントに?」
「そんなにチラチラ様子伺われたら怒る気も失せたよ。それに姫子ちゃんが許しているみたいだからいいや」
べ、別にチラチラ見てないぞ。な、何を言ってるんだ。なぜ高貴で誇り高いエルフ族の俺が人間ごときのご機嫌を伺わないといけないんだよ。別に顔色なんて見てないしー?
「というか清水はなんで怒っていたんだよ」
「だからそれ聞く時点でテリーは駄目なんだって」
そう言って清水はようやく俺の方を見てくれた。じっと見つめ、見つめるだけ。ん、んん? な、なんだよ。
「せっかく来たんだからテリーも参拝してきなよ」
「嫌だ。人多い」
ここから人混みを眺めるだけで気持ち悪くなっているのにどうしてその中に潜り込まないといけないんだ。それだけの労力と精神力を消費してさあやろうとすることは不確定的な神様とやらにお祈りを捧げること。なんと滑稽だ、そんなことをする為に人間界の住む世界にやって来たわけじゃない。清水の言うところの社会勉強は見るだけで十分、もう帰りたい気分さ。
「だーめ。ほら一緒について行ってあげるから行くよ」
わ、ちょ、手を引っ張るな。有無を言わせぬ勢いで清水に手を引かれる。多少なりと抵抗の意志を見せたが空いている方の手による裏拳を腹部に受けてぐほっ沈黙する他なく、痛みと鬱さで項垂れるばかり。でも電車の中で食らったパンチと比べると今の裏拳は痛くなく寧ろ心地好いと感じる程だった。……うん、これがいつも通りの俺達だ。なんで清水が怒っていたのかは定かではなく迷宮入りしてしまったがそれは気にしてもしょうがないか。どうせ俺のせいだと言われてお終い。答えの出ない問題に頭捻る時間があるなら確かにお祈りした方が微々たる差だけど効果はあるかも。清水に先導されて人混みの中を進む。大衆の匂いと熱気と雑音で五感のほとんどが拒否反応及び状態異常を警告するのを耐える。おい神様、これだけ我慢してお前の前にまで来てやったんだ。絶対何か一つくらい願い事叶えろよ。
「そこに五円玉入れるの」
「一円玉を五枚でもいいのか?」
「いやそれたぶん駄目だと思う」
どうやら清水曰く御縁があるように五円玉をお賽銭として入れるらしい。なんとまあ寒い笑いだこと。偉く尊い神様はその程度のチープなギャグで笑ってくれるのか。とりあえず清水の指示に従って参拝とやらを進めていく。元旦に神社へ赴くのは今年初めの挨拶、儀式らしい。最近の若い奴らは願い事を唱えるだけで参拝を勘違いしているんだよ、と最近の若い奴ら現役の清水に言われた。はあ、そうですか。でも生憎俺も最近の若い奴らに分類される年齢の男子高校生だ、この世界では。神様なんて信じてないし挨拶する義理もない。だけどまあ願い事叶えてくれるなら話は別。この群衆に混じってちゃっかりと願い事唱えさせてもらいましょう。
「印天堂65が欲しいです」
「テリーって本当にブレないよね」
今年中にはケリをつける。なんとしても一刻も早く印天堂65を入手、そしてエルフの森でも使用出来るよう周辺機器も合わせて買う。それだけの資金を貯める。絶対に爺さんを見返してやるからな。やることは決まっている、金を集める努力だ。バイトして金稼いでコンビニには極力行かず自炊を始めて食費等を抑える。今日は新年明けて最初の一日目でもあり人間界における本当のサバイバル生活の始まりだ。これからするのは学校行ってバイト。そして、
「姫子の様子見に行ってみようぜ」
「おぉ!? テリ~、ようやく正解出してくれたね」
「はいはい」
たまには清水や姫子とも遊ぼう。




