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第36話 静かな鎮守の杜は、

「明けましておめでと~姫子ちゃん、今年もよろしくっ」


「うん……明けましておめでとう」


姫子の家もとい神社に到着。しかしそこは俺の知っている場所ではなかった。まず人間が多い、吐き気がする程の人間共が神社内を埋め尽くしている。人口過密の中で意識が保てる程まだ人間耐性はついておらず、あの群衆の中に入るのは不可能だ。四方どこを見ても人間で密集しているなんて悪夢でしかない。幸いにも神社が森林に囲まれていたので人混みから離れて茂みへと逃げることが出来た。葉と枝に囲まれて新鮮な空気を吸えることに肺が歓喜する中、木の上へと登って人間共の様子を観察する。どいつもこいつも嬉しそうに騒ぎながら神社に群がりやがって。見たことのない存在しないものを神格化して崇めて何が面白いんだよ。神様にお祈りしてお願いしておみくじ引いて終わりなんだろ? すぐ済ませて家で寝ればいいのに。しかしまあこうして上から眺めると改めて人間の多さに驚愕だ。


「それ巫女の衣装だよねっ、可愛い~!」


気分が悪くなって退避した俺とは反対方向へ突き進んだ清水はどうやら姫子と会えたようだ。うじゃうじゃと並ぶ人間の多さを極力見ないように目を細めて遠くの方を見れば清水と姫子が話しているのが見える。遠くて何を会話しているのか分からないがどうせ清水が勝手に騒いでいるのだろう。ここに来る時まで無言でピリピリしていたくせに今は笑顔で楽しそうにピョンピョン跳ねている。対して姫子はいつも通りの調子だ。大人しそうに清水の傍で立っているだけで表情も変わらず時たま小さく頷いたりしている程度の動きしか見せない。普段と違う点を挙げるとしたら姫子の服装がおかしいこと。純白の着物に身を包んで緋色のズボンを穿いている。人間界の服装について詳しくは知らないけどあの格好は一般人とは違う異質の雰囲気を感じる。姫子が奇天烈なファッションに目覚めたとは考えにくい。だとすればあれは元旦に関係した何か特別な格好だと推測するべし。周りを見れば他にも同様の格好をした女性が数人いるみたいだし、恐らく仕事の服装とかだろう。これだけの人間が詰め寄せてくるのだから対応する人間も必要になるのは当然のことか。


「……寧々ちゃん一人で来たの?」


「んー、まあそういうわけじゃないけど」


人間共の動きを観察している限り、やっていることは全員一緒だ。小銭を箱に放り込んで両手叩いて合わせて祈る、中には大きな紐を引っ張って巨大な鈴を鳴らしている輩もいるが果たしてあの意味は? 神様に願い事が通じると鈴が落ちるシステムになっているのだろうか。嫌がらせかよ。


「……」


「一人じゃないけどあの馬鹿は人混み嫌ってここまで来ないだろうね。テリーと一緒に来たの」


「っ!」


ん? 何かあったのか。姫子の顔は豹変したぞ。目を大きく開いて豆鉄砲を食らった鳩のようだ。あっ、またこの例えを使ってしまった。表現力と語彙力の貧困さが露呈してしまう。まあこんな森林の中に一人でいるから誰にもバレるわけではないが。そもそも心の中の思考だ。人間共が読心術を心得ていなければ問題ない。今問題なのは姫子の普段から考えられない手足の動かし方だな。何をやっているんだ? 瞳孔まで開いた状態で顔は少し赤く、珍しく口元を緩ませている。なんとも奇妙な顔の変化を部位ごとで見せている。……嬉しそうにしているのかアレ? 清水と何を話しているのやら。


「て、照久来ているの?」


「無理矢理連れてきたんだけどちょっと喧嘩しちゃって。たぶん今頃は自然があるところにいると思」


「鎮守の杜ね」


「あっ」


肉眼で確認出来る情報のみで向こうの状況を判断しようと頭を捻らしていたら突如姫子が走り出した。それを見て焦っている清水の様子から考えるに姫子が急に行動を起こしたのだろう。すごい勢いで姫子が走っている。あんなにもアクティブな姫子見たことないぞ。分かったトイレか。あーぁデリカシーのない解答だな。急いでいるようだけどその格好だと走りにくいのでは? 必死になって走る程の用事、トイレだ。間違いない。人間共が群がっている建物の方ではなくて茂みに向かって直進して……まさか、外でお花摘みか。広大なエルフの森でなら全然問題ないけどここは法とモラルで形成された大衆社会だろ。緊急事態とはいえそれは許される行為なのか? ここはちょっと人間界の社会勉強として見る価値がないこともない。今日ここに来たのは社会勉強の為だ、決して姫子の排泄行為に興味がある歪んだ性癖があるとかじゃなくて仕方なく観察するんだからな。ってどこに行った?


「ちっ、見失った」


なぜ舌打ちしたんだよ俺。未知との遭遇に興奮、じゃなくて動揺して視野が狭くなってしまったせいで姫子の行方を見逃した。神社に隣接している森の中に入ったのは確認したがそこからどこに向かったのか、注意深く見ておかないと見失うのは狩り生活において常識なのに。すぐさま木の上から降り、地面へと着地。素早く辺りへ目を走らせ耳を澄ませる。エルフの視力と聴力を舐めるな。陽の光りもろくに差し込まない深い深い森の中で僅かな音を頼りに獲物の姿を捉えて追い続ける生活を何年過ごしてきたと思っている。隙を見せる一瞬で矢を放つ、それまで獲物を見逃すわけにはいかない。動きの遅い人間一人程度探せばすぐに見つけることは可能。だが本当に探していいのかとここへ来て理性の壁が立ち塞がる。偶然目にするのは事故だが自分から探したとなるとアウトな気がするような。いやいや社会勉強なんだから気にするなって。いやでも、


「……照久」


「ぎゃああああ!?」


大きく跳ね上がって一気に萎縮、その衝撃に耐えきれずに心臓は停止してしまった。血流も止まり液体から固体へと変わったように全身が硬直して指一本動かせない。動きで発散出来ない恐怖から逃れようとして喉元から飛び出した叫び声、最初は絶叫だったが声量は次第に削がれていくように落ちて最後には掠れた悲鳴が舌先を転がる程度。声も二酸化炭素も出し切って次にやることは酸素を吸いこむこと、しかしそれを実行出来ずに口をパクパクさせて唇が乾燥するだけ。それだけビックリしたってことだ。呼吸困難になる驚きの出来事、後ろから姫子に声かけられた。さっきまで観察していた人物が気づかないうちに接近してきたら悲鳴だって上げたくなるさ。い、いつの間に?


「っっふ、ぷっばぁ!?」


「……明けましておめでとう照久」


「あ、明けましておみぇでとう」


噛んでしまった。その前に情けない酸素の取り込み方している時点で恥ずかしい。肋骨を無理矢理広げて肺に押し込むように呼吸したせいで奇声が発生する事態、そして噛む。辱め二連発を叩き出してカッコ悪い新年の挨拶となった。ようやく落ち着きを取り戻した心臓が本来の仕事に復帰、手始めに凝固した血液を解凍してください。指先まで固まっていた全身だったが操作可能状態へと戻る。とりあえず姫子から数歩下がって距離を取ろう。別段警戒する理由もないが体の自由を奪われたら何かしら逃れようとする本能が発動してしまう道理。飼い猫が死ぬ間際に姿を消すことがあり、理由として猫が全身を走る痛みから逃げようとしてその場から逃走すると言われている。それと一緒だ。決して俺が猫みたいに人間界では人気のある愛玩動物だと言いたいわけではない、そこは履き違えないように。


「やっぱりここにいた」


「え?」


そういえば姫子はどうして俺がここにいるって分かったのだろう? さっきまでいた場所からここまで距離にして数十メートル、いくら走ってきたとはいえ森林の中を闇雲に探して発見したにしては時間。ここの場所をピンポイントに定めて真っ直ぐ来なければ間に合わない短時間。千里眼なんて大層な超能力が存在しているとは思えないがそれを認めないと辻褄が合わない。人間が現実に存在し得ないと思っているエルフだって普通に生きておりヘラヘラとお絵かきロジックで遊んでいるし、忘却魔法という原理の分からない未知の力も存在する。そう考えると人間が千里眼の力を持っていても不思議ではないか。しかしそんな力が使えるなら地図は必要ないよな。昔の人間が日本界中を歩いて回って地図製作したことが偉業と評されている時点で千里眼の存在は否定すべき。姫子だけに許された超能力とか? なんとも恐ろしい。え、でもショッピングモールに遊び行った時はマップ見ていたような。……訳が分からなくなってきた。思考を放棄しよう。考えても無駄っぽい。


「久しぶりだね」


「ん、まあそうだな」


スマビク予選大会以来か。学校が休みに入って会う機会はなかった。今日だって清水に誘われてここへ来てなかったら学校始まる一週間後まで会うことはなかっただろうね。……改めて近くで見るとやっぱり変な格好だな。こんな服着ている人間なんて街で見たことがない。『いまむら』でも売ってなかったぞ。袖口が広くて水を飲むのも一苦労しそうな構造をしている。その割にだらしない印象はなく寧ろしっかりと綺麗な着こなしだ。だからこそ変だ、良い意味で。


「……なんで来なかったの?」


「姫子の家に?」


コクリと小さく頷く姫子、肯定の表れ。なぜ来なかったのか、簡単だよ。来る理由がなくなったから。友達の家に遊び行く感覚で姫子の家にお邪魔していたつもりは微塵もない。俺には印天堂65を手に入れるという目的があったから。目的の物に触る機会、上手くいけばそれを譲ってもらえないかと虎視眈々と狙っていた。そうでなければあそこまで執拗に連日部屋へ押し寄せたりはしない。いつか65を賭けて姫子と勝負し打ち負かすことを夢見てひたすらスマビク特訓勉強してきた……けどスマビク予選大会でそれは甘い妄想だと打ち砕かれた。圧倒的実力差、俺が手も足も出なかった対戦相手を瞬殺する様を見せられたのにいつか勝てるだろうと思える程酔狂じゃねぇ。だから諦めた。な、簡単なことだ。人間諦めが肝心だと言う言葉があるらしいが今回はエルフにも適応させてもらおう。勝てないと痛感させられた相手に少しでも近づこうと限りなく僅かな希望にかけるぐらいなら大人しく別の手段で印天堂65を入手することに尽力するべき。そう結論づけて姫子の家に行くことをやめた。妥当な判断だろ? なのに電車の中で清水に話したら腹を殴られた。いやいやおかしい、もう一度振り返ってみたがやっぱり俺は間違っていない、俺は悪くねぇ。


「あー、ちょっと忙しくて」


「……」


妥当な判断だ、何も気にすることはない。そのはずなのに、なぜかはっきりと言えない自分がいた。清水に向かって言えた台詞が出せない。変に言葉を濁して嘘をついてしまった。……なんで嘘ついたんだよ。自分で自分の口が発した言葉の内容に疑問を感じる。まともに空気を取り込めなかったり、口よお前はさっきから何をやっていやがる。忙しくて行く暇がなかったぁ? 部屋でゴロゴロと寝てネイフォンさんとオセロに没頭していた奴の台詞じゃないよ。なぜ本当のことを言えなかったんだ。……分からない。分からないけど姫子の顔を見ていたら言葉が紡げなくなった。なんで?と息切れしながら懸命にぶつけられた質問、どこか悲痛そうに顔を俯かせて白い肌に黒い影が落ちるのを見て、本当のことを言えずに逡巡した。体の弱い奴が数十メートル走りにくい格好で走って息を切らしながら切なげに問う姿を見て無慈悲なことは言えるかよ。……なんだよ無慈悲って、まるで俺が悪いみたいじゃないか。ふざけるな、再三言うが俺は何も悪くな……悪く……悪……。


「また遊びに来てくれる?」


「……まあ、うん」


「うん、待ってる」


そんな嬉しそうな顔しないで。俺なんかが来て嬉しいのかよ。自分の目的でしか人間と接触しようとせず、その為に他人間の部屋に入り浸って迷惑かけてゲーム機を長時間プレイしている奴なんて邪魔なだけだろ。俺だったらラリアット放った後にそのまま首絞めてやる。ウザイだけだろ、面倒臭いだけだ、鬱陶しくて仕方ない、そう思ってくれた方が楽なのに。それなのに姫子は一切そういった素振りもなく純粋に嬉しそうに微笑んで……。まあ、アレか。そのうち遊びに行ってみるか……。


「てことで今年もよろしくな」


「う、ん……けほっ」


「あーあー、咳出てるよ」


体調の悪くて咳の出やすい人間がその格好で無理して走ればそうなるさ。薬も持っていないだろうし急いで取り行かないと。あの人間共が大勢群がる中を通らなければならない。……ったく、新年早々吐きたくないってのに。神聖な場所? 知るか、吐きたい衝動は止められない。神社の管理をしている姫子の家族の皆さん、姫子をちゃんと連れていくまでは我慢するけどその後吐いても許してくださいね。咳が止まらずフラフラする姫子を抱きかかえて神社の方へと向かう。


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