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第33話 親愛なるクソジジイからの手紙

「テリー少年、君に手紙だ」


十二月末、今年一年も後三日で終わる。学校は休みでやることもなく家でのんびりと過ごしていると玄関からネイフォンさんが顔を覗かせて手紙を差し出してきた。手紙……俺に?


「誰からですか?」


「見たら分かる。じゃあ私は仕事なので失礼するよ」


わざわざ手紙を届ける為だけにうちまで来てくれたのか。わざわざありがとうございます、とお礼を言えば外の方から「気にするな~」と間の抜けた怠そうな声がゆっくりしっかりと聞こえてきた。さて、手紙と言われて思い当たる節はあまりない。まず手紙を届けてくれたのがネイフォンさんという時点で送り主が人間である可能性は低くなった。人間による郵便物ならそこのポストに投函されるからだ。わざわざネイフォンさんが手渡しでくれた、だとすると届け主で思いつく人物は一人。俺をこの世界へと送り飛ばしたあのジジイしか考えられない。


『親愛なる孫テリーへ』


封筒を開けて中に入っていた手紙の一文を読んで答え合わせ、見事正解。このグッと拳を握りしめたのは決して答えが当たって嬉しかったわけじゃない、ただただ憎くて自然と拳の形になっただけだ。この人間界に来て二ヶ月、実に二ヶ月ぶりに肉親から連絡が来た。達筆なのがさらに腹立たしい。とりあえず本文を読み進めていこう。……微かに森の匂いがする。なんか落ち着くなぁ。


『歳末の候、年の瀬もいよいよ押し詰まり、寒気厳しき折柄さぞお忙しい事と存じます。日頃はご無沙汰のみ致しております。お元気でしょうか』


達筆なのが腹立たしい! ……つーかこの文字、ボールペンで書いてやがる。また森に捨てられた物拾ってやがるのかあの爺さん。やめてくれよ。


『堅い挨拶はやめて、もっとフランクに話した方がいいかな?』


「どっちでもいいよ。けど文章を若く見せるのはやめろ、イラッとするから」


手紙に文句を言ってもしょうがないのだが言わざるを得ない文章がそこには書かれていた。


『さて、お前が人間界へと旅立って結構な日数が経った。そろそろ最近ゲーム機印天堂65を入手し終えたのかな? お爺ちゃんはいつ帰ってくるのかずっと楽しみにしています』


爺さん、悪いけど印天堂65は最新ゲームじゃねぇんだよ。そのせいで俺がゲームショップで恥かいたことを知らないでこんな文書き寄越しやがって。クソがぁ、手がグーの形になるぅ。俺がこんな一部屋のアパートで住むようになったのは全て、元凶はこの手紙の送り主であるエルフの森の長ジジイのせいだ。神聖で深緑の森に俺は住んでいた。静穏で閉ざされた巨大な森林の奥深くでエルフとして高貴な品性と誇りと持って森を愛でて森に守って生きてきた、それがエルフの本質だから。健康な肉体と精神を培う為日々の訓練、先祖代々受け継がれてきたエルフ弓術による狩り、外部の他種族との交流を絶った小さな世界だったかもしれないがそれでも俺は誇りを持って民の一人として立派に胸張って生きてきた。その日だって狩りを終えて水を汲んできた帰りだった。突然言われたんだよ、ゲーム機が欲しいって。森の長であり俺の祖父である方から。最初は耳を疑った、次点でこの爺さん遂にボケ始まったのかと思ったよ。色々と言い包められてこうしてゲーム機を入手するべく人間界に送り込まれたわけだが。残念だなジジイ、まだ印天堂65は手に入ってない。もっと言えば手に入れるには後数ヶ月はかかるからな! ちゃんとゲーム機を起動させる為の発電機といった周辺機器も揃えるとなるとさらに時間がかかるから安心しな。


『まあテリーが元気ならそれでいいです。ちなみにお爺ちゃんは元気です、お絵かきロジック楽しいですよ。最近は自分で作っているくらいです。せっかくなので自作を何個か同封しました。解いてみろ』


手紙が入っていた封筒の中を覗けば紙が数枚入っていた。うちの森にはもう俺と爺さんしかいなかったから一人で寂しく野垂れ死んでいるかと思ったら意外と元気にしているようで大変ムカつきますよ親愛なるクソ祖父様。……どうやら一人でも元気にやっているようだ。うちの森はエルフの森の中では最も神聖で尊い場所とされているが住んでいるエルフは数少なかった。ネイフォンさんのように森を出ていく変わり者、また他の森に移り住む者がいて最も神聖だと言われているくせに最も住んでいる数が少ない。まあエルフは静穏に暮らすべきと教えがあるから皮肉ながら一番エルフの森らしいと言えばそうなんだけどさ。俺も印天堂65のセットを揃えた時はまたあの森に帰るんだよなぁ。そしてまた森と共に健やかに生きていく。ここの料理も美味しいけど、やっぱ森の空気を肺いっぱいに吸いたいや。お絵かきロジックをくしゃくしゃに丸めて部屋の隅へ投げ捨てながらセンチメンタルな気持ちになる。


『まあ上手くやっていきなさい。お爺ちゃんは応援しているよ』


「森を追い出した張本人が何言ってやがる」


『今、森を追い出した張本人が何言ってやがる、と思ったりしたでしょ?』


うわっ、ビックリした。見事に当てられた、すごいなこれ。一言一句違わず同じこと言ってしまったよ。こう言うことを読まれたのか。も、もしかして俺の思考回路って単純なのかな?


『別にテリーの思考は単純じゃないですよ』


「あれなんだこの手紙!?」


なんか気持ち悪いぞこれ! 未来予知でも出来るのかあのジジイは。エルフに秘められた力は忘却魔法以外にもあったのか。にしてもこれは怖い、というか気持ち悪い。手紙も丸めて捨てたくなったが残り文章僅かなので我慢して読むことにする。


『色々と書いてきましたが腕疲れたのでこの辺でやめます。何かあったらネイフォンを頼りなさい、お前の力になってくれるよ。じゃあまたね、早くテレビゲーム機持ってこい』


はい破り捨て決定。怒りで震える拳を少しだけ開いて紙を掴む、そして再び握り締めて千切る! 千切る千切るっ、このクソジジイがぁ! 手紙読むだけで一日分の活動エネルギー全て使ってしまった、二度と手紙なんて寄越すんじゃねぇ。この勢いで自作お絵かきロジックも引き裂いてやろうかと思ったが部屋の隅の遠くに転がっていて取りに行くのも怠いのでやっぱりやめてとりあえず座る。これが肉親との二ヶ月ぶりのやり取り、感動もクソもない。いやさ、こっちに来て大分時間経つわけじゃん? 色々とあって楽しかったり辛かったり恥ずかしかったり死にかけたり、ものすごく濃い時間を過ごしてきたわけなんですよ。やっぱりさ……故郷を懐かしむことは多々あった。授業終わって家に帰って夜寝る時に目を瞑ると、こう、爺さんの顔や森の景色が浮かんでくるんだよ。ホームシックってやつだ、森が恋しくて中庭の茂みや休日暇な時近くの山登ったりしたぐらい自然に接したかった。年末、学校が長期休暇になったから故郷の森に帰ってもいいかなとか思ったりした。したけど! もう決めた、絶対帰らん! あんなクソジジイが嬉々としてお絵かきロジックで遊んでいる実家なんて帰りたくない。……目を閉じると浮かぶ、懐かしい森の緑。そして爺さんの顔。ムカつく顔しやがって。なんかムカムカする。この気持ちをどうしたらいいんだ!


「決めた……今日はハンバーガー十個買ってやる」


お気に入りのコートを羽織ってショッピングモールへ行くことを決意した瞬間だった。


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